完璧で究極なアイドル様に執着されて   作:肉ぶっかけわかめうどん

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悪手

 

 宮崎での事件において重要な点が二つある。一つは誰が情報提供者だったのか、だ。あの日の夜に目撃されたという不審な二人組がカミキと後のストーカー男だったとして、カミキにアイの情報……入院先とその理由、そして出産予定日を教えた誰かがいるはずだ。

 

 では誰ならカミキに提供できただろうか。ゴロー先生はアイが身バレしないよう手を回していた。この隠蔽が機能していたという前提に立つならば、患者の正体と予定日を知っている者は三名しかいない。即ち担当医、患者本人、患者の保護者の三名である。

 

 居場所が自然に流出したという線は消せる。ただの噂で飛んでくるには高千穂の地は遠すぎる。真実だと確信できるものが何かしら欲しいところだろう。近くに住んでいるならちょっと確かめに行くこともできただろうけど。

 

 偶然職員にカミキやストーカー男の連絡先を持つ知り合いがいた、なんて世間が狭すぎる問題が起こっていないのなら、情報を流す先はインターネットしかない。しかし不特定多数の目に映る場所に患者の入院先と予定日なんて書き込んで大丈夫なのか? 予定日を書ける時点で職員からの流出の可能性が濃厚であり、ネットの住民達が喜び勇んで火をつけに来るだろう。流す先を限定するにしても、噂の真偽を確かめようとする野次馬の一人や二人ぐらい出たっておかしくない。

 

 だが実際に野次馬が来る事はなく、また病院は炎上せず平穏なまま。人が押し寄せそうな噂は流れていなかったか、あっても相手にされずネットの海に埋もれたのだ。

 

 

 先の三名に容疑を絞って考える。

 担当医はもちろん除外だ。患者本人も考え辛い。相手の男について口を閉ざす一方でその相手を病院に呼びつけようとするのは矛盾した動きだ。そしてもしカミキに聞かれても話さないだろう。来ると言ってもお断りだし、来る気が無いなら入院先と予定日という情報に価値が無い。

 

 あれ、容疑者、一人だけになってしまった?

 

 患者の保護者、つまり斉藤社長。

 この人であればカミキに情報を渡す意味があるかもしれない。例えば、互いの素性を想えば添い遂げるなんて以ての外なのは仕方ないが、せめて一番苦しい時に傍にいるぐらいはしてやってほしい、と親心から願ったか。

 これならドーム公演決定祝いの席で社長がアイに『スキャンダルなんて無い様に』とアイドルとして当然の内容の注意の後に『父親に会おうとかするな』とわざわざ父親名指しで釘を刺した理由にも繋げられる。子供が生まれて以降も未練の欠片も見せぬ彼女に何故そんな今更な注意をしたのか。

 

 社長視点で見ればカミキは終ぞアイの元に現れなかった期待外れなのだ。もし何かあってもあんなのに頼ろうなんて思うなよ、なんて気持ちも籠っていたのかもしれない。

 実際はカミキは病院の前までは来ていたし、貰った情報は最悪の形で彼に利用されていたのだが。親心云々は今さっき作った妄想だけど。

 

 

 言うまでもないが、この推測には大きな問題がある。

 この推測が成立するには斉藤社長がカミキこそが双子の父、アイの男だと知っていなければならないのだ。アイが隠したがっているから表向きは知らないフリを装ったが、本当は気付いていたという事でなければ成立しない。

 

 とはいえ、気付けた可能性自体はそこそこあると思う。仕事上の付き合いが少々あるだけだった鏑木プロデューサーや、練習風景を映像で見ただけの黒川あかねですらアイの変化を見抜いたのだ。もっと近い位置にいた社長夫妻が気付いていたっておかしくない。

 一度気付いてしまえばそこからはそう難しくない。変わった時期にアイがどこで何をしていたか、特に誰と親しかったかを考えれば相手は自ずと絞り込める。そもそも妊娠した時期を考えても劇団関係者が一番怪しいんだし。

 劇団ララライの役者たちに聞き込みを行えばカミキまでたどり着けるだろう。彼らとて一流の役者達。同僚の演技の変化に気付いた者はいたはずだ。我が姉がそこに着目したように。

 

 もう一つは先生の死体……。

 

「あおいー」

 

 目の前で手がぶんぶんと振られている。

 まだ若々しそうで、しかし近くでよく見ると細かいシワが入り始めているこの手は母の手か。

 

「なに?」

 

 イヤホンを外し、思考を中断して手の元に振り返れば、手に何やらメモ用紙を持った母がこちらを見ていた。

 

「どうしたの。電気も付けずにずーっと壁見ながらぶつぶつ言って」

 

 暗い部屋でベッドに体を沈めて壁に向かう、心ここにあらずな娘を心配して声を掛けてくれたようだ。心配は嬉しいが、しかしそれ以前の問題がある。

 

「なんで私の部屋に入ってるの?」

 

 ここは私の部屋だ。ノックの一つくらいはしてほしいものだが。

 

「ノックしたよ。あおいが気付かなかったんでしょ」

「相手が気付いてない。それでは合図したとは言えない」

「屁理屈言わない。で、何か悩みでもあるの?」

「んー、特には」

 

 悩みはあると言えばあるが、それはとてもここでお出しできるものではない。

 

「あんたもお姉ちゃん見習ってまた彼氏の一つも作ってきたら? 悩みも無くなるかもよ」

「今はいいや」

 

 姉が上手くいっているように見えるから、と最近は私にも母はこんな話を振ってくるようになった。蛇足な話だが、私は前世今世合わせた分としては少ないかもしれないが、それでも交際の経験自体はある。長続きはしなかったけど。

 結婚なるものを人生で一度くらいはしてみたい、というのが密かな夢だったりする。

 

「あっそう」

「それで、何か用?」

「あんたヒマならちょっと買い物行ってきてよ」

 

 そう言うと母は私の前にメモと行きつけのスーパーで使える電子マネーの入ったICカードを突きつけた。

 

「……はいはい」

 

 押し問答などする気は無いのでさっさと立ち上がる。

 メモを確認する。食材というよりは日用品の補充がメインのようだ。あまり重くはならないだろうが嵩張りそうだ。

 こういう時は車が欲しくなる。今から取るなら中型二輪かな。スクーターも見掛けの割に積載能力高くて何かと便利だ。しかし今世の親は二輪をあまりいい目で見てないんだよなぁ。姉の原付の時も、仕事の都合でどうしても自分の足が必要と訴えられても中々首を縦に振らなかったし。四輪と比べて危ないのはどうしようもない事実だけども。

 

 ぐだぐだ言っても仕方ない。取り敢えず動くか。

 

 

 

 

 病院へ続く道から外れ、舗装もされていない狭い山道をゆっくりとアクアは進む。後ろからはあかねもおっかなびっくり歩を進めている。

 この旅行が冬に行われたのは幸運だった。これが夏場だったらここに酷暑と大量に繁茂した緑、そして虫が追加されていただろう。

 

「ま、待って……」

 

 突き出た枝を避けるべく慎重に身を屈めながら、あかねがか弱い声を上げていた。

 二人とも演劇役者にして若い身空。体力も体幹もそこらの一般人とは比べ物にならない。しかしそれでも慣れぬ山歩きは体に大きな負担をかけていた。慣れ親しんだ地元と舐めて掛かっていたが、道一本外れるだけでこうも険しいとは。

 まだ歩き始めてそう経っていないが、これは早々に切り上げた方が良いかもしれない。記憶にある辺りはもう見て回った。そこに無いのだから目的の死体は既に誰かの手で動かされた後に違いない。

 

「これ以上進んでも収穫は無さそうだな。引き上げるか」

 

 悲しい話だが、人の少ない山奥のこの町には人目に付かない場所というものはいくらでもある。処分されたものを見つけ出そうというのは無理な話だったようだ。

 一生懸命に付いて来てくれたばかりで悪いが、来た道を引き返すようあかねに指示を出そうと口を開く。

 

「あら、もう帰っちゃうの?」

 

 植物に覆われた獣道の先から投げかけられた声に、思わず背の凍るような感触を覚える。

 

 まとわりつく緑をものともせず、地に落ちた枝を踏み折りながら現れた全身を黒いコーディネートで統一した幼い少女は、近所のあぜ道でも歩くかのように軽い足取りで山を歩いてくる。

 

「……」

 

 これがもし作業着でも着込んだ、いかにも山で仕事をしていますといった風貌の大人であれば突然の遭遇に驚きこそするも恐怖は感じないであろう。もしその少女が涙の一つも浮かべていれば、ただ親か友達とはぐれただけの子供だと胸をなでおろせただろう。

 しかし目の前に現れたその少女はとても野外で活動するような恰好ではなく、しかしそこにそう在るのが当然と言わんばかりの堂々たる態度で歩を進めてくる。あまりにも場違いな理解しがたい存在だ。

 

「まあ良いけどね。どうせいくらここを探しても無駄だし」

「ま、迷子?」

 

 あかねがアクアの背越しに絞り出すような声で掛けた問いにその少女は、年相応のような笑みを浮かべて答える。

 

「そうだね。確かに私は迷っている。どうすれば一番面白くなるか、ね」

 

 声だけは幼いのに、そこに込められているものに子供らしさが全く感じられない。

 

「世の中には、気に入った作品を何度も何度も見返す人がいる。そういう愛し方を否定する気は無いけれど、でも私はやっぱり、どうせなら違うものが観たい」

「何を言って……?」

「最初に私がやろうとしていたやり方だとどうなるか、私は幸運にもその先を知る機会に恵まれた。だから今度は違う事がしたい。勝手に変えられたと知ったあの子は怒るだろうけど、まあそれも含めての知る楽しみか。次はどうするのかな」

 

 キャッチボールになっていない。ただただ自分の言いたい事を一方的に話しているだけである。

 

「オレ達に何の用だ?」

 

 見ているようで見ていない、そんな少女の語りに自然とアクアの声も剣呑なものになった。

 

「別に。ただ伝言でも頼もうかなってだけ」

「伝言だって?」

 

 少女はじっとアクアの背後、あかねを視線で射抜いた。

 

「あなたの妹さんに伝えておいて。【観客】気取りも結構だけど、手綱だけはちゃんと握っておいてねって。今はそれだけ」

 

 じゃあね、と手を振って少女は踵を返した。

 

「待て!」

「アクア君!」

 

 草木の中に消えていく少女を追ってアクアが思わず足を踏み出す。数歩駆けたところで追いついたあかねが腕を引いて強引に止めた。

 

「アクア君、見て、前……」

 

 止めるあかねに思わず文句の一つも出そうになったアクアだが、それでもあかねの言に従いこれから己が足を置こうとしていた先を見てみる。

 

「……!?」

 

 そこにあったのは道と呼べるものの存在しない、ただの急斜面であった。彼女が止めてくれていなければ今頃踏み外して転落している最中だったであろう。

 

「すまん、助かった」

「ううん。良いよ」

「……戻るか」

「そうだね」

 

 自然と今来た道を引き返す二人だが、その口数は少ない。

 

「観客……手綱?」

 

 あかねが先の少女の言葉を反芻しているが、何か思いついたような色は無い。アクアもそうだ。分からない事ばかり増えていく。先に進みたいのに進めている気がしない。

 

 

 

 早々に病院周りの探索を切り上げた夜10時、アクア達はB小町組と合流し撮影の見学をしていた。隅に用意してもらったパイプ椅子にあかねと並んで腰かけ静かに見入り、それを何故か有馬が歯噛みしながら横目に睨みつけてきたりする様がしばらく続いたが、夜も更けてきたのもありそろそろ今日はお開きの流れになってきた。

 

「はーい、未成年組は解散ね」

「わーい今日の仕事終わりー!」

「MEM?」

「はぁい私は18歳以上ですー」

 

 唯一の成人であるMEMちょだけは続行し、ルビー達は宿に帰らされる。続きは明日だ。

 

「私はあかねお姉ちゃんと一緒の部屋がいいなー」

「うん、いいよ」

 

 宿は二人一部屋で用意されたが、部屋割りの指定はされていない。ルビーがあかねの腕に組みついて同室を希望すれば、あかねは二つ返事で受け入れる。アクアは一人部屋だ。異性なので当然寝床は隔離される。

 

「あかね。オレはもう少し見学していくから、ルビーを頼む」

「わ、私ももうちょっと残っていようかなー、なんて」

 

 アクアが残留すると言い出せば、先ほどまで全力で帰り支度していたはずの有馬が突然方針を百八十度変えていたり。

 

 疲れながらも穏やかな空気が流れるスタジオ。

 皆ある程度気が抜けていたために、スタジオに突然の乱入が発生しても誰も身構える者がいなかった。

 

「あ、カラスだ」

 

 出入り口の扉が開いた瞬間に飛び込んできた黒い大きな烏が、艶の良い濡れ羽色の翼を羽ばたかせ天井付近を我が物顔で旋回し始めた。

 

「あれ、どっから入って来た?」

「どっか窓空いてる?」

「この寒い時期に窓空いてたら即分かるだろ」

 

 撮影スタッフを始め、その場にいる全員の注目を浴びる烏は皆の気を引くように舞っていたが、やがて気が済んだのか入口から最も近い位置にいたルビーの前に降り立った。

 このタイミングで、烏を見つめていた面々はその烏の口に何かが咥えられている事に気が付いた。

 

 それはプラスチックの白くて四角い何かで、長いひもが付いている。首から下げる名札のように見えた。

 

 

 烏が咥えて来た物の正体を正確に理解できた者はこの場に二人だけ。

 それを何度も目にし、または身に着けた思い出深い一品を見まごうはずが無かった。

 

「っ!」

 

 ルビーがくちばし目掛け突き出した腕をひらりと躱し、烏は余裕たっぷりに再度天井を旋回すると、開きっぱなしの出入り口から外へ逃げる。

 ルビーは自ら組み付いたはずのあかねの腕を半ば突き飛ばすように振りほどき、誰も顧みる事なく走り出した。

 

「ルビー!」

 

 その後を追ってアクアも走り出す。あかねの横を通り過ぎる時、ほんの一瞬だが視線があかねの方を向いた。

 

「アクア君!」

「あかねはここにいてくれ!」

 

 その時を逃さず彼に呼び掛けるも、アクアは足を止める事無く走り去っていった。遠くなりながらの声での待機の指示に、ただ立ち呆ける事しかできなくなる。

 残された後の面々も同様に、そもそも何が起きているのか理解できない顔で固まるだけであった。

 

 

 

 逃げる烏を追って飛び出して数分、既にアクアは気付いていた。自分たちは誘導されていると。

 あの烏は本気で逃げていない。見失わない程度の距離を維持し、曲がり角では必ず鳴いて己の位置を教えてくる。しかしここまで来て引き返すわけにもいかない。

 

 直したばかりなのであろう綺麗なアスファルトの舗装を踏みしめ、坂を上る。途中でわき道に逸れ、名も知らぬ小さな山に登るのであろう道に入り込む。月明りに照らされ存外走りやすい夜道を駆けていると、行きどまりに当たった。

 白い山肌の壁の前に、小さな祠が一つ置かれただけの寂しい場所だ。件の烏はこちらが追い付いたのを見届けてから、祠の裏へと消えた。正面からでは分かり辛いが、祠の裏に洞窟ができているらしい。

 

 カラスの溜まり場と化しているであろうそこへ躊躇なく入るルビーを追ってアクアも洞窟の入り口に立つと、洞窟の奥に白い何かが見えた。

 

「……」

「……」

 

 十を超える数の烏に見守られて、洞窟の奥で静かに眠っていた白いもの。それは白衣を着て、眼鏡をかけた白骨化した人の死体。

 

「せんせ……」

 

 力なく呟くルビーの隣に立って覗き込めば、もう疑う余地は無かった。

 今日探し回って見つけられなかったもの、産婦人科医・雨宮吾郎の死体は呆気無く見つかった。こんな簡単にたどり着ける場所に、こんな小さな横穴に、無造作に放り込まれて。

 

 

 

 心の中で渦巻いている感情は多々あれど、どう形にすればよいか分からない。ただ喉まで出かかった何かをこらえながら、今ルビーに掛けるべき言葉を模索する。

 

 しかし何も思い浮かばない。それでも何かを、と思いつめていると、地面に影が差した。自分たちの背後、洞窟の入口に何かが来たのだ。

 二人して素早く振り向く。そこに立っているのは昼間にも出会った謎の少女。

 

 肩に今まで散々追いかけっこをしてきた烏がとまり、恭しくお辞儀でもするように嘴に加えた名札を少女に差し出す。

 少女はそれを受け取ると、手の中でくるくると弄びだした。

 

「事前に答えを聞いてからくれば昼間のうちに見つけられたのに」

「事前にだって?」

「知ってそうな人、いるじゃないか。おかげで私の手間が一つ増えちゃった。あの子がもっとやる気をみせてくれていたら、今日もそんな痛ましいものを見せなくて済んだし、姉は心を病まなかったし、何なら貴方の母だって今も元気にしてたかもね」

「な、何を言って……」

「まあ、いいよ。所詮はもしもの話でしかないし」

 

 三歩歩いて、アクアの前までやって来ると、少女は名札を眼前に突き出した。

 

「はい、センセ。もうなくさないでね」

 

 隣で愕然と目が見開かれた。

 いつの間にか周囲に集っていた烏の群れが一様に漆黒の目を向けている。

 

 震えそうになる手で名札を掴むと、正面で少女がにたりと歯をむいた。

 年齢不相応な悪意を感じる笑みを浮かべる少女が開いている方の手を振ると、洞窟内の全ての烏が一斉に飛び立った。思わず目をつむったアクア達が再び目を開けた時、そこにはもう誰も、何もいなかった。

 

 

 

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