完璧で究極なアイドル様に執着されて   作:肉ぶっかけわかめうどん

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生まれ変わったら

 

 アクア達が苺プロのビルを出るころには、辺りは既に暗くなりかけていた。日も短くなってきた秋の夕べは肌寒さもあり、一人だけ自家用車でさっさと帰ったカミキを除く一同は皆自然と身を寄せ合うような形になった。

 

 いつもくっついている邪魔者が不在なので心置きなくアクアの隣に陣取れる有馬かなは、抜け目なく肩が触れるかどうかの近くに身を置きつつ、アクアを挟んで反対側にいるルビーの表情を覗き込んだ。

 

「ルビー」

 

 ルビーの顔はあまり晴れやかとは言えなかった。

 有馬は視線をアクアへと移す。

 

「ホントにあれに預けて大丈夫?」

 

 アクアもまた自信は無さげに答えた。

 

「ビジネスライクな付き合いだけに徹するなら、信用しても大丈夫だろう」

 

 これまでの人生経験から、アクアは黒川あおいをそう評した。頼んだ仕事はやってくれる。要求さえ明確にしておけば、仕事上での付き合いの範囲内なら不都合はそう起きない。おそらく。

 ルビーの要求は主役になりたい、とB小町でドーム公演がしたい、の二点だ。黒川あおいは仕事を受けた以上は法に反したりはしない範囲で達成の為に手を尽くしてくれるだろう。

 問題はどこまでが許容範囲なのかという事だ。新たな主役を据えるためには現在の主役を追い出さねばならないのはその通りなのだが、その現主役である実の姉を追い出すことに全く躊躇いが無いのは驚いた。

 多少の私情より仕事の都合が優先なのは世の常識なのだが、あの躊躇いの無さを見るとそれはそれで不安になってくる。仕事だから仕方ない、で切り捨てられるラインがいったいどこに存在するのだろうか。

 

 

 演技をせず、素の自分を押し出す方針で、と彼女は言ったが、それが素の星野ルビーだけでなく、天童寺さりなというもう一つの意味を含んでいるのに気づかないほどアクアは鈍くない。あの頃を鮮明に思い出すのは辛いだろう。止めるべきだろうか。

 きっと自分が強く言えばルビーは聞いてくれるだろう。しかし、それは正しい行いと言えるのだろうか。病気になるのが怖いから、と無菌室に閉じ込めておくのもまた人として正しいとは言えない。苦難を承知の上で自分から踏み出そうとしている妹に向かって、危ないから止めろと注意するのもまた、兄としては誤った行いかもしれない。

 

 

 アクアだってルビーの夢なら応援したい。しかし、今すぐにルビーを使い物になるようにしろと言われても手段がない。仮にあっても自分ではルビーにあまり厳しい態度は取れないだろう。そもそも自分やあかねの立場もあるので無暗に肩入れするわけにもいかない。

 何が正解なのか分からない。暫くは二人の様子を注視し、必要がありそうなら介入するのが無難な手か。できるかもしれない他人に委託するという逃げの結論に落ち着く他ないのだ。

 

「それ以上となると、ちょっと予想がつかん。もう一年を超える付き合いなのに、未だにどういう人間なのかよく分からん。聞いても何も答えないしな」

 

 いつもいつも、自分の言いたい事だけ喋って、終わったら消えてしまう。こちらからの踏み込んだ質問には一切答えない。これまでの人生経験から、世間話だけでもある程度の性格等の類推はできるが、これだけが分かってもあまり意味がない。

 

「アクアでも分からないのね。私も昼のあかねとのやり取り見てて何だこいつ、って思ってたし。仲悪いらしいとは聞いてたけど、何か変じゃなかった?」

「変?」

 

 変、と言われてアクアは思わず足を止めた。一歩遅れて立ち止まったB小町の三人が一歩後退して元のポジションに戻る。

 

「あれ、妹の方はあかねを嫌ってるような感じは無かった。普通に反り合わなくて仲悪いなら、互いに嫌い合ってるもんじゃない? あかねは突っかかってるけど、全然相手にされてない。例えとしちゃアレかもだけど、我が儘言う子供をあしらってる大人って感じ」

「大人と子供、か」

 

 大人と子供。有馬の見解は、ある意味で的を得ていた。体は同い年でも、片方は中身が元成人。二回り以上離れた子供に何か突っかかられたところで真面に相手などするまい。

 これはアクア自身も覚えがある。アクアも幼稚園や小学校には行ったが、同級生らを対等に扱っていたかと言われると返答に困る。子供らを見守る大人のような立ち振る舞いに自然となってしまうのだ。一度大人になってしまうと、もう幼児と同じレベルには戻れない。良く言えば保護者、悪く言えば上から目線だ。

 

 転生者仲間でもあるアクアはその在り方を理解できるが、そうと知らぬ者から見ると気味悪く感じるかもしれない。

 

「どんな拗れ方すればああなるのか知らないけど、下手に任すとルビーとあかねが気まずくなるかもよ?」

 

 これはアクアだけでなく、ルビーへと宛てた問いでもあった。せっかく築けた良好な関係にヒビを入れるだけに終わる結果となるかもしれない。

 暗にそう問いかけるも、二人からの返事ははっきりとはしないものだった。

 

 

 

 それから暫し会話も途絶え、ただ日の落ちかけた逢魔が時の道路を静かに歩いていた。決して狭くない歩道も、人が三人並んで歩けばいっぱいになる。

 前方から自転車が走ってきているのが見えた有馬は進路を譲るために一時的にアクアの隣から離れ、通り過ぎるのを待ってから再び隣に戻る。

 そしてまた肩のふれ合うギリギリを攻めるべく慎重に距離を詰めようとしていると、ふと手のひらに柔らかく温かい感触が。指に絡む五本の細長いものと、その細長いものを繋ぐ広いもの。もしかしなくてもこれは人の手の感触だ。自分は今、隣の人と手を繋いでいる。

 アクアはいつもルビーやあかねと腕を組んだり手を繋いだりしている。今日のような数少ないチャンスの日に自分もあわよくば、と妄想していたが、まさか彼の方から来てくれるなんて。

 

 この夢のよう時間をもっと深く味わおうと手をしっかりと握りしめる。小さくて温かくて、柔らかくて気持ちいい。これが彼の手の感触か。

 

 

 いやちょっと待て。何かおかしくないだろうか。

 アクアは有馬かなより背が高く、その体は細身だが筋肉質。その彼の手が自分のそれより小さくて柔らかいなんて事があるのか。想像の中の彼の手は、もっと大きくてがっしりした、頼り甲斐のある男らしいもの。これではまるで子供の手だ。

 

 勇気を出して、自分の右手に目を落としてみる。

 

「あ、やっと気付いた」

 

 ずっと手を繋いでいたのは黒づくめの格好をした幼い女の子だった。アクアがどこからか連れてきた子役の子で確か、名前はツクヨミだったか。

 いつの間に。驚きで飛び上がりつつも手は離さなかったのは小さな子供への優しさか。同じく反対の手を繋がれていたアクアはツクヨミに気付くや否や即振りほどいていたが。

 

 因みにMEMちょは後ろで固まっていた。位置的にMEMちょは三人の後ろ姿が全て見えていたのだが、それでもツクヨミが現れた事に気付かなかった。有馬かなが後ろに下がってきて視界が塞がったほんの数秒の間にどう出現したのか。理解が追い付かない現象を前に頭が働かなくなっていた。

 

「案外気付かないものだね。もしかして『推しの子』と手を繋げてると思ってドキドキしちゃってたかな?」

 

 にたにたと粘着質な笑みをアクアへと向けながら、彼と繋いでいた方の手を開いて見せつける。

 不機嫌を大いに顔に浮かべたアクアは、繋がれていた手を服の裾で拭きながらツクヨミから一歩距離をとった。

 

「もう帰ったと思ってたんだがな。嫌がらせする為だけに戻ってきたのか? 暇そうで羨ましいよ」

「暇に見えるかい? こう見えてもやる事は多くてね。ついさっきも黒川あおいの仕事を手伝ってあげたところだよ。資料に使う写真を探していたから、良さそうなのを見繕ってメールで送ってあげたよ」

「……何の写真だ」

「それはできてからのお楽しみ」

 

 ツクヨミは最新式のお高いスマートフォンを取り出して目の前でひらひらとふった。それからアクアが背に隠していたルビーへと目を向ける。

 

「随分浮かない顔してるね。まさか今更怖じ気づいた?」

 

 早く失せろと目で訴えかけるアクアは完全に無視してルビーの目を間近から覗き込む。

 

「それとも、余計なお節介でもする気かな。あの姉妹の仲を何とかしたいとか考えてるけど、どうすればいいのか分からない、って感じ?」

 

 ルビーは何も答えないが、ツクヨミは何を見たのか一人でうんうんと頷いた。

 

「そうだよね。ほっとけないよね。家族って幸せで温かいものじゃないといけないのに。その家族からどうでもいい相手扱いされてるだなんて黙ってられないよね」

「……」

「血を分けたはずの親や兄弟姉妹から『いないもの』として扱われた子供。孤独に生きて孤独に死んだ子供を一人知ってる君が、何かしたい、と思うのも当然か。それなら一つ、教えてあげよう」

 

 ひとしきり頷いたツクヨミは、穏やかな笑みを浮かべて苺プロの方角を指さした。

 

「あの姉妹を仲直りさせる方法はたった一つ。まだ会社に残ってるあの妹の方が態度を改めるしかない。それが拗れてる唯一の原因なのだから。返報性の原理は知ってる?」

 

 突然の問いに困惑したルビーに構わず、ツクヨミは一人で話し続ける。

 

「人は何かを他者から受け取った時に、同じ物を返そうとする心理が働く。恩には恩を、仇には仇を返したくなる。人は自分の事を好きな人を好きになるし、嫌ってくる人はこちらも嫌いになる。妹の方が態度を改めれば自然と仲良くなるだろう。姉の側には嫌う理由がないからね」

 

 心開かない理由があれだから難しいけど、とツクヨミは挑発的に笑っている。

 

「なんであおいさんがああなのか知ってるの?」

「知ってるよ。たぶん私が世界で一番アレがどういう人間なのか理解してると思う。愛したいけど愛が何か分からなかった君の母と違って、愛とは何か、自分なりの解釈を持った上で周囲をその対象と見なしてない捻くれものの気を変えさせるのは大変だろうけど。アレは愛を恐れてるからねー」

「恐れてるって、どうして」

「それは本人から聞けばいいさ。ま、頑張りなよ。頑張って仲良くなれば、もしかしたら絆されてくれるかもしれないよ? アレは別に人の情を知らないわけじゃないんだから……じゃあね」

 

 言いたい事を言い終えたツクヨミはさっと身をひるがえし、近くにあった路地の一本の中に消えていった。

 

「えっ、ちょっと待って……!」

 

 消えようとしたツクヨミに待ったをかけようとしたのはMEMちょだった。MEMちょは寿命寸前の街灯が明滅する路地に目を向けたが、そこには既に生き物の気配は無かった。

 

「追わなくていい」

 

 既にルビーの手を引いて一人歩きだしていたアクアがMEMちょを止める。

 

「で、でも、こんな時間に子供一人なんて危ないよ」

「そんな心配しなくても大丈夫だ。とにかく、アレには必要以上に関わらない方がいい。行こう」

 

 とにかく一刻も早く立ち去りたい意思を全身から匂わせる、有無を言わせないアクアの態度に、MEMちょも有馬かなも押し黙って歩き出す。

 つい先ほどまではわずかに残っていた明るい雰囲気も残らず消え失せ、周囲の速度も考えず足早に進み続けるアクアを必死に追いかける三人の絵だけが広がっていた。

 

 

 

 

 黒川あおいの日曜日は休日である。苺プロで働くときにそう契約した。今は霊能者としての仕事も入っていない。つまり明日は一日休みだ。

 

 帰宅し普段より遅めの夕食と入浴を済ませ、いつものように部屋に引きこもる。今晩と明日は何をしようか、あるいは何もせずにいようかとぼんやり考えながら何気なくPCを点けて動画サイトを開いてみると、一番目立つ最上段に出てきたものが一つ。

 

 それは私の登録チャンネルの一つであるB小町が現在ライブ配信中である事を知らせるものだった。配信時刻を見るに、本当につい先ほど始まったばかりのようだ。

 なるほど、今日は夜に仕事が入ってない、定時で帰れるのが確定の日だったから配信する予定でいたのか。それなら定時後に引き留めてしまったのは申し訳なかったかもな。

 

 先に教えてくれてたら配慮したのに、と思いながら机の片隅に置いた小型の冷蔵庫の扉を開く。500mLの缶が4本入る大きさのそれから炭酸飲料を一本取り出して、プルタブに指を掛ける。

 仕事と風呂で温まった心身によく冷えたビール。一度この味を知ってしまうと中々止められなくなるよね。ある程度面倒くさい仕事になるのを覚悟してた資料作りがあっさり終わった解放感も合わさって一際甘美に感じる。

 探してた家族写真やら何やらが知らない番号から突然SMSで送りつけられてきたのには驚いたが、これもどうせツクヨミの仕業だろう。その場でその番号に掛けたら現在使われていない番号だったし。

 あまり恩は受けたくないが、大助かりではあった。

 

 

 なお、私が今手にしているのはあくまでもただのキンキンに冷えた炭酸飲料である。断じてビールではない。泡立ちなんてしない。ないったらない。

 

 

 それからライブ配信を開いて、手に持った炭酸飲料をちびちびやりながら画面をのぞく。

 思えばB小町の配信をしっかり見るのは初めてかもしれない。チャンネル登録はずっと前からしてたし、時間が合えば配信も開いていた。だけど、配信そのものはまともに見ていなかった。

 

 そも配信を開く理由が今も私の隣にいるこの居候のご機嫌取りでしかない。配信を開いたら、まずはその配信にルビーが出ているかどうか、いないなら遅れてでも来る予定なのかを確認して、出ているならPCを点けっぱなしのままで放置する。そうすると配信が終わるまで延々とかぶりついて見ててくれるから楽でよかった。

 配信に来ておいて、ルビーがいないと分かれば即ブラウザバック。やってる事が原作のルビーファン達と何も変わらないな。

 

 とはいえ今日はあんな事があったばかりだし、一度くらいはちゃんと見ておこう。

 

 

 それから暫く、画面に映る三人娘とコメント欄を合わせた四者の雑談を飲み物片手に聞き流していた。

 統計をとった訳ではない完全な主観だが、コメントの割合はルビーが多めではあれど有馬かなやMEMちょのファンもちゃんといるようで、一強と呼ぶほどではない状態だ。こういう所にも原作との相違点が現れている。これならルビー不在で二人での配信でもそこまで荒れる事は無いだろう。

 ルビー不在の時の配信をちゃんと見ていたら、こうなる前に気付けていた可能性も確かにあったと認めざるを得ないね。

 

 とはいえ、今夜のは本当にただの雑談配信のようだ。今後の事を思えばしっかり聞くべきなのだろうが、同時にこれ以上他愛のない雑談に耳を傾けていても得るものはなさそうだとも感じる。どうせ向こうも当たり障りのない内容を意識して話しているだろうし。直接会って話せる環境にいるのだからそうした方が実りは多かろう。

 

 いつも母と一緒に楽しく見させていただいてます……云々と最後にコメントを一つ残して画面の前から離れる。クレジットカードがあったら目立つ為に投げ銭にしたんだけどね。たまたま普通のコメントが目に留まって、かつアカウント名をしっかり読めば送り主が私だと分かるかもしれない。

 ありふれた普通のコメントだからおそらく気付かれず流れて行ってしまうだろうが、もしもルビーに気付いてもらえたらラッキー、好感度もアップしたらもう言う事は無い。元手の掛からない宝くじぐらいの気持ちだ。

 

 

 アイさんに液晶の前を譲ってベッドに移る……前にちょっと手洗いをしたくなったので部屋を出た。

 家は一階と二階の両方にトイレがある構造だ。昔はトイレって二つもいる? トイレは一つにしてそのスペースを他に回した方が快適なのでは、と思っていたが、実際に住んでみると意見が変わった。直ぐ近くにトイレがあって、急ぎも争いもしなくていいというのは素晴らしい。もし家族の誰かが体調を崩してトイレを共用できない状態になっても大丈夫だし。

 

 廊下は暗く、開けっぱなしのドアから漏れる自室の明かりだけが唯一の光源だった。だが、もう十何年も住み続けている家の中だ。目を瞑ってでも容易に歩き回れる。さて目的の場所に向かおうか、と歩き始めると、視線の先、暗い廊下の中で何か動いている。

 その動いている物によく目を凝らしてみると、正体はどうやら姉のようだった。手を洗いたいタイミングがたまたま被ってしまったか。

 

「……」

「……」

 

 闇越しに目が合った。入りたいならお先にどうぞ、と手でジェスチャー。

 しかし入るどころか何故かこっちに向かってくる。

 

 もしかして今から昼間の続きか? と身構えると、姉はそのまま私の横を通り抜けて部屋の中を覗き込む。

 室内には特に面白い物は無いと思うが。

 

「どしたの?」

「声がするから何かいるのかと思った。動画見るならイヤホンぐらいしたら?」

 

 気になったのはPCか。ライブ配信垂れ流し中で部屋のドアも開けっぱなしだから、確かに廊下まで音が聞こえている。

 

「気になったならごめん。音量下げるから」

 

 イヤホンしたくても入れる耳がアイさんにはないからね。隣人がうるさいと言うなら音を下げるしかない。今日はあんな事もあって特に虫の居所が悪いだろうし、怒る前に引き下がらないと。

 

「別にいい」

 

 しかし、姉は特に文句は言わなかった。

 

「……今日言ってた、私が主役じゃない方が都合がいい、ってそういうこと?」

「そういうことって、どういう意味?」

「今点けてるのB小町の配信だよね。もしかして誰かと一緒に見てた? だからイヤホンが使えなかった」

「そうかもしれないね。で、それが何?」

「娘の夢を叶えてあげて、って、お母さんから頼まれでもしたのかなって」

 

 思わずふっと笑いがこぼれた。

 アイさん直々にお願いしに来る絵面を想像したら笑えてきた。

 

「星野アイってそういうことしそうなキャラに見える?」

「あの人はともかく、あおいの方はするかもしれないと思ってる。それが仕事ならって。あおいが見返りも無いのに本気で他人の夢を応援するなんて考えられないし」

 

 私ってそんな利己的な人間に見えるんだ。これでも周りには親切にしてるつもりだけどな。仕事で同僚が大変そうにしてたら自分から手伝いを申し出るぐらいはするのに。残業だって頼まれたらだいたい引き受けるとも。

 

「私の仕事じゃないとか、給料にならないから嫌だとか、そんなつまんない事言わないって私は」

「それは、そういう風に振舞った方が得だから、でしょ。周りを助けていれば自分も助けてもらえるから。でも、今回の件はむしろ損をするよね。結局主役になれなくて、何も得られず二人で孤立するだけ。そんな結果もあり得るのに」

「……で、姉さんはどう思ってるの」

「主役そのものはどうでもよくて、争いをする事自体に意味がある。結果に関わらず得られるとなると、せいぜいが『星野兄妹からの感謝』ぐらい。つまり、恩を売りつけるのが目的だった」

 

 流石と言ってあげるべきか。だいたい合ってる。

 

「職場で孤立するリスクより、恩を売る方を選んだ。つまり、近いうちにその恩義を、二人を動かさないといけない何かがある? これを逃したら次いつチャンスが来るか分からないから」

 

 だいたい合ってる。合ってるのはいいんだけど、この話いつまでするつもりなんだろう。長くなるようなら先に手洗い済ませてからにしませんか。行かないなら先に行かせてよ。

 

「まあ、おそらくね。そういう下心あっての行動なのは認めるよ」

 

 それだけ言い残して、廊下を歩きだそうとしたところで、また姉が私の背に言葉を投げかけて来た。

 

 

「雨宮吾郎」

 

 

 また足を止めざるをえなくなった。仕方なく振り向くと、姉はじっとこちらを向き続けている。部屋の明かりが逆光のように作用しているせいでその表情は窺い知れない。

 

「この産婦人科医はいったい何者?」

「それが知りたいなら、私じゃなく星野兄妹に聞きなよ。夜が明けるまで語ってくれると思うよ」

「そう。そこが一番の気になる点。アクア君に、雨宮吾郎さんが死亡したのはいつだと思うか、聞いてみた事がある。アクア君は、失踪したその日だろう、って答えた」

 

 雨宮吾郎の命日がいつか。アクアに聞けば、前世の自分が襲われたタイミングを答えるだろう。

 前世云々の事情を抜きにしても、行方不明になったその日に実はもう死んでいたんじゃないか、と考えるのは自然だ。

 その問いと答えに不審な点は見当たらない。何が気になるのだろうか。

 

「もし失踪した日だとするなら、アクア君たちが生まれるより前に死んでいた、という事になる。つまり、接点や面識は無い」

 

 それも然りだ。アクアとルビーは、生きている雨宮吾郎に会ったことが無い。そういう事になる。何も間違っていない。

 

 

 間違ってない。間違ってないのに、姉はそこに疑問を感じているらしい。

 もしかして、これ私またなんか見落としてるパターン?

 

 

「だったらどうしてあんなに雨宮吾郎に詳しいの? 会った事も無い人を、どうしてあんなに深く理解して熱心に語れる? あれで面識はない、調べて出てきただけの知識しかない、なんて言われても信じられないよ」

 

 知ってる? ルビーさんの前でわざと雨宮吾郎を貶してみたら、凄い勢いで訂正されたんだ、と姉は薄ら笑いのような吐息を唇からこぼした。あれが全て調べたうえでの再現なら、役者として超一流。自分なんかよりはるかに主役に相応しい存在だ、とも。

 

 

 そう来たか。私はアクアとルビーは転生者である事を前提知識として持っていて、何故雨宮吾郎に詳しいのか知っているから、その点に疑問は持たなかった。

 だがその前提を共有していない人間から見れば、二人の姿は確かに異様で理解不能なものかもしれない。

 

「仮にアクア君が記憶違いしてて、星野アイの出産が終わってから雨宮医師が失踪した、と時系列を逆にしても成り立たない。生後直後から数日の赤ちゃんと担当医の交流があって、それを高校生になっても熱心に語れるレベルで深く覚えていた、なんて信じられる?」

「……それしか考えられないなら、そういう事になるのかなぁ」

 

 転生者がどうのこうの、というのは私の口からはとても言えない。

 

「赤ちゃんの頃の出来事なんて普通は忘れてる。無理なく覚えていたことにするなら、交流があった時期をせめて物心がつく頃にまで後ろ倒しにしないといけない。でも……そうすると、雨宮医師が死亡した時期が数年ズレてしまう」

「ズレるとどうなるの?」

「もし、そのズレが4年以上になるのなら……雨宮吾郎は、星野アイ殺害が可能だった人物になってしまう。アイの活動休止の裏側を知っている人物は限られてるから」

 

 動機その他一切は不明。アクアの話を聞く限り、雨宮吾郎は推しのアイドル、アイが妊娠していたという事実に深いショックを受けたものの、私情より職務を優先した。そんな人物が今更アイを殺すとは考えにくい。

 ただ犯行は不可能ではなかっただけ、という話でしかない。過程に仮定が多過ぎる、推理と呼ぶのも烏滸がましい。そも雨宮吾郎と星野家に交流があったとして、それをアクアが隠さなければいけない理由も無い。

 

 遺体を専門家が調べればはっきりするだろう。白骨遺体を回収した宮崎県警なら、彼の正確な死亡時期を突き止めているに違いない。しかしその情報を手に入れる術はない。アクアは遺族でも関係者でもない、ただの第一発見者の観光客にすぎないのだし。

 

「深く関わりのある人物なのは間違いないけど……どう調べても、ただの医者以上の話が出てこない。何か知ってたら教えてよ」

 

 どんな感情なのか、いまいち判断のつかない姉に背を向け直して、トイレのドアに手を掛ける。最初はお先にどうぞを言えたが、話し込んでるうちにだんだん余裕がなくなってきた。

 無視されたとでも思ったのか、後ろで何かため息のようなものが聞こえたので、仕方なしにこちらからも一声かける事にする。

 

「雨宮吾郎は失踪後4年程度は生きていた可能性が高い。斉藤壱護氏の証言もある。でも星野家との交流は無い。でも特別な存在である事に変わりは無いから、双子の前でその名前を出す際には要注意」

「それじゃ説明になってなくない? どう特別なのかが知りたいのに」

「そこは言えないなぁ。頑張って、そういう話を打ち明けても大丈夫だって思ってもらえるぐらい心に入り込めれば教えてもらえるかもね。私も今、それに関する話をするために近付こうと頑張ってるところだから」

 

 ドアに手をかけ、今度こそ入らせてもらおうとする。するとまた図ったようなタイミングで声がかかる。

 

「ああそうだ、明日どうせヒマでしょ。 明日集まろうってアクア君が連絡してきたけど、あおいも行く?」

「デートなら2人で行きなよ」

「4人で集まろう、って話。近づきたい相手が向こうから来てくれるんだから、大歓迎だよね?」

「……そういう事言ってくれるんだし、姉さんは私を応援してくれてるって解釈してもいい?」

「それはそれ、これはこれ。じゃあ、おやすみ」

 

 ひらひらと手を振って、姉は自分の部屋へと帰っていった。

 手を洗いに来たのではなかったのか、と考えたが、もう用を足して帰る場面だった可能性もある事に今更ながら思い至った。

 

 その場合、私はこれからなのが見れば分かるはずなのだが、お構いなしに話しかけてきたな。

 これはもしや、姉からのささやかな悪戯だったのだろうか。小さい頃はたまに仕掛けてきてたけど、いつの間にかやらなくなってたな。懐かしい……などど振り返っている場合ではない。そろそろ本格的に解放への欲求を抑えるのが辛くなってきた。

 

 

 本当、全くもってツクヨミは面倒な事をしてくれたものだ。あいつが余計な働きをしなければ、星野家のみならず黒川家だって平和だったものを。

 

 

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