完璧で究極なアイドル様に執着されて   作:肉ぶっかけわかめうどん

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 当作品はオカルトを中心に据えたフィクションです。現実に存在する団体や商品とは一切関係がなく、また違法な行為を推奨する意図もありません。


酒の想い出

 一時の微かな陽気も陰りを見せ始めた夕方の静かな共同墓地。私は現地集合の約束なのを良いことに予定より少し早めに来ていた。

 早めに来た理由は先に自分だけ墓参りを済ませてしまう為だ。そうすればルビー達がお墓の前にいる間自分は周囲を見る事に集中できる。いささか協調性に欠ける行為だが、元はルビーだけの墓参りが三人に増えたのだ。かかる時間が伸び、どのタイミングで彼が出てくるかは分からなくなった。肝心の場面を見逃しでもしたら笑えない。

 

「さて、どこにあるかな」

 

 この墓地には数多くの墓がある。しばらく探し回る事も覚悟していたが、そこに埋まっている本人が墓の前まで先導してくれたのであっさりたどり着いた。

 アイさんの見ている前で墓石を磨き、花と水を替え、線香に火をつける。住職さんお勧めの線香。かなりのお値段だけどすごく良い香りがする。

 少しばかり香りを楽しんでから、最後にお供えの品として持ってきた森伊蔵のビンを置く。

 

 森伊蔵。一般に『3M』と呼ばれる三種の高級芋焼酎の一角。需要に対して生産量が少なすぎるため、抽選という狭き門を潜り抜けるか、通販サイトに定価の何倍もの金を出すかしないと手に入らない。今回こいつを選んだ理由は二つある。

 

「……」

 

 一つはこれが原作中にも登場したアイさん所縁の品であること。

 

 ほら、貴女が生前、ドーム公演決定お祝いの場で興味を示していた森伊蔵ですよ。あの時はまだ19歳だから飲むのを止められたが、今ならいくら飲んでも咎める人も法も無い。好きなだけ浴びてください。いや、やっぱり味わって飲んで。高かったから。

 墓石の影からビンを穴が開きそうな程見つめているアイさんの口元も心なしか綻びて見える。あと一週間とはいえまだ未成年なのだから、と飲ませてもらえなかったの実は根に持ってたりしました?

 

 二つ目。それは、単に私が飲んでみたかっただけ。

 お供え物は持って帰るのがマナー。下げた後は皆で分けて頂くのが良いとされる。帰ったら部屋で一緒にお湯割りでも楽しみましょうか。

 前世でも3Mはとうとう手が出なかった品だ。これどんな味がするんだろう、と疑問が頭をよぎった瞬間、16年間遠ざかっていた飲みたい欲が湧き上がってしまった。

 

 未成年飲酒は法律違反? 犯罪がダメなのはそれが他者の権利の侵害だからであって、一人で誰にも迷惑かけず自爆するだけなら誰にも文句言われはしない。道交法と同じようなものだ。いつでもどこでも律儀に制限速度守ってる輩なんてほとんどいない。法律違反なんだけども、それは一般に犯罪行為とは言われない。迷惑掛かってはないからね。良くはないけど。

 

 個人の感想です。

 

 

 

 そのまま墓前にいる事数分か。砂利を踏みしめる音が聞こえる。アクア達が来たのかと思ったが、アイさんに反応が見られないので違うようだ。この人は子供が近くに来た時は必ずそっちを向くから接近が分かりやすい。

 では誰だろう。共同墓地なんだから誰が来てもおかしくはないが。足音が近づいてくる方向に顔を上げてみると、黒い帽子と眼鏡で顔を隠した、コートの背が高い男。手に綺麗な花束を抱えている。

 

「こんにちは」

 

 眼鏡の奥に見える細い目が真っすぐにこちらを見据えている。

 

「……こんにちは」

 

 カミキさん、来るの早くない?

 

 確か原作だと来るの帰り際だったよね? 

 それとも来たタイミングはほぼ同時だったけど、顔合わせる気ないからルビーが帰るの待ってたとか?

 でもそれなら今回はなんで出てきた?

 

「黒川あおいさん、でよろしいですか?」

 

 しかも私の事を知ってる?

 姉と違って私に知名度なんて無きに等しいはずだけど。

 

「ああ、申し遅れました。私、こういうもので」

 

 私がどう返すべきか悩んで黙り込んでいると、彼は懐から名刺を取り出した。

 神木プロダクション代表取締役、と書かれたシンプルな名刺だ。

 

「芸能事務所の代表なんてやらせてもらっております」

「……それで、何の御用ですか?」

「ああ、そう警戒なさらないでください。別にスカウトだとかそういう話ではありません。ただ、私の知人からあなたの話を聞きまして。この方なんですが……」

 

 そう言うと、もう一枚名刺を取り出した。先ほどの物と同じくシンプルな名刺だ。新社会人が必要なので取り敢えず作りました、といった感のある寂しい名刺である。

 

「あ……」

 

 これは見覚えがある。去年の夏だったかに来た人だ。心霊スポットとして有名な廃墟に番組の撮影で行って以来、部屋の異音や体の不調が始まったと言ってた依頼人だ。どこぞのテレビ局で働いてるとか何とか。

 確かに名乗りはしたが、まさかそんなところに繋がりがあったとは。

 

「あなたに視てもらって以来、すっかり不調も治ったようで。『今ガチ』を見ながら嬉しそうにあなたの話をしてくれましたよ」

「そうなんですか。まあ、治ったのなら何よりです」

「まったくです。あ、お隣失礼しますね」

 

 カミキはアイさんの墓前に立つと、手に持っていた花を二つに分けて花立に差し込んだ。二人分となった事で墓前がより一層華やかで豪華になる。

 アクア達の分、立てるスペース無いなもう。

 

「お知り合いで?」

 

 手を合わせるカミキに、知ってはいるけど一応尋ねてみる。

 

「ええ。彼女とは一時期だけですが、同じ職場にいた事が有りまして。訃報を聞いた時は驚きましたよ」

 

 驚いた、ねぇ。まさか殺されるとは、という意味か。それとも、まさかあれで成功するとは、という意味か。どちらにも取れる。もしくは単に外面を意識してそれっぽい事を言っているだけか。

 

 今、彼は手を合わせていてこちらを見ていない。この隙にアイさんの様子を見てみる。

 

 ……。

 

 アイさん、さっきからカミキの方まったく見てないんですけど。

 供えられた花やらなんやらは見てたし、話にも一応は耳を傾けてはいるっぽい。無視されているわけではないが、それ以上の興味は持たれてないような感じだ。色気(昔の男)より食い気(酒)か。

 別にアイさんが食い意地はった人という事ではない。単にカミキに対して無関心なのだ。アイさんにとってカミキとはもう終わった関係、どうでも良い過去。子供たちが父親について知りたがっていたから顔を見せろと言っただけで、それがなければもう一生関わる事の無いであろう相手という認識なのだろうか。

 

「……そういう黒川さんは、どうしてここに?」

 

 顔を上げたカミキがこちらを見ていた。スマートな横顔のラインにどことなく怪しさを感じる。細く、しかし貧相ではない引き締まった輪郭はアクアに似ていた。彼の十代後半の頃の写真と双子を並べてみたい。目元以外はかなりの割合で父親の遺伝子出てる気がする。

 

「え、ああ、私ですか。私も、少しばかりアイさんと縁がありまして」

 

 縁といっても、生前ではなく死後にだけど。

 

「なんと、そうだったのですか。彼女もそういう事で悩むんですね。まあ、芸能界に妬み恨みと無縁のまま成り上がる人なんていませんし、そういう事があってもおかしくはないか」

「ええ、まあ……」

 

 まさか本当の事は言えないし、取り敢えずそういう事にしておく。

 

「……」

 

 会話が無くなった。

 早くアクア達来ないかな。いやでも、カミキとアクアが顔を付き合わせた結果とんでもない化学反応でも起きたらたまらないからやっぱ来なくていい。

 

「つかぬ事をお伺いしますが」

 

 カミキは帽子を深くかぶり直し、じっと墓石に掘られた星野の二文字を見ながら急に口を開いた。

 

「殺された人というものは、やはり自分を殺した相手を恨んでいるものなのですか?」

 

 帽子に顔の半分が隠れている。動く唇には何の感情も乗っていないように感じる。

 

「まあ、大体はそうですね」

「となるとやはり、アイも殺された相手を恨んでいるのかな?」

「それは分かりません。穏やかに家族を見守っているだけかもしれませんよ」

「……じゃあ、恨んでいないかもしれないのか」

「恨んでいてほしいのですか?」

 

 カミキはゆっくりと振り向いた。開かれた瞼の中にはよく見なければ分からないような暗い光。

 

「殺人は許されない行為。殺す側だって、それは分かった上で殺します。だったら、相手にだって、自分を許さないでいてほしいと思うのではないかと。許すという事は、つまり許しても良いと思える程度のものって事なんですから」

「怒る価値もない、と?」

「そんな感じです。誰からも罰されない。責められない。自分を許さぬのは自分のみ。そんな世界はきっと、地獄と呼ぶに相応しい残酷さでしょうね。好きの反対は無関心とはよく言ったものです。優しいようで、しかしこれ以上なく相手の心をえぐるやり方だ。もし、恨んでいないとしたら……」

 

 大きなコートの両肩が小さく震えている。瞼はすっと閉じられ、薄く開いた唇からは白い歯が鋭く光る。喉の奥から微かに嗚咽のようなものが聞こえた。

 

 泣いている?

 

「……」

 

 いや違う。これ、笑ってる。

 堪えようとしてるけれど、堪えきれない笑いが小さな空気の流れや肩の震えとなって出てきているんだ。

 

「……ああ、失礼しました」

 

 整えるように息を吐き出し、優しそうな笑みを顔に張り付ける。

 コートの襟に両手をかけ、さして乱れていないそれを整える。襟の下に綺麗な黒いスーツが見えた。吊るしの大量生産品とは格の違う、オーダーメイドのお高いやつだ。

 

「先の話に深い意味はありませんので、忘れてくださって構いません。予定がありますので、私はこれで……ああ、そうそう」

「なんですか」

「もしこちらの世界にご興味がおありでしたら、私に教えてください。いつでも歓迎いたします」

 

 スカウトじゃないって一番最初に言わなかったかこの人。

 

「私に務まるとお思いで? スカウトなら私じゃなく姉にすべきでしょう」

 

 芸能界というのが生半可なところではないと、姉を通して私は分かっているつもりだ。たしかに私は見てくれには多少恵まれたかもしれないが、それだけだ。努力と才能と、そして運。生き抜くために必要なものを何も持っていない凡人が気安く向かう場所ではない。

 ちょっと練習すれば誰でもできる事しかできない私より、誰にも真似できない一芸と真摯さを持つ姉のほうがよほど上だろう。姉が自分の財産たる技量と身体を維持するために費やす時間と体力たるや。

 やってられるかあんなもん。

 

「ご謙遜を。黒川さんだって強力な武器をお持ちではないですか。心霊特集は夏の定番ですし、ホラー系の映画やゲームだって、毎年コンスタントに新作が発表されています。オカルトは常に一定の需要が有る分野ですよ。あなたが戦える人材であることはこの僕が保証します」

 

 あの心霊番組で写真やビデオにあれこれ解説する霊能者ポジションとか、ちょっと目指すものがニッチ過ぎない?

 あるいは怖い話を語り聞かせる某稲川さんのようなあれか。いずれにせよ私には向いてそうにない。普通に会社員やってた方が儲かりそうだ。

 

「はは……考えておきます」

「お待ちしています」

 

 受ける気ないのが丸わかりな声で前向きな検討だけ宣言しておく。

 ちなみにアイさんはこの間ずっと墓石の裏で棒立ちだった。徹頭徹尾の無関心である。一度は愛し合った仲であろう相手からのこの扱い。少しだけカミキさんが哀れに思わないでもない。

 

 

 そんなアイさんが急に首だけぐりんと回して墓地の出口の方角を見た。

 釣られて私もそちらを見る。

 

「おや……」

 

 さらに私に続いてカミキまで振り向いた。

 視線の先、小さくしか見えなくともよく目立つ二つの人影に意外そうな声を浮かべる。

 

「それでは」

 

 帽子を深くかぶり直し、カミキは堂々と歩き出した。すれ違いざまに双子に軽く会釈していくオマケつき。

 姿が見えなくなるまで、その背は三対の目に見送られていた。

 

 

 

 目の前までやってきた双子の第一声は、一番長くカミキの背を目で追っていたアクアの誰何だった。

 

「さっきの男は?」

「え、あー」

 

 これ言っちゃって良いのだろうか。あんまり喋ると姉の仕事を一つ奪う形になってしまいそうだ。

 

「15年前まで劇団ララライの所属だった方です。今日は仲の良かった元同僚のお墓参りに来られたようですね」

「仲の良い同僚だって……?」

「私からはこれぐらいで。これ以上は姉に聞いてください。姉ならこの人がどういう人かすぐ気づくでしょうから。ささ、取り敢えず手でも合わせましょうよ。私の用事はもう終わりましたからお構いなく」

 

 納得いかないと顔にくっきり書いてあるアクアに先を促す。アイの交流関係を中心に調べていたアクアからすれば、自身の捜査から漏れていた人物が新たに現れた事に思う事がたくさんあるだろうが、その疑問は後で姉に存分にぶつけてもらいたいと思う。あっちの方が確実に詳しいから。

 

「……」

 

 アクアを墓の前に押しやった後、代わりに私の前に現れたのは先ほどまでアクアの背に半分隠れるような形になっていたルビーである。

 

「ルビーさんとは初めましてになりますね。黒川あおいです」

「は、初めまして。星野ルビーです。えーと、あおいさんにはいつも兄がお世話になってます?」

「こちらこそ、いつもお兄さんには姉がお世話になってます」

「……」

「……」

 

 どこか警戒されているような感じがする。やはり伏せられているハズのアイの事を知っているのが原因だろうか。

 

「えー、その、ルビーさん。今日はせっかくの兄妹水入らずの場にお邪魔してしまって申し訳ございません。私も一度、ここに来てみたかったんです。少しばかり、私もアイさんと縁があったもので」

「……」

「どういう縁かはお答えできませんが、ルビーさんたちの事は生まれる前から知ってました。なのでそう警戒なさらないでください。私は二回目の学生生活楽しんでるだけのただの一般人ですよ。似たような経歴持ち同士、仲良くしていただけると幸いです」

「二回目って……」

 

 今の生活をそれなりに楽しめたら文句なんか無い。それは私の偽りない本音である。害意や悪意などあるわけない。そんな面倒なだけで楽しくなさそうな事したくない。悪人なんて頭が良くてマメな人じゃないと務まらないのだ。

 

「やっぱり、あおいさんもそうなんですね!」

「アクアさんに聞きました?」

「はい……って、あおいさんがそうって事はあかねさんも?」

「姉は違いますよ。私だけ」

 

 なるほど、自分たちが兄妹でそうだからそっちも姉妹でそうなんじゃないか、と。そういう考え方もあるか。しかし残念ながら姉は普通の人間である。

 小さい頃は張り切って母の手伝いをしようとするもどこか危なっかしい姉を見てられなくてあれこれ手出し口出ししたりした事もあったなあ。仕事を奪うとその後ずっと恨めしそうな目で人の作業をじっとみているのだ。そしていつの間にかできるようになっている。人が何度も繰り返してやっと覚えたノウハウをサクサク目で盗んでいく。間違いなくあの姉は天才である。

 

「この酒は?」

 

 過去を思い出して浸っていると、アクアに肩を叩かれた。アクアは私の置いた森伊蔵のビンを指さしている。

 

「あ、それ私のです」

「なんで焼酎なんだ?」

「昔、お祝いの席で出された思い出の品と聞いたので」

 

 祝い、と小さく呟いてアクアが考え込んでいる。

 

「ああ、ドームが決まった時のか。そういえば社長が飲んでたな。誰から聞いたんだ?」

「それは答えられません」

 

 誰に聞いたわけでもない。しかしあの場にいなかった人間がその事を知っている理由の説明なんてしようがないので拒否。

 

「そんな事より……」

 

 墓前に置かれっぱなしのビンを手に取り、アクアの眼前に突き付ける。

 

「お供え物は持って帰って皆で頂くものです。アクアさんもどうです? いらないなら私が持って帰りますが」

「この場には未成年しかいないように見えるんだが、オレの目がおかしいのか?」

 

 お固い事言わない。田舎では飲むヤツは十代前半とかからもう親の酒を少し分けてもらって飲んでたりするぞ。二十歳の解禁と同時に初体験の子供らだけで無茶飲みして大惨事になるよりはマシだろう。酒に慣れた大人の監視下だし。

 今世の親の方はバレたら絶対面倒になるから隠れてやるけど。

 

「体はともかく、精神年齢でのカウントなら私もあなたも余裕で40超えじゃないですか。ルビーさんだけはまだ30もきてませんけど」

「その体が問題なんだが。あと何で年齢知ってるんだ?」

「田舎ではよくある事です。私の周りでも酒や煙草の味知ってる子供なんて何人もいましたよ」

「田舎でしか通じないから田舎の常識って言うんだぞ。ここは東京だ」

「まあ、いらないというなら別に強制はしませんけど。私の分が増えるのでむしろ好都合です」

 

 ビンを持ってくるのに使ったバッグに戻す。

 そのまま私はルビーの側に向き直った。

 

「ルビーさんはどうです?」

「え、私?」

 

 駄目だぞ、と圧を駆ける声が後ろで聞こえる。ルビーは兄の背に向かって語りかけた。

 

「その……私、ちょっと興味あるかも」

「ルビー!」

「それってあの時のお酒なんだよね? あの時の皆、すっごく幸せそうだったもん。そんなに美味しいものなのかな、って気にはなってたんだよね。ね、お兄ちゃんはお酒飲んだことあるの?」

「まあ、昔はそれなりに……いや、とにかく今はダメだ。二十歳になったら、二人で同じもの飲もう。後四年我慢してくれ」

「はーい。ごめん、あおいさん。お兄ちゃんが許してくれないから行けないや」

 

 本当に残念そうに、ルビーは謝ってくれた。こちらこそ未成年なのを知った上で誘ってて申し訳ない。

 

「いいんですよ。アクアさんが正しいんですから。医者の矜持ってやつですかね」

「医者……?」

「ああいや、何でもないです。さ、早くしないと日が暮れますよ。墓前に報告したい事があるなら急ぎましょう」

 

 どこか遠くで、カラスの鳴く声が聞こえた気がした。

 墓前で二人が何かを話せば、それを墓石の後ろから顔を出したアイさんがカミキの時とは比べ物にならぬ熱心さで聞きほれる。逢魔が時の暖かなひと時。いや死んでるんだから暖かくはないけど。

 この綺麗なままでいてほしいと願う。何かを機に本格的に悪霊化が始まったアイさんが双子を連れていこうとするところなんて見たくはない。まあ物理的に一番近くにいる私が真っ先に襲われて、双子はその後だろうから私が見る事はないだろうけど。

 

 

 

 

 椅子の代わりにベッドの端に腰かけ、手を伸ばして机の上に置いた二つのコップに三分の一ほど焼酎を注ぎ、続いて水筒に入ったお湯で割る。何度か繰り返すうちに舌と喉が慣れてくるのでその都度濃さを調整しながらコンビニのおでんやその他つまみを肴に、一人だけど独りじゃないお酒を十六年ぶりに楽しむ。

 

 自分の側に置いたコップを先に飲み干し、次に机の対岸に置いたもう一つのコップにも口をつける。二つの中身は同じものであるが、遠い側のコップの中身は風味がきれいさっぱり飛んでいる。死者は供え物の香りを頂くと言われている。風味が飛んでいるという事は、そういうことだ。

 

 まさかアイさんと卓を囲む日が来るとは。半年前はこんなこと考えもしなかった。

 もし私がB小町ファンだったら、推しにお酌ができるというこの役得に感激でむせび泣きでもしただろうか。まあ私は別にファンというわけではないけど、誰かとお酒というのはやはり楽しい。会話は出来なくとも、そこにいてくれるだけで摂取できる栄養素があると思う。酒と肴の半分の風味が無いのが残念ではあるが、どうせアルコールが入れば味覚は鈍るのだ。食感とのど越しが残っていればそれでいい。

 

 今頃隣室で風呂上がりのスキンケアに忙しいであろう姉の迷惑にならない程度にB小町の楽曲をBGMとして流す。旧B小町Ver.と新B小町Ver.が交互に流れるのを聞き比べると、完璧で究極の一が支配する旧版の方が完成度が高く感じられる。しかし三人がかりで世界を築く新しい方もこれはこれで味がある。あまねく雑味を個性と取るか、純度を下げるノイズと取るか。完璧なのが常に良いとは限らないのだろう。

 

 

 さけるチーズを割かずに口に入れ、メモ帳を机の隅で開く。メモ帳に書きなぐってあるのはこの事件に関わり始めた初期の頃に作った『犯人に必要なものリスト』だ。

 

 『住所』これについては今更説明するまでもない。

 『双子』星野アイに双子の子供がいる事を知っている。住所だけ知っててもね。

 『面識』ストーカーをけしかけるには、まずストーカーと知り合いにならないといけない。犯人は彼と一度以上会った事がある者だ。

 

 『証拠』推しに子供がいるなんて衝撃的な情報、普通に言ってもまず信じてもらえない。熱狂的、狂信的なファンならなおさら否定するだろう。信じがたい現実を、それでも受け入れざるをえないだけのものを犯人は提示できた。物的な証拠か、あるいはこいつが言うなら間違いないと思わせる肩書か。

 

 『動機』星野アイを殺す理由ではない。確実に殺すでもなく、安全に殺すでもなく、はたまたこのネタで苺プロをゆすって利益を得ようとするでもなく。不確実な襲撃にこそ価値を見出した。これが成るなら捕まって人生破滅しても構わないというほどの。あえてこんなやり方を選んだ理由は?

 

 

 カミキ以外でこの条件全部満たせる原作キャラって誰がいるだろうか。

 

「……」

 

 焼酎で口内を洗い流す。あ、これ味しなかったからアイさんの方か。椅子にちょこんと座ったアイさんがこちらをじっと見ている。ほれ次。今日一晩、私からのアルハラに震えるがいい。

 

 

 さっきより少し濃いめを用意し、机に水筒を置いた音と同時にドアが開く音が私の耳に響き渡った。

 

「入るよ」

 

 慌ててメモ帳をかけ布団の下に押し込んだ。ドアからずかずか入ってくるのは寝間着の姉だった。風呂上がりの熱がまだ残っているのか肌が少し赤い。顔にはフェイスパックを張り付けた状態で、手にはスマートフォンを握っている。

 

「ね、姉さん、ノックは?」

「したよ。あおいが返事しなかったんでしょ……って、なにこれ」

 

 姉の目が机の上に注がれる。

 

「何でコップが二つも? ってそんな事よりこれ見なさい」

 

 突き付けられた液晶画面に映っていたのは、お世辞にも画質が良いとは言えない写真。物陰から目一杯ズームさせて撮ったと思しき写真に写っているのは見間違えようハズもない、私自身とカミキだった。共同墓地に入る前にアクアがこっそり撮ったとしか思えない。

 

「今日一日ずいぶん忙しかったみたいね。何があったのか聞いていい?」

「それを撮った人に聞いた方が速いと思うよ」

「それは後でじっくりやるから。まずはあおいから聞きたいの。この人は何者? どうしてアクア君たちとお墓参りに行ったの? 教えてくれたら私も一緒に行ったのに。それに終わった後でアクア君をお酒に誘おうとしたらしいじゃない」

 

 早口で喋るものだから姉のフェイスパックが外れかかっている。まだまだ湿っているそれを躊躇いもなく姉は剥がして丸め、ポケットに押し込んだ。

 

「このビンとその赤い顔をお母さんの前に突き出されたい?」

 

 ちょっと待って。そんなことされたら小遣い無くされる。それは大いに困る。バイトも小遣いもないくせに金欠じゃない若い女は周囲からあらぬ疑いを掛けられると、私は前世での学生時代に学んだのだ。

 副業の存在を隠すためにはアルバイトが必要になる。事務仕事ならともかく接客業とかはゴメンだ。

 

「それは面倒なコトになっちゃうからやめて」

「イヤなら話して?」

「じゃあ……全部は無理だけど、話せる範囲で」

 

 話せる範囲、と私が言うと、姉は急にムッとした顔になった。

 

「アクア君と同じような事言うのね。はぐらかす気?」

「字面は一緒でも、中身は全然違うと思うよ……それにしてもさ、なんで隣で飲んでるって気付いたの?」

「それもアクア君から。やっぱり見過ごせないから取り上げておいてって頼まれたの」

「じゃあなんで飲む前に来ないの」

「この方が話がスムーズだと思って」

 

 ああそうですか……。

 やっぱりアクアかルビーを押し切って共犯にしておくべきだったか。他人がいる状態では堂々とアイさんの分を用意はできないが、彼らの家を探せば仏壇ぐらいあるだろう。そこに別の容器に分けて供えておけば似たようなことはできる。家族でお酒が飲めるもう二度とないかもしれない機会だったのに。惜しい事をした。

 

「それじゃあまず、なんでお墓参りに行こうと思ったのかから教えて」

「えーと、それは……」

 

 さて、ここからどうやってヤバい部分は避けつつ姉を言いくるめていこうか。

 

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