完璧で究極なアイドル様に執着されて   作:肉ぶっかけわかめうどん

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暮色

 

 集落に入った時から感じる変な気配と視線は無視しつつ、宮司さんから貰った地図を見ながら、村長の子孫だという一家の住まう家までやってきた。

 この家までやって来て、まず最初に思った事は普通に若い人がいた事だった。玄関前で私という訪問者を出迎えてくれたのは10代前半ぐらいに見える少年だった。

 限界集落という言葉の定義は人口の半分が65歳以上の高齢者であることらしいので、それより若い世代がいる事自体は何もおかしくはない。しかし聞いてた印象と違ったのは確かだ。

 

「こんにちは。こちらは膳藤(ぜとう)さんのお宅で間違いありませんか」

 

 頭一つ分低い位置にある、目線が合いそうで微妙に合わせてくれない少年の顔をじっと見る。

 

「……は、はい、うちが膳藤ですが」

「初めまして。宮司の代理として来ました黒川と言います。本日はお世話になります」

「……?」

 

 きょとんとした顔をされるが、もしかして代理の事知らないのだろうか。子供なら知らされてない可能性は十二分にあるが。

 

「ちょ、ちょっと確認してきます」

 

 すりガラスの引き戸というもう都会ではお目に掛かれない古い形式の玄関の奥に引っ込んだ少年を待つこと数分。奥から聞こえる複数の男性の話し声が止むと先ほどの男性が再び玄関先に現れ、今度は私を迎え入れてくれた。確認が取れたようで何より。

 

 

 

 暖房のよく効いた和室に通された私は、そこで膳藤さんの一家と顔を合わせた。

 中学1年と判明した先ほどの少年……聞こえてきていた話し声の中でりく、と呼ばれていた少年と、その祖父になる60台ほどの男性の膳藤さんのの2名だった。

 ここに姿が見えないだけでもう1人、台所でお湯を沸かしている男性もいる。膳藤さんの息子であり、りく少年の父だ。男ばっかりだな。

 

 別室にさらにもう1人、あまり動かないお婆さんもいるようだが、あまり気にする必要は無いだろう。以前は元気だったが最近は足腰が弱り、耳が遠くなってと急激に老け込んできたようだ。まだ頭の方は大丈夫らしいが、そちらもそう遠くないだろうとの事。

 一応声はかけたが、寝ているようで反応は無かった。

 

「改めまして、黒川です。本日はお世話になります」

 

 居間に戻り、こちらから頭を下げると、釣られて2つの頭も下がった。

 

「……ええと、あなたが黒川さんで間違いないんですか?」

「はい。私が黒川です」

 

 やや白くなりつつあるが毛量は未だたっぷりな祖父に再度名前を聞かれた。正直この反応も慣れたものだ。みな霊能者と聞いていかにもな霊能グッズで身を固めた年配の方でも想像しているのか、普通の私服の高校生が顔を出すといつも鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。

 

「失礼ですが、おいくつで?」

「18です」

「18……!?」

「もし騙されてるとかそういうのをお疑いでしたらご安心ください。ちゃんと宮司より正式に依頼されて来ておりますので。あ、こちら紹介状です」

「あ、いえ、疑うとかでは……」

 

 宮司の名刺の裏に書かれた簡易紹介状まで見せたら流石に信じてもらえたようだ。宮司も今朝顔を合わすまで私の名字以外何も知らなかったようだし、代理と名乗って未成年がやってきたらこんな反応にもなろう。

 

「では……本日はよろしくお願いします」

「精一杯務めさせていただきます」

 

 向こうも私を信じてくれる気になったようだ。

 

「ええと、黒川さんは祭りについては御存知ですか?」

「依頼主の方から聞いています」

「それでなんですが、もしよろしければ、今日の祭りについて教えてもらえませんか」

 

 あれ、祭りについて教えろって私の台詞では?

 祭りを仕切る村長家なら色々分かるだろうと思っていたのに。

 

「あれ、膳藤さんは祭りについてあまり御存知でない……?」

「恥ずかしながら、祭りについては先代、つまり私の父がずっと仕切っておりましたもので、私はあまり聞かされておらぬのです。玄孫の顔を見るまで死なんと豪語していた元気な親父でしたが、昨年の夏にポックリと……」

「それは……ご愁傷様です」

 それは本当にご愁傷様だ。色んな意味で。純粋に実父が先立つのも悲しい事だし、仕事に関して何の引き継ぎもしてもらえなかった点も。

 この人の親なら80から90はあっただろう。年齢的にいつお迎えが来てもおかしくないんだから大事な事はちゃんと跡取りに教えておけよ。

 

「私も何度か参加した経験はありますから、やることだけは分かっているのですが。今日来られるであろう宮司にその辺の話を聞いてみたいと思っておりました」

「……私の知る範囲で良ければ」

 

 私は私の知る限りの情報を渡した。

 車の中で聞いた事をそのまま話しただけだが、それでも村長家にとっては初めて聞く内容も入っていたらしい。

 

「なるほど。確かに、昔からここには行くなと固く言われていた場所はあります。あの先は墓地だったのですか」

「集落の方々も、祭りの由来には詳しくないのですか?」

「どうでしょうか……私の親の世代なら知っているでしょうが、あまり話したがらないもので。本当に知らないのかもしれませんが」

 

 うーん、これは情報にはあまり期待できそうにないな。

 情報が無いのならここにいても仕方ない。日が暮れる前に仕事にかからせてもらうとしよう。

 

 

 

 膳藤家を辞してさあ仕事へ、と行こうとしたら何と膳藤さんがそのまま車を出してくれる事になった。

 

「すみませんわざわざ」

「いえいえ。ヒマなものですから」

 

 朝の神様詣でも墓参りも既に終わっており、後は食事の支度のみ。そしてそれは女性陣が担当しているため、男性陣は当分ヒマを持て余す事になる。

 それに今でこそ数えるほどの世帯しかない集落だが、祭りが始まった明治初期の頃はもっと人口がいた。その当時の集落の境界を歩いて1周するというのはそれなりに骨が折れるだろうという事で、私は今膳藤さんのご厚意に甘えて彼の運転する軽トラの助手席に座らせてもらっていた。

 

 耕作放棄地や空き家が点在する道を抜ける間、道を歩いていたり家の前で座っている男性を何人か見かけた。皆私のことをじっと見ている。まあこんな土地じゃ滅多に見かけない余所者なのだ。こういう扱いも受けるだろう。

 

「皆ヒマなんですよ。気になさらないでください。家に居たら忙しい女衆に何を言われるか分からないので外にいるだけです」

 

 苦笑する膳藤さんに私も苦笑で返す。そうこうしているうちに最初の地点に到達した。道端にぽつんと小さな祠が建っている。

 管理者以外が触れないよう蓋が閉められているその見た目はまるで小学校とかにある百葉箱のようだった。

 

「ここが一番近いようですし、まずはここからやりましょう」

「決まった順番などは無いんですか?」

「どこから始めても良いようです。ただ、必ず反時計周りで作業しなければならないようで」

 

 宮司のメモ書きによると、開始地点から反時計回りで作業するよう書かれている。何で反時計回りなんだろう。逆じゃないのか。

 しかし見れば分かると言ったツクヨミを信じて、背後の視線は無視して膳藤さんの見ている前で南京錠を外して祠の蓋を開けた。

 

 宮司から預かった荷物の時点でおおむね予想はできていたが、祠の中身は鏡だった。

 祠の中で、こちらに背を向けて置かれている鏡を宮司から貰った新品に入れ替える。もちろん向きもそのままで。

 

「すみません膳藤さん。あの方向には何がありますか?」

 

 私は生まれて初めて見るのだろう、祠の中を興味深そうに覗き込んでいた膳藤さんに鏡の向く先に何かあるのか聞いてみた。

 

「あの方向ですか……確か神社があの方向だったかと」

 

 膳藤さんの指差す先には確かに鳥居の角のようなものが見える。

 

「なるほど、ありがとうございます。次に行きましょう」

 

 鏡を替えたのでここは終了。次へと向かってもらう。

 軽トラの中ではもっぱら景色を見ながら雑談だ。最初は口数の少なかった膳藤さんもいくらか口が軽くなってきたようで、色々教えてくれた。

 

「いつもこの時期は今日みたいに息子さんやお孫さんが来られるんですか?」

「いえ、今年が初めてです。今までは父と私だけで」

「数少ない親戚が集まる機会なのでは?」

 

 なんだかんだ親戚が集まる機会というのは貴重なものだ。膳藤さんも子や孫に会える数少ない機会を心待ちにしているのではなかろうか。

 

「無理に今日来なくとも、正月がありますので……」

「……それもそうですね」

 

 あと1月もすれば世間は年末に入る。別に平日休んでまで来させなくても少しの我慢でしかなかった。

 

「では、なぜ今年は息子さんらが?」

「母が呼べと言って譲らぬもので仕方なく……これは家の長男の義務だと。いつもは父と私でやってましたし、呼んでも息子だけで良いかと思いましたが、それで孫も」

 

 膳藤さんの長男と、長男の長男が集められたのはこの母という人物のせいか。話を聞く機会があると良いが。

 

「正月でもないのにこんな田舎に来るなんて孫は嫌がるかと思いましたが、思ったより乗り気だったので驚きました」

 

 孫のりく少年については概ね想像つくぞ。さっき家に居た時、傍らについさっきまで遊んでいたであろう携帯ゲーム機が置いてあったからね。

 

「今日は平日ですからね。堂々と学校サボって遊べると思ったのでしょう」

 

 地域の行事だから仕方ない。堂々と平日に1日遊んで過ごせるズル休みの口実ができたぐらいにしか思ってないだろう。

 

「はは、やっぱりそんな所ですか。コンビニも無い山奥ですが、電波さえ入るなら今時の子は暇つぶしには困らないでしょうな」

 

 笑う膳藤さんに合わせて私も笑った。

 かく言う私もズル休みである。既にその道で有名になっている姉ならともかく、私がバイト理由に学校休むなんて馬鹿正直に学校に言う訳ない。表向きは体調不良の親公認ズル休みである。

 そして今の私はバイト名目で宮崎に来たのに、脱け出して霊能者の副業をしているので二重のズル休み状態だ。バイトしてないのにバイト代は恐らく出てしまっている。バイト代の原資となるであろう壱護氏のお給金には本当に申し訳ない事をしてしまっている。後で心ばかりの土産でも用意した方が良いだろうか。

 

「あ、そういえば黒川さん。今夜の話なのですが……」

 

 笑っていた膳藤さんがふと思い出したように話を替えた。

 

「はい?」

「今夜は私の家に泊まられるという事でお伺いしておりますが、本当によろしいのですか? 家はその、男ばかりなのですが……」

「ああ、そう言う事ですか……私は別に構いません。泊まらせてもらう立場ですし。雨風しのげて暖かい場所なら文句なんてありません」

 

 何を言うかと思えばそういう話か。

 それなら大丈夫。霊能者の仕事をしていれば、依頼者の男性と同じ部屋で数時間一緒に過ごさなければいけないシチュエーションも時にはある。慣れたものだ。

 今から別の宿を探せと言われる方がよほど困る。

 

「黒川さんがそれで良いのなら……他所よりマシか」

 

 考え込んでいた膳藤さんが、何かに思い至ったかのように一人で頷いた。

 

 

 

 話しながら走っている内に次の祠に到着。次の祠の中の鏡の方向の先を確認すると、やはり村社の方向を向いていた。

 

 そうきたか。

 

「どういうことです?」

 

 私の呟いた声が聞こえていたのか、膳藤さんが聞き返してきた。

 

「鏡というのは、境界線の外に向けて置く物です。これは通常とは逆ですね」

 

 鏡は光を反射する。その性質により、古来より邪気を跳ね返す力を持つ魔除けとして重要視されてきた。

 その力は現代においても有効で、風水の世界では今でも鏡を玄関や窓の近くに置くことを推奨している。 

 

 しかし、この祠内での置き方は良くない。

 鏡が村の中央、神社の方角に向けて置かれているという事は、その方向から来るものを反射しようとしているという事。

 また反時計回りという指定もそうだ。こういう物は普通は時計回りに置く物だ。鏡と同じく邪気払いとして有名な盛り塩だって四方に置く場合は時計回りに置いて行く。

 形を逆にすればその意味するところも逆になる。邪気を払う結界どころか逆に吸引してしまう。

 

 これではまるで、集落の中から脱出しようとするナニかを押し止める為の結界のようではないか。 

 その神社も1度調べてみたいところだが、そこまでする時間は無さそうなのが惜しい。早く次に行こう。

 

 

 

 たびたび現れる現地の方々との応答は膳藤さんに任せつつ作業を進めていく。

 移動中の会話は専ら私の話だ。膳藤さんは怖い話が意外とお好きなようで、私が過去に経験した様々な心霊現象などの話をすると喜んで聞いてくれた。

 

「いやあ、恐い話に付き物の、都合よく現れる知り合いの霊能者だなんてフィクションの中だけだと思っていました。まさか本当に霊能者の知り合いができる日が来るなんて」

 

 膳藤さんは笑いながら、私の連絡先を登録した。

 確かに怖い話には付き物だもんね。何故か知り合いにいる霊能者だとか、近所に心霊対応可能な寺社仏閣があったりだとか。

 元々そういう人や物と縁がある、心霊との親和性が高い人だからこそ霊に目を付けられやすいと言う点もいくらか関係はあるだろうが、それでも普通はそんな知り合いはいないものだ。

 

「膳藤さんも何かありましたらお気軽にご連絡ください。私に対処できるモノであれば何とかします。有料ですが」

「……やっぱりお高いんですか?」

 

 私は格安が売りなんでご安心を。そう言うと、膳藤さんは何がツボに入ったのかまた笑っていた。

 

 

 

 最後の祠を開けている最中、膳藤さんがふと思いついたように私に話しかけてきた。

 

「……黒川さんはここをどう思います? 見ての通りの何もない所ですが悪くはないでしょう?」

 

 もう何度繰り返したか、ふらりとやってくる地元民への対応を任せて作業を進めていた手を止めて、私はぐるりと周囲を見渡した。

 

「景色は良いですし、たまに遊びに来る分には良いでしょうが、住むとなると色々不便そうですね」

 

 私が景色を見て思った事を正直に言うと、膳藤さんは朗らかに笑った。

 

「ですよね。私もそう思います。普段東京に住んでおられる方なら尚更でしょう。」

「意外ですね。長年住んでいる人のようですし、この不便さに慣れているものかと」

「慣れてると言えば慣れてますけどね。これでも昔よりはマシになってはいますし」

 

 そこを見てください、と彼が近くを指さした。ただの藪のように見えるが、よく目を凝らすとかろうじて道路の痕跡を感じ取れた。

 

「昔はあそこが道だったんですよ。私も小さい頃はここを通って麓の学校へ行ってました。もう誰も使いませんけどね」

 

 毎日が登山。大雨や雪が降ったら通行困難になる、人が長年踏み固めて出来た不便な道。多少遠回りにはなるがより広くて綺麗な舗装路がある今、こんな道は誰にも使われなくなり自然に還った。

 

「私はここを通るのが好きじゃなかった。昼間でも暗くてなんだか肌寒いし。町に住んでる人たちが羨ましかった。私だけじゃなく若い世代はみんな1日でも早く出て行きたがっていましたよ」

 

 膳藤さんの話によれば、これはかつて集落の中央を縦断する主要道路だったらしい。上に行けばかつての共同墓地、つまり現在立ち入り禁止になっている女性の墓に繋がるようだ。墓地を越えてさらに向こうに行けば下りになり、下りきると出発地点、つまり膳藤さんのお宅に戻れると。

 

「……ではなぜ膳藤さんはここに住み続けているんですか?」

「実は、町で独り暮らしがしたいと言ったら、父は認めてくれたんですが母に猛反対されまして」

 

 もはや畑や林業だけでやっていける時代ではないと、町へ出稼ぎもしていた父は町の暮らしに憧れる息子に理解を示してくれた。しかし両親のもう片方、母親が問題だった。

 普段は物静かで優しい母親だったが、この時ばかりは人が変わったような頑なさで、長男である膳藤さんが家を出る事を決して認めなかったという。

 

「父も説得しようとしてくれたんですが、母は折れる気配が無くて。もう止む無く残る事にしました。なぜあそこまで猛烈に反対していたのかは終ぞ聞けず終いです。今日、その一端でも分からないかと期待しているのですが」

 

 なるほど。それで私に車を出してくれてるのか。私の送迎を名目にすれば、普段は目にできないものを見る事が出来ると考えたわけだ。

 

「何か面白い事が分かればいいですね」

 

 では最後の場所に行こう。何かあるとすれば村社か女性の墓のどちらかだと思う。

 まだまだ日は高い。膳藤さんの車のお陰で仕事は早々に片付きそうだ。

 

 

 

 女性の墓があると言う区域の前には大きな金網のフェンスが張られており、物理的にも侵入できないようにされていた。ただの墓地にしてはやたら物々しい。辺りも妙に薄暗くて寒く、俗に言うなら雰囲気満点と言った感じの場所だ。

 膳藤さんも心なしか気持ち悪そうにしている。

 

 私は金網の向こうのそれは無視したままフェンスに近寄り、錆のほとんどない綺麗な南京錠を手に持った。

 

「このフェンスは最近できたものですか?」

「これは何年か前に建て替えた物ですが、封鎖自体は私が子供の頃からされていました」

「理由については?」

「この先はクマが出るとか何とか。それで危ないから入るなと言われていました」

「クマ?」

 

 え、クマ出るのここ? 確か九州にはクマはいないと聞いた覚えがあるけど。

 

「そうです。でも長年住んでますが、クマを見たとかいう話はこれ以外に聞いた事ないんですけどね。今思えば、あれは子供らが来ないようにするための作り話だったのでしょう」

 

 あーなるほど、子供の好奇心対策か。理由も添えずただ行くなと言いつけただけでは好奇心に負ける子が当然出てくる。だが、正直にお化けがいるから行っちゃダメ、ではこれまた子供や若者は行きたがるだろう。そういうのを信じない、あるいは面白がるのは常に一定数いるものだ。

 獣害という身近に感じやすい危険を設定し、物理的に封鎖しておくのが最も効率的に人の侵入を防げる、と。

 

 しかもこのフェンス、監視カメラまで付いているようでその旨の注意書きまで置いてある徹底ぶりだった。

 

「見ているぞ、ですか」

「まあこれ偽物なんですけど」

 

 人間の目元を大きく映し、見ているぞ、や通報します等と書き添えられた注意書きを私が見ていると、後ろで膳藤さんがぽつりと零した。上にあるあのカメラっぽいのはハリボテなんかい。

 

「本物なんて付けたら誰かが管理しなきゃいけませんし」

「確かに。貧乏くじを誰が引くかで揉めそうですね。給料出るとも思えませんし」

「そうそう。だから私達がここにいるのを見ている人は誰もいません」

 

 今が一番日が高い時間帯であるはずなのに、太陽と反比例して気温が下がっていくような居心地の悪さ故か、膳藤さんは少し早口だ。

 

「……あ、もしかすると、例の女の霊とやらは見ているかもしれません。案外近くにいたりして」

「おや、鋭いですね」

「まあまだ昼だし幽霊なんて……え?」

 

 膳藤さんがぴしりと固まってしまった。

 

「今何と?」

「私から見て左に2メートルぐらい。例のそれっぽいのがこっち見てますね」

 

 私はそちらをなるべく見ないようにしているが、視界の隅、正確には1メートル半ぐらいの位置に着物のようなぼろきれを纏った足が視えている。さっきからずっと。

 おそらく集落に入った時に感じた気配や、集落内を回っている時に感じていた視線のようなものもこれだろう。敵意は特に感じないが、歓迎もされてはなさそう。ただただ視ているだけだ。

 

「膳藤さんは霊感は無いようですが、それでもフェンスの向こうはあまり見ない方がよろしいでしょう」

「はは、御冗談を……」

「あと私の3メートルほど後方にもう1体います」

 

 こっちは女の霊と言っても人の背後でやる気無さそうに佇んでいるアイさんの事だ。

 

「……れ、霊ってこんな昼からでも出るんですか?」

「出る時は出ますよ」

 

 未練の内容によるが、基本的に霊に昼夜という括りは無い。場所や人物に執着しているタイプはだいたい24時間ずっといる。

 

 逆に特定の時間にのみ現れるタイプと言うと、己の死にそもそも気付いてないタイプとかか。死の自覚が無いので生前と同じく肉体を動かそうとしているが、肉体は既に亡いため当然動けない。結果、意識に残っている、まだ体が動いていた最後の瞬間である、己が死を延々と繰り返し続ける幽霊が誕生する。

 最近事故や自殺があったビル街や駅のホームを歩く時は注意が必要だ。目の前に突然降ってくる恐れがあるんだから。

 

「どちらかと言えば、それは生者側の都合ですかね。昼間は視えづらくて、夜は視やすい。ほら、目が見えない人って、代わりに他の感覚が鋭敏になると言うじゃないですか。視界が悪ければ悪いほど、目で見えないモノが視えやすくなるという話ですよ」

 

 人間は体の一部が使用不能になると、他の器官を以てそれを補おうとする。

 見えない場所というのは危険が多い。単純に足元が不安定な中で動くのは危ないし、それに闇の中に危険なモノが潜んでいる可能性もある。

 視覚に頼れない環境下に置かれると、危機を回避し、命を守ろうとする人間の本能が無意識に視覚以外の感覚を研ぎ澄ます。その研ぎ澄まされる感覚の中には霊感だって含まれる。

 

 怪異や幽霊の出てくる話がたいてい夜中や濃霧、明かりの無い屋内といった視界不良な場所が舞台なのはそういう事だ。

 

 因みにこう言っておいてなんだが、幽霊に全く昼夜が関係無いという訳でもない。人工の光はともかく、直射日光の下ではあまり活発には動かない気がする。陰陽の気だか何だかも一応関係はするのだろう。あくまで嫌がるというだけで、襲ってくるヤツを撃退するとかは期待できないが。

 

「この先は私1人で行きます。早めに終わらせますから、膳藤さんは車で待っていてください」

「は、はい、よろしくお願いします……」

 

 私が南京錠の鍵穴に鍵を差し込むと、膳藤さんは辺りを不安そうに見渡しながら、足早に車に戻って行った。

 

 

 今日の仕事の大一番、女性のお墓の掃除はとても簡単だった。

 何も彫られていない、ただその辺にあった石を置いただけのような簡素な墓。言われなければ石が落ちているだけだと思って上を踏みつけて行ってしまいそうなそれの掃除などものの10分も掛からなかった。

 じっと見つめてくる、それも段々距離が近くなってくる女を無視しつつ周囲を探索してみたが、特に不審な物も見当たらなかった。

 

 立ち入り禁止エリアに閉じ込められているという訳でもなければ、余所者かつ侵入者の私に何かしてくるわけでもない。

 

 かつて村に多くの犠牲を出したという悪霊の姿に疑問を持ちつつ、無駄に刺激しないよう明るい場所で待ってくれているだろう膳藤さんの所まで私は足早に戻った。

 

 

 

 時刻も夕方に差し掛かろうと言う頃。私は戻ってきた膳藤さんのお宅の前で少し景色を眺めていた。山の木々、山間に顔を見せる道路。乾いた土をむき出しにした田畑。少しだけ懐かしさを覚える光景。

 雨が近いのか黒い雲が増えてきているのが残念だ。これが無ければ綺麗な夕暮れが見れそうなのに。

 

 膳藤さんの土地はど田舎だけあって面積だけなら非常に広い。眼下には山の斜面に無理矢理拵えた小さな畑が何枚もある。ここで自家用に季節折々の野菜を作っているようだ。

 田畑の間のちょっとした空きスペースで枝豆も作っているらしい。採れたて新鮮な枝豆は都会人の常識を塗り替えるほど美味と聞く。夏の終わりぐらいの時期に来れば味わえたかもと思うと少し心残りか。

 

 昼過ぎに仕事を終えて帰ってきた私を待っていたのは遅めの昼食兼早めの夕食だった。集落の集会場のような場所で、住人が一堂に集って飯と酒を囲む。祭りの日は日没後は何もできないので、今のうちに食事を済ませて夜はさっさと寝てしまうのだ。

 私は外野なのだが中央に席を用意されていた。さらに隣にりく少年まで配置されており、何故か2人揃って今日の主役のような扱いになっている。

 

 若いのがいると華やかで良い、と老人方から2人揃って持て囃されつつ質問攻めにされまくった。事前にアドバイスされた通りに答えられるものは正直に答えたり、膳藤さんも言っていたような、ここも良い所だよーという話を5回ぐらいされたり、未成年相手でもお構いなしに日本酒を進められたりと色々疲れる晩餐だった。日本酒は好きだが流石にこの状況で飲む勇気は無い。

 

 おちおち咀嚼もしていられない忙しい晩餐だったが、食事そのものは美味しかった……いや、言うほどだったっけ? 刺身を筆頭に1から9ぐらいまで海の幸尽くしだったが、海沿いの街や都内のそこそこお高い店と比べると見劣りすると言わざるを得ない。

 御馳走とはハレの日ぐらいしか食べられない物であり、それはその土地で獲れない物をそう呼ぶ。つまり山に囲まれた土地では新鮮な魚介がそれに該当するのだが、他所から来た客としてはやはり現地の物を味わいたいものだった。

 

 

 それはさておき、少しづつ夕方に近付いて行く景色を眺めているとポケットの中の携帯が震えだした。発信元を確認して耳元に当てる。

 

「あ、もしもしあおいさん」

「はい。どうしました?」

 

 電話を掛けてきたのは星野ルビーだった。

 

「お兄ちゃんに聞いたら別の仕事に行ったって言うから……大丈夫? またなんか危ない事とかなってない?」

「大丈夫ですよ。多分。のどか過ぎて仕事を代わってもらったアクアさんに申し訳ないぐらいです。朝まで何も起きなければ、昼には撮影に戻ります」

「何もないんだ、良かった……」

 

 何か心配されているみたいだが、こっちは今のところは平和なものだ。盆の心霊特集みたいなやつがそうポンポン起きてたまるか。

 

「そういえば、あおいさんって今どこにいるの?」

「山奥も山奥、数えるほどしか人口のいない過疎集落です。私にとってはある意味で懐かしくなる場所ですね」

「懐かしい?」

「昔、何度か遊びに行った親の実家に似てるんですよ。ああ、今じゃなくて前の親の話です」

 

 前世の頃言った事のある親の実家、いわゆるお祖母ちゃんの家というやつがこんな感じの山の上の家だった。山々の切れ目に狭い道路が見える辺りとかよく似ている。

 

 私にとっては親だけでなく、前世の祖母も思い出深い人だった。なにせ祖母は私と同じく視える人で、祖母を通して私は心霊現象への対処の基本を学んだと言ってもいい。

 

「お祖母ちゃんかぁ……ねえあおいさん、良かったらもっと話しててもいい? あおいさんの昔話、もっと聞いてみたい」

 

 ルビーにもっと話をねだられた。前世は病院暮らし、今世はシングルマザーなルビーにとって『祖父母』という存在は興味を引き付けられるものなのだろう。

 

 私は軽く周囲を見渡し、盗み聞きされる心配がなさそうなのを確認する。

 

「良いですよ。どうせ私も日没まではヒマです。少し自分語りでもしましょうか」

 

 

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