完璧で究極なアイドル様に執着されて   作:肉ぶっかけわかめうどん

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月夜見

 

 稲垣さんが何か縋るような目でこちらを見てくる。でも、もう武器の手持ちは無いんだ。

 逆さにした巾着袋を振りながら首を横に振ると、彼の目がすごく暗くなった。

 

「ねー、どうするのー?」

 

 まるで並んで歩く母娘の如く私の手を握ってにこにこ笑う疫病神が隣で見上げてくる。

 

「おい、なぜそいつがここにいる。今何が起こっている?」

 

 いつの間にか現れていた疫病神に気付いたアクアが険しい目をこちらへ向けてきた。

 二つの視線に挟まれた私はそのどちらも見ないようにしながら、老人のいる方を指さした。

 

「さっきの奴がまだ追っかけてきてます。本当にしつこいですね」

「……どうすればいい」

 

 考えられる手は三つ。まずは逃げの一手。だがこれは問題の先延ばしでしかない。

 

 逃げて、しかしその先はどうなる。これだけしつこいなら東京にまでだってやってくるだろう。

 敵のホームから離れた場所での戦いなので向こうは100パーセントの力は出せない利点があるが、同時に私やルビー、稲垣さんと標的が分散するのでいつ、誰に来るのか読めない欠点もある。

 

 二手目。あの人に託す。これ九割九分負けるだろうけど。

 万全の状態でも勝ち目薄いのに今の状態でどうにかなる訳が無い。当人はやる気満々のようだし、皆で応援すれば万が一の大金星もあるかもね。私はそんなものに賭けたくないし、それをやると今日の苦労の意味が半分ぐらい失われてしまうが。

 

 最後はもちろん、隣にいるこいつに頼む事。

 下を見ると、笑っていない瞳と目が合った。これは聞いてくれそうにない感じだ。

 

「一番目が良いんじゃない?」

 

 その隣が何か言ってきた。やっぱりそれしかないのか?

 というか私は今の声に出してないんだけど。当たり前のように読んでくるな。

 

「どうしてです?」

「あれ、明らかに貴女狙いだから」

「えぇ……そんなに恨まれるようなことしましたっけ」

「一番厄介な相手だと思われたみたい。まずこいつを排除しないと今後も邪魔され続けるだろうからって。霊能者冥利に尽きるって喜べば?」

 

 そんな光栄は別に欲しくないから。

 しかし他に行かれる心配がないのは不幸中の幸いかもしれない。私一人ならまだやりようはある。応援も呼んだりして万全の態勢で迎え撃てば、追い払うぐらいは十分狙えるだろう。

 そうと決まれば早く行動しなくては。こうして考えている間にもあれは近づいてきて……あれ、動いてないぞ。

 

 てっきりにじり寄って来ているものと思っていた老人、最初の位置から全く動いてない。足を止め、様子を窺うように遠目に見てきている。

 何か足を止めるような要因あっただろうか、と周囲を見回した私の視界に、大きな顔が映った。大きく背伸びをして身長差を埋めた疫病神がただ無言で私の目を覗き込んでいる。ああそうだ、こいつがいたんだった。文字通り格の違う相手が標的のすぐ隣にいる。だから躊躇してるのか。

 

「……ふーん、やっぱりそういう感じか」

 

 何を考えているかこちらからは読めないパッチリした瞳を睨んでいると、耳に幼い声が刺さった。

 伸ばした足裏を地につけ、疫病神がにたりと口角を上げた。

 

「どうして急に方針変えたのか、今日見てて気になったんだけど」

 

 何を言ってるのやら。方針がどうとか意味が分かりませんね。

 

「どうせバレるならってことね。うんうん、そういう事ならこっちも恩を売ってあげてもいいよ」

 

 さっきまで取り付く島もなさそうだった疫病神が急にそんな事を言い出した。

 助けの手そのものは嬉しいが、どういった思惑と心境の変化なのだろうか。

 

「売買せいりーつ」

 

 口を大きく開け、白い小さな歯を見せながら呑気にとんでもない言葉を吐いた疫病神が、私と繋いでいない方の手を空に向けて振った。

 

 

 

 次の瞬間、どこにこれだけいたのかと疑問に思うほどのカラスの群れが現れ、老人の周りに次々に降り立っては黒い山を築いてその姿を覆い隠した。

 

「まだ買うとは言ってないんですけど」

「えー」

 

 カラスでできた黒い山はほんの一秒と掛からずに再び空へと散り、後にはただの塵一つないアスファルトの地面が残されていた。

 同時にこれまで忘れ去られていた自然の音が戻ってきた。突然の虫の爆音に驚いて何人か飛び上がったのが横目に見えた。

 

「もう使っちゃったから返品拒否。それに、助けてもらえて嬉しいでしょう?」

「そりゃあ、まあ……ありがとうございます。これはもう足を向けて寝られませんね」

 

 あまり借りを作りたくない気持ちはあるが、大助かりなのも事実。ただでの助力ではないのだろうが、口先だけでも礼は言っておこう。

 

「そう? だったら帰ったら部屋の模様替えをしてね。あのベッドの向きだと私に足を向けて寝てる形になるから」

「えっ」

 

 適当にお礼っぽい感じの事を口にしてみたら思わぬ要求をされてしまった。

 

「今は東向きだから、90度変えて北か南を向いて寝るのがお勧め、かな」

 

 南枕か北枕か。風水では南はあまり睡眠向きではないとされているし、北は言うまでもなく死者を寝かせる際の方角。

 この二択だと北枕の方がマシかな。転生者である私はある意味では死者であるとも言えるし。ベッドを移動させるなら他の家具は……とシミュレートを始めたところで、私ははたと気付く。

 いや、単にベッドだけ逆にすれば終わりじゃん。なんなら枕だけ移動でもいいのだ。

 

「気づいちゃったか。死人なら毎日一緒だから北枕なんて今更だし、そもそもあの家から見て西に住んでるわけでもないから重く受け止めなくてもいい」

 

 つまり、ただの悪ふざけだったと。

 

「じゃあ、終わったんだしそろそろ解散しない? 眠くなってきた」

「そうですね。それじゃあ皆さん、もう大丈夫ですよ。安心してお帰り下さい」

 

 今度は可愛らしく欠伸をし始めた疫病神に手を放してもらい、今度こそ帰ろうと周囲に解散を呼び掛けてからカミキの姿を探す。老人が現れる前の位置にまだいたので声を掛けようとしたら、逆に私の後ろから声がかけられた。

 

「おい」

 

 アクアの声であった。無視できないように肩を優しく掴んでも来ている。

 

「どうしました」

「終わったのなら説明をしろ。自分らだけで勝手に話を進めないでくれ」

「説明も何も、見ての通りそこの人が霊を一息に消し飛ばしてくれたので本日のお仕事終了です。どうせ傍観するんだろうと思いきや、なぜか急にやる気を出してくれたみたいで」

 

 霊は見えなくとも、明らかに疫病神が何かやったのは分かるだろう。

 

「……そうか」

 

 アクアはそっと手を離した。納得できてませんと顔に書いてあるが。

 

「アクアさんももう帰られるでしょう?」

「ああ、今日はこれで終わり……そうだ、帰るならこっちに乗っていかないか。オレの家とそっちの家、車なら大した距離じゃない」

 

 駐車場に並んでいた車のうちの一台をアクアは指さした。まだまだ話し足りないから一緒の車に乗って帰れという事か?

 

「お気持ちは嬉しいのですが」

 

 もう先約があるからね。気持ちだけ頂いて後はこれを口実にお断りとさせてもらおう。

 

「私は構いませんよ」

 

 と思っていたらとうのカミキにはしごを外されてしまった。静かに歩いてきたカミキは私のすぐ後ろで止まり、私の頭上越しにアクアと視線を飛ばし合った。

 

「ご友人に直接自宅まで送っていただいた方が良いでしょう。こちらは片寄の分もありますし、結果的にそれが全員が一番早く帰れる道かと。あ、それと連絡先を教えていただいてもよろしいでしょうか?」

「……分かりました」

 

 皆が早く帰れる。にこにこ笑いながらそう言われると断りづらい。断ったら私が皆の帰宅を邪魔する悪者になってしまう。

 この人も多分、純粋な善意ではなく私が苦労する事を期待して背中を押しに来てるな。疫病神といいこいつといい、人を千尋の谷へ突き落すのがそんなに好きか。

 

 

 

 アクアに連れられた先にあったのは普通の地味なバンだった。アイドルフェスの時に使っていたものと同じ車両だろうか。

 前中後列に二人づつの計六人乗りの車の後列にアクアとルビーが乗り込む。前列の運転席には当然ミヤコさん、そして助手席は鞄やクリアファイル、レジ袋といった荷物に占拠されていた。この時点で中列しか残っていないので私はそこに行くしかない。

 

「お邪魔します」

 

 いかにも高級な本革シートだったカミキの車ほどではないが悪くない乗り心地のシートに腰を預け、隣が空いているなら荷物置かせてもらおうと自分の鞄を取り右隣に目をやった。

 闇色少女がそこにいた。

 

「お邪魔してます」

 

 いやいや、なんで当たり前のようにいるんですか。既にシートベルトまで着用して居座る気満々だし。

 

 車内にいた全員が今の声にぎょっとして振り向いてきた。ミヤコさんなど呆然と手元の車のキーに目を落としている。大丈夫、カギをかけ忘れたかと自分の記憶を疑っているのでしょうが、多分かかってたと思うので安心してください。こいつがそういうの平然と無視してくるだけです。

 

「……それで、何をしに?」

「喋り足りないから、じゃダメ?」

「まあ、それはいいですけど。でもこっちでいいんですか? どこにお住まいか知りませんけど」

「貴女と同じところで降ろしてくれたらいい」

 

 ええ、まだついてくるの?

 でも断れそうにないので仕方なく私はミヤコさんの了解を取りに行く。

 

「すみません、この人もお願いしていいですか?」

「い、いいけど……」

 

 ミヤコさんは車のエンジンをかけつつ疫病神の方を見た。その先では疫病神がにぱー、と満月のような輝く笑みを披露している。私は正直気味悪いとしか思えない笑みだが、初見だとどう感じるのだろうか。

 

「えっと、名前は?」

 

 知らない相手には多少なりとも毒気を抜く効果があったようだ。ミヤコさんの顔から僅かに緊張が抜けたのが見て取れた。

 

「名前……そうね、私の事はツクヨミって呼んで!」

 

 あ、その名前ここで使うんだ。

 

「じゃあツクヨミさん、こんな時間にここで何してたの?」

「撮影を見てたの」

「その、お父さんやお母さんは?」

「いないけど」

 

 両親を『いない』と笑顔で言い放った疫病神改めツクヨミに、聞いてはいけない事を聞いたかとミヤコさんの顔が暗いものになった。

 

「えっと、ごめんなさい」

「気にしてないからいい」

 

 存在してないのか、あるいは単にここには来てないだけのどちらの『いない』かは分からないし、どちらであっても本当に気にしてないだろうから気に病むことは無いのにね。

 車の運転に集中する事で気まずさから逃げたミヤコさんに代わり、ここからは私が話す。

 

「それで、撮影はどうでした?」

「まあ悪くなかったんじゃない? 意表を突かれる場面もあったし。もうちょっとピンチからの覚醒と逆転とかみたいなドラマ性があったら見世物として高評価だった」

「そんなドラマは無くていいです。平穏無事が一番」

「えーつまんない」

 

 つまんなくて結構。ピンチとか覚醒とか人を一体どうする気だ。

 

「ねえねえ、あなたもそう思うよねー?」

 

 ぐるんとツクヨミの首が後ろを向いた。振り向かれたルビーがびくりと震えて元々抱いていたアクアの腕をさらに強く抱きしめる。

 私も後ろを向くと、こっちはアクアと目が合った。何も言わず空いている方の手でルビーの頭をそっと撫でている。相変わらずひどい距離間の兄妹だ。元々仲良すぎ兄妹だったのが前世バレでさらに悪化しているようだ。こいつの言っていた『悪手』ってそういう意味だったのか、なんて今は関係のない思い付きが頭をよぎった。

 

 そしてそのアクアの肩の上に顎を乗せたアイさんがいる。気配はあるのにいないと思ったら荷室に乗ってたのか。

 そのアイさんは頭を浮かせてまずツクヨミと目を合わせ、しばらくして私の方を見た。最後に私からも目を離し、またアクアの肩に乗った。

 

「興味なさそうですが」

「『どうでもいい』だってさ」

 

 私とツクヨミは互いに顔を見合わせた。どうでもいい、と言ったかどうかは声を聞けない私には分からないが、そんな事を言っててもおかしくなさそうな無関心な反応だった。

 

「今回は私の味方してくれそうな感じですかね」

「というより、私が嫌いだから相手したくない感じ?」

 

 ツクヨミはけらけらと笑っている。自覚あるなら話振らないであげなよ。

 

「今の『どうでもいい』と言ったのは今もここにいるのか?」

 

 すると今度はアクアが食いついてきた。

 

「貴方の左後ろにいますよ。何か聞きたい事でも?」

 

 訝しむような目でアクアが後ろを見た。うん、そこ人が乗る場所じゃないよね。でもヘッドレストの間から顔が見えるんだから体はそこにあるんだよきっと。

 

「その……何か、訴えてたりとか、そういうのはないのか?」

「訴え?」

「何か言いたい事があるからここにいるんじゃないのか」

 

 ああ、そういう感じか。お望みとあらば答えてあげよう。彼の望むような内容とは多分違うだろうけど。

 

「前置きですが、これはあくまで私がそう解釈したというだけであって実際のものとは異なる可能性がある事にご留意ください」

「ああ」

「4歳のあの日から時間が止まったままの息子を何とかしてくれ。それがきっと彼女から私への訴えです」

 

 復讐だけを誓って、自分にも周りにも嘘ばかりついて。仮面を被る事ばかり上手くなって。

 

「4歳どころか0歳から時間が止まってるやつが言ってるんだから面白いよね」

 

 隣からツクヨミさんがなんか茶々を入れてきた。そっちは無視して続けるとする。

 

「私の目的は彼女に現世から出ていってもらう事。その為には貴方にもっと前向きな生き方をしてもらわないと」

「前向き、か」

「復讐なんて究極の自己満足はもう止めにして、星野アクアとしての幸せを探す旅でも始められてはどうですか? 犯人は事件の後すぐに死んだようです。仇はもういないんですから、諦めて先に進んでもいいんじゃないですか」

「自己満足と言われれば確かにそうかもしれない。だが、自己満足だからこそ何の区切りもつけずに終われない。名前も言わずに、もう諦めろで納得してもらえるとでも? もういないと言うならなぜ隠す」

 

 まあ、それはそうだよね。でもその名前が大問題なんだよなぁ。

 

「ごもっともで」

「名前だけじゃなくて、直接それを見たという証言もいるよね?」

 

 隣またツクヨミさんの茶々である。

 そして彼女が陽気な態度を取るたびに、反比例して車内の空気が冷えていく。

 

 証言か。確かに前社長の証言だけでは名を騙る偽物である可能性を排除できない。直接会って言葉も交わした彼の証言なのだから別人と間違えていることは無いと思うが、その時直に会っていないのなら確実とは言えないか。失踪後の雨宮吾郎に会ったと証言できるかもしれない人間なら一人心当たりがあるが、あっちにそれを聞きに行くのは正直気が引ける。

 

「軽い気持ちでこんな事始めるんじゃなかった。後悔で胸がいっぱいですよ」

 

 この話題はこれ以上発展してくれなさそうなのでここでいったん打ち切りにした。

 

 

 

 冷え込んだ空気をどうにか打破するべく、ルビーへと違う話題を持ち掛けてみる事にする。

 

「あー、そういえばルビーさん。B小町の次のライブの予定はもう決まってますか?」

 

 思えばデビューライブの時以来B小町を見に行っていない。アイさんのご機嫌取りも兼ねて久しぶりにチケットを買うのも悪くない。

 

「もし決まってたら二人で見に行こうと思いまして」

「二人でって、お姉ちゃんと?」

 

 がっちりと兄の腕をホールドして離さないルビーの背後、そこにいるアイさんを指差す。

 

「姉ではなく母と、ですが。今のB小町の曲を流すと目に見えて機嫌良くなるんですよ。去年のアイドルフェスの時もご満足いただけたようですし、次もきっと喜んでいただけるでしょう」

 

 ルビーの目が指さす先に向かうと、アイさんも顔を傾けて娘と目を合わせてきた。娘の側からは兄の横顔しか見えないだろうが、確かに二人は見つめ合っていた。

 

「本当に……本当にここにいるの?」

「実感がわきませんか? 見えないんですし無理もありませんが」

 

 視えも感じもしないが、そこにある。証明しろと言われても困る。そういうものと理解してもらう他にない。

 

「私も、練習したら視えるようになる?」

「練習ですか?」

 

 霊感を鍛えるトレーニングか。そういうのも無くはないが。

 

「やっぱり、後から練習しても無理?」

「生まれ持った才覚に大きく左右はされますが、後天的に力を得ることもできなくはないですよ」

 

 霊感とはもともと全ての人間が持っているもの。使われないから退化しただけで、機能自体は残っている。本当は結構な数の人間が、そういうものを見る素質を持っている。完全に視えない人ばっかりだったら霊に呼ばれたり連れていかれる人もいなくなって私らは商売あがったりになるし。

 

 無意識で感知はしているが、脳が勝手に見なかった事にしているぐらいの微弱な霊感の持ち主であれば、ショッキングな出来事などを通じて後天的に視えるようになる事例はある。

 だが自分からそうなるのは大変だろう。視えも聞こえもしないものを感じ取れるようになる訓練なんてどれだけ苦痛なのか予想もつかない。霊能者やってるような人間は皆生まれついての視える人ばっかりだし。

 

「ただ、視える側としてはお決まりの言葉ですけど、視えない方がいい」

 

 視たい気持ちは否定しないが、視ない方が良い。私はもっと酷い状態のものを見慣れてるから目玉が無い程度はもう何とも思わないが、初心者、それも星野ルビーがいきなり今の母の顔を見たら卒倒するんじゃないだろうか。

 生きた人間の目をくりぬいたら、後に残るのは真っ赤な眼窩。真っ黒というのは本来あり得ない。現実に存在しえない、存在してはならないものを真正面から直視するのは精神に強い負荷がかかる。

 

「一度視えるようになったら一生視えるまま。視えると気付かれると次から次へと寄ってくる。何も気にしないで生きられる方が幸せでしょう」

「むう……」

「そんな事より、帰ったら仏壇に何をお供えするかでも考えましょう。今日のお礼も兼ねて。今日を何とか終えられそうなのはだいたい彼女のお陰なんですから」

 

 私は大したことはしていない。主に仕事したのはアイさんだし、最後を持って行ったのは疫病神である。

 

「そうそう。娘の所には行かせまいと必死に抵抗する様子は今日一番の見どころだった。それと引き換えなら殺されても構わないってね。まあリスク取ってでも助ける選択を誰かがしたからここにいられるけどね」

 

 ツクヨミがコメディでも見た後のように語っている。そんな笑いながら振り返るような場面でもない気がするが。

 

 

 

 

 そんな話をしているうちにあっという間に時間は過ぎ、気づけば私の家の前まで来ていた。

 ツクヨミと二人で降り、走り去る車を見送る。

 

「じゃあねー」

「はいはい」

 

 街灯の立ち並ぶ道路へと軽い足取りで消えていくツクヨミを見送ってから、私も自宅のドアを開ける。

 玄関は真っ暗だが、何年も使い続けた場所だ。何がどこにあるかなど見なくともわかる。手探りで靴を収納し、荷物を置きに自室へ直行しようと一歩踏み込んだ瞬間、パチリと誰かがスイッチを操作した音がして周囲が明るくなった。

 

「おかえり」

 

 スイッチがまとめて配置されている壁際に部屋着の姉が直立不動で待っていた。

 いつからそこにいたのだろうか。真っ暗な中に立っていたので見えなかった。

 

「遅かったのね。何してたの?」

「ちょっとね」

「隠さなくてもいいじゃない。アクア君たちと一緒に撮影でしょ?」

 

 驚いてそちらを見れば、穏やかな眼をした姉と目が合った。

 なぜ知ってるのだろう。双子のいずれかに聞いたか?

 

「アクアさんに聞いた?」

「アクア君からは今日ロケがあるって事と、その場所だけ。同じ時間、同じ場所にあおいがいたみたいだから、もしかしたらと思って」

 

 だからどうしてそれを知っているのか。

 それを聞こうとした時、ポケットの中で携帯電話が震えだした。静かな場所の中なのでバイブレーションの音ですらよく響く。

 誰からの着信か見れば、つい先ほど登録されたばかりのカミキだった。出るよう姉が無言で促してくる。

 

「もしもし」

『もしもし黒川さん。言い忘れていたのですが、次のスタジオでの収録の日取りについて……』

 

 スタジオ? 何を言ってるんだこの人は。

 

「私の仕事は終わったと思うのですが」

『おや、霊能者の代役として番組に協力願うのが依頼内容だったと記憶しているのですが。まだ番組内の1コーナーが終わっただけですよ。稲垣氏は引き続き霊能者役としてスタジオで解説をされますから、それをまた陰から手助けしていただきたいのです』

「それ、私要ります?」

『専門家の意見が欲しいそうです。台本を読んで感想を述べるだけの簡単なお仕事ですよ。あと、ディレクターが上に掛け合ってここからは局からの依頼にもしてくれるそうですから、そっちからも依頼料が払われますよ』

 

 台本読んで感想言うだけでお金がもらえる仕事か。それなら出てもいいかもしれない。金に釣られると言えば聞こえは悪いが、今日一日で消耗した道具の数々をまた仕入れに行かないといけないから金は欲しい。

 

「……分かりました。それだけで良いなら」

『ありがとうございます。では、詳細はおってお伝えします』

 

 電話は切れた。姉は私が携帯電話をしまうまでじっと待っていた。

 

「で、なんで姉さんはそれを知ってるの?」

「先に謝っておくね。こんな事してごめん」

 

 姉は自分の携帯電話を取り出すと、その画面をこちらに向けた。画面には見慣れた地図アプリが開かれており、自宅の位置に光点がある。

 

 それの意味するところを理解した時、私は思わず吹き出した。原作でされる側だったキャラがまさかする側に回っているとは。これは流石に予想外だった。笑いがこらえきれない。

 

 

 いやいや、まさかGPSで追跡されてたとはね。

 

 

 この長い一日は、まだ終わってくれそうにない。

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