完璧で究極なアイドル様に執着されて 作:肉ぶっかけわかめうどん
活動報告でも書きましたが、35話目の内容を一部改訂しました。
元々この小説を練りだした頃、【推しの子】原作はこれから映画撮影を始める頃合いでした。コミックスで言えば12巻までの内容を基にしています。
これ以降に登場した原作描写は作中に反映されていない状態だったのを、最終話まで含める形になるよう修正し、新しい内容にそぐわない形となった35話目のツクヨミの台詞を直しました。タグも追加しています。
「バイク欲しいって言ったんだけど……聞いてる?」
目をぱちくりさせるばかりの母へと、もう1回言い直す。
「あ、ああバイクね。自転車?」
「ロードバイクじゃないよ。普通の2輪車の話」
「そ、そうよね普通のバイクの話よね」
予想はしてたけど、こうも驚かれるとやはり面倒な気持ちが湧いてくる。
「どうして急にバイクなんか乗ろうと思ったの? 車じゃダメ? あおいだってもうすぐ18だし、車の免許取りに行けるじゃない。そこまで待てないの?」
「待たないって言ったら?」
うーん、と目を閉じて、困ったように母が考え込み始める。
車は荷物は乗るし季節を問わず快適という利点もある。でもバイクは下手な車より経済的だし、狭い道にも強い。対向車を恐れる必要が無いし、行き止まりに突き当たっても安心だ。車のように長々とバックせずともその場で向きを変えれる。雨風は我慢しろ。
少し待ったが口を開く気配がないので、私から行くとする。
「姉さんの原付の時も散々揉めたし、母さんが反対する理由は分かるよ」
両親の反対する理由は当然、危険だから。
車にはシートベルトやエアバックを始めとする各種の保護機構があるし、何より運転手の四方は金属の箱で囲われている。ちょっとやそっとの事故なら運転手は被害を受けない。
だが2輪にはそれがない。ライダーの体はむき出しだ。これはもう構造的にどうしようもない。
しかし、その点は既に住職と相談済みだ。
バイクは、バイクに乗らない人が思うほど危険な乗り物ではなく、乗る人が思うほど安全な乗り物でもない。
バイク事故は自動車事故に比べて死亡率が高いのは事実だ。しかし、適切に対処すればその危険は大きく減らせる。
まずはしっかりとした装備を用意する。フルフェイスのヘルメットに、胸と背中のプロテクター。バイク事故の死因はだいたい頭か胸を強打する事だ。これがあるだけでリスクは大きく下がる。理想はもちろん上着から始まり、グローブ、パンツ、シューズに至るまで専用の装備で揃える事。
次に安全運転。無理に速度を出さず、無茶なすり抜けは控え、周囲の安全確認を行う。カーブはどんなイレギュラーが起きても対応できると確信できる速度まで落とす。
基本さえ守っていれば、もし運悪く事故を起こしても死亡にまで繋がる事態はそうそう起きない。
事故で死ぬ危険がゼロでなければダメというなら、そもそも車も電車も飛行機も乗れないぞ。
そう言えば、母は困ったような顔をする。
「うーん、それはそうなんだけど……」
そこまでしてもなお車よりリスキーである事は変わらないので、この主張はただの詭弁である。
なお、安全運転が大事と語ったその後に住職はこうも付け加えた。
街中は仕方ないですが、ワインディングでそんなテンポの悪い走りしても正直つまらないですけどね、と。
「……でも今までバイクとか、そんな素振り全くなかったじゃない。そういうの好きだったの?」
「あーいや、別にそういう訳じゃないけどさ。ちょっと知り合いに誘われて」
「知り合い?」
まだ困った顔のままの母が知り合いという単語に反応した。
「そんな知り合いなんてあおいにいたんだ」
「いるよ。でちょっと走りに行こうって誘われて、私は自分のバイクが欲しい、と。こういう事」
『バイク乗りの知り合い』と『遊びに誘ってきた知り合い』は実は別人だし、私がバイク欲しがる理由と前の2人は何の関係も無いんだけどね。
主語も時系列もごっちゃだけど、ウソは言ってないよ。
「その知り合いってどんな人? 同じ学校の子?」
「いや、学校じゃないよ。職場で知り合った」
「……男の人?」
「そうだけど」
何とも言えないような表情をされるほどのものだろうか。職場で知り合った年上の男から誘われた、というだけじゃないか。そんなに心配? もしかして私って信用無い?
「で、やっぱり母さん的には反対?」
「あおいが本気でやりたいって言うなら、母さんとしては応援したいけど……ただの思い付きなら、やっぱり反対」
おや、これは意外な反応だ。断固反対もありうると思ってたのに。
「本気だったら良いの?」
「あおいが何かお願いしてくるって初めてだしね」
初めて? そうだっけ?
お願いなら普段からちょいちょい言ってるような気がするけど。
「小さい頃から何も欲しがらない子だったじゃない。あおいに玩具とかお菓子とかねだられた覚え全く無いんだもの。たまに何か言ってきたと思ったら、学校で必要なモノ買ってほしいとかそんなんだし」
確かに小さい時はそうだったよ。心は大人なのに今さら子供向け玩具とか貰っても困るって。お年玉や小遣いの範囲内でもゲーム機とかは十分に揃えられたからヒマは潰せたし。
お菓子にしたって、甘いものは好きだが人にねだってまで食べようとは思わない。
「だから、初めておねだりしてくれた物ぐらい買ってあげたいけど……でもお母さんとしては、やっぱり心配だな。もし怪我したり、もっと危ない目にあったりしたらって思うと、不安で仕方なくって」
まあ、そういう可能性はいつだって付いては回る。それはもう、とにかく気を付けるから、としか言えない。
イエスともノーとも言いかねる、微妙な空気がずっと続いていた。そこに切り込んできたのは、先ほどから静観していた姉の方だった。
「良いんじゃない?」
母には微笑みを、私には無表情を1度づつ向けて、姉は静かに話す。
「昔、てきとうな演技しかしない全然やる気ないのがいてね。でも、そいつは今では誰よりも熱心に練習するようになった」
誰の事だろう。劇団ララライ内の話だとすると、メルトあたりか?
「最初は遊びでも、やってるうちに本気になれるかもしれない。とりあえずやらせて、それから考えたら?」
思わぬ方向からの援護射撃に、母はより一層顔を悩ましそうにしかめる。
「……本当に気を付けてね」
そして悩んだ末の結論は、まさかのOKだった。
「困った事があったらちゃんと言うのよ。あおいは昔から何でも1人でやれちゃう子だったけど、1人じゃどうにもならない事だってあるんだから。たまにはお母さんにも、親らしい事させて頂戴ね」
たまには親らしく、なんて言われてもね。
父は毎日働いて金を稼ぎ、母は毎日ご飯作って洗濯もしてくれてる。これ以上に親らしい仕事なんてあるはずないだろう。
子供にとっては当たり前でも、大人にとっては大変な事だ。それをこなしているのにそう卑下するような物言いをする必要なんかないさ。
「母さんも父さんも、今でも十分親らしい事してるって。もっと自信持ちなよ」
「ふふっ、ありがとう……あおいは本当に手のかからない子だわ」
静かに、慎ましく母は笑った。
「さて、バイク乗るなら自動車学校行かないとね。お金いくら掛かったかしら」
「あ、免許ならもうあるから大丈夫だよ」
「えっ?」
「ちょっと待ってて」
私は1度席を立ち、自分の部屋に戻って免許証を持ってくる。
「はい」
免許取りたての証である緑色の帯が入った免許証を母に渡した。
まじまじと母と姉が免許証を見つめる。
「これ、どうしたのよ。その、お金とか、書類とか。確か自動車学校って何十万もいるよね……?」
いや何十万もはいらないでしょ。入校料は学校によって違うけど、中型2輪なら高い所でもせいぜい20万もあればお釣りがくるって。
「お金は自分で何とかして、書類は誰かに書いてもらった?」
「そんなわけないでしょ姉さん」
姉が何か言ってるので即座に否定しておく。
「普通に免許センター行って、一発試験受けてきただけだよ。自動車学校は行ってない」
「へぇ……練習無しでも受かっちゃったんだ。やっぱりあおいは何でもできるんだ」
免許は前世で元々持ってたものだから、厳密には練習してるんだけどね。
でもそれは言えないので、素直にお褒めに預かり光栄という事にしておく。
すごいすごいと言われても。母はポカンとしているし、姉は自分の事のように嬉しそうだ。私のは転生者特有のズルでしかないのに。
食事を終え、部屋に戻ろうとしていると、後ろから姉に肩を叩かれた。
「ねえあおい。今度は何企んでるの?」
企むとは人聞きの悪い。
「口ではやりたいやりたいって言ってるけど、正直あんまり熱意感じなかった。何か企んでて、その為にバイクが必要だったんじゃないの? 説得手伝ってあげたんだから教えてよ」
「何も企んでないよ。ただ私もそろそろ自由に使える足が欲しくなっただけ」
「……ふーん、残念。あおいも何かやりたい事探さないの?」
「今のところ予定はないなぁ」
何をするにもまずは独り暮らししないと。自分がやりたい時に、やりたい事をやる。自由であってこその趣味だろう。
キャンプとか1回やってみるのも面白いかも。静かな自然の中、焚き火をお供に孤独な夜を楽しむ。コンビニの安酒も、この時ばかりは至高の美酒に、安い紙巻き煙草も極上の葉巻のように感じる事だろう。
やりたい事と言われて酒と煙草しか出てこなかった自分の教養の低さに何とも言えない気分になった。もっとこう、何か無いのか文化的で活動的な何かは。
まあでも良いか。人間、美味しいものをたらふく胃と肺に詰め込む作業以上の幸福などないだろう。
煙草の煙は、孤独な兵士の偉大な相棒である、とどこぞの革命家が言っていた気がする。
煙草ほど無駄なものはない。無駄のように見えるものを、どこまで許容し得るか……それが文化でしょう、と述べたのはどこの小説家だったか。
「もし私が何か本気でやりたい事ができたって言ったら、姉さんは応援してくれるの?」
何気ない一言に、姉は真面目な顔になった。
「当たり前でしょ。家族なんだから」
何を言ってるんだ、と態度で語り、姉は自分だけさっさと2階に上がって行ってしまった。
その翌日、私は早速電話で住職に事の経緯を報告した。
「思いのほかあっさり通ってしまった、と。何はともあれ重畳。しかし、親御さんはきっと色々思う所がおありでしょうな。手のかかる子は大変ですが、全く世話を焼かせてくれない子というのも寂しいもので。もっと甘えてみては?」
「甘えろと言われても、特に嫌な事や願い事がある訳じゃないんですけどね……家事は全て任せて家でごろごろしてるのは甘えてる内に入りませんかね?」
「夫婦間ならともかく、親子だと難しい話ですね……あまり他所様の家庭に口を挟むのも何なのでこの辺りにしておきますが。それで、次の週末でしたね。使われるのなら、保険の手続きもしたいので明日にでもこちらに来られますか?」
「分かりました。では明日の夕方にお伺いしたいと思います」
「お待ちしております」
さて、取り敢えず最初の関門は突破したか。明日は住職の所に行って、明後日は2輪用品店で装備一式揃えてきて、明々後日に姫川大輝とドライブか。忙しい週末になりそうだ。
都内の某高級寿司店。店舗奥の人目から遠ざけられた個室には3人の男女が集っていた。
「本日もお仕事お疲れ様でした。鏑木プロデューサー」
食事前の挨拶を朗らかにこなすのはカミキヒカルである。テーブルを挟んだ先にいる鏑木に柔らかく笑いかけた。
「一度、キミとはこういう場を設けたいと思っていたんだ……とはいえ、無理なら無理とそう言ってくれて良かったんだよ? プライベートに踏み込む様な真似をしてすまないね」
上着とネクタイを緩めた鏑木は、対面に座るカミキに優しい目を向ける。
「まさか、2人して同じ日、同じ店で食べる予定だったとは。凄い偶然もあったもんだ。もしかして誰かから僕の予定聞いてた?」
「ははは、そんな訳ないじゃないですか。本当に偶然ですよ」
冗談めかした鏑木の言葉を、カミキは笑って否定する。
「ですが、これも運命かもしれません。覚えていますか、私……いや、僕も昔、ここで鏑木さんに寿司を御馳走になったのを。ある意味で、ここは僕にとっては始まりの場所なんです」
社会人なら、誰もが大なり小なり演技をしている。
1人の責任ある立場にある時は『私』と言うが、ここではそんなものは上着と共に脱ぎ捨てている。背負うものの無いプライベートとも言える場でのみ使う『僕』へ、カミキは一人称を言い直した。
「もちろん、覚えているとも。あの時はまだ、君は幼い子供だった。それが今では社長、つまり一国一城の主だ。アクア君……君の息子にこの店で寿司を奢ったのももう1年も前になるのか? 時の流れというのは本当に早い」
「おや、アクア君もここに来ていたのですか」
「そうそう。あそこのカウンターで少しだけアイの話をしてから『今ガチ』に誘ったんだよ」
「『今ガチ』とは、また懐かしい名前ですね。ここは彼にとっての始まりの場所でもありましたか」
昔を懐かしむように、鏑木とカミキは目を閉じた。
そこへ、店員が人数分の寿司と日本酒の瓶を持ってきた。
「ボトルキープまでしているのか……こいつが君の推しかい?」
「つい最近知人に教えて頂いた銘柄です。大将にお願いしたら、快く取り寄せてくれました」
店員が出て行くのを待ってから、カミキは運ばれてきた瓶を手に取り鏑木に差し出した。
「僕がアイとこっそり会える場所を紹介してくれたり、あの事件の後も、色々仕事をくれたりとお心に掛けていただきました。今の僕があるのは鏑木さんのお陰です。今日は僕に注がせてはもらえませんか」
カミキの意図を察した鏑木は、自分のグラスを差し出した。
グラスの形状や素材もまた、酒の風味に大いに影響を与える。良い酒はより良く、悪い酒をより悪くする、酒本来の味わいを邪魔しない無味無臭のガラス製のグラスに、米の色をした液体が静かに注がれた。
「映画の制作者とスポンサー……本来なら、こっちがもてなさないといけない側なんだけどな」
カミキの分も注ぎ終わったなら、まずは挨拶もそこそこに初めの1杯。まずは香りを味わう者、口の中で転がす者などそれぞれのやり方で初めの1杯を楽しむ。
「おお、これは良い。甘口で香りも芳醇。こういう甘みと旨みの強い酒なら……」
鏑木は寿司を1つ手に取り、口に運んだ。
「……うん、やはり、脂の多いネタとよく合うね。穴子みたいなタレものとの相性も良さそうだ。どこの酒だい?」
「宮崎の地酒だそうで。僕も1口で気に入りましたよ」
それからは暫し、各々が各々の世界で寿司と酒を楽しむ時間となった。
元々寿司そのものが魚と米を組み合わせた料理なのだから、米の味をたっぷり引き出した芳醇な日本酒との相性が悪かろうはずがない。
しかし、脂の乗った赤身と、淡泊な白身ではまた話が少し変わってくる。淡泊な魚には、淡麗な酒を。追加で頼んだ辛口の日本酒と交互に飲んで食べ進める。
そうして食事と酒もいち段落した所で、ようやく会話が再開される。
最初に話題になったのはやはり、映画の話だった。
「君には酷な映画になる。企画の責任者である僕が言うのもなんだが、本当に良いのかい?」
アイの半生を描いた映画が世に出れば、間違いなくカミキヒカルは最大の被害者になる。にも関わらず、内容に抗議するどころか進んで協力してくれているというのはありがたく、同時にやや不気味でもあった。
「良いんです。何なら、少年Åなんて名前じゃなくて、思いっきり実名でやってくれても良いんですよ?」
「いや、流石にそこまでは……」
「これはギャンブルなんです。僕は確かに社会的に死ぬでしょう。けれど、それ以上のものを手に入れられる期待もしているんです。勝負する価値はあると思ったから、この話に乗りました」
「……君がそれでいいのなら、僕から言う事は何もないよ。そんなに楽しそうな顔をされちゃね」
全てが上手くいった未来でも想像しているのだろう、楽しそうなカミキの顔を見て、鏑木の当初の不安は消えさった。映画作成における最大の障害が消えたのだ。
ならば遠慮せずやるとしよう、と鏑木はまた一口、酒を傾けた。
「しかし、意外だね」
次に話題になったのはカミキの隣に座っている少女の事だった。鏑木も、店に入った時からずっと気になっていたのだろう。
「君に子供好きな一面があったとは」
カミキの隣に座るのは黒づくめの服に長く艶やかな銀髪が映える少女、ツクヨミである。大人たちの会話に加わる様子も見せず、マイペースに寿司をつまんでいる。しかもさりげなく追加の注文までしている。
「五反田監督からも聞いたけど、何かとその子と一緒にいるみたいじゃないか。今日も一緒に夕食だったんだろう?」
「僕が子供好きだったのか、ツクヨミさんが特別なだけなのかは分かりませんけどね。良くしていただいております。今日はツクヨミさんにもご了承を頂いておりますから本当にお気になさらず」
「私は寿司をお腹いっぱい食べれたら何でもいーよー。皆で食べた方が楽しいし。あ、これ頼んだから」
無邪気な笑顔を鏑木に向けたツクヨミは追加注文の事後承諾をカミキに求めた。その注文の内容に、カミキの顔が一瞬だけ引き攣ったような気がするが気のせいだろう。
「……下手に遠慮されるよりは良いか。食べさせ甲斐がありますね。金で買えない情報の対価と思えば安いものと考えましょう」
「子供に好かれるというのは得難い才能だねぇ」
鏑木は幼い子供に存分に懐かれているようにしか見えない光景をそう評した。見る人が見れば、この男も嫌がらせのターゲットに追加されたのかと同情の目を向けるかもしれないが、ここにそれができる人物はいなかった。
因みにツクヨミの座っている位置は上座である。
鏑木は飯は楽しく食うのが1番であり細かい作法を強要するような男ではないので気にも留めないが、見ようによってはカミキは自分達よりもこの少女の方を格上として扱っているようにも取れる。
追加の寿司と酒をのんびりと進めつつ、鏑木とカミキの近況話は続いた。
黒川あかねと星野ルビーの主役争い、その後で明らかになったアイが子供宛に遺したDVDの話になった時、鏑木は合点がいったように唸った。
「なるほど、そういう事だったのか」
映画の内容が内容。これを持ち込んできたアクアは何かしらの裏付けはとってあるだろうと信じていたが、まさか故人の証言があったとは。
「映画の責任者としては念のため内容を確認しておきたいところだけど、流石に頼んでも見せてはくれないだろうね」
「僕も個人的に内容が気になるところですが、見るのは断念しました。知ってそうな人にこっそり聞こうにも、五反田監督は預かっていただけで中身を見ていない。つまり手詰まりでして」
「中身を知ってるのは2人だけという事か」
「ええ、2人だけなんです……そのもう1人の方から1番知りたい部分を聞けたので、残りはもう諦めますが」
痛い出費だなぁ、とカミキは隣のツクヨミを垣間見つつ笑った。
「黒川さんが知っていたら話は早かったのですが、彼女は内容を断片的にしか把握していないらしいですし」
「例の黒川あかねの妹さんか。彼女も何かと注目されているようだね」
「ええ。黒川さんの事を良く知る機会ができた。それだけでも、僕はこの企画に参加して良かったと思えます」
「随分気に入ってるようだ。一応言っとくけど……女子高生には手出しちゃダメだよ?」
真面目な顔から一転、冗談めかした鏑木の発言にカミキは大きく笑う。
「そんな事しませんって。信用無いなぁ」
「はは、冗談だよ。僕だって君の事は信じてるさ」
釣られて鏑木も笑った。
「冗談はさておき、君から見て彼女はどうだい?」
「とても冷めた子ですね。仕事だから、依頼主の意向だから仕方なくやってるだけであって、映画そのものはどうでも良いみたいで。中心にいるあの双子に対する思い入れも全くありません。ですが、距離をとっているからこそやれる事もきっとあるでしょう。ツクヨミさんはどう思われます?」
唐突に話をふられたツクヨミは、生姜をつついていた手を止めてカミキの方を見る。
「ちょっと惜しい子かな。あの独特の視点は他の誰にも真似できない強力な武器だけど、その唯一の武器に固執して視野が狭まってる。目の付け所は悪くない。でもそこで終わりにしないでもう1歩踏み込んできてほしい感じ。そしたら花丸あげるのに」
「及第点という訳ですか」
「別に満点出さなきゃいけない試験じゃないから問題ないけどね。ものの見方については生まれついての精神性に由来する部分もあるから改善は難しいし。いっそ開き直ってしまえば人生もう少し楽しいだろうに、そこまで馬鹿にはなれないのも面白い所」
「見ていて楽しい人という訳ですね」
小学校に上がっているかも怪しい幼い子供が話す内容ととても思えず鏑木は固まるが、カミキは驚くこともなく話をしている。この2人の間ではこれが普通らしい。
「おや、グラスが空いてますね。申し訳ありません」
話の意味はあまり理解できなかったが、こうも生き生きとした彼も珍しい。
彼女らについてもっと突っ込んだ話が聞きたいが、おそらく無理に聞き出そうとしたら酔い潰されるんだろうな、と鏑木はたっぷりと注がれた酒の水面を見つめながら静かに息を吐いた。