完璧で究極なアイドル様に執着されて 作:肉ぶっかけわかめうどん
MEMちょは混乱している。
早朝の空港のロビーでまだ眠い目を擦り……擦ると化粧が落ちてしまうので目頭を抑えながら集合の時間を待っていたMEMちょの前に現れた三人の姿は眠気を奪い取るには十分すぎる程衝撃であった。隣で有馬かなも口をあんぐりと開けて同じ光景を目の当たりにしている。ミヤコ社長もあらあらといった感じで驚きつつも微笑ましそうにそれを見ていた。
「お待たせー!」
朝一から元気よく現れるルビーと、そのルビーに腕を組まれて引っ張られるアクア。ここまでは割といつもの兄妹の光景である。これが普通に見えるだけでもかなり毒されてきた感じがあるが。
問題はその反対側だった。アクアの反対側の腕に黒川あかねが遠慮がちに自身の腕を絡ませている。ルビーに引っ張られるアクアに引っ張られる黒川あかねという予測しえない光景はMEMちょをして目を疑いたくなるものだった。
アクアもされるがまま二人の好きにさせているようだが、さすがに両腕使えないのは窮屈らしく眉を僅かにひそめていた。
もとより目立つ容姿の美男美女。それが三人で腕を組んで歩いていれば、当然のように耳目を集める。空港中の人間の注目を浴びる三人に巻き込まれて自分たちまで身バレしないか心配になるMEMちょだった。
「な、なんでここにいるのよ……」
「お邪魔します」
石化を自力で解いた有馬がわなわなと震えながらあかねを指差している。差されたあかねは一堂にぺこりと頭を下げた。
なぜあかねがここにいるのか。その理由は彼女が手で引いているキャリーケースを見れば一目瞭然だ。これから向かう宮崎への二泊三日の旅程に彼女も加わるのだ。
「そうじゃなくて……アクア!」
聞きたかった答えではなかった有馬がアクアに矛先を変える。
「なんでも何も、お前が言ったんじゃないか。これは『東ブレ』の慰安旅行だって」
「確かに言ったけど!」
「そういう名目なら、他の出演者をオレが誘ったって問題ないよな?」
「うう……ルビー!」
落ち着き払ったアクアに冷静に言い返され、ここからでは突破出来そうにないと今度はルビーに攻めかかる。
「一緒に行ったらアクアはきっと一日中こいつに構ってるわよ。アンタはこの旅行がお兄ちゃん無しでも良いの?」
「え、うーん……でもお姉ちゃんなら仕方ないよね」
「お、お姉ちゃん!?」
「うん。お兄ちゃんがあかねさんと結婚したら、あかねさんは私のお姉ちゃんでしょ? 家族なんだから仲良くしないと」
「結婚……」
ここに至って、有馬は背中を向けて蹲ってしまった。
「旅行、楽しみにしてたのに……どうしてこんな仕打ち」
「ま、まだ分からないから! まだ決まったわけじゃないから!」
すかさずMEMちょはその横に座り、震える背中をさすってあげる。
有馬が朝から、いやずいぶん前から遠足前の小学生のように浮足立っていたのは皆の知るところである。なのに焦がれていた彼は別の女と腕を組んでやって来た。ろくに会ってすらいない偽りの恋人ではなかったのか。
その心中察するに忍びないところであるが、MEMちょとしてはこれはこれで一安心できる展開でもあった。
(これはつまり、あかねを選んだって事で良いんだよね、アクたん)
まさかこれで前のまま変わっていないなんて事はないだろう。アクアとあかねの関係は正式な恋人へと昇華されたと見ていいハズだ。失恋が確定した目の前の少女には悪いが、もうやきもきする日々とはおさらばなのだ。これもまた一つのハッピーエンドなのだ。
「そ、それにしても二人とも水臭いなぁ。そうならそうと教えてくれたらいいのに」
気さくな感じでアクアとあかねの肩を叩く。いつからそうなったのかは知らないが、そうなったならその時に報告してくれれば一人の友人として心から祝いに行ったのに。
「そうって……何が?」
しかし遅ればせながら言葉を掛けようとした当のあかねからはきょとんとした顔で返された。
「何がって、そりゃあ……二人が恋人になったってことだよ」
「え?」
まさか今のが伝わらなかったのか、と今度ははっきり言うも、まだあかねの顔は晴れない。アクアの方へ助けを求めてみれば、彼はさも『お前が何を言っているのか分からない』といったような表情を返してくれた。
「なったも何も、オレ達は最初から恋人だったと思うけど」
「いや、だからそうじゃなくって……番組の都合とか、そんなもん関係ない本当の恋人って意味で」
「そういう事ならそれはMEMちょの早とちりだ。オレとあかねの関係は変わってない。ただ話し合いの結果、延長が決まっただけだ」
「ええ……?」
意味わかんない。
MEMちょは脳内は疑問符で埋め尽くされていた。変わってない? いやいや、どう見ても変わっている。上手く言葉にするのは難しいが、偽の恋人……赤の他人にはとても見えない。というかあかねはそれで良いのか?
あかねは間違いなく前進を望むはず。なのにそうなっていないという事は、アクアがそれを拒んでいるということに他ならない。えーとだからつまり、どういうこと?
「もー、お兄ちゃんったら照れてるの?」
茶々を入れるルビーの声が三人の間を通り抜ける。
「……」
「……?」
そして黙りこくってしまったMEMちょを見て、ルビーは何故か分からなさそうに首をかしげた。
今回の目的地である宮崎県高千穂町まではひどく遠い。まずは熊本まで飛行機で飛び、そこからは車で延々と九州山地横断ドライブを敢行しなくてはならない。鉄道もなければ高速道路もない。ワインディングを楽しめる運転好きでなければひどく苦痛であろう。
レンタカーに揺られ続けてどれだけ経っただろうか。クルマの最後列に座るアクアは車窓から懐かしい景色を眺めていた。
行けども行けども視界の左半分は山肌。右半分は断崖と絶景。無限にループしているのかと疑うほど変わらない景色の中、たまに現れる錆びかけの看板だけが目的地への接近を知らせてくれる。
走りだした最初こそ賑やかだった車内だが、今はもう話題も尽きたのか静かなものだ。所々から寝息も聞こえてくる。
すぐ左隣であかねも少し前から眠りに落ちていた。昨日も遅くまで劇団から資料を持ち帰ってはあの墓参りの時の男、カミキヒカルなる人物について調べてくれていた。資料の持ち出しが劇団のルールに抵触するかどうかは知らないが、あかね曰く言えば許可が下りたらしい。日頃の実績と信用の賜物であろう。
姉に聞け、と言った黒川あおいに従いあかねに頼んだが、彼女のお陰で多くの事が分かった。
頼んだと言えば、一緒に頼んだ酒の件はどうなったのだろうか。何も続報が無い。あかねの事だから、悪いようにはしていないと信じるが。
あかねの調べによれば、このカミキがアイと特別な関係にあった事は間違いないらしい。カミキとの出会いがアイに大きな変化を与えている。以前に話を聞いた鏑木プロデューサーの証言とも合致する。そして……。
(オレとルビー、そして姫川大輝の父親である可能性が高い人物)
上原清十郎と姫川大輝の事もあり最初は反論したが、逆に姫川大輝が上原清十郎の実子ではない可能性をあかねに指摘された。姫川大輝の父、上原清十郎が不倫をしていたのではない。真に不貞を働いていたのは彼の母のほうだったのだ。
このカミキヒカルという人物は事件に関わっているのだろうか。アイとの関係性の濃さを考えれば可能性は十分にありうる。父親以外の可能性を指摘する黒川あおいの言葉は上原清十郎とカミキヒカル、どちらを指しての発言だったのだろうか。一つ言えるのは、あおいはカミキヒカルを知っていたという事だけだ。
(黒川あおい……いくら考えても、彼女の事が分からないな)
なぜ彼女はあの日、カミキヒカルがアイの墓参りに来ると知っていたのだろうか。何らかの方法でカミキのスケジュールを入手した、という線は恐らくない。それならばルビーの予定を聞く必要がない。ルビーが向かうあのタイミングでなければならなかったのだろう。
なぜ、あの日の祝いの席で森伊蔵が出されていたと知っていたのか。当事者しか知りえないハズの情報だが、当事者ではない。16歳の転生者なのだから、16年以上前に死んだ人間が中身だ。あの日の事など知れるわけがない。
なぜか、自分たち兄妹の前世の年齢と職業まで知っている。アクアの前世の事は、アクア以外誰も知らない。ルビーも同様だ。お互いを含め誰にも話していない。まさに神のみぞ知る事である。黒川あおいは神か、あるいは神の使いだとでもいうのか?
馬鹿馬鹿しい。
この世の全てを俯瞰できる神の視点を持つというのなら、なぜ事件の調査などしなくてはならない。調べずとも起こる前から知っていただろう。
どうして今更になってそんな存在がのこのこ現れる。来るなら悲劇が起きる前に来い。12年も経ってから何をしに来たのだ。
この世で神様ほど信用ならない存在も他に無い。
いくら考えても、彼女の正体も目指すものも分からない。無視はありえないが、どこまで信じてよいものなのだろうか。どう対応するのが正解なのか、考えれば考える程深みにはまっていく気がする。歩みを止めたくはないが、足をどこに踏み出せばよいのだろう。
今はとにかく、目の前の事に手を付けるべきか。ここまで来れる機会などそうは無い。あの病院を調べるとしよう。あの時は夜だったが、昼間なら何か発見があるかもしれない。
高千穂の町の中心部は東京はおろか地方都市と比べても寂しいものであるが、それでも日常の買い出しなどで世話になったアクアにとって懐かしきものである。
狭いシートで固まった体を伸ばす間もなく、ルビー達B小町一行は本来の用事である新曲のMV撮影に連行されて行ってしまった。
残されたアクアとあかねにとってはここから暫しの自由時間だ。
渡された観光案内のパンフレットをぺらぺらめくっているあかねにアクアは声を掛ける。
「行きたいところがあるんだ」
「……」
「あかね?」
声は届いているハズなのに顔を上げないあかねに、アクアは再度呼びかけた。
「アクア君の行きたいところって、あれ?」
ようやく顔を上げたあかねは空の一点を指差した。
その指さす先には丘の上にある建物。町の麓からでもよく目立つその場所はまさしくこれからアクアが向かおうとしていたものである。
「あそこが、アクア君たちの生まれた病院なんだよね?」
「よく分かったな……あいつに聞いたか?」
丘の上の病院。そこはアイが入院したアクア達の始まりの場所にして、前世での職場。
観光の二文字とはほど遠いその場所を指し示したことは偶然とは思えない。間違いなく彼女の入れ知恵だろう。
「うん。宮崎に着いたら、アクア君はあそこに行こうとするだろうって」
「……他には?」
「アクア君たちが生まれた日に、担当医だった先生が行方不明になってるんだよね? 二つの事件は強く関連してるから、片方を調べる過程で必ずもう片方も明らかになるって」
やはり知っていたか。
もはやこれぐらいでいちいち驚いたりはしない。
「そこまで知ってるなら、これからオレがやろうとしている事が何かも分かってるんじゃないか?」
「……探しもの、見つかるといいねって」
「そうか」
その言葉を素直に期待と受け取るのは難しい。まるで見つからないと見越したかのような言い方だ。
もとよりそう簡単に見つかるとは思っていない。今日まで誰にも見つかっていないのだ。隠したか、処分されたか。徒労に終わる可能性が高いだろう。
「あ、あとカラスに気をつけた方が良い、とか言ってた気がする」
カラス?
頭上を見上げると、電線にとまった烏の黒い瞳と目が合った。カラスとはこのカラスの事で良いのか?
「気をつけろ、と言われてもな」
「そうだよね……」
「まあ、とにかく注意しておく。行くか。遠いからタクシー拾おう」
「うん。あ、さっきスタッフの人が言ってたんだけど、この辺に……」
都会ですら余り普及しているとは言い難いキックボードのレンタルをやっている店が近くにあるらしい。幸いにして原付免許はお互い持っている。
喧騒とは程遠い静かな町をパンフレットを見ながら歩く、知らぬ者が見ればカップルで来た観光客にしか見えない二人を、濡れ羽色の瞳だけが遠巻きに見送っていた。
テディベアの腹をハサミで裂き、中のワタを取り除く。ある程度のスペースが開いたらそこへ米を代わりに詰める。
裁縫セットから取り出した針を持ち、少し躊躇ってから、意を決して自分の指を突く。米の上に血を一滴垂らしたら、元通りに腹を縫い合わせる。縫い目隠しにお札を貼ったら身代わり一つ完成。
本当は爪の欠片や髪の毛を使うのだが、血の方がより効果的なのでこの一個だけはこっちで作った。
次は持ち歩く用のお守りに取り掛かる。それが終わったらしめ縄モドキだ。
姉が旅行中で静かな我が家の二階で、こうしてせっせと工作に励んでいる理由はもちろん、万が一に備えてである。こんなものでも時間稼ぎにはなるし、その稼いだ時間で次の手を打てる。これでもこの能力で金を貰ってきたプロの端くれ。ただ殺られはしない。全力で抵抗するとも。
上原清十郎の件を否定したのは失敗だったかもしれない。
これで終わったんだとアクアを納得させて、後はひたすらに隠蔽する。斉藤社長さえ何とか出来れば真実から永遠にアクアを遠ざけられたかもしれない。
別に真実の究明はアイさんからのオーダーに入っていないのでこれでも良いのだ。アクアが前向きに生きられるようになればそれ以外はどうでも良いのだ。
アルコールの入ったゆるゆるの頭がはじき出した仮説。あの晩、襲来した姉に宮崎での事を含むいくらかの情報を渡して……何でもいいから彼の為に貢献したい、という気持ちが透けて見える姉はまだ微笑ましい方と言えるものだった……ともかく何とかお帰り願った後、改めて考えをまとめ直そうとしていた時に、ふと思いついた荒唐無稽なお話。
これはない、と一度は切り捨てるも、時間を置けば置くほど頭から離れなくなってくる。たしかに此処にもいたのだ。犯行に必要なものを揃えられる人物が、もう一人だけ。
もしこれが事の真相であるとするなら、アクアに協力とかそういう話ではなくなってしまう。今も着実にダメージが蓄積しつつあるだろうアクアの精神を救うどころか、私がこの手でトドメを刺す結果になりかねない。
もしそうなってしまったら、今も背後から製作工程をじろじろ覗き込んでいるこのお方が黙っていないかもしれない。恐れていたシナリオがまた一歩近づいてきた。
【演者】。書いて字の如く役を演じる者。その歌も舞いも、全ては台本の通りに。
まだ仮説でしかないし、間違っていると私も信じたいが、もしそうだとしたらこの問題の出題者はきっとひどく意地が悪い。この復讐劇は最初から失敗に終わる筋書きで作られていたという事になる。
艱難辛苦を乗り越え真実に手を掛け、やっと地獄が終わると期待に震える彼に、神様は非情な現実を突きつけるのだ。終わりじゃない、これから始まるんだ。全部『ウソ』だったんだよ、と。