完璧で究極なアイドル様に執着されて   作:肉ぶっかけわかめうどん

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後追い

 ひどいアウェイ感を感じる。

 当然だが、イスなんて参加者の分しか用意していない。というかここにイスと机並べたのも私自身だから入る前から分かっていた事ではあるんだけど。

 

 座る場所は無いので仕方なくドアの前で突っ立っていると、何しに来たんだこいつという視線が一層強いものになった。人を呼びに来たやつが用が済んでも帰らずにいたら私だってそういう目で見るから仕方ないが。

 

「……いつまでそこにいるの。サボり?」

 

 皆を代表して最初に切り込んできたのは姉だった。向こうから来てくれるとはありがたい。主役の話になるまで待ってるつもりだったが、今すぐに話を始められそうだ。話というか、半分は決定阻止のためのいちゃもんみたいなものだけど。

 

「サボりじゃないよ。これも仕事。映画製作に関連するものが最も優先されるべき仕事だから」

「じゃあ何しに来たの」

「しいて言うなら、さっきの続きをしに来た、ってところかな」

「……」

 

 さっきの続き、と聞いて意味を理解できる一部の人間の表情が変わった。

 

「どうしてそんなに主役に口を出したがるの? そんなに私じゃ嫌?」

「いや別に。単にこっちの方が都合がいいってだけ」

「都合がいいって……たったそれだけで私を追い出す気?」

「え、まあ……そういう事になるかなぁ」

 

 周囲はこのよく分からない事態の推移を注視する形になっているようで、私達の話に口を挟んではこない。

 これなんの話してんの、と視界の片隅でカントクが隣のアクアに小声で話しかけているぐらいで静かなものだ。

 

「それだけで追い出されそうになる私の気持ちは考えてくれないの?」

「考えないとは言ってないけど……社会なんてそんなもんでしょ。彼方立てれば此方が立たず。皆納得するプランなんて普通は無い。そんなものがあるならそうしてるよ。それが一番面倒がないし」

「普通っていうなら、家族と赤の他人が対立してたら家族の方を助けてくれるのが普通じゃない?」

「一般論でいうならそうだし、できるならしてあげたいけど……でも私にとってはこれも仕事の一環みたいなもんだから。できなくてごめんね」

 

 私ら姉妹以外誰も喋らない静かな空間に、はん、と姉が鼻で笑う音が響いた。

 

「何がしてあげたい、よ。ムカつく言い方。家族だからって特別扱いする気なんてないクセに」

「そんな事ないって」

「……まああおいにどんな思惑があってもいいけど。この件で私に譲る気がないのは変わらない。さっきの結果を見て、まだ続けたい? 無駄な事を何度も繰り返すの、私好きじゃないんだけど」

「いやいや、今はダメでも未来は分からないよ。ポテンシャルはあるはずなんだから」

「今から撮影なんだから、今できないとダメでしょ」

「そこはできる限り小細工する」

 

 実際、外からの入れ知恵ひとつでもそれなりに変わるとは思う。最終的にはルビーの頑張り次第ではあるけど。

 

「小細工って……素人でもそんなに変わるほどの小細工なら、私がやったらもっと良いものになるんじゃない?」

「ちゃんとルビーさんにしかできないやつにするから」

「何で私にできないと決めつけるの? やれと言うなら、力の限り再現してみせる。それが私の取り柄なんだし」

「別に取り柄の否定はしてないよ。姉さんには姉さんの取り柄があるように、ルビーさんにだって使える引き出しがあるはずだから、それの開け方をこれから考えるってだけの話だよ。とりあえず、もう一回チャンスが欲しいから、今日の所はちょっと待ってあげてほしいな。ダメだったらそっちにお鉢が回るから、大きく構えてなって」

「どうあっても追い出したいのね。私の事嫌いになっちゃった?」

「姉さんを嫌いになった事なんて一度もないよ?」

 

 外行きのようなにこやかな笑顔を向けあっていると、思わぬところから仲裁の声が入った。

 

「あー……お二人さん」

 

 声の主はカントクだった。席から立ち上がり、まあまあ、といった感じで両手を広げている。

 

「大体の事情は今アクアに聞いたよ。この件に関しては、後でもう一回話し合いの場を設けるから、結論は後回しって事でいいか?」

 

 ここで延々争われても邪魔だから後にしてくれってか。制作サイドとしてはそんなものは当人らで何とかしてくれと言いたいところだろうが、争ってる両者が共にアクアの身内なんで色々と配慮してくれているのかもしれない。なんであれ、私としては今日この場での決着を回避できただけでも実質勝利だから後回しは大いに結構だ。

 

「私はそれで。ありがとうございます」

「……分かりました」

 

 言質はとれたし、今日主役が決まる事はないだろう。つまりこの場での私の仕事も終わったので、他の仕事に戻るとする。

 納得できません、と顔に出ているのを隠そうともしない姉を捨て置いて、段々きつくなってきた空気と視線から逃げるように会議室を後にさせてもらった。

 

 

 

 その後はいつも通り定時まで指示されるがままに雑多な作業をこなす。急ぐ仕事のあるものは残って作業を続け、そうでないものは家路に就きはじめる。私ももう帰って良いと言われたので、ルビーに今から事務所に来るよう連絡を入れた。今日はもう他に予定が無い事は事前に確認済みだ。仕事してないのに残業付けるのも憚られるのでタイムカードだけ先に押しておいてから、事務所の隅でルビーと、同じく呼んだカミキを待つ。

 

「……帰らないの?」

 

 ソファーの近くで待ちぼうけていると、姉がひょっこり顔を出していた。劇団ララライ組も今日はもう上がるようで、何人か原作で見たような気がする顔が廊下を歩いている。

 

「今から例の作戦会議するつもりだから」

「そう。夕飯は?」

「食べるよ」

「じゃあ、先に帰る」

「分かった」

 

 無表情だが、もう顔に色々書いてたりする感じは無いので気分も落ち着いたのだろう。踵を返した姉に手を振って別れる。

 入れ替わりにアクアとルビーもやってきたので、ルビーに声を掛けてこちらに来るよう促した。

 

 

 

 人がまばらになったオフィスの一角、向かい合って配置された三人掛けのソファーの中央にルビーが座っている。両隣は有馬かなとMEMちょが座り、B小町御一行で丁度良くソファーが埋まった。

 向かいに座る私の隣には誰も座らなかったが、ソファーの両脇にアクアとカミキが立っていた。さらにアクアの隣にはいつの間にやらミヤコさんまでやってきていた。

 

「あの、私はルビーさんとカミキさんしか呼んでないはずなんですが」

 

 じっと真顔で見下ろしてくるアクアに何故いるのかと問うてみれば、視線をピクリとも動かすことなく冷たい返事が返ってきた。

 

「皆ルビーの付き添いだ。何するつもりなのか知らないが、多分ろくでもない事だろう。それに、B小町そのものに関する話もあるんだろ?」

「ろくでもないって、ひどい言い方ですね。そんな事はしませんから安心してくださいよ」

「あの疫病神が一緒の時点で何も安心できない。監視は必要だな」

 

 疫病神に関してだけは同意。あれが勧めてくるものにろくなモノはない。

 

「監視付けられるほどの事なんて私してませんよ?」

「昼のあれだ。あの後大変だったんだからな」

 

 昼のあれ? 粛々と主役以外の配役決めたり台本配ったり今後のスケジュール説明したりして終わったんじゃないのか。

 あの後何が起きたのか気にかかっていると、その答えは隣ではなく正面から飛んできた。

 

「あの後のあかね、滅茶苦茶不機嫌で空気ヤバかったんだから」

 

 あの後について解説してくれたのはルビーの隣、有馬かなだった。

 

 あの後、何とカントクはアクアから聞いた事情をそのまま皆に話してしまったらしい。相次ぐ事情を探りたがる問い合わせの声に耐え切れず、との事だが、これは私にとっては良い事だ。大事になってしまえば無視はできない。質に拘る監督や売れてくれないと後がまずいプロデューサーが持ち前の権限でルビーを黙らせにかかる可能性もあったし。

 

「二人のあの話聞いてたら、あかねとルビーが何か揉めてるってのは分かるし、主役って単語も出てたから、説明されずともだいたい想像ついちゃうんだけどね。もしかして、そこまで計算づくでの会話だった?」

「さあ、どうでしょうね。それで、どうなったんです?」

 

 そして事情を聴いた一名を除いた劇団ララライの面々はなんと、ルビーの演技を一回見てから決めても良いだろう、と容認する空気へと変化したようだ。身内であるあかねに味方するし、話にならない演技力、と評するその意見に同調するだろうと予測していた私にとっても意外な結果だった。

 

「演技って、そりゃ上手いに越した事は無いけど、技術以上に籠める魂が大事。動きが綺麗なだけの空っぽの演技じゃ見ててつまらないし、今は下手でも後で化けるかもしれない。本気の若手には基本優しいのが劇団ララライ」

 

 その疑問を素直にぶつけてみると、そんな風に返された。そういえば、演劇編でも最初ダメダメだったのが猛練習で化けたのがいたっけ。

 それに、主題の星野アイの実の娘であり、演劇編では心の籠った素晴らしい演技をしてくれた共演仲間であるアクアの妹、という事でちょっと期待してる部分もあるようだ。

 

「あと、やるだけやらせてみて、もしダメなら予定通りあかねがやればいいんだし、だって」

「そうそう、そうなんです。ただちょっとルビーさんにチャンスをくれたらそれで万々歳。プランBがちゃんとあるから軽い気持ちでお試ししてくれていいんです。それが御理解頂けただけでもやった甲斐があります」

 

 これも姉の実力への信頼の賜物だ。黒川あかねなら赤点だけは絶対に回避してくれると信じているからこそ冒険できる。これだけのものを築き上げているのに、一時の後回しが姉はそんなに不満だったのだろうか。自分の意見が通らなくて一時的にイラつくぐらいなら理解できるが、終始不機嫌になるほどか? 私は『あれやっぱナシで!』とか前世の社会人時代や霊能関係で何度も経験してるからもうさっさと諦める事を覚えたんだけど。

 でも芸能界ってかなり上下のきつい体育会系社会らしいと聞く。そんな世界で生きてれば耐性つきそうなもんだけどなあ。そんなに姉は怒ってたか?

 

「あかね? いや、ぱっと見は普通だけど、それなりに付き合い長い奴なら見抜ける感じのイラつき加減だった。まああの場にいるのは見抜けるやつばっかだけど」

「あー、そういう感じですか」

「あんなあかね見るのは皆初めてだし。暫くは姉妹揃って注目の的ね」

 

 ま、そういう細かい変化を見抜くのは演劇屋なら得意技か。

 

「家族なのにその辺気付かないの? 帰る時何か話してたような気がするけど」

 

 今度は逆側のMEMちょから問われた。

 話したけど、特に怒ってるような感じはしなかったけどなぁ。

 

「特に普段と変わりは無かったと思いますが。アクアさん辺りが宥めて機嫌直してくれたんじゃないんですか?」

「えぇ……」

 

 何かよく分からないものを見るような顔をされた。もしかしてまだ怒ってたか、もしくはまた怒らせでもしたか。

 

「まー確かにアクたんめっちゃあかねに構ってあげてたし、そのせいで今度はこっちのが機嫌悪くするしで大変だったけどさぁ……てか普段と変わらないって、君らいつもあんな調子なんだ……?」

 

 私は特に邪険にしてるつもりはないんだけどなぁ。今回だって仕事が絡んでなければ普通に姉を応援してあげるんだけども。

 

「……まあ、姉の事は今はどうでもいいじゃないですか。それより本題に入りましょう本題に」

 

 ま、いっか別に。私に何ができるわけでもなし。よく分からないけどとりあえずごめん、て適当に謝っとくとか逆に油注ぐだけだろうし。しばらく放置で良いや。

 

 テーブルの上にメモ代わりにかっぱらってきた白紙のコピー用紙と、こっちは自前のボールペンを置く。会社のボールペンもあるけど、あんな値段しか取り柄の無い安物ボールペンとか書きづらくて仕方ないから使ってない。なんなら事務所の誰も使ってない。

 

「今日お集まりいただいたのは『星野ルビーが主役争いに勝つ方法』と『B小町のドーム公演を実現させる方法』の二点について議論する為です」

 

 紙の両面に二つの議題を記し、主役について書いた側を上にする。

 

「えー、まず主役の件から行きます。ルビーさんがー」

「ちょっと待って。主役は昼も聞いたけど、後のは何? ドーム公演って?」

「あれ、有馬かなさんはご存じありませんでしたか。ルビーさんはB小町の名でドームをやる事を夢として掲げておられます。主役だけでなく、そちらにも私は協力させて頂くつもりでいます」

「初めて聞いたんだけど」

「私もですよ。最近できた夢なのでしょう」

 

 有馬かながルビーにあれこれ確認を取り始めた。MEMちょやミヤコさんも『本気?』とでも言いたげな目を向けた。B小町は駆け出しの新人グループ呼ばわりこそ脱け出したものの、ライブに何万人も集められるようなトップアイドルには程遠い。少しずつファンは増え続けているようだが、それがドームの定員5万人に届く日なんて今の段階では夢のまた夢と言わざるを得ないだろう。

 

 主役の話を先にするつもりだったが、ドームが気になるなら先にそちらから行くとしよう。

 

「ね、聞いてもいい?」

「なんでしょうかMEMちょさん」

 

 話し始めようとしたらMEMちょに止められた。

 

「なんでここまでしてくれるの? あかねと喧嘩してでもルビーの夢が優先って」

「今はこれが仕事だからですけど」

「仕事って事はそれは誰かの指示? アクたん? それとも社長?」

「誰でもないですよ。私の判断です……じゃ、そろそろ始めていいですか?」

 

 紙を裏返して、まずは議題をぐるぐるとまるで囲んだ。

 

「さて、B小町によるドーム公演を実現させる道筋についてですが……すみませんが、私は芸能については何もアドバイスできません。門外漢ですので」

 

 自分で言い出しておいて申し訳ないが、私はアイドルの効率的な売り方なんて分からない。無理に何かをするとしたら、夜の仕事の知り合いを呼んで講師になってもらうぐらいか思いつかない。男性の喜ばせ方をよく知るプロにトークと枕の技を鍛えてもらって仕事に繋げよう、というわけだ。冗談でも提案したらアクアに殴られそうだからしないけど。

 この霊能者という仕事、何故かそういう職業の知り合いできがちなんだよね。人の本能と密接に関わる仕事だからか、そっち系からの依頼が来る機会が何かとある。お前いったい今までに何人壊してきたんだよ、と興味本位で聞いてみたくなるようなのも観た事がある。

 

 あの業界凄いよね。一つのビルの中にホストと闇金とお風呂屋が同居してるのを初めてみた時は思わず笑ってしまった。ホストで貢ぎ、闇金で借金をし、風俗で返済する。徹底的に搾り取ろうという悪い意志を感じる。

 

「なので、ここはカミキさんにお願いするとします」

 

 素人が考えても分からないなら、専門家に頼むべし。これについてはカミキに意見を聞くとする。

 

「カミキさん。現状のB小町がドームに行ける可能性は?」

「現状のですか。なら可能性はゼロかと」

 

 随分バッサリいったな。多少なりともショックを受けていないだろうか、と周囲を見たが、思ったほどではなかった。ドームなんて遠すぎる夢だから想像もしづらいか。

 

「あくまでも現状のB小町と苺プロであればの話ですけどね。現状では足りないものが三つほどあります」

 

 カミキはB小町へと指を三本立てた。

 

「一つは純粋な実力の不足ですが、技術向上の為のレッスンは熱心にやられているようですから、これについてはこのまま継続するしかないでしょう」

 

 言い終えると指を一本しまい、今度は手をミヤコさんへと向ける。

 

「二つ目は事務所側のサポート能力不足ですかね。今日一日、皆さんを観察させてもらいましたが、苺プロの人材不足は深刻です」

 

 苺プロの社員数はとても少ない。さらにこの会社の収益の柱は依然として配信者部門なので、純粋な芸能部門だけだと数えるほど少なくなってしまう。未だに専属のマネージャーや営業マンすら雇えておらず社長が兼任しているような有様だ。

 

「経営者や管理職としての仕事もしつつそれらも兼任する斉藤社長の手腕は間違いなく非凡なものではありますが、それでも所詮は一人の人間。回せる仕事には限界があるでしょう……悪い言い方になりますが、今は一人が無茶すれば回せてしまう程度の量の仕事しかないという事です。B小町が本格的に売れ始めたら今の何倍も忙しくなりますよ。アイのマネージャーをしておられた斉藤社長には釈迦に説法でしょうが」

 

 ミヤコさんは過去を思い出したのか、ちょっと暗い顔になった。

 

「そうね。アイが本格的に売れ出してからは凄く忙しかったわ。でも、あの頃は壱護とか、他にも頼れる人が何人もいたから何とかなってたけど」

「昔は芸能メインでやってこられてましたからね。しかし、例の事件があり、前社長は失踪、芸能部門は閉鎖。当時の社員の方々には、もうこの会社は終わりだと見切りをつけてお辞めになられた方も多数いたのでは?」

「……」

「当時の頼れる仲間の殆どを失い、ノウハウを失ったと考えれば仕方のない部分もあるかもしれません。しかし、マネジメント業ができるのが社長一人しかいないのではこの先困りますよ。今も困っているとは思いますが」

 

 芸能界に興味が薄い人でも名前だけは知っているような大手の芸能事務所は100を優に超える社員を抱える。これは決して見栄や酔狂ではなく、業務に必要だから雇っているのだ。B小町は今は斉藤ミヤコ一人で管理出来ていても、すぐに限界を迎えるだろう。これ以上仕事が増える前に、早急に人を雇って仕事を分担する必要がある。

 カミキがそう説くと、ミヤコさんも暗い顔のままうんうんと頷く。

 

「分かってはいるんだけど……でも良い人がいないのよ。即戦力なんてウチみたいな弱小には来てくれないし、新人育ててる余裕もなくって。そもそも求人出しても誰も来ないし」

「私も社長ですからよく分かります。中小の辛いところですよね。休みも給料も、大手には絶対に勝てない」

 

 残業多くて休みが少なくて安月給でも誠実に働いてくれて、既存社員と上手くやれるコミュ力を持ってて、教えた事を直ぐ吸収してくれる超有望株。そんな人材なんていない。いても大手が高給ちらつかせて即奪う。

 人手がないから忙しい。忙しいから人を育てる余裕がない。貧乏中小が陥りがちな負のスパイラルだ。

 

「ところで黒川さんって卒業後の進路は?」

 

 ところで、と急に私の側に話が振られてきた。

 

「特には決めていませんが、何か?」

「もし良かったら、このままウチの正社員にならない? 黒川さん来てくれて皆助かってるって言ってるし、このまま何十年でもいてほしいぐらい。B小町のマネージャー候補にもなってくれるなら手当とかも目一杯つけるし、副業だって勿論自由だけどどう?」

 

 高校出たらそのまま正社員か。それだけなら悪くないように聞こえるけど、マネージャー候補だって?

 

「マネージャー候補ですか。私そんな適正ありそうに見えますか?」

「頼んだ仕事は真面目にやってくれるし、個人情報漏洩とか絶対にしなさそうだし」

 

 個人情報取り扱いか。苺プロとしては絶対に外せない条件だね。

 高く買ってくれるのは嬉しいが、これを受けるとさっさとこいつらから離れるどころか、引退までの間ずっと隣に控えてなくちゃならなくなるのか。それは流石に勘弁してほしい。

 

「申し訳ありませんが、マネージャー候補はちょっと。私なんかよりずっと適任がいますよ」

「それは残念ね……適任って誰?」

「ミヤコさん自身ですよ。B小町と星野アクアの四名に社長以上に寄り添える人は他に居ませんよ」

「でも、それが難しいから新しい人を、って話じゃ?」

「逆にすればいいんです。マネージャーの適任が自分以外にいないなら、マネージャー以外の仕事を人に押し付けてしまいましょう」

 

 星野兄妹のマネージャーはミヤコさんしか適任がいない。だが苺プロの社長はミヤコさん以外にも適任がいるではないか。

 

「薄給激務でも文句を言わず、一通りの仕事ができて教育の必要が無く、既存の社員とも多分それなりに上手くやれて、そして今は無職でヒマしてる。そんなちょうどいい人がいますよ。斉藤壱護っていう人なんですけど」

 

 先代社長を呼び戻して期間限定で経営と営業とその他諸々を任せてしまう。ほらこれでだいたい解決。ミヤコさんはマネージャーに専念しつつ、空いた時間を使って新人の育成でもすればいい。

 

「ミヤコさんの義理のお子さんらに頼めば探し出して連絡とってくれるでしょう。私も昨年の冬、前社長と話したい事があったのでアクアさんにお願いしてアポを取り付けてもらったことがあります」

「えっ、ちょっと待ってアクア、壱護の連絡先分かるの!?」

 

 あっ、アクアが目を逸らした。

 

 

 まあとにかく人手不足問題に一応の解にはなっただろう。そのうち顔を腫らした先代社長を目撃できるはずだ。

 

「じゃあカミキさん、三つ目をお願いします」

「はい。では三つ目ですが、もっとテレビ局との繋がりが欲しいですね。インターネットの普及でかつてほどでは無くなったとはいえ、マスメディアの影響力というのは未だ侮れぬもの。どんな良い物も適切な宣伝なくしては売れません。短期間で大きく売れたいなら、テレビ業界の中からB小町を推してくれる協力者の確保が必要かと」

 

 なるほど。テレビ局へのコネか。でもこれはちょっと難しそうだな。ここの人間でそんなもの持ってる人なんているんだろうか。

 

「誰か、そういうの持ってる人は?」

 

 誰も反応は無い。まあそうだよね。

 

「誰もなし、と。となると、何とかしてこれから作らないといけませんね。といってもコネなんてどうやって作ればいいか私は良く知りませんけど」

「何を仰ってるんです? 作らずとも既に一つあるじゃないですか」

 

 カミキが何か言ってる。お盆の心霊スポットロケでの縁が一つあるだろ、って言いたいのは分かるけど、私はできればそれ使いたくないから。

 

「あのディレクターの彼、黒川さんがお願いすればB小町メインの企画の一つや二つぐらいすぐ用意してくれると思いますよ?」

「そうすると来年の夏は私があっちで仕事しなくちゃならなくなるじゃないですか」

「それは仕方ないですね。ギブアンドテイクとはそういうものです」

「どうしてそこまで私を呼びたがるんです」

「話題性と視聴率が稼げそうだからでは。現役の女子高生で、容姿も問題無し。その上にホラーをトッピング。不味く調理する方が難しい良い素材かと」

 

 不味く作る方が難しいとか、人をカレーライスみたいに言うな。

 とにかく、それはナシで。

 

「……はいじゃあ、この話はこれで終わり。B小町の今後については斉藤壱護氏の呼び戻しに成功してから考えるとしましょう。トップアイドルを育てた経験のあるあの人ならもっといい案を考えてくれるかもしれません。それではもう一つの件にいきます」

 

 カミキの出した意見を書きなぐった紙を裏返し、今度こそルビーの主役の話を始めさせてもらう。

 

 

 

 ルビーが演技力で黒川あかねに対抗するにはどうすればいいか私なりに考えた結果だが、これはどうやっても無理という結論にしかならなかった。この道10年以上の熟練者相手じゃどうにもならない。

 

「ルビーさん。貴女が姉と勝負する方法、何とか一つだけ思いつきました」

 

 演技力という向こうが最も得意な分野で勝負したって勝てるわけがない。何とかして勝ち目を作りたいなら、相手の土俵以外の場所で戦うしかない。

 

「下手に演じるのやめて、できる限り素の自分で行きましょう」

 

 そうなると、演技をしないという手しかない。

 先の即興劇のように試験として何かやれと要求されたら、素の星野ルビー、素の天童寺さりなで通用しそうな場面を台本から選んでやるしかない。

 これでどこまで行けるかは不明だけど、他に考えられる手が無いからこれでいく。

 

「この方針で行きます。細かい部分はまた後で指示します。分かりましたか?」

 

 ルビーの首が縦に振られたのを確認する。しかし自信は無さそうだ。私にも無いから仕方ないけど。

 

「はい、では今日はこれで解散とします。皆さま遅くまでお付き合いいただきありがとうございました。気を付けてお帰り下さい」

 

 ルビーに方針を伝えたので、今日はこれでおしまい。

 ほら、さっさと帰れ。私はルビーの為の資料作りをしたいんだ。

 

 

 

 言いたい事を言い終わったらソファーから離れ、パソコンの前に移動した私を後ろからアイさんが覗き込んできている。スリープ状態から復帰するまでの数秒の間、真っ黒の液晶に自分とアイさんの二つの顔がはっきり映っていた。

 アイさんにも警戒しておかないと。これから当分の間、アイさんは私にとって信号機代わりになるんだから。ここが黄色信号に変わりかけていたらルビーにあれこれ口出すのは一時中断。

 

 結局のところ、原作に少しでも追いつかせたかったら、原作を追いかけるのが一番早い。一年余も掛けられないが、ツクヨミ案のように一週間はやり過ぎ。ルビーが電車に飛び込みたくならないギリギリと、今後ろから覗いてる保護者が怒り出さないギリギリを見計らいながら負荷をかけないと。

 

 

 

 ようやく光り出した液晶の向こうで、今から探すのはルビーの過去に関連するようなもの。

 ルビーもいきなり天童寺さりなをやれと言われても困るだろうから、当時を思い出しやすいようにちょっと小道具を用意してあげないと。

 まずは取り敢えず天童寺家の皆さんのSNSでも漁るか。探せば幸せそうな家族写真や投稿ぐらい出てくると思うけど。なかったらカントクかアクアに持ってないか、あるいは手に入れられないか聞いてみよう。

 

 

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