完璧で究極なアイドル様に執着されて   作:肉ぶっかけわかめうどん

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幸せの在処

 

 宮崎ロケの予定が決定されてから一夜明け。

 日曜日のドライブの集合場所に選ばれたのは苺プロの前であった。

 ここが選ばれた理由は主に2つ。ここが誰もが知っている場所である事、社長の厚意により無料で駐車させてもらえる事だった。今、さらに追加で温かい飲み物までサービスしてくれている。

 

 つい先日会社に戻ってきた、前社長にして現社長の旦那さんだという壱護氏から紙コップに入った熱々のコーヒーを受け取りながら、MEMちょは周囲の面々を振り返った。

 

 朝の冷えた空気と混ざった熱い湯気だけでも美味しいコーヒーを啜りながら、皆の中心で歓談中なのは姫川大輝と星野アクア、鳴嶋メルトである。

 劇団の看板役者になれるほどのいい男から突然遊びに行こうと誘われ、まさか私が、と胸がときめきそうになったのも束の間の話。詳しく話を聞けば皆で遊びに行こうと片端から声を掛けて回っていたことが判明した。だよね、と胸を撫で下ろして了解するも、ちょっとだけ残念だったり。

 

 そのアクアとメルトは大輝が乗ってきた黒い車の前に並び、細部をじっくりと観察している。MEMちょはあまり車に詳しくは無いので、車種は分からない。Lの字が書いてあるから多分レクサスの何か。それ以上は不明。

 

「良い車だな。高いのか?」

「CM1本分ぐらい」

「CM1本のギャラが分からん。新車?」

「いや、中古。新車の契約はしたけど、納車がまだまだ先でさ。でもオレは今乗りたいから」

「LCは繋ぎで乗る車じゃないだろ……何買ったんだ?」

「ベントレー」

「ベントレー!?」

 

 2人が驚いている。べんとれー、とやらは聞き慣れない単語だけど、きっと知ってる人なら驚かずにはいられないスゴイ車なのだろう。響きからして外車かな。そんな車を買えちゃうなんて流石は売れっ子。

 

「はー私も良い車買えるような稼ぎしたいなー」

「……そういう自分も外車買ってるじゃん」

 

 MEMちょの心の声の呟きに背後からツッコミをいれたのは黒川あかねだ。

 

「カワイイー」

「確かに丸っこくて可愛いかも」

 

 さらにその後ろでは星野ルビーと有馬かながMEMちょの新たな愛車の周りをぐるぐる回っている。

 

「えへへ……ずっとこれが欲しくってさ。念願叶って買えました」

 

 それまで練習用も兼ねて乗っていた中古車に別れを告げ、新たに迎え入れたのはMINIクーパー。ヘッドライトとアディショナルライト、合わせて4つの大きくて丸い目が個性の、以前に見かけてからずっと欲しかった1台だ。高かったが、悔いはない。

 

 そしてもう1人。

 

「あの……本日はよろしくお願いします」

「あ、はい、こちらこそよろしくお願いします」

 

 片寄ゆら。たまたま別件で訪れていたところを姫川大輝に捕まったらしい彼女も今日の参加者となっていた。苺プロでもララライでもない外様の彼女はやや控えめな態度をとっている。とはいえこれから共に撮影に励む仲にして数少ない年長組として、少しでも親睦を深められたら良いなとMEMちょは思った。

 

 駐車場に冷たい風が吹き込んだ。

 

「寒っ」

 

 熱いコーヒーをお供にしていても、やっぱり寒いものは寒い。

 

「……そろそろ行くか?」

 

 震えたMEMちょを見逃さなかったアクアが、大輝に出発を提案した。まだ集合時間の9時はきていないが、もう全員集まっているなら出ても良いだろう。

 しかし、大輝は首を横に振った。まだ1人来ていないらしい。

 

 乗車定員にはまだ1人余裕があるにはあるが、次は誰が……と思いを巡らせていた時、朝の静かな駐車場の雰囲気をぶち壊す迫力ある重低音が響き渡った。

 

「あ、来た」

 

 あかねがぼそりと呟いた。

 駐車場に侵入してきた鮮やかなオレンジ色の車体をしたバイクは、皆の注目を一身に浴びながらMEMちょ達の近くに停車した。

 

 サイドスタンドを立て、エンジンを切って降りてきた運転手は居並ぶ面々を見渡しつつヘルメットをとる。

 

「おはようございます」

 

 ネックウォーマーとカーキ色のジャケットで暖かそうに防護された下から覗くのはあかねとよく似た顔。あかねの双子の妹たる黒川あおいだった。

 

 

 

 

 住職のところで予てよりの約束通りバイクを借り受け、事前に集合場所として伝えられた苺プロに向け何十年ぶりかの公道を走る。

 

 ハーレーダビッドソンX350と言うらしいこのバイクを借り受けるにあたり、住職から色々と蘊蓄やら何やら聞かされたが、機械的な話をされても私は付いて行けないので割愛。外見は今風なのに昔のバイクっぽさを感じる辺りがお気に入りだとか何とか。昔の2ストにちょっと似てるとか言われても私分かんない。

 

 住職曰く、こいつには燃料計が付いていない。遠出の際は残燃料に注意せよ。山奥でガス欠でも起こした日には地獄を見る事になる。因みに油種はハイオク指定。

 とりあえず、これだけは重要そうなので覚えておく。

 

 ほぼ時間ぴったりに到着、見覚えのある面々が屯している辺りで止まって降りる。

 サイドスタンドは降りてから立てる、また乗る時はスタンドを払ってからと教習所で教わるけど、あれは何故なのだろう。免許取り立ての初心者以外であれやってる人見た事ない。もちろん私もやらない。

 

「おはようございます」

 

 人数は……8人か。私も入れれば9人の大所帯だな。

 

「お待たせしました。私で最後ですか?」

「これで全員」

 

 こちらに近付いてきた大輝にまずは一言挨拶でも。

 

「良いバイクじゃん。休みの日はこれで走り回ってる感じ?」

「いえ、公道に出るのは今日が初めてです」

「えっ、初めて?」

「そうなんです。まだ免許取ったばかりなもので」

 

 私は今日が初公道だと教えたら、ちょっと驚いた顔になった。

 

「そっか。まあ今日はゆっくり走るつもりだから、安心して付いて来い」

「……自分だけだったら飛ばしてたんですか?」

「オレは飛ばしたりなんかしないぞ。たまにちょっと出過ぎてる事があるだけだ」

 

 それは飛ばしてる内に入るって。空いてる道で無意識にハイペースになってしまう気持ちは分かるけど。

 でもゆっくり走ると言うのだからゆっくり走るつもりなのだろう。そこは信用するという事で決着にして、私は周囲を見渡した。 

 

「思っていたより多いですね」

「巻き込めるだけ巻き込んだ。2台も3台も変わらんし」

 

 飛ばせない事に変わりはないから、ってか。どうせ飛ばせないなら皆巻き込んでしまえって考えかな。

 

「確かに。それで、今日はどこ行くんですか?」

「ああ、それだがな……伊豆で海なんてどうだ」

 

 伊豆の海か、そこは原作通りなんだな、と私は納得しかけたが、これにアクアとメルトの男性陣が待ったをかけた。

 

「この時期にオープンカーで海行くとか正気を疑う」

「絶対寒い」

「……だよな」

 

 2人の抗議を大輝はあっさりと認めた。言われてみればそうだな、11月も末なこの時期に海は無い。

 

「じゃあどこ行く?」

「秋らしいもの……紅葉狩りとか?」

「いいなそれ。関東、紅葉、おススメっと……」

 

 男性陣は皆で携帯を持ち寄り、せっせと検索を始めた。船頭は彼らに任せる事にしよう。待ってる間、姉が私のバイクをじろじろ眺めていたのでこっちの相手でもしてようか。

 

「これあおいが買ったの?」

「いや、借り物。私が自分の買うまでって約束」

「へぇ。ちょっと触って良い?」

 

 あまり借り物でこういう事をすべきではないだろうが、まあ姉なら心配あるまい。私が了承すると、姉はハンドルを握って車体を揺すってみたり、跨ってみたりと物珍しそうに楽しんでいる。私はその間、万が一に備えてバイクの右側で待機していた。左はスタンドがあるから向こうに倒れる心配はいらない。

 

「……重たい」

 

 姉の最終的な感想はこれだった。恐らく比較対象にされたであろう姉の原付と比べたら、この約200Kgの鉄の塊は相当に重く感じるだろう。正直私ももうちょっと軽い方が好み。

 

「私も免許取ろうかな。あおいが中型だから私は大型。確か18歳からだったよね」

「それはどうぞご自由に。車は?」

「どっちも取る。あおいは免許取らないの?」

「大型は別にいいかな。車のは欲しいけど、多分こっちも一発試験で取ると思う」

「えー」

 

 何十時間も掛けて教習行くとか面倒くさいじゃん。行かなくても受かる見込みがあるならその金と時間別の所に使うよ私は。

 

「よし決まり。行先は日光東照宮」

 

 大輝の声が駐車場に響いた。姉と話している間に男性陣の意見は概ね纏まったらしい。

 

「シーズンからはちょっと外れるけどな」

「混雑避けと思えば悪くないさ。ここから2時間ちょいぐらいらしいし、昼飯食うにはちょうど良い時間になりそうだ」

 

 日光東照宮ね。私は自分の携帯にここから目的地までのルートを検索させる。

 このバイク、住職が色々と装備をつけてくれているのだが、その内の1つにスマートフォンホルダーがある。私と住職では使用している機種が違ったので、私に合わせたサイズの物を新たに購入、取り付けてもらった。

 他にも風防にETC車載器もあると至れり尽くせりだ。今後私が自分もバイクを所有した後も改造や整備を引き受けてくれるらしいし、これはいよいよ足を向けて寝られなくなってきたな。

 

「よーしじゃあ行くぞー」

 

 早くも車のエンジンの始動音が聞こえ始めてきたので、私も遅れないようヘルメットに手を伸ばした。

 

 

 

 

 運転手として大輝、助手席にメルト、後部座席にアクアと男性陣3名が纏まって座った為、案の定残る1席を巡る争いが起きてしまった。じゃんけんに勝利し、この1席に座る権利を手にした有馬かなは今、最高に上機嫌だった。

 余ったスペースに無理矢理ねじ込んだような狭い後部座席は決して快適とは言えないが、今はそれすら至福のひと時。狭いんだから、隣の彼とくっついたり手が触れ合ったりしてしまうのは仕方のない事なんだ。

 

 事前の宣言通りゆっくり走る車の中で、行きの道中という旅の最も楽しい時間を過ごしていた有馬かなだったが、ここからはちょっとスリルも味わわされる事になる。

 

 車は一般道を出てからすぐ高速道路に入った。最初から繋ぎのつもりの車だったのでETC未装備の大輝の車と、車載器はあるがカードが無い黒川のバイクは一般レーンに向かうが、装備済みのMEMちょはETCレーンに向かう。

 

「だいぶ遅れちまったな」

 

 通行券を取り、合流する間に大きく開いてしまった彼我の距離を見ながら、大輝がぽつりと言った。車列の切れ目を窺っている間にMEMちょの車はもう見えなくなってしまっていた。

 

「取り戻すか。ちと飛ばすぜ」

 

 顔は澄ましていても、声に疼きを隠し切れない大輝に周囲が焦りを見せる。

 しかし、止める間もなく車は追い越し車線にするりと入ってしまった。

 慣性の法則によりシートに強く押し付けられた有馬かなの声無き声は、誰にも聞こえる事なく風と共に置き去りにされるのであった。

 

 一方でMEMちょ一行も後続2台とはぐれた事にやや焦りを感じていた。

 特に大輝とあおいがいずれも運転超初心者であると聞かされてしまったMEMちょのそれは一層だった。運転歴が長いゴールド免許持ちのベテランである己がしっかりせねばと気を引き締めていた。

 この先のパーキングエリアで待ち合わせでもしようかと周りと相談していた矢先、追い越し車線を黒い車がかなりのスピードで走り抜けていった。

 

「あ、今の」

 

 助手席で窓の外をぼんやり眺めていた片寄ゆらはその姿を見逃さなかった。

 前に追いつこうとスピードを上げたはいいが、走行車線の車列に紛れたMEMちょの車に気が付かずそのまま走り去ってしまったようだ。

 

「後で文句言っとかないと。人乗せてる時ぐらい慎重に走れって。あおいは……いませんね」

 

 今度は後部座席のあかねが妹の姿を探す。

 探していたものは視界の範囲内には見当たらなかった。かなり後ろの方にいるのだろう。

 

「あの、確か妹さん今日が公道初めてだって言ってたよね……ほったらかしで大丈夫かな」

「あおいなら多分大丈夫だと思います。一発試験で免許取ってくるような妹ですし、技術的な心配はしてません。待ってれば追いついてきます」

 

 ゆらがあおいの心配をしているが、あかねはそれをばっさりと切る。そんなあかねに、MEMちょがぽつりと零した。

 

「正直今でも信じられないんだけど。卒検って練習も無しに受かるようなもんじゃないよね?」

「本当だって。いつの間にか免許持ってた。私じゃ同じ事する自信ないや」

 

 何でちょっと自慢げに言うのか。MEMちょは喉元まで出かかった言葉を出さずに飲み込んだ。

 

「……これは合流は諦めた方が良さそう」

 

 遥か前方の大輝、後方のあおい、そして自分。ここまで離れ離れになったなら合流は難しそうだ。足並みが揃わないもの同士で無理に団体行動しようとするよりも、いっそ現地集合に切り替えた方がいいかもしれない。自分のペースで好きに走る方が安全だろう。目的地だけは共有されているのだし。

 せっかくの休日が事故で台無しにならない事。それだけをMEMちょはただ祈った。

 

 

 

 事故でも起こすのではないかという危惧は幸運にも当たらず、全員無事に目的地へ辿り着く事ができた。

 こちらも巻き込まれる形で事故られては敵わない、と大輝について行くのは止めておく事にしたが、心配のし過ぎだったかもしれない。

 

 バイクでの長距離移動は思っていた以上に疲れるな。振動、騒音、風圧に横風。車なら大して意識する必要もないものが体力を確実に削ってくる。

 しかし今はこれが唯一の移動手段だから大事にしないとね。

 これまでは、もしも今すぐに足が必要な場面が来たら両親の車もしくは姉の原付の3台の内、その時にある物を無断で借用するつもりでいた。だがもう堂々と使える足が出来たのだ。

 

 日光東照宮付近は有名観光地だけあって駐車場も飲食店も充実していた。

 今日の昼食に選ばれたのは地元名物だというゆば料理。男性陣は少々物足りないのではと思うが、それなら2軒目に行けばいいだけか。

 

「よっ、ちゃんと話すのは初めてかな」

 

 普段口にする事の無いゆばの食感に舌鼓を打っていると、対面に座った鳴嶋メルトに話し掛けられた。

 

「どうも、鳴嶋さん」

「来月からいよいよ撮りだな。よろしく。宮崎来るんでしょ?」

「……随分耳がお早いことで」

「あかねが言いふらしてた」

 

 何をしているのかなこの姉は。私が話すより先にうちの親に情報流してたのもどうせ姉だろうとは思っていたが、そうまでして外堀も内堀も埋めたいのか。

 隣に座った姉をちらりと見た。姉も同じくこちらを見たが、すぐに食事に戻った。生ゆばの刺身をわさび醬油と共に頂きながらアクアとのお喋りに花を咲かせている。

 

「宮崎行くと言っても所詮は雑用とちょい役ですよ。いなくても全く問題の無い存在です」

「そんな事ないと思うけどなー。手伝ってくれる子が1人いるだけでも監督は大助かりだってきっと」

 

 一説によると、従業員は給料の3倍の利益を会社にもたらすことが求められると言う。旅費とバイト代の3倍に相当する働きの雑用ってとんでもないぞ。私なんか連れて行かない方がかえって節約になるんじゃないか。私個人としては全体の赤字など知った事ではないが。

 

「ま、とにかくよろしく」

 

 あ、あと連絡先ちょうだい、とメルトは付け加えた。

 

「それじゃ、仕事の話はこれぐらいにしてもっと休日らしい話しようぜ。好きな映画とかってある?」

「好きな映画ですか……1つ挙げるならやっぱり『ショーシャンクの空に』ですかね」

「おお、名作じゃん」

「あの刑務所の屋上で飲むビールがまた何とも美味しそうで……」

 

 投獄されてしまった若き銀行家を描いた映画、ショーシャンクの空にの名シーンと言えばやはりコレだろう。

 缶や大瓶でぐいぐい飲むのではなく、小さなビンでちびちび味わいながら飲むのというのがまた憎らしいのだ。この映画で出てきた冷えたボヘミアンスタイルのビールとやらはアメリカで売っているらしいが、機会があれば一度実物にありついてみたいものである。

 

「こいつ酒の話になると生き生きしだすよな」

 

 アクアがぼそっとなんか言ってる。うるさい。酒が人生の楽しみで何が悪い。

 決して酒と食事ぐらいしか楽しみの無い前世だった訳ではないぞ。

 

 あ、この栃木牛の時雨煮美味しい。ご飯が進むやつだ。

 

 

 

 食事を終え退店したが、元は精進料理であるゆば料理だけではやはり食べ足りなかったようで、男性陣は2軒目を探しに向かったので一時別行動となった。

 

 女性陣はそのまま当初の目的である日光東照宮へ向かう事になった。

 紅葉が最も見頃になる時期を過ぎたにも関わらず多くの観光客で賑わう境内を、私は片寄ゆらと共にぶらついていた。

 

「黒川さんは日光東照宮は初めて?」

「ええ、初めてです。片寄さんは?」

「私は前にも来たことあるの。ミキさんがここ好きでさ、連れて来てもらったんだ」

 

 カミキさんは日光東照宮がお好きか。それは初耳だな。

 歩くゆらに付いて行くと、彼女は境内のある一点で立ち止まった。

 

「ほらここ」

 

 ゆらが立ち止まり、指さした先にあるのは門を支える柱の内の1本だ。屈輪というらしい文様が施されたその柱は、同じ文様の他の柱と違い上下が逆になっている。

 これがかの有名な東照宮の逆柱か。あえて柱を上下逆に建てる事で、建物を未完成の状態に留めてあるのだという。

 

「満ちれば欠ける。建物も人間も、完成する一歩手前が一番美しい、ってミキさんが言ってた。私はいまいち意味がよく分かんなかったけど、あの人の感性にはどストライクな場所だったみたい」

 

 完成する一歩手前が最高、というのがカミキの価値観か。覚えてたところで使い道も無いだろうけど。

 

 

 人の通行路である門の下で立ち止まるのは邪魔なので、少し脇に下がる。人の波から離れて一休み、といったところで、ゆらが改めてといった真面目な顔で私と向かい合った。

 

「あの……今更言うのもなんだけど」

「どうしました?」

「あのお盆の時の廃墟ロケの件、一回ちゃんとお礼言っておくべきだと思ってたの。ありがとう、お陰で私は無事に帰れました」

「……ああ、あの時の件ですか」

「あの時は私、今何が起きてるのかちっとも理解できなかったけど、後でミキさんに説明してもらって驚いちゃった」

 

 正直、私としては礼を言われるに値するとは思っていない。撮影を無事に終わらせるのが役割だったのに、一行を危険に晒してしまっている。しかもその原因に私の見通しの甘さもあるのだ。

 アイさんが護衛で付いてるならそうそう問題は起きまいと高を括っていた。しかしそうはならなかった。

 

「あの件についてはむしろ私の方こそ謝らないといけません。危険と知りながら防げなかった。報酬に見合うだけの働きができたとは思っておりません」

「終わり良かったんだからそれでオッケーだよ。自信もって」

「そう言って下さると嬉しいです。終わり良ければですね」

「そうそう」

 

 終わり良ければとは言うが、実はあの時一番危なかったのは貴女なんですよ。

 あの状況で考えられる最悪は、ルビーでもアクアでも無い人物が最初の標的になっていたパターンだ。我が子じゃないからとアイさん棒立ちのまま何もしてくれない状態になっていたら私が独力で何とかするしかない。

 あのクラスに憑かれたからといって人間が即死する訳ではないが、猶予もあまり無い苦しい事態となっていただろう。

 

 最終的には何とか無事に終われたし、わざわざ言う気も無いけれど。

 

「あー、ちょっと聞き辛いんだけどさ、あの時ってアクア君に憑いてる幽霊がいるって言ってたよね」

 

 ゆらは私に顔を寄せて、やや小声で問い掛けてきた。

 

「あれってもしかして……お母さんだったりする?」

「そうですよ」

 

 私は普通に答えた。あのロケの場にいた者ならこれぐらい想像がつくだろうし、ウソつく意味が無い。

 

「星野君のお母さん……星野アイさんとミキさんは付き合ってて、2人の子供が星野君たちなんだよね」

「はい」

「だけど姫川大輝君もミキさんの子供なんだよね」

「その通りです」

「そんで私は姫川愛梨さんの役として、若い頃のミキさんと関係を持つ、と」

「そうでしたね」

「めっちゃ複雑……」

 

 ゆらは顔をしかめた。

 カミキの事務所に所属し、私人としても仲良くしているゆらにとっては何かと思う所があるかもしれない。だがこれらは全て本当である。台本にもそう書かれている。

 

「台本は全部読んだけど、ミキさん、苦労ばっかりの人生送ってたんだね……あんなに良い人なんだし、報われてほしいなあ。黒川さんもそう思うよね?」

 

 良い人か悪い人かで言うなら、カミキさんは間違いなく悪の側にいる人だと思うけど。何でまだ娑婆の空気吸っていられるのか不思議なくらい。仕事しろ警察。

 

 しかし、報われてほしいか。あの人の何がどうなれば報われた事になるのだろう。もう全ては手遅れなのか、まだ道はあるのか。カミキが思い描く幸せの形ってなんだろうね。

 特に私が何かしてやる気はないけどね。

 

 

 




皆さま明けましておめでとうございます。

一話で終わらせるつもりが予想よりも長くなったので分けます。
なお姫川とMEMちょの愛車、ベントレーとミニクーパーについては、原作内では絵のみで車種への言及はないので私の勝手な予測です。そして原作よりイベントが前倒しになっているこの世界では登場させられない姫川の車に変わり、同じ高級オープンカー枠としてレクサスに登場して頂いた次第であります。
より詳細な情報をお持ちの方は是非ご一報ください。
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