完璧で究極なアイドル様に執着されて   作:肉ぶっかけわかめうどん

4 / 48
 書いていたら少しばかり長くなりましたが、分けずにまとめて一話としておきます。


外見と中身と

 

 東京ブレイドとかいうあまり漫画に詳しくない私でもタイトルぐらいは聞いたことある作品が姉の所属する劇団ララライで実写舞台化された。初回の公演こそ都合が合わず見送ったが、私たちも家族総出で姉の勇姿を拝みに劇場に足を運び、黙って見入る父と、定期的に私に解説を求める母に挟まれて充実した時間を過ごすことができた。二次元の実写化というのは何かと敬遠されがちだが、実写だからこその迫力というものがあるがよく分かる。これを出せる秀逸な脚本と役者が揃ったなら実写も良いものだ。私の食わず嫌いが一つ治った。

 

 

 

 一か月の公演が終わり、毎日疲れた顔をしながらも充実した笑みを浮かべていた姉も今ではすっかり気が抜けた顔になった。

 週末を明日に控えた気楽な夕食後のひと時、リビングのソファーの上で溶けている姉の手にあるのはスマートフォン。アクア君と一緒に過ごした濃密な時間が恋しいらしいが、相変わらずちっとも鳴らないらしい。他愛もない内容でもいいからプライベートでも少しはカノジョに構ってあげたらどうかなアクア君。

 

 母は洗い物に勤しみ、今日は早く帰って来た父はテレビの前にいる。アイさんは部屋の片隅に座り込み、なぜか私の父をじっと観察している。

 父親、あるいは夫というものは彼女の人生にはこれまで存在しなかったものだろうし、きっと男親の家庭内での振る舞いに興味があるのだろう。父は霊感は無いはずだが、それでも何か感じるのか居心地悪そうにチャンネルを変えまくっている。

 

 

 机の上に投げ出していた私の携帯から着信音が一つ。

 椅子と座布団を三つ並べて作った即席ベッドに仰向けに寝たまま、机に手を伸ばして辺りを探る。硬い感触を見つけて掴み、顔の前に持ってくる。画面に表示されていた名前は星野アクアだ。彼らしく、一文に簡潔に用件を纏めている。

 

「いてっ」

 

 パスコードを打ち込もうと掲げた年々大型化するスマートフォンが手から滑り落ち、顔にべちりと当たって床に落ちた。

 

「……はい」

 

 溶けていた姉が腕を凝固させ、携帯を拾ってくれた。

 

「ありがと」

 

 私も礼を言い、それを受け取ろうと手を伸ばし、携帯を掴んで引っ張った。しかし、予想に反して姉が手を放してくれない。

 

「?」

 

 姉が動かなくなっている。何か視えてはいけないものでも視えてしまったのか。このリビングには霊なんて一体しかいないぞ。

 

「お姉ちゃん?」

「え、ああ、気をつけなさいよ。画面割ったらお母さんがうるさいからね」

「フィルム張ってるから大丈夫だって」

 

 再起動した姉から携帯を受け取り、今度は落とさないよううつ伏せになる。

 

『話がしたい。明日会えないか』

『午前中なら』

 

 とりあえず返信だけしておく。昼からは久々に仕事の予定が入っているが、朝なら何もない。アクアの用事となるとやはり復讐絡みだろうけど、この時期に話す内容となると何だろうか。まあ何にせよ好都合ではある。こちらからも彼に聞かなければいけないことが一つあるからだ。

 

『九時に新宿東口のとこの喫茶店でいいか』

 

 秒で帰って来た。こちらも了解の意を返しておく。

 

 

 背後で足音がする。姉がリビングをやけにゆっくりとした足取りで出ていこうとしているようだ。私も明日早いことが決まったしさっさと寝支度にかかろうかな。

 画面を消し、起き上がるとリビングと廊下を繋ぐドアに手をかけた状態の姉と目が合った。まだ居たんだ。

 

「どしたの?」

「何でもない。おやすみ」

「……おやすみ?」

 

 にっこり笑って出ていった。何だったのだろう。

 

 

 

 

 翌朝、アクア指定の駅前の喫茶店に入ると、彼はもう座って待っていた。

 

「お待たせしました」

「いや、こちらも今来たところだ」

 

 店の奥の奥、あまり他人に聞かれたくない話をするにはよさそうなテーブル席に座ると、すかさず店員が注文を取りに来る。

 

「それで、本日はどのような用件で?」

 

 コーヒー二つを頼み、店員がある程度離れたのを確認してから私の方から切り出す。

 

「ああ。探していたオレの父親らしき人物が見つかったんだ」

「えっ」

 

 アクアの答えに、思わず驚きが口に出た。

 

「劇団ララライの看板役者をしている、姫川大輝という男とオレが異母兄弟らしい事がDNA鑑定で判明した。話を聞いたが、どうやら上原清十郎という男がオレ達の父親で間違いなさそうだ」

「何だそっちか」

 

 そういえば居たなそんな原作キャラ。てっきりカミキに自力でたどり着いたのかと思ってしまった。

 

「?」

「あ、気にせず続けてください」

 

 上原清十郎。昔劇団ララライにいた売れない役者。芽が出ないストレスを女遊びで紛らわせていたらしい悲しい男。

 

「アイとは不倫の関係だったようだ。しかも妻と謎の心中事件を起こしてもう死んでいる」

 

 アクアはそこでいったん言葉を切った。

 ちょうどよくコーヒーも運ばれてきたので、お互い何も言わず黒い液体に口をつける。不味くもないが特別美味しいわけでもないチェーン店の味。でも作業やお話のお供にするならこれぐらいの、あまり主張しない味わいの方がいい。

 

「もう死んだと聞いて、オレは体が軽くなったような気がした。もういないのなら仕方ない。やっと解放されて、これからは自由に生きてもいいんじゃないか、なんて思っちゃってさ。死んでも許さないって思ってたハズなのに」

「本当は、早く自由になりたかったんですよね」

「ああ。オレは心の底ではそう願っていたらしい。だけど、そこで前に君に言われた言葉を思い出した」

 

 ぐっとカップの中身を飲み干す。熱さをこらえるように目を閉じ、また開く。心なしか目の暗さがましたように見えた。

 

「父親が犯人ではない可能性」

 

 確かに私が言った。

 

「最初はオレもありえないと切って捨てた。だが、考えているうちにその言葉がオレの頭から離れなくなった。思えば動機も分からずじまいだ。不倫の口封じが目的なら四年も待っている必要はない。なぜ妻と心中したのかもな。あの事件の謎は、何も明らかになっちゃいない」

「……」

「教えてくれ。上原清十郎は、犯人なのか。君なら何か知っているんじゃないのか」

 

 私もカップの中身をぐいっとやってみた。まだ運ばれてきてからあまり経っていないハズだが、温度はずいぶん下がっている。こういうところのコーヒーは冷めると味が酷く落ちるから、早めに飲んでおくのが正解か。

 

「結論から言えば、その上原清十郎とかいう人は事件とは無関係かと。心中事件の日付を調べてみてください」

 

 すかさずアクアはポケットからスマホを取り出し打ち込み始める。

 

 上原清十郎は事件とは関係ないだろう。妻と心中した日は星野一家が引っ越した日より前だ。既に故人であった彼に犯行は不可能だ。

 事件の記事を見たアクアもその結論に達したのだろう、顔がみるみる険しくなる。

 

「……父親ではない、と言っていたのはこういう事か?」

 

 いやそいつ父親ですらないと思いますけど。DNA鑑定結果判明したのは姫川大輝と星野アクアの血縁であって上原清十郎との血縁ではないし。といっても普通托卵の可能性までは考慮に入れないだろうから彼の反応は自然なものなのだろうか。

 

「この男でもないのなら……じゃあ、いったい誰が」

「さあ?」

 

 それが分かれば苦労はしない。その気持ちを込めて。

 

「さあ、って」

「実際私も分かりませんし」

 

 まだ何もわかっていない。そもそもそれ以前にまだ私は調査を始められてすらいないのだ。

 

「それじゃあアクアさん、先の質問の対価と言っては何ですが、こちらからも質問していいですか?」

「……なんだ?」

 

 そしてここからは私の用事に移らせてもらおう。

 

「近いうちにお墓参りに行かれる予定はありますか?」

 

 演劇編から旅行編の間に挟まれた話の中に、ルビーがアイの墓参りに行く回がある。この回は非常に重要な回で、あのカミキヒカルの初登場回なのだ。帰宅するルビーとすれ違いながら墓前に現れるだろうカミキを見に行き、アイが何かしらの反応を見せないか様子を窺う。私の調査はここからようやく始まるのだ。憎しみのような分かりやすい反応を示してくれればほぼクロ確定と言えるだろう。

 殺されても恨まない聖人のような人もいなくはないが、だいたいは強い反応を示すものだ。

 

 そうではない可能性について色々言いはしたが、現状最有力候補であるのはこいつなのだ。まずは一番大きい可能性から取り掛かる。それが駄目だったら次の線に行けばいい。

 

「墓参りか。確かに予定はある。それがどうかしたか?」

「お二人がいつ行かれるか教えてください」

 

 アクアは怪訝な表情だ。

 

「その情報を何に使う。付いてくる気か?」

「……まあ、そんなところで」

 

 近くに隠れて見ているだけのつもりだったが、それを正直に言うとさらに色々突っ込まれるだろうからそう言う事にしておく。

 ついて行くも張り込むも大して違いはないだろう。カミキを一目見れれば何でもいい。それに今や私もある意味では星野アイと縁ができた身だ。一度くらい手を合わせに行くのもいいだろう。

 

「……」

 

 急にアクアはスマートフォンに目を落とし、忙しなく操作を始めた。

 

 程なくして私の側に着信が二つ。

 開くと地図アプリのスクリーンショットらしき画像と日時の書かれた短文。画像の位置にあるのは共同墓地だ。

 

「これでいいか」

「お二人は一緒に行かれるのですか?」

「いや、スケジュールが合わないから別々だ。オレは後から行く。そこに書いてあるのはオレの予定だ」

「あの……ルビーさんのお時間も聞いてよろしいですか?」

「ルビーだと?」

 

 またアクアの顔が一段と険しくなった。それもそうである。今の質問は妹を巻き込もうとしていると思われても仕方ないし。

 

「ルビーのが必要なのか?」

「あ、勘違いしないでほしいのですが、別にルビーさんに何かしたいわけでも何かされるわけでもないですから。ただ彼女がいつ頃行かれるのか知りたかっただけで、要するに興味本位みたいなものでして」

 

 そうでないとこの冬の寒空の下朝から夕方まで墓を見張ってないといけなくなるし、教えてくれるなら。ただ本当にそれだけなんです。

 

「……」

 

 アクアは何も言わず、じっとこちらの目を見てくる。

 

「あの、いや無理だったら別に」

「考えておく」

「えっ?」

「分かり次第また連絡する」

 

 それだけ言うとさっさと立ち上がり、アクアは会計に向かっていく。私も慌てて後を追うが、光の速さで先にまとめて金を払われてしまった。自分の分ぐらいもちろん出すつもりはあったのだが。

 今からでも渡そうとするとそっと手で制される。

 

「構わない。これぐらいの礼はさせてくれ。今日は来てくれてありがとう」

「え、いや礼なんて言われるほどのものでも」

「オレにとってはそれだけの事だ。オレ一人だったら、こいつの死に満足してもう終わる事を選んでいただろう。君が教えてくれたお陰だ」

 

 いや、それ私が言わなくとも斉藤社長が指摘しますから。どうせすぐにわかる事だから教えても良いかと思っただけだし。

 

 ……そういえば、あの場面の斉藤社長、よく上原清十郎の事知ってたよね。十年以上も前に死んだ無名な役者の名前を聞いてすぐに心中事件の日付という反論を出せた。私はそんなの咄嗟に思い出せる自信無いぞ。流石はコネが命の芸能界で戦う男、人の顔を覚えるのは得意という事か。

 

 

 その後は普通に駅まで送ってくれた。にこやかに、爽やかに、でもどこか怪しげな笑顔で改札の向こうから手を振ってくれるアクアに見送られ、私は仕事の場へと向かった。

 

 

 

 

 電車待ちをしながら、仕事を回してくれた相手である、昨年ひょんなことから知り合った住職と仕事内容の確認をする。何でも以前交通事故にあってからというもの、娘の様子がおかしくなってしまったからお祓いをしてほしいという家族が来たらしい。まず病院へ行くべきでは、と思った。

 とはいえその家族も既に病院には掛かっていたようで、検査では異常は見つからなかったらしい。

 それならカウンセラーの出番では……と言いそうになったが、まあ視てもらったという事実が精神安定に繋がるのならばそれも良いか。弱っている人々の心に寄り添う事を宗教家の役割と定義するならば、カウンセリングもある意味では仕事のうちかもしれない。

 それに、あの住職は視る事はできない普通の人だが人付き合いの経験は豊富だ。あの人がわざわざ私を呼ぶのなら、きっとその娘さんとやらは住職から見てもただの事故のショックとは思えない異様さだったのだろう。

 

「……何でいるんですか」

 

 揺られる事数駅。

 さあ仕事するか、と駅を出た私の前に立っていたのは、いつぞやの喪服で疫病神な少女だった。

 

「いたら駄目なの?」

「双子の方は良いんですか?」

「そっちはそっちでちゃんと見てるから大丈夫よ。今何してるか教えてあげましょうか?」

 

 当たり前のように複数を同時に監視してます宣言が飛び出す。まあできるんだろうなこの子なら。

 それはそれとしてあまり近くに来ないでほしい。視界内にこの子がいるとアイさんの機嫌が目に見えて冷え込むから。

 

「ちょっとあなたの仕事ぶりを見てみたくなっただけよ。今は力のある人も少なくなったし、ましてそれを積極的に使おうなんて人はもっと少ないわ」

「そうですね。神主とかお坊さんとかそういうイメージありますけど、視える人なんて全然いませんし」

「でもそれはそれで良い事よ。強い感情、深い業に自分から関わりに行く仕事なんてまともな仕事じゃないわ」

 

 実際、ろくでもないのは確かだと思う。他人の不幸や不安に付け込んで金を稼いでるんだし。

 金以外にもまだある。人間の汚い部分が垣間見えた時のやるせなさ。こんな醜いヤツが世間では高い地位と信用を得ていて、幸せな人生を過ごしているんだと思うとやりきれなくなる。

 あの首が異様に長かったりグチャグチャになってたりする人影をいくつも引き連れてたバリバリ仕事できそうな渋いおじさん、今も元気にしてるのかな。してるんだろうなぁ。ああいう手合いは心が強いし、そう簡単には連れてはいけないだろう。

 視えない、気付かない方が幸せなのは間違いない。

 

 

 数駅離れた、近場と言うにはやや遠いその寺はさして大きくもなければ観光客で賑わっているわけでもない平凡な寺である。前はいつ来ても住職夫妻以外の人を滅多に見なかったが、最近は少し増えた気がする。聞けば私と知り合って以来、この寺は霊的な悩みや曰くつきのブツを引き受けてくれる寺だという話が広まりつつあるらしく、遠方から足を運ぶ人まででてきたらしい。

 なお、ここに来るまでに電車を使用したが、隣の少女が自分も乗って行くと言い出し、私が切符を買わされる一幕があった。飛んでいけばタダだろうに。

 

「おお、黒川さん。休みの日にすみませんね」

 

 到着を告げると、一分と掛からず住職さんが現れた。綺麗な頭に黒縁の眼鏡をかけた堅物そうな印象を与える人だ。

 

「いえいえ。そちらこそ、こんな天気のいい日はドライブでも楽しみたかったでしょう、私の仕事に付き合わせてしまってすみません。放置された愛車さんは拗ねていませんか?」

「はは、うちのベンツなら先週はぐずっていましたが今週は御機嫌ですよ」

 

 住職の視線の先には車庫に収まった古い型の軽自動車がピカピカの状態で置かれている。この人はなぜか、自分の車の事をベンツと呼んでいる。理由を尋ねると『ボロを転がせど心はベンツ』と返された。でも外車や高級車に興味はかけらもないらしい。ちょっとよく分からないこだわりである。

 因みにこの軽自動車、地元ではかなり有名らしい。私も何度かこいつが動いているところを見た事が有るが、明らかに軽のものではない豪快な音を響かせていた。

 

「それで、そちらの方は?」

 

 住職の目が隣に移る。私が小さい女の子を連れてくるのは予想外だっただろう。

 

「見学者です。邪魔どころか私より役に立つと思います」

「言っとくけど手伝わないわよ。他所で勝手な事したら怒られちゃうわ」

 

 あ、やっぱり管轄とかあるんだ。

 

「そうですか」

 

 こんな怪しい見た目の少女がついてくるというのに、住職は何も聞かずにいてくれた。

 

 

 こちらへ、と寺の中に案内されると、両親とその娘と思われる三人組が住職の奥さんと話をしていた。

 依頼対象の小学生ぐらいの娘は両親の間に挟まれ、にたにたと笑いながら無言で室内を見回している。私は壁に隠れながらそっとその娘を見た。

 

「どうですか。何か視えます?」

 

 住職が小声で問いかけた。

 

「ううん?」

 

 何か憑いてる、ようにはみえない。しかし、ただメンタルに傷を負っているだけの人間とも違う感じがする。とびきりヤバいヤツに入られて内側から喰われ乗っ取られたパターン……にしては悪意を感じないし。

 

「あら、珍しい」

 

 前世分と合わせ、それなりに経験を積んだつもりの私でも遭遇した事の無いパターンに頭を悩ませていると、ひょっこりと顔を出した少女が本当にものめずらしそうな顔で言う。

 

「……何なんですか、あれ」

「人に生まれたかったけれど、そうなれなかった生命の成り損ない。本当に珍しいのよ。取るべき形も霊的な力も持たない存在だから、何にもなれずにすぐ消えちゃう。人間であれを目にした事のある人はそういないんじゃないかしら」

 

 なるほど、成り損ないか。イメージ的には水子に近いような感じだろうか。あれも生まれる事すらできなかった命だ。

 しかし、それだとなぜ入り込む事に成功しているのかが分からない。仮に体には入れても宿主に蹴り出されるか逆に取り込まれて終わるだけだろう。

 

「まだ生きているのに、どうやって入るんです?」

「もう死んでたんじゃないかしら。人が死ぬ時って普通は肉体と魂が同時に終わるのだけれど、たまに肉体は終わっているのに精神が死に損なう時があるわ」

「一般に幽霊と呼ばれるやつですね」

「本当にごく稀になんだけれど、その逆も起こるの。肉体はまだなのに、魂が一足先に限界を迎えてしまう。この状態が危険な事は言うまでもないわよね」

 

 魂の無い、それでいてまだ機能する肉体。確かに現世を生きたがっている存在達が垂涎する代物だろう。廃れた神社や管理されていない仏壇と同じだ。霊にとっては最高に居心地が良い最適化された入れ物。何が入り込むか分かったものではない。

 

「たまたま事故現場の近くにいたあの成り損ないの子の前に、空っぽの入れ物が降って湧いた。なんて望外の幸運かしら」

 

「祓う事は出来ないのですか?」

 

 興味深そうに子供を見続ける少女に問いかけたのは住職だった。

 

「できるけれど、意味が無いわ。祓ったところでまた空の容器に戻るだけ。次に来るのはもっと危ないものかもしれないし、無害そうな子に使わせてあげるのが一番平和じゃないかしら」

「しかし、我が子が我が子でなくなってしまった事を受け入れろというのはご家族には酷でしょう」

「既に心は帰って来ない。主が入れ変わる事が認められないのなら、肉体を葬るしかないわ。目の前で殺すなんて、それこそ残酷ではなくて?」

 

 住職は黙り込んでしまった。

 

「それに、今は日が浅いから人の世の振る舞い方が分かってないけれど、あと数年もすればもっと人間らしく動けるようになるわ。肉体が無事なら記憶も引き継げるでしょうし、すぐに親でも見分けられないぐらい本物に近くなれる」

「親でもって、それはさすがに」

「まあ、いつか大変な事になるかもしれないわね。信じていた分だけ、裏切られたと思った時の反動は凄まじいものになるでしょうけれど、そこまで責任持てないわ」

 

 生かすも殺すも好きにすれば良い。どちらを選んでも、誰も幸せにはならないのは同じだから。

 

 

 最終的に、何もしない事を私たちは選んだ。

 効果が出ないようにわざと形を崩したお祓いモドキだけ行い、回復には時間がかかるだろうと伝えて親子を返した。

 因みに力の無い人間のするお祓いに意味があるのか、なんて疑問もあるかもしれないが、実は問題ない。ちゃんとテンプレートさえ守っていれば誰がやっても最低限の成果は出せる。昔の人はそこまで考えて手順書を整備したらしい。

 

 この家族から報酬は取らなかった。形ばかりどころか、形すらも成していないもので対価など取れない、とは住職の言だ。もちろん私も、今回は何の役にも立っていないのでお礼など要求できない。

 

 

 その後は寺に届いていた心霊写真や呪いのアイテムをいくつか鑑定した。写真は全部問題無し、物品の方は一点だけそれっぽいものがあった。大したものではないのでみんなまとめて燃やして終了である。たいていの物は火を通しておけば大丈夫。時間をかけて『毒抜き』しないといけないようなヤバいものは滅多にないから。

 これで仕事は終わりなので、鑑定代だけもらって帰ることになる。

 

「ふふっ、今日はお姉ちゃんのお陰で珍しいもの見れて楽しかったわぁ」

 

 その後の帰路、重い雰囲気なぞお構いなしに少女は隣で幼女のように笑っていた。

 

「なに、まだ引き摺ってるの? もう手遅れで助けられない、なんて今までだって何度もあったでしょう?」

「そりゃあ、なくはなかったけど……」

 

 そういう事は確かに何度もあった。するなと警告した事をそれでもやられて自滅されたり、憑いてるのが強すぎてどうしようもなかったり。まだ時間的余裕がありそうなら祓う事に長けた同業を紹介したりもできるがもはや一刻の猶予も無い状況だとそうも言っていられない。

 

「誰が悪いわけでもないわ。強いて言うなら運が悪かった。災害みたいなものだと思ってさっさと流してしまいなさい」

 

 もしかして、この少女なりに慰めてくれてる?

 なぜそんな事をするのかは分からないが、ありがたく受け取った方が良いのだろうか。

 

 

 

 

 翌日、アクアは苺プロダクション事務所のソファーに身を沈めて天井を仰いでいた。

 

「ヒマなの? まあ『東ブレ』終わって今無職だもんね」

 

 顔を覗き込み、声を掛けるのは妹のルビーだ。

 

「誰が無職だ。オレは学生だっつの。ただの考え事だ」

「そんなにヒマならアクアも一緒に宮崎行く? 舞台の慰安も兼ねてどうかって先輩が」

 

 宮崎。アクアは『B小町』の新曲MVのロケの為宮崎まで行くという話を以前皆がしていた事を思い出した。

 ルビーの顔のやや後ろで有馬かながやたらとこちらを盗み見てくるのが見える。

 

「……そうだな、行くか」

 

 アクアの返事と同時に、事務所に満開の花が一つ咲く。

 

「こ、今回は二泊三日の長期滞在よ、準備とかできてるの? キャリーケースとかある!?」

 

 突然割り込んできた有馬の押しかけ問いに、アクアは事務所の片隅に放置されていた誰も使っていないキャリーケースを指さす。

 

「いや事務所に転がってるの使うからいい」

「あんなのダメ。やっぱり一人一つは必要なアイドルの必需品よ! 無いってんなら、まあ、私も午後はオフだし、一緒に……」

「いや、今日はこれからあかねと約束だから」

 

 あかねの名前が出た途端、有馬の顔が引きつった気がする。

 

「じゃあ明日!」

「それで良い」

 

 ぐっと有馬が小さくガッツポーズをとった。

 

「で、どこに買いに行くんだ」

「適当に百貨店とか」

「適当なのか」

「流石にあるでしょ。私ら有名人はあんまりうろつき回る訳にもいかないし、買い物はいつだって出たとこ勝負よ!」

(出たとこ勝負ね)

 

 アクアは体に力を籠め、ソファーから身を起こした。

 

「……ルビー」

「なに?」

「あの件だけどな、あれやっぱりオレも一緒に行っていいか?」

「え、いいけど……また何で?」

 

「気が変わった。あとそれから、もう一人付いてくるから。事情は知ってるヤツだから安心しろ」

「え、えっ」

 

 言いたい事だけさっさと伝え、事務所から出ていこうとするアクアの背に声が飛んでくる。

 

「ちょっと、もう一人って誰? あの黒川あかねちゃん!?」

「違う。帰ってから話す」

「ちょっと待ってー!」

 

 出たとこ勝負。有馬の言葉で決心がついた。

 黒川あおいが何か企んでいるのは分かる。別に何も無いだか興味本位だか並べ立ていたが、何か意味があってその情報を求めていた事は予想が付く。医者として診察の場で多くの患者がつくウソや誤魔化しと対面してきた経験のあるアクアからすれば、あれはあまりウソの得意な方の人間では無い。

 墓参りの場で何が起こるのかは不明だが、それが手がかりとなりそうなものであるならば踏み込むべきだ。唯一ルビーがその場にいるのが気に入らない要素であるが……この件はルビーを近付かせているのではなく、その何かがルビーに近づいて来ようとしているのだから仕方あるまい。むしろ知らずにルビーを一人にしなくてよかったと思うべきなのだ。

 

 

 もし当人がここにいたら声を大にして否定していただろう。本当に何も起きないから。そんなに深刻に捉えなくていいから。しかしそれを止められる者は誰もいない。

 

 

 

 

 あかねと約束……先ほどまでアクアの座っていたソファーに座り、ぶつぶつと床に何かを呟く有馬をMEMちょは慌てて慰めに掛かっていた。ルビーは既に消えた人影に向かって静止を呼びかけているので役に立ちそうにない。

 

「い、いつものアリバイ作りだって」

「もう番組終わって随分立つわよ。もう義理も十分じゃ……」

「……」

「いつ、ちゃんと別れるのかな……」

 

 アクアとあかねの名を交互に唱える呪詛吐き人形を化した有馬。なぜいつも自分ばかりがこんな役まわりなのか。どいつもこいつも個性が強すぎる。

 それはそれとして、しかしMEMちょとしてはもう一つ気になることがあった。

 

(まさかとは思うけど、さっきアクたんが言ってたもう一人って…いや、流石にそれはないだろうけど……)

 

 特に根拠があるわけではないが、何故かそんな考えが頭によぎったMEMちょであった。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。