完璧で究極なアイドル様に執着されて 作:肉ぶっかけわかめうどん
やってきましたジャパンアイドルフェス。
ステージ前に詰めかけた群衆から少し距離をとり、熱気から逃れるためにちびちびと飲み物を口に運ぶ。
この手の催し物というのは集客を見込める大物ほど後に配置するのが定石なのだろう。しかし新生B小町は先頭に配置されているにも関わらずかなりの人数を集めている。この集客力の源はかつてのビッグネームを襲名したグループへの期待か、はたまたインフルエンサーとして一定の地位を築いていたMEMちょの知名度か。
いずれにせよ彼らはただのMEMちょ目的の一見さんでしかなく、彼らをB小町のファンに変えられるかどうかは主にセンターの有馬かなと星野ルビーに掛かっている事だろう……なんてもっともらしいコメントをしてみるが、私に芸能の良し悪しを見極められる程の教養は無い。とりあえずこのショーを見て楽しむ事しかできそうにない。
あ、今有馬かなが一瞬笑いをこらえるような顔をした。
彼女が笑ってしまいそうになるのも無理はない。私からは背中しか見えていないが、今観客用スペースの中では星野アクアが渾身のオタ芸を披露している真っ最中なのだ。無表情で。
これで彼が良い笑顔の一つも浮かべていれば数多の女子を魅了しそうな素晴らしい絵になったのであろうが、すまし顔ではただ周囲を引かせる結果にしかなっていない。
そして私にはもう一つ見えている。彼の隣で赤いサイリウムを振り回す星野アイの姿が。
流石の元本職というべきか、息子の芸を完璧にコピーするだけではなく、今やコピー元以上にキレのある動きを見せている母親という絵面にはシュールさを感じずにはいられない。
どことなく嬉しそうにしている雰囲気を感じるので尚更だ。
今この時だけは、アクアも復讐やら何やらはすべて忘れて純粋にデビューライブを楽しんでいる。きっと彼女も息子のそんな姿にこそ喜びを感じるのだろう。
まあ、楽しんでくれているなら何よりです。
B小町の持ち時間が終了し、盛り上がっていたギャラリーが解散の動きを見せている。この後も他のアイドル達が入れ代わり立ち代わりショーをするのだろうけど、B小町目当てで来ていた人達はそちらを見る気は無いようだ。
一番槍が大成功を見せた後での閑古鳥は精神的にかなり堪えるだろうけど、どうかめげずに頑張ってほしい。
私も今日ここに来た一番の目的を果たすべく、撤収中のアクアの前へと移動する。
「君は……!」
「お久しぶりです」
足を止めたアクアの前で立ち止まる。
今日最初に話題とすべき事は当然、これだ。
「先日は姉を助けていただいてありがとうございます」
あかねはすっかり元気を取り戻していた。世間からのバッシングも収まり、また『アイのような女』という明確な役割を与えられた姉はそれまでの空回りが嘘のような大立ち回りを見せ『今ガチ』の実質主役の座を手にする。最終回ではアクアと幸せなキスもした。
「ああ、その件なら礼には及ばない。ああなるまで何もできなかったこちらにも責任はある……あかねは元気か?」
「お陰様で。いつも彼氏からの連絡を心待ちにしていますよ」
「そ、そうか……それについては悪いと思っている。今度、良い店を探して食事でも誘うとするよ」
今ガチ最終回以降、一応アクアとあかねは恋人という事になっている。と言ってもアクアは彼女に連絡一つ入れない男。交際開始からしばらくはSNSの新着通知がないか、スマホを頻繁にポチポチするあかねの姿をよく見かけたものである。ゼロだと悲しい。通知の数字幸せの数字。
「……」
「……」
何かを言いだそうとして、止める。そんな無言の空間が幾秒か形成された。
「あー、その、君には前からひとつ聞きたかった事があるんだが」
「何ですか?」
「あの台風の日、君はオレを見て『星野アイ』と言わなかったか。あれは何だったのか気になるんだが。オレの名字は確かに星野だが、そんな名前の身内に心当たりはない」
なるほど、そうきたか。
そういえば星野アイのフルネームは世間には公表されていないんだったか。まあ多少想定からずれていたとしてもこちらのやる事は変わらない。
私は周囲を見渡し、聞き耳を立てていそうな者がいないことだけ確認。一歩踏み出すとアクアの耳元に背伸びして近寄り、他の誰にも聞こえないように小声で呟く。
逆にこちらから爆弾を投下して有耶無耶にする。星野アイ発言への返しはこれしか思いつかなかった。駆け引きしても勝てる気がしないので初手で勢いつけてそのまま押し切る作戦だ。
「すっとぼけなくとも大丈夫ですよ。私知ってますから。貴方のお母さんの事」
耳元から口を離し、元の位置に戻ろうとした私の肩を意外と逞しいアクアの腕ががっしりと掴んだ。
「なぜアイの事を知っている?」
アクアの瞳の中に星の輝きが見える。腕の力が強い。あと近い。
効き目は予想以上のようだ。
……これ私が高校生だからまだマシなのであって、もし親子並みに年が離れていたら普通に黒幕の仲間だと疑われてるかもしれないな。
「何故と言われても……知っているから知っている、としか。貴方にだってあるでしょう? 他人に合理的な説明のしようがない、だけども本当の事。私も、貴方と同類だと思うので。一応」
それとなく転生の事も含めてみる。同作中での転生と外からの転生を同列に扱ってよいものかが分からないので一応、と予防線を張っておく。
前世関連には踏み込まない。暗黙の了解として星野兄妹の間で成立していた取り決めだ。これを出すことでアクアからの追及にブレーキを掛けられることが期待できる。
「同類……まさか」
「実は私、個人的な理由である事件の事を調べてるんです。12年前、とあるアイドルが過激なファンに刺されたあの事件です。真相究明には貴方のご協力が不可欠なんです。私では当時の関係者の方々にお話を伺いに行くことができませんので」
「その個人的な理由とは?」
「それも回答拒否で」
「それで君の一体何を信用し協力しろと?」
それはごもっとも。でも原作知識と幽霊関連除くと何も話せること無くなるし。
「無理なお願いをしている自覚はあります。ただ、私は敵ではないと分かってくれたら今はそれ以上は望みません。貴方の復讐を一日でも早く終わらせてほしいだけです」
「……」
アクアの腕は相変わらずこちらを掴んだままだが、力はずいぶん弱くなった。一方で目はまだまだ強く、そして暗い光を宿したままだ。今は全力で頭を回している最中といったところか。よし、このまま逆転を許さず押し切りと行かせてもらおう。
「では……」
「ちょっと待て」
不意に冷たい声が刺さる。何か引っかかる事でもあったのか、アクアは急に話を遮ってきた。
「さっき、関係者の話を聞きたい、と言ったな」
「……言いましたが」
「アイの秘密と事件を知っている。オレの復讐の事も知っている。そこまで知っていて、今更なぜ関係者の証言が必要になる。何を聞こうとしている?」
「それは……」
「事件について調べたのなら、オレやルビー、斉藤夫妻に有力な証言ができない事も分かっているだろう。そんなものがあるならオレがとうに聞き出しているし、オレにすら聞かせられないものを君が聞き出せるとも思えない」
もし住所の漏洩先について心当たりがあるなら、父親よりも先にそちらを調べていた。他に思いつかないからこそ父親を捜しているのであり、しかし父親についてアイは頑なに口を噤んでいた。知らないものは証言のしようがない。
「君は、いったい何を知っている。何を裏付けるために証言を引き出そうとしている?」
迂闊な発言だったかもしれない。
言われてみれば確かにそうだ。心当たりはありますか、なんて聞いたところであるはずない。警察にだって何度も質問されただろう。いまさら何を聞くつもりだ、は当然の疑問だ。
そこからこいつは何か自分の知らない情報を持っていると確信されるとまでは思わなかったが。仕方ない、次の爆弾の準備だ。
「私は、父親を真犯人とする説には懐疑的な立場でして」
「何……!?」
この世界においてはまだ未来の話になるが、カミキヒカルは女優・片寄ゆらを登山中の事故に見せかけて殺害した際、倒れた彼女の元にわざわざ近寄り、話しかけすらしている。接触を人に見られるリスクだってあるだろうに、なぜこんなことをしたのだろうか。
答えとして考えられるのは死亡確認だろう。もし一命を取り留められて、事故ではない事を証言されると困るのだ。だから確認が必要だった。
ここを見るにカミキは自身が疑われぬ事を第一に慎重に立ち回る男と思える。
翻って星野アイの事件を見てみる。
ストーカー男はアイが来客対応のため扉を開けた隙に押し入り、彼女を隠し持っていたナイフで腹部を一度刺し殺害、その後逃亡・自宅にて自殺した。
この流れには問題点が三つある。
もしアイがドアにチェーンを掛けたまま対応していたら。
ストーカーは家に入れない。殺害の目的を果たせずすごすごと帰るしかない。不審者が現れたとなれば再度の引っ越し等の安全措置を取られるかもしれない。
アイを刺すまでは行けたが、致命傷に至らなかった場合。
特にスキルの無い人間が、同じ成人した人間を一撃で確実に仕留めるのは難しい。刺す位置がほんの少しずれていれば殺しきれていなかったかもしれない。その場合、自身の名がアイの口から出る可能性がある。
またアイ殺害の成功如何に関わらず、このストーカーが警察に逮捕され、自身の背後関係について洗いざらい吐いてしまう可能性だって無視できない。
こう考えると、星野アイ殺害計画は成功よりも失敗する可能性の方が遥かに高い杜撰な計画と言える。ここまで来るともう襲撃そのものが目的であって殺す気は無かったとすら思えてくる。
この二つの事件、本当に同一人物の犯行か?
本当にカミキヒカルの犯行であるのなら、もっと確実に殺せるような計画を練るだろう。例えば本人が直接来るとか。これなら問題の大半は回避できる。
子供の顔を見に来い、と呼んだ側なのだからアイは彼を何の疑いも無く家に上げるだろう。
また、カミキが顔を隠し、人通りの少ない辺鄙な時間帯を選んでやって来たとしてもアイは不思議に思わない。お互いの立場を想えば人目を避けるのは自然な行動なのだから。
そして家に入り込み、油断しきっているだろうアイの背中を襲えば良い。可能なら年に似合わぬ賢さを有するらしい双子の子供も殺しておけば目撃者も消せる。
犯罪には詳しくない私でも、少し考えただけでこれぐらいは思いつく。
「父親が疑わしくなるのは、住所の漏洩元がアイであるという前提での話。この前提がそもそも間違っていたとするなら?」
「それはありえない、そんな事をするメリットが無い!」
「父親にだってメリットはありませんよ。自分で来るなりプロを雇うなりするならともかく、ストーカーをけしかけるなんて不確実な手段で殺すメリットが。そのあたり、一度ちゃんと考えるべきだと思うんです」
まだ肩にかかったままだったアクアの両手をそっと外す。
「さて、そろそろB小町の皆さんも戻って来てる頃でしょうし、今日は解散としましょうか。あ、これ私の連絡先です。何かあったらここまで。答えるかどうかは約束できませんが」
連絡先を書いた紙を押し付けるという、何でもスマホとSNSの時代では珍しくなってきた行為かもしれない行為に及び、そして返事は待たず踵を返す。時間は私の敵。長期戦になったら脳みその差で劣勢に立たされること間違いなし。
つなぎを作るという最低限の目的は達せられたと信じて撤収。
仕事を終えたB小町一行は社長、斉藤ミヤコの運転する車で帰る事になっていた。
最後に車にたどり着いたアクアは舟をこいでいるルビーを揺らさないよう注意しつつ、唯一開いていた後部座席に体を滑り込ませた。
「遅かったわね」
「知り合いに会ったから、少し世間話をしてた」
「そう」
最初に返ってくるだろうと考えていたミヤコの問いにそう返し、アクアはシートベルトをつけるとポケットからスマホを取り出しにらめっこを始める。ミヤコも別に何も追及せず車を発進させる。
皆疲れ切って無言の車内で、三列シートの中列に座る有馬かなは後部座席で座るアクアにシート越しの声を投げた。ちなみに隣ではルビーが完全に熟睡していた。MEMちょは最前列だ。
「……どうだった、私たちのステージ」
「……」
数秒の沈黙。
「まあ、初めてにしてはよくやったんじゃないか」
「何それ」
たっぷり長考してのコメントがそれか。顔に抗議を浮かべる有馬をアクアが手で制した。
「有馬たちはこれからもっとすごいライブをするだろうし、それを考えたらここで高得点つけるのはもったいない」
「……あっそ」
アクアの答えに及第点ぐらいは出す気になったのか、有馬は顔を正面に戻してまた黙り込む。
そんな二人を見ながらMEMちょとミヤコは安心したように話す。
「あの二人、やっと話する気になったみたいね」
「でもなんだか仲悪いですよね」
「あれはそういうんじゃないわよ。見てなさい」
頭に疑問符を浮かべるMEMちょをよそに、ミヤコは後部座席のアクアに声を掛ける。
「ねえアクア。あの黒川あかねとは上手くいってるの?」
「いや、あれから会ってない。ただの仕事相手だしな。インスタ用の写真もあるし、今度食事にくらいは誘うつもりだが」
「!?」
MEMちょは飛び上がった。
「どうしたのよ急に。びっくりするじゃない」
「あ、いや、なんでもないですスミマセン……」
MEMちょは実は見つけてしまっていた。
楽屋からの帰りに何気なくステージの方を見た時に、アクアが女の子と話しているところを。有馬は隊列の先頭で人混みをかき分ける事に集中しており、ルビーはフラフラの状態でその背中について行っていた。周りを見れたのは殿の自分だけだっただろう。
ぱっと見は友人の黒川あかねのように見えた。友が晴れ舞台に駆け付けてくれたことも、意中の男と意外と上手くやれていうそうなのも嬉しかった。
「仕事……はん、そうよね、あの黒川あかねがアンタなんかに本気になるはずないもの。アンタも哀れね、あれはテレビショー上の演出なんだから駄目よああいうの本気にしちゃ!!」
あかねと何も進展が無いと聞くや否や急にニッコニコになる有馬の姿もMEMちょにとっては衝撃的な情報だが、それと同じぐらいあの光景のインパクトも大きかった。
(え、あかねじゃないとしたら、あれ誰……?)
何やら肩を掴んだりしていたようにも見えたし、世間話とかの距離ではないことは間違いない。
(そ、そういえば……)
あかねには双子の妹がいる。あの『今ガチ』騒動の時にアクアとも面識ができたと聞いた。アクアが件の妹の事を話題に上げ過ぎてあかねが落ち込んでいたのはまだ記憶に新しい。
(どういう事!?)
振り向くと、あかねと何もないと知りほっと息をつく有馬の姿が。
(有馬ちゃんはアクたんの事が……あかねも……だけど肝心のアクたんの矢印はまったく別の方向を向いてる!?)
黒川あかねは大事な友人だ。アイドルデビューした今、有馬かなだってこれからは大事な戦友である。でもアクアもまた同じ事務所の仲間であり、決してないがしろにする気は無い。
(私、誰の味方になるべきなの!?)
声なき悲鳴が心中に木霊する。
騒動の中心になっている事に気付いてほしいアクアは今、車内の空気など知った事かと液晶を操作し続けていた。誰かとSNSでやり取りでもしているのか。
とりあえず、ルビーを見習い自分もふて寝を決め込む事にした。