完璧で究極なアイドル様に執着されて   作:肉ぶっかけわかめうどん

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言は栄華に隠る

 

 ツクヨミを負ぶっているカミキとかいうこっちの背中まで寒くなりそうな光景に早くこの場を立ち去りたい気持ちで胸がいっぱいだが、呼んでしまった以上は会話をしなくてはならない。

 

「……その背中にへばりついてるのは何ですか?」

「自分も見たいから乗せてくれ、とせがまれてしまい」

 

 いや、ツクヨミさん貴女は別にそんなことしなくても見えるでしょ。視線が通っていなくとも問題ないでしょうに。

 

「そうしているとまるで父親みたいですね」

「おや、お忘れですか? 私はこう見えても3児の父ですよ」

 

 そういえばそうだったな。仕込めば父親だし、産めば母親なのは間違いない。

 父親面などされたくない、と人でも殺せそうな目で見ている息子たちの鋭利な視線を気にも留めず、カミキはその場に屈んでツクヨミを床に降ろした。糠に刺した釘の方がまだ手応えがありそうな柔らかな笑みで息子たちを一瞥し、そのまま私にまで微笑みかけてくる。その隣でカミキのスーツの裾をつまんだツクヨミもついでに満面の笑みをプレゼントしてくれた。

 

 カミキとツクヨミの性質を知った上で見ると気味の悪い笑顔なことこの上ない。これはもうそういう嫌がらせなのだろう。私とアクアに対して効率よく不快感を与えるための笑顔に違いない。

 隙とヒマさえあれば嫌がらせ。人生という見世物を本当に楽しんでやがる。

 

「それで、私に何か御用ですか?」

 

 カミキ以外はなるべく見ないようにしつつ、さっさと用件を終わらせて帰るとしよう。

 

「先ほどの件なのですが、カミキさんの方からニノさんに連絡をとってもらう事は可能でしょうか」

「私が元B小町のニノさんに?」

 

 カミキは元々細い目をさらに細めて私を見ていた。

 

「カミキさんなら可能かと思いまして」

「……すみませんが、その期待には応えられそうにありません。私、彼女の連絡先を知りませんので」

 

 連絡先を知らないから無理? ははっウソがお上手ですね。

 

「何かと交友があったカミキさんなら、と思いましたが……」

「面識が全く無いわけではありませんが、連絡先を交換するほどの仲でもありませんでした。当時、まだアイとの関係は隠していたので、他人の目がある場所での不必要な交流はなるべく避けていましたし。B小町の方々とはろくに話したこともありませんよ」

 

 わざわざ他のB小町のメンバーがいるところでアイに話しかけに行く。そんな関係がバレる元となるような真似はしない、と言われれば確かにだろうし、そこだけ聞けばそういうものかとも思えてくる。

 

「逆に尋ねますが、どうして私なんですか? 黒川さんは、私とニノさんの関係をどういうものだと思っていたのでしょう」

「同じアイドルの厄介ファン同士、色々と通じ合うものがあった推し仲間?」

 

 もしくは、いつか使おうと思ってキープしてある色々と都合がいい女?

 

 いや、いつか使おうというか、もう既に1度は使ってるか。

 雨宮吾郎殺害の件、カミキ単独ではなくニノもいたとした方が説明しやすいし。

 雨宮吾郎殺害を双子誕生の4年後とするなら、この時点でのカミキらは19歳。筋力もつき、自動車も用意できる成人2人掛かりであれば死体の運搬は十分に可能だ。

 ストーカー男には雨宮吾郎殺害に協力する動機が無い点もニノであれば解決する。ニノ視点で見れば雨宮吾郎はアイとリョースケ、2人の仇とも言える相手になってしまう。カミキが誘えば手を貸す事は十分にあり得るだろう。

 

「ニノさんがアイの厄介ファンですか……否定はできませんね。アイのせいであれこれ拗らせてるのも事実ですし」

「その拗らせてるものをアイの子供たちに向けて吐き出してもらいたかったのですが、連絡が取れないのでは仕方ありませんね。また別の手を考えます」

 

 カミキにその気がないなら仕方ない。ミヤコさんにでもお願いしてみようか。アクアでも良いな。アイさんの携帯まだ持ってるならそこにニノの連絡先もあるはずだし。あの兄貴が同意してくれるかは知らないが。

 もしくはもう自分でやるか。当時の空気感を分かる限り書き出してルビーに見せて……でも当時の生き証人の発言ほどのインパクトにはどう考えても敵わないしなあ。

 

「黒川さん」

 

 さて次はどうしたものか、と頭を悩ませていると、そのカミキが私の方へ1歩近づいてきた。

 

「アイについて、ひとつお聞きしても?」

「ひとつと言わず、何でもどうぞ」

「では遠慮なく。既にご存知の通り、私は短い間でしたが、アイと交際関係にありました。私が至らぬばかりに別れを切り出されてしまいましたが、それでも恋人だったのです。私はアイを愛していましたし、今でもそのつもりです。ですが、たまに疑問に思うのです」

 

 2人で過ごした過去でも振り返っているのか、幸せそうに柔らかく笑う。その目が大きく開かれ、揺れる瞳が私を見据えた。

 

「アイは私を愛してくれていたでしょうか。黒川さんのお考えをお聞きしたい」

 

 アイはカミキをどう思っていたか、か。それなら私はこう返そう。

 

「愛していたかは分かりません。でも、憐れまれてはいたと思いますよ」

 

 愛を知らないのだから、アイがカミキに向けていた気持ちが異性愛かどうかなど分かるはずがない。でも、その現状、周囲との人間関係を憐れむべきものとは感じていただろう。

 

「我が子たちに宛てたビデオレターの中にも、カミキさんに関する話が入ってました。もし君らが大人になる頃になってもまだ、あの人が苦しみ続けているようなら、どうか助けてあげてほしいって」

 

 自分1人でもいっぱいいっぱいなのに、この上に妻子まで抱える事になっては彼が壊れてしまう。だから身を引いた、という話がアイの本心ならば。さらに、助けてあげて、と我が子にまで言い残すほどだ。アイの中ではカミキはそれだけ大きな存在ではあったのだろう。

 

 それが愛ゆえにか、ただの憐憫かはもう知る由もない。本人にも分からない。周囲と上手く関係を作れない異常者同士で傷のなめ合いしてただけとも言えるし。

 

「なるほど、それが黒川さんの解釈ですか。自分が助けてあげなきゃいけない、可哀想な人。最後までその見方が変わる事はなかった」

「あくまで解釈ですし、それもまた、ひとつの愛の形と見なすこともできますよ」

「それを相手が望んでいなくても?」

「愛の結末が幸せばかりとは限りません。例えばアイを殺害したストーカーのリョースケさん。彼もまた、アイを愛していたはずです。だから子供がいると知って、よくも裏切ったな、と激昂したのでしょう? 愛しているからこそ傷付ける事だってありますよ」

「……それもそうだ。きっと、とても深く愛してたのでしょう」

 

 まあそのリョースケ君は元々ニノ推しだったはずなんだけどね。

 

 カミキが笑った顔のまましばらく天井を見上げていた。次に何を言う気かと待ち構えていたが、カミキは何も言わずその場でスーツの内から携帯を取り出し、どこかへ電話を掛け始めた。

 

「……もしもし、今よろしいですか」

 

 電話の相手は誰なのだろうか。声は聞き取れそうにない。

 

「実は今、苺プロで面白い映画を作っていましてね。ぜひそれに参加していただきたいのです……ええ、そうです、アイを主題にした映画です。こっちに来ればアイの子供達にも会えますよ」

 

 アイの子供に関して普通に喋ってるという事は、それを知っている相手か。となると……候補はニノかな。

 

「……はい、ではまた」

「ニノさんですか?」

 

 通話を終えたカミキへと問うてみれば、彼は今日一番かと思えるようないい笑みを返してくれた。

 

「そうです。今すぐは無理ですが、近いうちに来てくれるそうですよ」

「連絡先が分からなかったのでは?」

「すみません、アイほどではないとはいえ、私もまた嘘吐きなのですよ。都合の悪い事は誤魔化します。黒川さんは最初からお見通しだったようですが」

 

 お見通しというか、原作知識のお陰なだけです。気付いたのではなく、たまたま知ってただけ。自慢できるようなものじゃない。

 

「偶然ですよ……それにしても、最初は断るつもりだったのでしょうに、どういう風の吹き回しで?」

「先の質問にご回答していただけたお礼です。黒川さんの解釈は、私にとって大変満足のいくものでした」

 

 あれで何がどう満足だったのだろう。たとえそれが憐憫であれど、少なからず思われてはいた事だろうか。

 

 それとも、あのアイですら最後まで欺き通せた事に? 

 いや、これはどちらかといえば失望かな。人生で初めて出会った同族には、本当の自分を見抜いてほしかった気持ちもあるかもしれないし。

 

「おっと、もうこんな時間か……名残惜しいですが、仕事がありますので今日はもう会社に戻らせていただきます。ニノさんが来られる日時について、具体的に分かり次第お伝えしますね」

 

 私がどうでもよさそうな事を色々考えている間に、カミキは自身の左腕につけたこれまた高級そうな腕時計を一瞥し、優雅な足取りで部屋を退出する。

 

 さて、用も済んだし今度こそ私も帰るぞ。帰るったら帰るぞ。

 

 

 

 台風どもが過ぎ去った後の会議室はとても静かな状態だった。もう終わったので自由にいつでも解散していいのだが、誰も自分からは動かなかった。

 

「なあビデオレターってアレの事だよな。あいつにも見せたのか?」

 

 カントクが傍らのアクアへと問い掛けた。

 

「見せるわけないだろ」

 

 アクアは冷たく言い放った。母の遺書にも等しいビデオレターをなぜ赤の他人に見せるのか。聞かなくても察してほしい。

 

「じゃあ何で知ってんだよ」

「こっちが聞きたいぐらいだって。何でもかんでも見てきたかのように語って、しかもそれがだいたい合ってる。自分しか知らない、時には自分も知らない秘密をべらべら喋られて怖いんだよ」

 

 独力では終ぞ知る事の出来なかった父親や、その父とアイの個人的な通話の内容に始まり、アクアやルビーの前世に至るまで、どうやったら仕入れられるのか不明な情報の数々。

 そこにいる疫病神が自身の手先とすべく情報を与えている……とでも突拍子もなく考えれば知識には説明がつくが、そうするとアイの事件を起こる前から知っていたという点が引っかかる。そんなに前から星野家は黒川家と関わる事になると見越して準備していた事になってしまう。そこまで入念に仕込んだ人材にしてはあまり有効に活用されているようにも思えない。

 

「仕事が絡まん場なら気楽に話せる付き合いやすい相手なんだがな……」

 

 こちらの裏事情諸共を一通り知っていて、さりとて必要以上に踏み込まず、害意も悪意も持たない。ただ普通よりちょっとだけ豊かで自由な暮らしができれば十分な、ある意味で無欲な人物。

 家族でも恋人でもない。仲間と呼ぶほど長く深い付き合いでもない。助けもしないし助けられもしない。自分の責任は自分で取る大人だからこその丁度良い距離感になっているのかもしれない。

 もっと違う出会い方をしていれば、たまに一緒に肴をつつきながら愚痴を吐き捨て合うだけの、互いに無責任で気楽な飲み友達として緩く長く付き合い続ける未来もあったかも、と心のどこかでは思う。

 所詮はたらればの話であり、ここで言っても詮無き話であるが。

 

「とにかく、分からんものは分からん」

 

 お互いに不干渉でいるのが最も幸せなのだろう。世の中、何もかも明らかにする必要はない。

 答えの分からない問題にいつまでも脳と時間を割いていられるほどヒマでもない。そんな事より今すぐにしなければいけない事がある。

 

「お、おいどこ行くんだよ」

 

 言い捨てて出て行こうとするアクアの背に、慌てたようにカントクが声を掛けた。

 

「ルビーの様子見てくる」

 

 振り返る事なくカントクに返事を返し、アクアは足早に部屋を出た。ドアの閉まる音が、静まった室内に大きく響いた。

 

 

 

 そしてその光景を1歩引いた位置から眺めていたツクヨミは、気が済んで満足したようなため息をついた。

 

 唯一全ての事情を正しく把握しているが、その知識を正しく運用する気は皆無のツクヨミは、様々な誤解渦巻くこの場を恐らく誰よりも楽しんでいた。

 3人寄れば文殊の知恵という。凡人でも3人もいれば良いアイデアが浮かぶという諺だ。では嘘吐きが3人集えば何が生まれるだろうか。

 

 ありえた未来の1つ、当人の呼ぶところの『原作』を振りかざして周囲を自分に都合の良い方向へ動かそうとする異物。

 その主役に対する解釈に真っ先に抗議しそうな面々が誰も動かないせいで、本来なら一笑に付されて終わるだけの突拍子も無い解釈にいくらかの説得力が生まれてしまった。否定する材料も肯定する証拠も無いが、やたらと裏事情に詳しいこいつが言うならもしかすると、という可能性が捨てきれず、またさらに別の誤解も生む。

 

「あの子ってあんな声出せたんだ……」 

 

 ツクヨミが眺めていた先で、アクアが出て行くのを待っていたかのように今度はミヤコがぽつりと呟いた。

 

「そうよね、あんなに早く親を亡くして、何とも思わないはずないわよね」

 

 親とは大抵の場合子を置いて先に逝くものであるが、それでもあまりにも唐突で早すぎる別れだった。置いて逝かれた子が恨みにも似た感情を親に抱いていたとしても仕方のない事ではなかろうか。

 

 そして同じく残された側であるアクアもまた、同じような感情を抱いているとすれば。

 明らかにルビーの様子がおかしいのに、あの妹想いの兄が何も反応せずにいるのを不審に思った者は自分1人ではないはず。アクアが触れないので誰もルビーに触れられずにいたが、そういう一面もあると理解していたのならアクアの行動も分かる。

 

「……はぁ」

 

 仮にも義理の親を名乗っておきながら何という体たらくか。我が子について、自分は何も知らず、いつも力になれず後手に回るばかり。やるせないため息ばかりが口をつく。

 こういう時に頭に浮かぶのは何処にいるかもしれぬ夫の顔だった。仕事に追われるだけで毎日が終わる要領の悪い自分などではなく、もっと仕事のできた壱護がここにいれば、もっとあの子たちも親を頼ってくれただろうか。

 

 

 ……などと考えているようだ。

 この状況を作った1番の噓吐きはきっと抗議するだろう。自分は嘘は言ってない、と。

 

 カントクや社長に向けて誤解を招きかねない言い方はしたかもしれないが、それはあくまでも背景を黙秘したがる双子の事情に配慮したらそういう言い方にならざるを得なかった。自分はただただ星野家の望みを叶えるために必要と思われる最短かつ最善の行動を取っているだけであり、さも陥れる悪意でもあるような物言いをされるのは心外だと。

 

 蛇の道は蛇。そういう事を言いそうな所、方向性は多少違えど本質的には同類であるのを嗅ぎつけられているのもカミキヒカルに気に入られる要因の1つでもある。また、自身が元々予定していたルートを捨ててアレに好きにさせている理由でもある。

 

 

 因みにああいう態度によって他ならぬ星野アクア本人からの好感も少しだけ稼げている。決して異性としての好感ではないが。

 深く愛し支えてくれそうな女ならもう何人もいる。だが食べ方に気を使う豪華な料理ばかりでは胃も心も疲れてしまうので、時には淡泊な味で箸休めがしたいという意味で望まれているだけだが。

 

(まあ、そっちもそっちで捨て難いけれど)

 

 本来迎えるはずだった結末。

 あの愚かな演者はどうして己の腹に刃を突き立てようなどと思ったのか。

 

 いつか母の仇を取る事を夢見て生きてきたはずなのに、長年追い求めた仇と見据えた男の前で口にしたのは妹の話。

 なぜ実の娘を守らなかった。なぜ危険と知りながら放置していた。なぜ、実の娘を殺そうとした。

 

 お前はいまさら何を言っているんだ?

 

 そして挙句の果てに選んだ道は心中。

 お前は母の仇を取りたいのか? 妹を守りたいのか? それとも、妹を天涯孤独の身にして悲しませたいのか?

 愛する人に先立たれる悲しみを誰よりも知るはずの男がなぜ、そのような道を自分から選ぶに至ったのか。

 

 知らずに見れば、支離滅裂極まる末路に見えるだろう。

 

 しかし、全てを知っている立場で見れば、分かってしまう。

 

 

 そう、星野アクアは最後に真実にたどり着いたのだ。

 

 

 死んだはずの男が生きていて、あまつさえ愛する母の死に関わっていた。

 

 直接手を下した男は死んだ。

 陰で糸を引いていた男はこれから裁く。

 では、その間にいたもう1人の共犯はどうするべきか。最愛の妹から母を奪った男が、その妹から愛されて生きる資格などあるのか?

 

 雨宮吾郎は、あの夜に死んだのだ。

 あの子の理想を、汚してはならない。

 オレ達2人が消えれば、この事実は永久に闇の中。あの子の為に、死んでくれ。

 

 

 この嘘だけは暴かせない。

 

 

 アレはまだ気づいてはいないようだ。あの男は絶対に自力ではたどり着けない。人に説かれても絶対に受け入れない。そう決めつけている。

 実はタイムリミットが存在する、なんて考えているだろうか。

 

 この『キャラクター』はこういう『設定』なのだ。だからこうするだろう。雨宮吾郎も、星野アクアも、それ以外の全ての人間も。

 

 そんな考えに凝り固まっていると、いつか足元すくわれるかもね?

 

 

 さて、まだまだ楽しめそうだ。人任せにしたことで少し楽しみは減ってしまうかもしれないが、それと引き換えにしても良いと思える程度には面白い人材だ。この先もうしばらく暇つぶしには困らないだろう。普通に誘ってもこっちには来ないだろうから何かしら考える必要はあるが。

 

 

 

 

 音もなく会議室を抜け出し、事務所を覗く。兄に寄り添われながら温かいお茶をゆっくりと口に運ぶ星野ルビーがそこにいる。

 

 この程度で折れちゃだめだよ。もっとよく見るんだ。キミが折れない限り、彼女はキミを高みへ昇らせるため力を尽くしてハシゴを掛けようとしてくれるだろう。登り切れるか、登り切った後の事まで面倒見てくれるかは知らないが。

 

 

 暗い顔をした双子を、ツクヨミは慈愛に満ちた笑みで静かに見守っていた。

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