彼の存在は呪術界の清涼剤とも言われて…ない?
2012年7月31日
昨日は結局、昼前から日が落ちるまで3人で交代しながらただひたすら格闘訓練に明け暮れた、
多分僕が空を飛んだ回数は三桁に行ったんじゃないだろうか。
涼くんは僕の動きを見ながら、ダメ押しのオンパレードだった。
途中ちょっと泣いたが、こんなことでへこたれていられない。
「攻撃力も防御力も呪力と術式で解決できると胡座をかいていたのがよく分かるな。小学生の喧嘩じゃないんだ、無駄な動きを削って最小の動作で拳を放て。感覚で回避しようとせずに目でよく見ろ!」
以上のように、コテンパンにされた上にボロクソに指摘を受けた。
"立てなくなるまでは術式による回復禁止"のルールも途中で追加されたせいで、それはもう血反吐を吐きそうな訓練だった。
そして、秋斗くんとの訓練も意外なことに過酷だった。
「しーちゃんは手足のリーチが足りない分、小柄な体格を活かして素早く相手の懐に入り込むことを考えて!懐まで入られた相手は腕や足が伸び切る空間がないから威力のある攻撃ができないし、基本的には後ろに引くしかなくなる!怖がらずに飛び込んだ方がしーちゃんの有利になる!」
と、まともな指摘を受けてしまった。
涼くんに勝てないと言うだけで、体格に恵まれている秋斗くんも接近戦がからきしと言うわけではないことがよく分かる。
お陰様でたった1日で接近戦におけるセオリーのようなものは体に染み付いた気がしなくもないが、それでもこれを継続していかなければ、実戦に耐えるものとは到底言えないだろう。
訓練の後はそれはもうヘトヘトになったが、術式でまるで何事もなかったかのように全身リフレッシュした僕を見て、2人には渋い顔をされた。そんな顔されてもお裾分けできないんだ、ごめんよ。
そして翌日となった今日。
フリーな1日を汗水垂らす訓練に消化した僕たちに、暫くぶりに一年三人での任務が舞い込んだ。
「昨日は随分と激しい特訓してたみたいじゃない?硝子がボロボロの秋斗が治療に来たって言ってたよ」
「聞いてくれよ先生!浪川のやつ、俺の時だけ本気で殺しにかかってきたんだ!訓練だってのに!先生からもきつく言ってやってよ!!」
涼くんは僕との訓練でも手を抜いていたわけではないんだけど、秋斗くんの場合は一々怒らせる発言をするせいで、全ての攻撃に体重がしっかり乗っていた気がした。
その結果、全身青あざだらけになって、虫の息の秋斗くんを硝子さんの下まで運んだところで解散したのだ。
「お前の自業自得だ」
「まぁまぁ、命懸けの任務にいくんだから、そのための訓練も命懸けなくらいでちょうどいいじゃない。反転術式で元気にしてもらったんでしょ?」
その言葉通り、今日の秋斗くんには擦り傷一つ見当たらない。
この反転術式というのは非常に高度なテクニックとセンスが必要な呪力操作による技術だそうで、脳さえ無事なら使い手次第では潰された心臓すら再生できると言う。
そんな技術を持っている硝子さんは、日々生傷の絶えない高専生の生命線とも言えるだろう。
「治してもらったけどさ〜」
涼くんを叱ってくれない先生に不満そうな秋斗だが、当の涼くんは当然だと言わんばかりに鼻で笑っている。
「はいはい、この話はこのくらいにして、今日の任務について説明をするよ〜!今回の任務地はなんと………北海道で〜す!」
「ほっ!」
「かい!」
「それで、現地での協力者はいるんですか?」
「「そこは"どう!"って言えよ!!!」」
涼くんのあまりのノリの悪さに思わず秋斗くんと二人で突っ込んでしまったじゃないか!こう言うところは彼の欠点だな、うん。
「涼は相変わらずクールだね」
「そこのアホ二人と一緒にされても困ります」
アホ…。秋斗くんはともかく僕はそんなにアホと思われるようなことをしただろうか?
少し彼と出会ってからこれまでの自分を振り返ってみよう。
入学初日、初対面、放課後に教室を破壊………あれ、初日から躓いたんだが?
「それでどうなんですか?」
「今回は現地の協力者はいないんだなぁこれが。まぁいつも通り高専の補助監督が付くし、そいつが現場への案内やその他諸々の段取りもやってくれるから特に心配はいらないよ。あと、任務についての細かいこともそいつに聞くこと」
「はい、先生!」
「はい、秋斗くんなにかな⁉︎」
「早く任務終わったら観光とかできますか⁉︎」
確かにせっかくの北海道だ。旅行というわけではないと分かっているが、せっかくなら美味しいものを食べたり、観光名所を見てみたりしたいと思うのは学生の性だ。
「遊びに行くんじゃないぞ、桜庭」
「真面目ちゃんは黙ってろ!俺は先生に聞いてんの!で、どうかな先生?」
「んー、まぁ任務後一泊する予定だし、終わった後あまり遅くならない時間までならいいんじゃない?」
「「よっしゃー!」」
先生にOKを貰ったのだから補助監督が渋ろうともこれを免罪符に強行してやろう。札幌ラーメンを食べずに帰るなど考えられない。
「…小学生かお前らは」
涼くんの冷たい視線が突き刺さるが、なんとでも言うがいい!
どうせその時になったら着いてくるに決まってる。
「とはいえ、今朝決まった急な任務だからね〜。今から一旦部屋に戻って一泊分の荷物用意して、さらにそこから空港に向かってってなると…到着は夕方前くらいじゃない?」
なん…だと…!そんなの一刻の猶予もないじゃないか!
いますぐ部屋に戻って準備を整えなければ!
「最後まで話を聞こうか君たち〜。任務対象の呪霊についてだけど、推定準一級の相手だ。三人がかりで準二級以上が二人、紫鶴もそれ以上のポテンシャルを秘めてる。余程油断しなければ大丈夫だとは思うけど、遊ぶことばっかり考えてると足元掬われるから注意すること!」
「「はい!」」
「何でそんなに元気なんだ…」
涼くんは僕たちを尻目に、今日の任務も何だか荒れそうだ、と遠い目で空を見つめていた。
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大急ぎで準備した甲斐もあり、新千歳空港に到着した時点でまだ13時半。むしろ僕たちの用意が早すぎて、補助監督の人が慌てて飛行機の予約を取り直したみたいでちょっと申し訳なかった。
「しーちゃん、俺初北海道!楽しみだな!」
「もー秋斗くんったら今日は任務に来てるんだよ?終わったら本場の札幌ラーメン食べに行こう!!」
「お前らな…」
「はは、まぁ君たちもこれから日本各地に任務で赴くことになるでしょうし、はしゃぐのも最初のうちだけですよ」
修学旅行気分全開の僕たちに補助監督の伊地知さんが苦笑いを浮かべている。
伊地知さんは五条先生の二つ下の後輩だそうで、僕たちにとってはOBに当たるらしい。元々呪術師を目指していたけど、自分の才能に見切りをつけて、早々に術師をサポートする補助監督を目指したと飛行機の中で聞かせてくれた。
この人は何というか…疑う必要性のない善人が滲み出てるし、先生の後輩ってこともあるから、特別に信用する人間リストに追加してあげた。
「皆さん荷物は各自受け取りましたね。それでは早速移動しましょうか」
空港のロビーにて全員の集合を確認。
すでに移動の手筈も全て整っているらしく、レンタカーを借りて伊地知さんの運転で現場に向かう。
「事前に説明は聞いていると思いますが、今回の目的地は札幌市西区の平和の滝、日中は観光スポットとしても有名な避暑地ですが、夜間は一転して投身自殺の多い場所です。窓によれば相手は準一級相当の呪霊、恐らく心霊スポットへの恐れの感情や自殺者たちの怨念などが寄り集まって生まれたのでしょう。被害者は幼稚園児から小学生までの4名、夕方の時間帯、水遊びをしていた子供達が帰り際に同時に行方不明になっています。水場なので水中などに引き込まれた可能性が高く、可哀想な話ですが事件発生から丸3日経過しているため、被害者の生存は絶望的ですね…」
子供達を遊ばせつつ、自然の中で夏の暑さを凌ごうとしたために最愛の我が子を失うとは、親御さんたちの気持ちを考えると胸が痛くなる話だ。
それにまだ夏真っ盛り。
事件が起きたのだから当然、しばらくは封鎖されているだろうが、半月もして解放されることになったが最後、夏休み最後の思い出を作りにきた子どもがさらに被害に遭うことだろう。
「子供ばかり狙う呪霊…許せませんね。跡形もなく払ってやります」
「お、しーちゃんやる気じゃん!でも、しーちゃんも呪霊の襲撃対象に入ってそうだけど大丈夫かな?」
それは確かに…言われてみると集中砲火されそうな気がして寒気が。
「にしても、滝かー!終わったらそのまま泳いだりできたら涼しくて楽しかったかもな!水着持ってくればよかったぜ」
「北海道ですら昨日は30度あったらしいからな。温暖化もここに極まれりだ」
「…あの、皆さん、現場が滝とご存知なかったんですか?」
そんな僕たちの会話を聞いていた伊地知さんが、心底不思議そうに聞いてくる。
「初耳です」
「今聞きました」
「被害者数といった被害の詳細も今聞きましたね」
(五条さん…!)
もちろん細かいことは補助監督に聞けと丸投げの姿勢だったのだから知るわけがない。
確認のために詳しく話してよかったと心底安堵している伊地知さんだが、そうこう話しているうちにそろそろ滝に到着だ。
滝へと降りる階段のすぐ側にある、40台ほど止められそうな広めの駐車場に車を止める。
時刻は15時前、封鎖されていることもあり人影もない。
人里離れていることも手伝って実に任務はやりやすそうだ。
「それでは、最後に作戦確認を。今回の相手が子供を狙っている可能性が高いという点、水中から何らかの手段で襲ってくる可能性が高い点、その双方を考慮して薬袋くんは呪霊の発見から戦闘に入るまで水場に近づかないよう待機です」
「え⁉︎二人だけで探させるんですか?そ、それに僕も自分だけ何もせずに待つのは嫌なんですけど…」
せっかく強くなる覚悟を決めて任務に赴いたのだ。
二級と準二級の二人だけど、実際の実力はもっと上だって僕は知っているし、場合によっては準一級相手でも、僕が戦うまでもなく終わらせてしまうかもしれない。
それはそれでいいことなのだが、少しでも早く強くなる為の実戦経験の機会を逃したくないのが本音だ。
「気持ちは分かりますが、生徒の安全も極力考慮するのが私たち大人の役目なんです。どうか堪えてください」
伊地知さんにも補助監督としての責任があることは分かる。
それだけに、こう言われてはそれ以上食い下がるわけにはいかなかった。
「大丈夫だよしーちゃん。俺たちこの前の任務でも準一級を払ったんだし、見つけたらすぐに合図送るからさ。三人でサクッと払っちゃおう」
「半分は先輩の手柄だろうが。俺たちだけで全てやった風に話を盛るな。まぁ、とは言え場所自体水場だからな…足場も不安定だ。真っ先に水中から不意打ちを喰らって、貴重な戦略が減っても任務に差し支える。作戦通りに大人しくしておけよ」
それぞれに僕を気遣う言葉を掛けてくれる二人。
やっぱり二人ともすごくいいやつだ。
ここはみんなの言う通りに素直に待機、合図があれば張り切って滅してやろう。モタモタしていて二人が怪我をしてもいけない。
「それではその後の段取りを。二人が会敵次第、声を上げて合図をお願いします。滝という土地についた地縛霊に近い存在と予想されるので、おそらく滝付近の狭い範囲に止まっていると思われます。その距離であれば声だけで合図は確認できるはずです」
「「了解です」」
「そして合図を確認次第、薬袋くんは現場に急行、これに加勢してもらいます。ここまでの戦闘における最大の注意点は、周囲を極力破壊しないことです。何やら依頼をしてきた側に環境保護団体の方が混じっていたようで、かなり口酸っぱく自然を破壊しないように言っているそうです。面倒をかけますがよろしくお願いします」
本当に面倒な話が出てきた。
確かに自然が大事なのは分かるが、こっちは命懸けだし僕たちが気をつけても呪霊の本気の攻撃なら周囲の動植物が巻き込まれるのは避けようがない。
大方、依頼してきた側は知り合い経由で話が通っているとかで、呪霊や呪術師なんて存在すら知らないはずだ。
だから、僕たちが命懸けなんて知りもしないのだろう。
安全地帯から何も知らないで偉そうに…お前が戦ってみろ。
(……いや、何を考えてるんだ僕は。そんな一般市民のための呪術師だっていうのに)
奈沙さんの一件からどうにも見ず知らずの他人に対して、思考が攻撃的になりがちでいけない。
知らないことはどうしようもないなんて、呪術師になる前の僕だって同じだったのだから、こんな感情を持つことは"悪"だ。
「それなら周りの被害を最小限に抑えて、素早く呪霊だけを払う方法があるんですけど」
「しーちゃん、もしかして…」
「うん、合流次第、領域に閉じ込めて中で倒せばいい」
その言葉に伊地知さんが目を見開いた。
「それは…話には聞いています。先日の任務で領域を使用して特級を払ったと。ですが、その後、倒れて身動きが取れなくなったとも聞きました。領域自体未完成ということも確認しています。失敗すれば大きな隙を晒すどころか、術式が焼き切れて無防備になります。それよりは三人がかりで地道に削るのが良いのでは?」
確かに伊地知さんの言うことが最も安全なのだろう。
だけど、これが早いからと言う理由以上に、実戦の中で繰り返し使用して精度を上げたいと言うところがあった。
「薬袋、領域を閉じれる確率は?」
「敵の至近距離で展開すれば狭い範囲に領域を収められるし、その分呪力操作もしやすいから確率は上がるよ。目の前まで行ってできれば9割はうまく行くと思う」
「それなら、俺の呪銃で対岸から攻撃して敵を惹きつける。その間に背後から近づくってのはどうよ?」
なるほど、それなら比較的危険も少なく近づけそうだ。
とは言え気付かれる前に距離を詰めなければパーだが。
「三人ともやる気なんですね…。分かりました、戦うのは貴方達ですからそこはお任せします。ですが、命が最優先です。この作戦が失敗した場合は速やかに一時撤退します。薬袋くんの術式が回復するまでは、戦線を二人で維持しないといけなくなりますからね」
伊地知さんも説得できたみたいだし、やれるだけやってみよう。
それにしてもどう距離を積めるか…水上での戦闘になるだろうし、走っていけば水音でバレるし、下手をしたら僕の背丈だと深みにハマって溺れる危険もある。
そう思案していれば、何やら楽しげな顔で涼くんが近寄ってきた。
「俺に任せろ、いい考えがある」
しーちゃんはなんでもない風に振る舞ってますが、ふとした時に気づく、自分の心を蝕む闇の存在に(ふふふ