完璧で究極なアイドル様に執着されて 作:肉ぶっかけわかめうどん
ルビーが台本の指定された一文と睨めっこしているのを横目に見ながら、私は今回カントクが指定してきた部分について思いを巡らせる。
お母さんは私のこと嫌いだから
私は君のこと愛せない
後者は言うまでもなく、この映画の骨幹となる場面として原作でも重く扱われていた。しかし前者は……なんかそんな場面もあったような気がする、程度の印象しかない。天童寺家の皆様もちらっと顔見せだけはしたが以降の再登場は無かったし。
後者にしても、復讐としての映画だった原作と違い今回はそこまで復讐色は強くないと願っているのでどこまで重要かは判断しかねる。
では今回ルビーはどのように演技するべきであろうか。
私個人としては、結果が見えてる勝負なのであればもう小細工する意味が無いのでルビーの好きなようにやってくれ、というのが本音なのだが。
とはいえ当のルビーがやる気を見せている以上は私も付き合わざるを得ない。なげやりな姿勢を見せれば彼女からの好感度は下がるだろう。
ルビーを勝たせるという努力目標は放棄したが、彼女に恩を売るという必達目標までは捨てられない。
たった2行なので早くも睨めっこする相手がいなくなり、こちらに意見を求める様にルビーになんとアドバイスすべきか悩む。
「……前回と同じで行きましょう」
とはいえ今更キャラ変更など出来るわけがない。ここまで原作を意識してきたのだから、最後までこれで行くしかないのだ。
原作では許しの言葉として描かれた台詞なのだ。ここでも表面的には別れの言葉でも、内心では別の思いがあるように演じてもらうようにルビーにお願いしよう。もちろん天童寺家の家族写真を見せてあの頃の胸の内を呼び覚ましておく事も忘れずに。
病室での日々を思い起こせば、自ずと体は動くだろう。
「相談は終わったか? じゃあ今回はルビーの方からやってもらおう」
チャンスは待ってはくれないぞとばかりに早く演じるよう急かすカントクの前へ、ルビーが台本を手に進み出た。
「……」
何の贔屓もする気はないと目を見ただけで分かるカントクの冷徹な目の前で、ルビーは3度深呼吸を繰り返した後ゆっくりと言葉を吐き出した。
「お、お母さんは……」
そこでルビーは一度詰まったが、もう一度息を吸い込むと残りも一気に吐き出した。
「私の事、嫌いだから」
臭い物に蓋をする、とでも例えればいいのだろうか。直視したくない現実から目を逸らしているとよく伝わる吐き捨てぶりだ。私からは満点を与えたくなるようなオーダー通りの演技である。
やはりルビーにとって前世の両親絡みは根深い問題のようだ。今世では良い家族や仲間に囲まれているし、アクアの前世を知る時期も相当に前倒しされている関係上、孤独が長かった原作よりその辺りは緩和されているはずだが、そう簡単に受け入れられるものでもないらしい。
本当は愛されていたのか、もう見捨てられていたのか。天童寺さりなにとってはどちらの方が幸せなのだろうね。
無言で続きを促すカントクに従い、ルビーはさらに演技を続けた。
「ごめんね、私は君のこと愛せない」
辛そうな先の演技とは打って変わり、うっすらと笑みを浮かべて、明るさすら感じられる程のあっさりとした別れの言葉を吐いた。
私から見えるのはルビーの背中だけだが、それでもその小さな背中越しに天童寺さりなの姿が見えたような気がした。
本当はもっと一緒にいたい。でも、その気持ちを押し隠して笑顔で東京にとんぼ返りする母親を送り出す幼い少女。病室という狭い世界の中で、大人受けの良い態度だけが上手くなり続けた歪な子供の姿だ。
ルビーの演技を聞いていたアクアがそっと妹から顔を背けた。アクアをして、今の演技は前世の光景を思い起こさせるには十分な代物だったらしい。
「……なるほど。じゃあ、次だ」
ルビーが演技を終えるまで、カントクはひと時も目を離さなかった。
しかし特にコメントは発する事なく手元のメモに何やら殴り書きをした後、ルビーに下がるよう手で指示して今度はもう一方の主役候補である黒川あかねに前に出るよう求めた。
姉と入れ替わりで戻ってきたルビーに小さな拍手を送る。
「あおいさん」
これで良かったのだろうか。不安そうにこちらを見る彼女の背中を優しく叩いた。
「素晴らしい演技でした。今の演技を見てなお、貴女の事を口先だけの未熟な素人と見下すような愚か者は苺プロにも、劇団ララライにも存在しないでしょう。これを見ているのが私だけなのが勿体ないです。胸を張って笑ってください。たとえウソでも」
「……うん」
私が採点する側であったなら、立場が許す限りの高得点を送っただろう。ルビーは私のオーダーに最良の形で応えてくれたのだ。ルビーもこれでも負けるなら仕方ないと思ってくれていたらなお嬉しい。
後は姉がどんな演技をするのか見物するだけだ。
「始めろ」
「はい……その前に」
台本も持たず素手のまま姉はカントクの前に出た。そのまま演技を始めるかと思えば、突然私の方へ振り向いた。
「あおい、ちょっとあっち行ってくれる? カントクの後ろあたり」
急に何を始めるのかと思えば。私の立ち位置がどうしたのか。
「いいから。私はその方がやりやすい」
「……まあいいけど」
それで何が変わるのかは知らないが、その方が良いというならそうしよう。
私がカントクの後ろ、アクアの隣に移動すると、姉はカントクではなく私の方を見ながら演技を始めた。
「……お母さんは私のこと、嫌いだからさ」
ルビーのそれとは打って変わって、優しい微笑みと共に穏やかな語り口で台詞は紡がれた。
「私は君のこと愛せない」
そして今度は冷たく、突き放したような声で。
たった2行の短い台詞だったが、ルビーと姉は正反対の演技となった。
「ご苦労。じゃあ次に、なぜこの場面でそういう演技をしたのか、その理由を教えてくれ」
これはいわゆる『作者の気持ちを答えなさい』というやつだろうか。カントクは演技の根拠について、2人に意見を求めた。
「……言いたい事はたくさんあるけど、それを言ったら迷惑だから。自分が辛いだけなら我慢しよう、そんな私は望まれてないからって。私ならそう思うから、こういう演技をしました」
その問いにルビーがぼそぼそと小さな声で答える。カントクは小さく頷いて、それからもう一方に顔を向けた。
「私はこの2つの言葉を、許しの言葉だと捉えました。最初の言葉は、親である事よりも女であり続ける事を選んだ母を、自分を愛してくれなかった母を許した言葉です。自分を異物と、愛されていないと認める事で、母を娘から解放し、そして自分もまた、母から解放されて自由になれた」
「愛されてないなんて、そんなのっ……」
姉の解釈に納得のいかないルビーが思わず口を挟みかけたが、私はそっと手を出して彼女を止めた。ここで論争をしたところで何の加点にもならない。
「……次の言葉もまた、許しと解放でしょう。あえて冷たく突き放し関係を一方的に終わらせる事で彼を、カミキヒカルを自分から解放した。縛られなくて良い。自由に生きて良いんだよ、というメッセージです。星野アイとカミキヒカルの関係性については参考になる情報が乏しいので想像を多く含みますが、私はそう解釈しました」
姉はそこまで言い切ると、カントクに向かって軽く一礼した。カントクもまたそれに応えるように頷く。
「成程な。2人とも、興味深い演技だった」
カントクは椅子に深く腰かけ、早くも総評に入ろうとしている。
「本当なら時間の許す限り可能性を追求したいところではあるが……今現在での評価で言うなら、オレは黒川あかねに一票を入れざるを得ない」
やはりこうなるか。周囲に聞こえない程度に小さくため息をついた。
「星野ルビーにも見るべき点は多数あった。オレも、アイとはそう長い付き合いではなかったが、それでもアイツから孤独を感じた事はあった。世間一般でのアイのイメージは大衆が押し付けた偶像に過ぎず、本当のアイはか弱い孤独な少女だったとする解釈も、オレは一理あると思う」
勝ち目なんて元より万にひとつ程度の物。負けた事にショックなど私は感じないが、問題はルビーか。フォローも兼ねてカントクに質問しておこう。
「だが、ただ可哀想な少女というだけではまだ、オレはアイを描くには不足だと思った。それだけでは説明がつかない強さや輝きも持ち合わせていた。どうすれば本物により近付く事ができるか、オレも手探りでやってるようなもんだし、何度も撮り直しをする時もあると思う。その為に、より幅の広い演技ができる黒川あかねが必要なんだ」
「では、あくまでルビーさんの敗因は演技力の不足によるものだけと?」
「そうだな。この決定はルビー達の解釈を否定するものではない。より作品の完成度を高めるため、2人が見せてくれたような意見も積極的に台本に盛り込んでいくつもりだ。落とした側がこんな事を言うのもどうかと思うが、どうかこれからも協力してほしい」
あくまで演技が拙かっただけ。演技力が不足しているのは仕方ない。ついこの間までド素人だったのだから。
負けた以上は言い訳にすぎないが、言い訳の余地もない完膚なき敗北よりは余程いいだろう。言い訳ができれば人は堕ちる。だから言い訳の余地を作ってあげるのが対人交渉の基本とされるし、その余地を作らないのがコンプライアンス遵守において重要だと社会人は教育される。
「ルビーちゃん。貴女の演技、とっても良かった。何も参考にせずに、あんな演技は私にはできない。あの瞬間は間違いなく、私より貴女の方が役者として上だった。私に主役譲った事、後悔させないように頑張るから。皆で最高の映画にしようね」
俯いたままのルビーを、姉が気遣って色々声を掛けている。ルビーもまた、声は出さなかったが小さく頷いた。
そんな2人を見て、私も陰でこっそり頷く。
終わってみればそう悪い結果ではなかった。ベストは逃したが、ベターの範疇には十分に入れたのではないだろうか。
後は撮影が何事もなく終わってアクアの気がすめば私は晴れてお役御免……ああ、ルビーのドーム公演もあったか。でもそっちは私がやらずとも前社長が張り切って道を作ってくれるだろうし、私はたまに会って激励の言葉でも送れば十分だろう。
「オレから言いたい事は以上だ。それじゃあ、皆自分の仕事に戻ってくれ……ああ待った黒川」
解散の指示が出たので出て行こうとしたら、カントクに呼び止められた。同じ名字の姉も反応したのでカントクは姉を手で制止する。
「違う違う妹の方だ……この間、倉庫の整理したらB小町の古い衣装が出てきたらしいな。あれ、後で衣装さんが取りに来るからまとめといてくれ」
カントクから妙な指示が来たぞ。あの倉庫で長年ホコリ被ってた、再利用できそうにないあの衣装を引き取る?
「発注する衣装の参考にするんだよ。古い写真や動画だけじゃ、細かい部分が見えないからな。当時の現物があるなら欲しいってさ。社長にはもう話通してる」
まあ、あんな物でよければどうぞ持って行ってください。社長が許可出してるなら私が何か言う筋合いは無いし、ゴミを無料で引き取ってくれると思えばむしろお得だ。
「そういう事なら、後で纏めておきます」
「頼んだ。あとついでにお前も採寸してもらえ」
採寸?
演者である姉やルビーはともかく、なぜただの一スタッフである私が測らねばならないのだろう。
「なぜ私が?」
「お前も映画に出てくれるんだろ? なら衣装用意しないとな」
「ただのちょい役と聞きましたが。専用の衣装が必要な役なんですか?」
たかがエキストラにまで衣装を仕立ててくれるとは、ずいぶん予算が有り余ってるご様子で。
何が欲しいか言ってくれれば私が貧乏人、あるいはオシャレ無頓着勢御用達の激安店で調達してくるぞ。
「……確か、病院の看護師役じゃなかったか?」
私の疑問にアクアが口を挟んだ。
「看護師ですか? ナース服ならネットや、その辺の大人向けの雑貨店にいくらでも転がってるのでは」
看護師役か。医者か患者の横に突っ立っておくお仕事かな。どうせ画面の端で見切れかけてるような存在だろうし、それっぽければ良いんじゃないだろうか。
「あんな生地ぺらっぺらな安いだけの偽物、オレの映画には一分一秒たりとも出したくない」
しかしカントクはきっぱりと言い切った。
「そんなとこまで本物志向なんですね」
「うるせえ……いやそうじゃなくてな。最初はそのつもりだったんだが、看護師や入院患者とかのエキストラも病院側で希望者を募ってくれてるらしいんだ。だから看護師役はもういい」
「じゃあ、私は何の役を?」
「犯人役をやってくれ」
「……?」
今カントクなんて言った?
犯人? 犯人とは誰の事だろう。私はただ呆けてカントクを見つめ返した。
「犯人……とは誰の事です?」
「アイの入院当時、病院に現れたとされる不審者で、その4年後に星野家を特定してアイを刺し殺したあのストーカー」
「つまり、菅野リョースケの事ですか?」
「そう。その役をやってほしい」
私が謎のストーカー男ことリョースケを演じる?
いやそれはどう考えても無理でしょ。だって。
「私女なんですけど?」
リョースケは男。私は女。何をどう演じろと言うのだ。
「女が演じても問題ない。実写化の際に原作の設定に改変が入るのはよくある話だ。キャラの性別まで変えるのは珍しいが、前例が無いわけじゃない」
しかしカントクには一蹴された。
「そもそもなぜ私なんです」
「前にルビー達の前で演技をしたよな? その時の演技を見て、お前を犯人役に推薦する声があったんだ。で、オレもお前ならやれるかもしれねぇ、と思ったからここに入れた」
「他に候補者はいないんですか?」
「オレも最初はアクアにしようと思ったんだけどな……」
カントクは窓の外に顔を向けながら、悩みに悩んだ過去を語り始めた。
幼少時の話とはいえ、アクアは実物の菅野リョースケを直に見ている。つまり最もリアルに演じられるであろう人物がアクアだ。
しかしそうするとアクアは『少年A』と『犯人』を兼任する事になってしまう。観客にはまるで少年A……カミキヒカルがアイを殺害した犯人であるかのように見えてしまうのだ。これはノンフィクションを謳っている映画なので余計に問題だ。名誉棄損の定義を満たしてしまう。
実在かつ社会的地位のある人物をこのように描くのは大変マズイ。訴えられると厳しい。カミキが何も言わずとも、その周囲が黙っていない可能性は大いにある。
実名を使わず少年Aとぼかしている点が裁判でどこまで言い訳として通用するか不明だが、危ない橋であるのには変わりない。
ではアクア以外の次善はどれか、誰なら本物の狂気に近付けるかでカントクは悩んでいたが、そこに黒川あおいの演技と、その姉による返しの演技と推薦が合わさった事で彼の腹は決まった。黒川あおいが演技で見せたあの眼、あの声に賭けると決めたのだ。
まあもし駄目でも別の役者でラストシーンを撮り直し、病院の場面はカットすればいいだけなので大したロスにはならない、という大人らしい判断も陰にある。
「終わり良ければ総て良し。ラストシーンの盛り上がり、ひいては映画そのものの行く末をお前に託したい。やってくれるか?」
私は姉の方をちらりと見た。そういえば役を引き受ける時、この姉は人の外堀を埋めるような事してたよな。もしかして推薦というのも姉だったりするのだろうか。
ちょい役かつ給金マシマシにしてくれるというから仕方なしに引き受けたのに、ゴールポストを勝手に動かすのは止めていただきたい。
嫌です、の一点張りで拒否しても良いが、もしそれで映画に非協力的な態度だと星野兄妹に思われたりしたらそれはそれで嫌だ。何とか周囲から言ってもらえないかな。
「姉さんはどう思うの?」
「狂気を向けてくる犯人のあおいと、それでも愛そうとするアイ役の私。きっといい絵が撮れると思う。私はあおいと一緒にやりたいな」
あ、これ推薦したの姉だな多分。頼るだけ無駄だ。
私は続いてアクアに縋る事にした。
「アクアさんはそれで良いんですか?」
「……案外悪くないかもしれん。犯人と主役が同じ顔というのはどうかと思ったが、等身大になりたかった現実のアイと、ファンに愛された偶像のアイの対比としても見れる。絵面のインパクトも申し分ないだろうな」
念願の愛を知り、ようやくウソから解放されたアイの前に現れたのは、過去の己だった。
自分が育てたファンに、ひいては今まで自分がついてきたウソに殺される。無責任に見るだけの立場なら見応えある悲劇だろうが、自分がそれをやる側になるとなるとなあ……。
「ルビーさん」
最後にルビーにも声を掛けてみたが、俯いたままで特に返事がない……と思ったら、急に両の頬を自分の手でぴしゃりと叩いた。
「ルビーさん?」
「……あれ、あおいさんも映画出るの? 一緒に頑張ろうね!」
無理してるんだろうな、と私でも分かる笑顔で迎えられた。
アクアは私の問いの通りに所感を述べただけだし、ルビーは純粋に歓迎してくれただけなのだろう。それはともかく、2人とも私の求めてる類の答えは口にしてくれそうにない。
ここから無理に断ったら私が悪者かもね。
なんかその前提で話が進んでいる気がするし、家の両親も私が映画に出るのを喜んでいた。それらを全てちゃぶ台返しするのは後が怖そうだ。
まあ考えてみれば、最初はさくっと真相突き止めてアクアに話して終わりのつもりだった。それが犯人をそのままお話しするのは苦しいので何とか軟着陸させる方向に転換し、その為に色々余計な仕事が増えていって。
ゴールポストが下がっていくなんて今更の話と言われたら確かにそうだ。映画もまた、やらざるをえないのかもしれないなあ。
「2人で最高の映画にしようね。あおい」
いつの間にか私の隣に近寄ってきていた姉に聞こえないようにため息をつく。
取り敢えず、衣装は顔が見えにくい物にしてもらおう……いや、同じ顔の双子の姉がバリバリ芸能人やってる時点でこれも今更か。
カントクの元を辞した私はその足でアクアとルビーを人気の無い通路まで呼び出した。用件はもちろん先の主役の件である。
「ルビーさん、この度は申し訳ございませんでした。結果に繋がらなかった事は全て私の責任です」
先手を打って、ルビーに頭を下げる。勝利の為に手を貸すと言っておいて、その結果が出ていないのだから私の責任である事は間違いない。
「あ、いや、あおいさんは悪くないよ。こちらこそごめんなさい。あおいさんは私の為に色々やってくれてたのに、私が演技下手だったから……」
ルビーはさっきの泣きそうな笑顔で私に頭を下げ返してくれた。泣きそうな娘を慰めるように佇むアイさんを傍らに添えて。その伸ばされた手はルビーの頭の近くにあった。
「そんな事はありません。ルビーさんは私の期待以上の演技をしてくれました。貴女の努力は認められるべきです。顔を上げてください」
私はルビーの顔を上げさせた。そして次の指示を出す。
「そのまま右を向いてください」
「……こう?」
「そう、そのまま」
アイさんの血の気の無い手がルビーの頭の近くを行き来している。
「私は直接声を聞くことはできないので見たままの印象になりますが……きっと娘の努力を誉めてくれていると思います。こんなに優しく頭を撫でてくれているんですから」
「……ママ?」
「今回は残念でした。次こそ、後悔しない結果に終われるように頑張りましょう。これからは映画仲間として、よろしくお願いします」
ルビーの目尻に、水滴が浮かんだ。
そのまま兄の元へ……ではなく、何故か私の方に飛び込んで来たルビーを抱きとめ、背中をさすってやる。
当初の目的は何とか達成できただろう。余計なオプションが付きまくったが、ルビーへの恩売りの為に必要な犠牲だったと割り切るしかない。