完璧で究極なアイドル様に執着されて 作:肉ぶっかけわかめうどん
もし混乱した方がおられましたらお詫び申し上げます。
B小町のセンター、アイ。苺プロで彼女の事を知らぬ者などいない。
その彼女に隠し子がいた。それもものすごく身近なところに。その衝撃の事実を二人が飲み込み終えるのを、周囲はじっと待っていた。
「えっちょっと待って……本当なの?」
「本当だって。家族で写ってる写真でも見せれば納得するか?」
「うう……アクアが嘘つくはずないよね」
天を仰ぐ有馬から目を離し、そろそろ続けてもいいか、とアクアは周囲を見渡した。
「次は父親だが……これは元劇団ララライの所属で、今は神木プロダクションの代表をしているカミキヒカル氏だ。DNA鑑定したわけじゃないから100%確実とは言えないが、可能性は極めて高い」
「カミキさんが!?」
今度はミヤコさんが驚きの声を上げ、あんぐりと開いた口がもう一つ追加された。有馬とMEMちょとミヤコさんが顔を合わせてあわあわと狼狽えている。
「ミヤコさんも知らなかったの!?」
「アイの事は知ってたけど……でもアイ、最後まで相手の男が誰かは話してくれなかったから。ねえアクア、それは本当なの?」
外の暑さのせいではないだろう汗を一筋流しながら、ミヤコさんはアクアに問い掛けた。その問いにはアクアに代わって姉が答えた。
「星野アイさんが劇団ララライにいた頃の記録を調べました。人は大なり小なり身近な他人の影響を必ず受けます。当時の演技からは、星野アイさんとカミキヒカルさんが互いに深い影響を与え合う仲だったことが窺えました」
姉の提示する根拠に、ミヤコさんは答えに詰まって引き下がったようだ。
「カミキさんが……いやでも、言われてみれば何となくアクアと顔は似てるような」
ところでそろそろ食事も終わりが近いが、デザートはどうしようか。
既に米も肉もがっつり食べちゃってるし、ろくに運動しない身でこの上に甘味まで足すのはちょっとな。いや逆に考えれば、既にがっつり食べてるんだから、今更一品抜いたところで焼け石に水。下手に欲望を我慢して後で悶々とするぐらいなら、行くところまで行って満足したほうが健康的とも考えられるな。減らすのは明日からでも良いんだし。
「って、何そこはデザート漁ってるの。この空気の中でよくそんなことできるわね」
焼肉店らしからぬ趣向を凝らしたスイーツの数々も良いが、やはりここはシンプルイズベスト。王道のバニラアイスで締めるとするか、と脳内会議で結論が出たところで有馬かなに見咎められてしまった。
「アクアさんの出生の秘密と両親の話ですよね。私はその下りはほぼ全部知ってるので今さら聞く必要が無いんですよ。本題の映画に入ったら話に参加します」
「アクアやあかねに聞いたの?」
「さあ、どうでしょうね。有馬さんも頼みましょうよ。脳に糖分が欲しくなりませんか?」
タブレット端末を渡すと、しばらく唸りながら物色し、やがてオーダーを送った。
同じようにルビー、MEMちょとタブレットは旅をし、私の手元に返ってきたところでアクアが話を再開した。
「それじゃあ、両親が誰か分かったところで、映画の話に入るぞ」
一手に集まった全員の視線の前で、アクアが一度深呼吸をいれる。
「タイトルは『15年の嘘』。星野アイの半生を描くドキュメンタリーだ。元々はアイ本人が撮りたがって五反田監督と計画してたが、例の事件で凍結になってたものをオレが掘り起こした形になる」
厚く重ね塗りして作られた虚構じゃない、本当の、ありのままの自分を知ってほしい。その願いがこもった映画を撮る。実母がやり残した未練を、自分が引き継ぐ。茹だる熱さと、怖気がする冷たさを同時にはらんだアクアの決意を、皆黙って聞いていた。
「先に言っておくが、この映画では多数の実在の人物の名誉を傷つける事になる。つまり、訴訟や炎上のリスクが大いにあるという事だ」
B小町や劇団ララライの当時の関係者達の殆どは当然ながらまだ生きている。既に故人になっている人にしても、その遺族がいる。そして何より、完璧にして究極たるアイのイメージをも損なうのだ。この映画で幸せになる人間など皆無と言っても過言ではない。
裏側をちょっと暴露するだけでこれなのだ。もしアクアがまだ父親を黒幕だと信じていて、ストレートに殺人を告発する映画なんて作ろうとした日にはどうなる事やら。
実在かつ存命の人物を明白な証拠もなしに殺人犯呼ばわりする映画とか、普通に考えてプロデューサーやスポンサーが通すわけないから意味のない妄想だけど。証拠があるならスタジオより先に警察行けよと言われるだけだし。
「その上で、それでもオレはこの映画をやりたい。皆に協力してほしい。B小町の役を務められるのは有馬やMEMしかいないんだ」
机の上に両手をついて、アクアは頭を下げた。
最初にアクアに声を掛けたのは、対面にいた有馬かなだった。
「私はいいわよ。私にしか頼めないんでしょ? 仕方ないから引き受けてあげる」
「本当にいいのか。本当に炎上したら、もう芸能界にはいられなくなるかもしれないぞ」
「炎上して叩かれるぐらいが何よ、誰からも声かけられなくなって忘れられる怖さよりはマシでしょきっと」
それに、もしそうなったらアクアのせいなんだから、責任とってくれるよね? と有馬はアクアにずい、と顔を近づけた。
有馬の端正な顔としばしにらめっこした後、アクアは耐えきれなくなったように吹き出した。
「考えておくさ。MEMは?」
「私は……うん、私もやるよ。皆やるって言ってるのに一人だけ逃げるのも何かさ」
「ありがとう……よく考えたら、MEMはそんなに炎上を恐れなくていい立場だったな」
「あ、それ言っちゃう?」
他のメンバーと違い、MEMは炎上しても簡単に逃げられる。
自分を幼く見せるための特徴的なメイクと芸名を捨てて転居するだけだ。実年齢相応の大人らしい化粧と本名で街を歩く平凡な一般女性と、かつての配信者にしてアイドルのMEMちょを結び付けられる人などそうはいないだろう。
「あかねは?」
「アクア君のやりたい事が、私のやりたい事だから」
「ふふっ、皆、アクたんと一蓮托生で良いってさ」
MEMちょの問いに、あかねは当然のように言ってのけた。
「かなちゃん。もし本当に炎上したらまず私を頼ってね。炎上の先輩としてアドバイスしてあげる。自分のせいでアクア君に迷惑かけたくないでしょ?」
「叩かれっぱなしの泣き寝入りだったヤツがアドバイス? むしろ私が手本を見せる側でしょ」
一蓮托生とは言ったが、一部だけは呉越同舟のようだ。
ルビーが次は自分の番かと身を乗り出したが、アクアはルビーではなくミヤコさんの方へと身を向けた。
「ミヤコさん、いろいろ迷惑かけると思うけど」
「仕方ないわね。それに、あの子の最後の望みだなんて聞かされたら私も何もせずにはいられないし。スケジュール調整しとくから」
次こそは己の番だとルビーが兄にすり寄ったが、アクアは妹の頭を撫でるだけに終わった。
「お兄ちゃん、私は?」
「ルビーとは昨日もう話しただろ。気が変わったのか?」
「そうじゃないけど……むう」
ルビーの返事は必要か、とアクアが周囲に問う。聞かなくても分かるからいい、と周囲は返した。
兄と、そして母に頭を撫でられながら、ルビーはむくれた。
「で、最後は……」
アクアの視線が私に向けられると、それ以外の全員の視線も私に向いた。
「付き合ってくれ」
「付き合いますよ。それで貴方の気が済むのなら」
私がそう言うと、アクアは満足げに頷いた。これで一巡したと思いきや、有馬がそこに待ったをかけた。
「ちょっと待って。私らは役者だから分かるけど、その子は何するの。姉妹で共演でもするの?」
「あ、そういえば考えてなかったな。何させよう」
「考えてないって、じゃあアクアは何で誘ったのよ」
「そこにいる事に意味があるというか……とにかく、こいつがいないと始まらないんだよ」
アクアはしばらく腕を組んで考え込み、その態勢のままこちらに問い掛けた。
「何ができる?」
「事務仕事なら多少の心得は」
私も、皆が仕事してる中で一人だけ突っ立ってるのは気が引けるので何かしらは引き受けようか。事務仕事は前世でやってたからある程度はできる。適当に仕事振ってくれたら適当にこなすよ。
「事務か……あかね、他にできそうな事は?」
その返答に微妙そうな顔を浮かべたアクアは私だけではなく、姉にまで同じ内容の質問を振った。
「家事は一通りできるから、掃除とかお茶汲みとかの雑用でもやらせとけば?」
「なら雑用全般と事務手伝いを頼むか。じゃあ、そういう事で。」
そして一人で勝手に話を勧めつつ、私に向かって衝撃的な言葉を吐く。
「ああ、これも言い辛いんだが……バイト代は期待するな。この撮影では人も金も物もとにかく足りなくなるのが目に見えている。切り詰められる部分は切り詰めたい」
「私への報酬は切り詰めて良い部分扱いなんですか?」
「最低賃金は何とか捻出する。それ以上は無理だ。休みについては……相談には乗る」
「……はぁ、仕方ないですね。雑用でも給料出るだけマシと思いましょう」
まあ考えてみればアイさんとアクアの件に関しては元より無報酬で働いてる状態でもあるのだ。それよりは良いさ。
「雑用係が一人いるだけでも仕事の回り方が目に見えて変わるんだ。すまんがよろしく頼む。ミヤコさん、手続きを」
「雇用の手続きね。やっとくわ」
ミヤコさんがいつの間にやら取り出したメモ帳に何やら書き込んでいる。口先だけの雇用契約ではなく、ちゃんとアルバイトとして扱ってもらえるらしい。それは良い事だ。
「これで苺プロは意思統一完了か。皆、オレの我が儘に付き合ってくれてありがとう。劇団ララライへはまた話を通しに行くとして、それ以外の問題点は……監督とプロデューサーと脚本は当てがあるから、後は配給会社とスポンサー、子役か。何かいい案はないか?」
アクアが問い掛けながら全体を見回す……ふりをしつつ明らかに私の方を見る。
「内容が内容なので、大手は皆嫌がるでしょうね。とはいえ競争避けにそういった大手が嫌がるモノをあえて狙いに行く中小もいます。映京あたりが狙い目でしょう」
「映京か。メモしておこう。スポンサーはどうする。配給の方で集めてくれるなら良いが、そうでなかった時に困る」
「変わった映画好きが社長な株式会社夢建築とか、地元で撮影する宮崎ツアーズ株式会社あたりは出してくれそうですね。あとは、四宮交通はどうでしょう。あそこの代表、不知火フリルさんのファンだそうで。彼女を出すならいくらか出資してくれるかもしれません」
「なるほど……他にはないか?」
「あー、あとは……こことかどうですかねぇ。広告代理店なんですけど」
原作知識からいくらか覚えている候補を出した後、アクアの携帯にメールを一通送る。これはちょっと口頭では言えないからね。
目の前でメールを打ち、送信。アクアに読ませると、その顔は面白いようにみるみる固まった。
うん。天道寺の名前にはやはりそういう反応するか。
「考えておく、他に協力を頼めそうなのは?」
「神木プロダクション」
「……お前本当にこの映画の内容分かってるのか?」
「分かってますよ。その上で言ってます。神木プロと言えば片寄ゆらさん。彼女も人気女優ですし、呼べれば話題になるでしょう。出資という名の養育費一括請求してきたらどうですか? アクアさんが良ければ私から連絡入れておきますが」
片寄ゆらさん、原作でも15年の嘘の主役候補に一瞬だけ名前上がってたしね。私が言わずとも他の誰か、例えば鏑木プロデューサー辺りが候補に出すだろう。
カミキさん、いっそ本人役で出演しませんか、と最高の生き証人にお願いしてみたらどうなるだろう。あまり邪険にされそうなイメージは湧かないが。
「……いや、そこはいい」
「そうですか」
まあ、アクアがそういうならそれでいい。
「後は子役か」
「子役というと、やはり幼少期のアクアさん役ですか」
アクアのような、気持ち悪いぐらい大人びた演技ができる子役というと思いあたる人物なんて一人しかいないし、それはアクアも同様だろう。
「聞かずとも、もう最高の候補が頭にあるんじゃないですか? あれ以上を出せと言われても私には無理ですが」
「やはり、あれしかないのか。あれの手を借りるのは非常に不本意だが……じゃあ連絡頼む」
不本意なのは共感できるが諦めてツクヨミさんに頭下げてこい。と切って捨てようとしたところでアクアに何か頼まれた。
「いや、自分でやってくださいよ」
「連絡先が分からん」
「私も知りませんよ。人気のない所で呼んだら出てくるんじゃないですか?」
「それを頼むと言ってるんだ。できる事なら顔も見たくない」
「……では、もし会えたら伝えておきます。そっちに出てきたらそっちでお願いしますね」
あれはいつどこに出てくるか分からない生き物だからね。もしこっちに現れたらアクアが探してた、ぐらいは伝えておいてあげよう。
届いたデザートとコーヒーを最後に味わい、打ち上げは解散となった。
一度は妹と共に帰宅したアクアは深夜、妹が寝静まったことを確認してからもう一度家を出た。
草木も眠る時刻だろうとお構いなしに大通りや高速道路を駆ける車の音を遠くに感じながら、近所の公園へとやってきたアクアは一人、ベンチに深く腰掛けた。深夜の公園は当然だが、アクア以外の人の気配は一切なかった。
街灯とそれに集る羽虫をお供に夜を過ごしていると、背後で二度、草と砂を踏みしめる音がした。
「ダメじゃないか。子供がこんな時間に外に居たら」
小さく抑えられた幼い声は、痛いほどの静寂の中では思いの他響いた。
「自分の姿を鏡で見てから言うんだな」
アクアは振り返りもせず、ベンチで尊大にふんぞり返ったまま言い放った。
「私は姿を見せるかどうか自分で選べるから良いんだ。で、私を探してたんだって?」
「ああ、ちょうど用があってな。ツクヨミ、と呼べばいいのか?」
地面を踏みしめる軽い足音が後方から横へ、横から前方へと移動していく。
前方に立った小さなシルエットが街灯と月明かりを隠し、できた身長に見合わぬ大きな影の中にアクアの姿が沈んだ。ツクヨミの小さな体躯が、実物より一回りも二回りも大きく感じた。
「聞いてあげようじゃないか。私に何を『お願い』したいのか」
伸ばされた小さな両手がアクアの顔に添えられ、強引に見上げさせられた。光をさえぎられて真っ暗な視界の中、両の瞳だけがぎらりと光っている。
その瞳とたっぷり睨み合ってから、アクアは薄く唇を開いて空気を吸い込んだ。
「今度映画撮るから子役やってくれないか?」
「普通にお断りだが?」
アクアが一息に言いきったお願いを、これまたツクヨミは一息で切り捨てた。
「私は神楽を見物する側であって自ら舞う側ではないよ。もし知らなかったのであれば覚えておくと良い。無知であった事自体は罪じゃない。学んで改めるというなら許してあげよう」
アクアの顔から顎へ、顎から首元へとツクヨミの手が滑っていく。首に添えられた両手にツクヨミが力を籠めればたちまちアクアの喉は絞まり呼吸ができなくなるだろう。
「そういう御託はいらん。お前が何物かも興味はない。オレが知ってるのはお前がオレの『子役してくれ』という頼みから逃げたという事実だけだ」
「断ると逃げるがイコールとは、ずいぶんと短絡的だね。君はもっと賢い人間だと思ってたけど、見込み違いだったようだ」
「逃げたわけじゃないと。なら、やろうと思えばできるんだな?」
ツクヨミの親指が、アクアの喉仏をなぞる。この仏様は彼の窮地には力を貸してはくれないようだ。
「立場と礼節を弁えなよ。私がその気になれば、いつでも君を殺せる。殺して、あの世で魂を捕らえて未来永劫の苦しみを味わわせる事だってできる。そうだな、人類に火を与えて罰せられた海外の神話になぞらえて、磔にされてカラスに内蔵を食べられてみるかい?」
「そういうの良いから。子役できるのか、できないのか。答えろよ」
額と鼻先が触れ合いそうなほどの距離に、二人の顔は近づいていた。互いの視界には、互いの瞳しか映っていないだろう。
「しつこい。そんなに私を怒らせたいのかい? 知ってるかい、親の罪を子に問わなくなったのはつい最近の話。少し前まで、罪を犯せば一家丸ごと連座で処罰されるのが世の常識だったんだ。神の意に反して火を与えた罰の刑期は三万年だったらしいけど、君の妹と母の魂も連れてきて分かち合えば一万年で済むね」
「オレは元から地獄に落ちる覚悟をしていた。全てが終わった後でなら、オレの魂は好きにしていい。なあ、それよりオレの質問に答えろよ」
「……」
「沈黙は肯定と見なしていいか?」
手元を震えさせて沈黙するツクヨミは、アクアは真っ直ぐに見返した。
アクアの視界にすっと光が差した。ツクヨミが近づけていた顔と手を離したのだ。
「……私は煽られるのにあまり強くないようだ。分かってたけど、いざ体験するとちょっとショックだな」
ツクヨミはその場で三度、深呼吸を繰り返した。
「星野アクアは私を煽って買い言葉を吐かせようとする。黒川あおいに事前に教えてもらってなかったら、この勝負はきっと君の作戦勝ちで終わってただろうね」
「黒川だと……あいつに会ってからきたのか?」
「いいや、今日はまだ一度も会ってない」
ツクヨミはすっかり平常運転に戻っていた。今度はこちらの番だとでも言うように、口元をニヤつかせている。
こいつのような手合いはプライドをくすぐるのが効果的、とは経験からの判断だが、それを事前に教えてもらったとはどういう事か。
「そうだね、あれは去年の春だったかな。ほら、君の彼女が自殺未遂を起こした一件の少し後だよ。その頃に初めて黒川あおいと会ってね。その時に教えてもらったんだよ。将来君が星野アイの映画を撮る事、私に子役をさせようとする事、それを呑ませる手段として君は煽りを選んでくる事、をね」
次はアクアが沈黙させられる番だった。
去年の春、あかねの自殺騒ぎ。アクアが黒川あおいと初めて会った頃でもあるが、その頃から既に今日の事態を見通していたというのか?
「……あれは占いで未来予知でもできるのか?」
「そういう能力はないね。ただ常人に見えないものが見えるのと、ありえた未来の一つを描いた台本を持ってただけの話。私も読ませてもらったよ」
未来を知っているだと。それはつまり、未来から過去へと転生してきた存在だという事か?
しかし考えてみればあながちあり得ない話ではない。雨宮吾郎の死と星野アクアの誕生は同時だったが、天道寺さりなの死から星野ルビーの誕生までは大きく空いている。ルビーの視点だと、突然時が何年も跳んだように感じただろう。これを未来へのタイムスリップとすれば、その逆、未来から過去へのタイムスリップもまたあってもおかしくない。
もし未来でアイの映画を見ていたのであれば彼女の情報のいくつかは説明できるようになる。
もともと15年の嘘は物語の中核たるとある青年の情報を意図的にぼかし、そこを視聴者に調べさせようとする構成だった。この映画を見て、自分なりに調べた結果が『父親は犯人ではない。黒幕は別にいる』だったとするならば。
「未来を知ってるというのは確かに強力な武器だけど、同時に落とし穴でもある。なまじ結果が見えてるから、そこに至る過程を疎かにしがち。関わるならちゃんと関われって注意してあげたのに懲りずにまた同じミスしてるし」
堪え切れないように小さく笑うと、ツクヨミはアクアの肩に手を乗せてきた。
「話を戻そうか。私に映画の子役をやってほしいんだったね。いいよ、君のお願いに免じて引き受けようじゃないか」
「……いいのか?」
「いいとも。近いうち、黒川あおいは自分の見落としに気付いて頭を抱えるだろう。それを特等席から笑って見るには堂々とスタジオ内に居座れる肩書があった方が良いからね」
その時は君も一緒に笑いに行くかい? などとのたまうツクヨミに、アクアは何も言えなかった。
「じゃあ、用件は終わりかな。無いなら私は行くよ」
「……最後にもう一つ聞かせてくれ。この映画をどう思ってる。オレは、この映画が成功しないとお前も困ると思っていたんだが」
「映画の売れる売れないはどうでもいい」
面白い見世物が見られれば何でも良いんだよ、とツクヨミは言い捨てた。
本当のお楽しみは映画の後だからね、とも。