完璧で究極なアイドル様に執着されて 作:肉ぶっかけわかめうどん
日光東照宮を散策する面々は3つのグループに分かれていた。男性陣3名、黒川あおいと片寄ゆら、そしてB小町+黒川あかねのグループである。
道を行く3人の少女と1人の成人女性は多くの人の目を惹いていた。もちろん変装した上で来ているのだが、これだけ目があれば気付く人も出てくるかもしれない。しかし誰も気付かなかったのか、あるいは気付いたがそっとしておいてくれたのか、4人は誰にも絡まれる事なく歩き回れていた。
「あっ、お兄ちゃんだ」
別行動中のアクアが写真をアップロードしたようだ。あまり行儀は良くないが、今ではもう当たり前の光景となった食事前の撮影である。洋風のレストランらしき店内で、皿にパンらしき何かが山の形に盛られていた。
「なにこれ」
見た目と色からパン系であると思われるが、一目見てもこれがどういう料理なのか分からない。同じく写真を見ている皆も同じのようだ。
「……ビーフシチューのつぼ焼きだって」
つぼ焼きの名の通り、写真からは見えないがこの中にビーフシチューが入っているらしい。外から見える部分はパイ生地で、これにシチューを絡めながら食べるようだ。
「へぇ、美味しそう」
香ばしい小麦と濃厚なデミグラスソースの組み合わせなのだ、きっと美味しいに決まっている。
「こういうのも良いよねぇ」
行きはひと悶着あったが、男性陣も旅を楽しんでいるようだ。写真の向こう側の男性陣とこちら側の女性陣、わいわい騒ぐ皆をMEMちょは微笑ましく思った。
美味しいご飯が嫌いな人などこの世にいない。全人類共通の外れの無いネタである。
ここでふとMEMちょは閃いた。
自身の運営する動画チャンネルでも食事ネタを扱ってみるのはどうだろうか。普段はB小町の皆での雑談やゲーム実況、歌枠などが主なネタだが、ここに料理を加えるのだ。
動画配信者はいつだって他所と差別化できてかつ視聴者を飽きさせない新鮮なネタに飢えている。女子高生アイドルの手作り料理配信、バーチャル系配信者や男性配信者では真似できないネタだろう。
だが問題がある。それは何を作るかだ。
調理過程を配信するなら時間の掛かる料理は作れない。それにレベルの高い料理もナシだ。MEMちょ達の手に余るし、今時はプロの料理人がやっているチャンネルも数多ある。差別化にならない。
手軽に作れて、かつチャンネルの視聴者層に刺さりそうな庶民的な料理って何だろうか。
共に歩く3名に、MEMちょは今さっき思いついたこの話をふってみた。
料理配信を面白そうだとルビーは言ってくれたし、独り暮らしという事でその手のスキルを期待できる有馬かなも好意的な反応だった。しかし良いネタと設備の面では首をひねるばかりである。多人数で作業できて撮影機材も置けそうな広いキッチンが必要というのもまた問題であった。
「じゃあウチ使う?」
ここに助け舟を出してくれたのはあかねであった。
「住所バレない様にしてくれたら良いよ」
「良いの?」
「あとついでにウチの家族の分のご飯も一緒に作っといて」
「あ、うん、それは全然OK」
MEMちょ的にはそれはOKである。料理は少なく作るのも多めに作るのも手間は大して変わらない。モノによっては大量に作る方が楽まである。主婦を一晩楽させてあげるのがキッチンを借りる礼なら安いものだ。
「後はメニューか……お店みたいな凝った料理より、安くて楽とかの方が需要ありそう」
「何かそういう良い感じの無い?」
「うーん……」
MEMちょの視聴者層への理解がありながらも、受けのよさそうな料理というのはすぐには思いつかないようだ。
「そういうのは私よりもあおいの方が詳しそうだし、あっちに聞いてみる」
「あの子も料理できるの?」
「できるできる。家でも週に1、2回はやってるし、任せて。いっそゲスト扱いで呼んじゃえば?」
「……考えとくね」
いや一般人を配信に呼んでも視聴者が誰だこいつと困惑するだけでは。
とはいえあかねの話が本当で、かつ当人が協力してくれるなら配信1回分のネタが用意できそうである。美味しいネタの提供はいつでも大歓迎だ。
ひとしきり各々の心の向くままに観光して回った一行は再び合流した。
私は一団から離れて、休憩がてら自販機で紅茶を1本買った。熱々のお茶を隅っこで1人ちびちび飲んでいると、後ろから別の誰かが歩いてくる足音が聞こえた。
「……今日は楽しめてるか」
後から来たのは大輝だった。
同じく自販機でコーヒーを買うと、私の隣に立つ。
「勿論です。お誘いくださりありがとうございます」
「そりゃあ良かった。オレも勇気出して誘った甲斐あるよ。これから一緒に映画やる仲だし、仲良くしたかったからな」
集団で遊びに行くのが好きという訳ではないが、1人だけで遠出する気分には中々ならない。こうして他の誰かが動く口実を作ってくれない事には旅行1つままならないのが面倒くさがりというものだ。今の時代はよっぽど田舎でもない限りは近場の店舗とネットでだいたいの娯楽は間に合ってしまうのが悪い。
しかし、そんなありきたりな話をするためだけに来たわけではないだろう。
「今日の目的は達成できましたか?」
人の事を知るだのなんだのと言っていたのはどうなったのだろう。お眼鏡には適ったのだろうか。どちらにせよ私のやる事は変わらないが。
「全然?」
「全然って何ですか」
「たった半日で何も分かる訳ないじゃん」
これからこれから、と大輝はコーヒーを一息に飲み干した。
そこからはありふれた日常会話だった。休みに何してるか、家庭の様子は、などなど。本当にありきたりな内容の質問しか飛んでこない。
そんな質問に答えるのは容易い事だが、本当に彼はこれで良いのだろうか。私としても1回で終わらせられるならそうしたいのだが。
「……何か他に、私に聞きたい事があるのでは?」
姉とは仲良いのか、と聞かれて、悪くは無いと思うと答えた後に、こちらから話をふってみた。
「例えば、父親の話だったりとか」
「父親……ああ、あの人か」
父親と言われて、大輝は一瞬呆けた顔になった。あれ、思ってた反応と違うぞ。
彼が聞きたそうな内容となると大方この辺りだろう、と思っていたが、違ったかもしれない。
「……まあ、それも聞きたくはあるな。やたら気に入られてるみたいだが、どういう関係なんだ?」
いや、これはこれで合ってたようだ。
「どういう関係と言われても、単なる知り合いでしかありませんよ。私、学生の傍らちょっとした小遣い稼ぎの副業なんてやってまして。そこで縁が出来ました」
「へぇ、副業ねぇ……客としてあいつが来たの?」
「誤解の無いよう念のため言っておきますが、いかがわしい事はしてませんよ」
客とか言うな。女子高校生が小遣い稼ぎに客取ってるとか全く別の意味に聞こえかねないでしょうが。
「ただちょっと頼まれたので番組の臨時スタッフやってきただけです」
「……なんでそんな話になったんだ?」
「色々あったんですよ。まあ、相手や経緯がどうあれ、依頼とお金を受け取った以上はやる事やるだけです」
「単なるビジネスって話か」
「そうなりますね」
そこだけ聞くとおかしな話だな。ただの一般人に芸能事務所がテレビの臨時スタッフを求めに来るって。
「君から見て、あいつは信用できる?」
しかし大輝はそこには突っ込んでこなかった。
「人間性はともかく、仕事ぶりに関しては信用してもいいんじゃないですか?」
趣味嗜好はともかく、仕事は真面目にやるだろう。そこは信用しても良いと思う。
人間性は自分に害が無い限りは気にしない。霊能者やってれば明らかにヤバいのが依頼しに来る時もあるし。
「人間性に問題はあるんだ」
「問題はありますが、そんな人間は芸能界には大勢いるでしょう」
「それもそうだな」
大輝の返事はそっけないものだった。
「興味無さそうですね」
「実際あんまり興味ない。オレやアクアらに害が無いならどうでもいいや」
「父親なのに?」
「遺伝子的には父親だろうが、オレにとっちゃ生まれてこの方ろくに話した事も無い赤の他人だよ。向こうから父親面して寄ってきたらウザいけど、そうでないなら他の大多数と一緒。仕事に必要な関りだけして、それで終わり」
大輝はカミキの事は特に良くも悪くも思って無さそうだ。
定期的に息子の顔見に来るような性格には思えないし、もしかすると姫川夫妻の葬式が最後なのかも。そうすると最後に会ったのは5歳の時になるから、大輝側がカミキを憶えているかどうかは怪しいラインか。その他大勢のどうでもいい他人と同列の扱いでもおかしくはあるまい。
しかしこの反応だとカミキの件は本題ではなさそうだ。
「もうこの流れだから正直に言っちゃうけどさ、オレが気にしてたのはルビーの件なんだよね」
「ルビーさんがどうかしましたか」
「あの主役争いの件、何で君だけがルビーの味方してるのかって話」
それがなんだというのか。私がルビーの味方したらおかしいか。
「言っちゃ悪いけどさ、あれは誰がどう見たって100パー勝ち目ない争いじゃん?」
その勝ち目のない争いに赴く背中を押し、焚き付けている何者かがいる。
負けが見えている戦いをなぜ支援する目的は何か。負けて彼女が辛い思いをするのは目に見えているだろうに。
「別に私が背中を押さなくとも、ルビーさんは1人でも挑んだ事でしょう」
「そうじゃなくて、それをして君に何の利益があるんだ? 勝って何かが得られるわけでなし。悪目立ちして損しかしないんじゃないか?」
「確かに、この件に限れば私に得はありませんね」
何だ聞きたかったのはそんな事か、と私はため息をついた。
「でも私にとっては仕事の一環なので。依頼人の意向もありますし、双子の願いはなるべく叶えてあげたいんです」
「その依頼人って?」
「それはお答えできません。私はあくまで仕事でやってるだけなので、彼女に善意も悪意も無いという点はご理解いただきたい」
「悪意はともかく、善意も無いって自分で言うか?」
「あなたの為を想ってー、なんて言いながら笑顔で近付いてくる相手なんて信じられないでしょう?」
悪魔は天使の姿を借りて現れる。その人間が本心から言っているのか、内心は全く違っているのかなんて本人にしか分からない。
だが目的が分かっている相手からの善意なら普通に受け取れるだろう。少なくとも私はその方が信用できると思ってるから、スタンスは明確にしておくつもりだ。
「私にルビーさんをどうこうしようという気はありませんし、そういう悪意ある人間が近くにいるならむしろ私はそれを止めようとする側です。もしアクアさんやルビーさんの害になる事を危惧しているなら、その心配は無用であると言わせてください」
「害になるとか疑ってるわけじゃないさ。ただ何考えてるのか知りたかっただけだよ」
あのシスコン保護者が何も言わず妹を預けてる時点でそういう心配はしてない。大輝はそう言って優しく微笑んだ。
「君を信じるアクアとあかねを信じる、ってね」
ずいぶん高く買っていただけているようで。
「……誰が保護者だ」
大輝が微笑む陰から、傍らに有馬かなを侍らせたアクアがぬっと姿を現した。
「おっと、怒らせちまったか。じゃあオレはこれで退散するよ」
また行こうな、と大輝は手を振りながら、そそくさと足早に立ち去って行った。まあ向こうがこれで良いというなら良しとするか。
あかねとMEMちょは楽しげに話すアクアや大輝たちを少し離れた位置で見ていた。
「いやー、それにしても似てるよね。さすが双子」
MEMちょの視線はそのアクアらのやり取りを眺めている黒川あおいに注がれていた。
実際あかねとあおい、黒川家の双子姉妹はよく似ていた。近くで見れば違うと分かるが、離れて見たり、後
ろ姿だと間違えそうになる時が未だにある。
ところで何で髪型まで同じなのだ。いくら双子でも髪型くらいは変えられるだろう。シルエットが違えば一目で判別できるようになるので正直変えてほしい。
「……そうかな、けっこう違うところあるけど」
あかねは妹の顔をまじまじと見た。
「例えば?」
「体型とか。実はあおいって私より下着のサイズ上なんだよね。男の人ってやっぱり大きい方が好きそうだし、人と話すのも私より上手いし、私とあおいが同じ学校にいたら絶対あおいの方がモテると思う」
あかねの視線は自分の胴体に向いている。
日頃の運動量の差がそのまま肉付きの差となって表れているのか、服の上からでは分からないが女性らしさのボリュームは妹に負けているらしい。ちょっとレッスン減らした方が良いのかな、とかなんか呟いているあかねの体の頭長からつま先まで、MEMちょはじっくり目でなぞる。
そんだけあったら十分だろ文句言うな。MEMちょはそう思った。
「後は性格かな。MEMはあおいの性格ってどう思う?」
そんな心の声はさておき。話は外見から内面へと移る。
「どうかな……静かで真面目な子って感じはするけど」
MEMちょは普段の黒川あおいの仕事中の黙々淡々とした様子からそう答えた。
「家では全然そんな事ないよ?」
「へー。家だともっと明るい感じ?」
「明るさは外と一緒だけど、部屋ではもっと自由にしてる」
誰にも言っていないが実はあかねは知っている。妹が部屋に隠している物と場所と手段を。
いつ雪崩が発生してもおかしくなさそうな、乱雑に積み上げられた収納内の荷物。しかし実は手前の物を少し抜き取るだけで最奥にアクセス可能になっている手の込んだ配置となっており、その奥には成人向けの本や玩具が入ったおもちゃ箱が置かれている。
しかしこれは本命から目を逸らさせるための囮なのである。
これをどけてさらに奥に手を伸ばすと、妹が仕事道具と称する物が現れるのだ。
各種のアルコール飲料や紙巻き煙草、袋に小分けされた白い粉(塩)。それと素人には用途がよく分からない代物の数々。
現役警察官たる父が知ったら激怒どころではすまない物しかないが、あの両親ではこれにたどり着く事は無いだろう。もし何かの理由で疑いを持ち、娘不在の隙に家宅捜索を決行したとしても、先にジョークグッズや書籍の数々を見つけてしまって気まずくなり捜索を中止するのがあかねには容易に想像できた。
なおこの事実に当の妹は気が付いていない。
カメラと巻尺を用いて、寸分の狂いなく元に戻された配置にあおいは何の違和感も持たなかった。物が動いた以上、いくらかホコリの積もり具合に変化は出ているのだが、その些細な変化に気付けるほどの観察眼は持っていなかったのである。
「お酒好きそうだし、ちょくちょく夜中に出歩いてるし、隠れて好き放題の不良だよ。あ、これ誰にも言わないでね。MEMなら言いふらしたりしないって信じてるけど」
「へ、へぇ……妹さんの事大好きなんだね」
MEMちょとしては友達の妹のそんな話をされても反応に困るだけなのだが。
「去年だって、私に黙ってアクア君と一緒に星野アイさんのお墓参り行っててさあ」
えっ、とMEMちょは己の耳を疑った。しれっと凄い話をお出しされた気がする。
「帰ってきた私がそれ聞いてあおいの部屋行ったら、部屋でお供え物に持ってった焼酎とコンビニのおでんで楽しそうにしてたんだ」
「えっ、ちょっと待って。お墓参り? アクたんと?」
「うん。私は呼んでくれなかった……でさ、焼酎ってアルコール25度もあるんだよね。1人でビン1本空けてたのに次の日けろっとしてたし、あれ絶対普段から飲み慣れてるよ。焼酎ストレートで飲んでおいてお酒は初めてですなんて誰が信じるのかって」
母の墓参りという家族のイベントに、彼女を差し置いてその妹を呼んでいたその下りがMEMちょとしては大変気になるところだが、あかねとしてはそこは今日の本題ではないようで軽く流されてしまった。
「大人になったら、2人で宅飲みとかしてみたいなあ。家族で一緒にお酒って、何だか特別感あるよね」
そういえばあの時、妹の前にはコップが2つ置いてあったのをあかねはふと思い出した。
当時は意味が分からなかったが、今なら分かる。あの時から既に彼女は妹と一緒にいたのだろう。
あかねは遠くの妹を見やった。今も一緒にいるのだろうか。あおいとアクア、そしてかなを優しく見守るアイの姿を幻視する。
明日か明後日、そこで主役争いに決着がつく。
これはただ単に誰が主役なのかを決める争いではない。この15年の嘘という作品の方向性を決める争いでもある。
あおいが提唱した、ただ分不相応な才覚に恵まれてしまった普通の少女の孤独と希望を描く物語か。
それとも、悲劇すらも引き立て役。完璧で究極、誰よりも強く美しかった最高のアイドルの生涯を描く伝記物として描くか。アクアが書いた当初の台本は後者に近い内容だ。
実際はどちらか一方ではなく、両者の要素の良いとこどりを狙ったハイブリッドな台本になるだろうが、それでもどちらに主軸が置かれるかは物語全体に大きな影響を与えるだろう。
あかねは自身の中に作り上げたアイに問う。貴女は何が望みだったのかと。
心の中のアイは答えた。
あおいの姿に、アイの母である星野あゆみの姿が重なった。家族の愛が欲しかった。
アクアの姿に、カミキヒカルの姿が重なった。女としての幸せが欲しかった。
かなの姿に、ニノの姿が重なった。心通わせあえる仲間が欲しかった。
いつかはきっとと望み続け、そして終ぞ手に入らなかったものの数々。彼女が諦めざるをえなかった幸福の数々を、自分はまだ望める位置にいる。
ならば『アイ』がするべき事は一つ。望みの為に戦うのだ。自分のたった一つの武器で。私は欲張りなアイドルなのだから。
相手置いてけぼりで自分の言いたい事を喋りまくっていたと思ったら、突然優しさと決意がこもった瞳で3人を見守り始めたあかねに、MEMちょはじとりとした目線を送った。
自分のやりたい事に向かって一直線。自分の妹のことやりたい放題とか何とか言っていたが、姉の方も似たような面あるぞ。姉妹のどちらがどちらに影響与えた結果なのかは知らないが。