(ちょっと最後のやり取りは五条先生が総監部にいいようにされすぎだったので改変)
「今、終わらせるから」
本当に僕は大事な時に限ってその場にいない。
まるで意地悪な神様にそう仕向けられているみたいだ。
呪霊の触手に腹を貫かれて、ぐったりとしたまま意識を失っている涼くんを見てそう思った。
でも、もう僕は二度と失わないと決めた。
そのために必要なものも知っている。
そして、それすら今の僕の手の中だ。
「しーちゃん!よかった…無事だったんだな!あ…でも、浪川がっ、俺も呪力切れでっ…ごめん、俺!」
自分も満身創痍だろうに顔の半分を流血に濡らしながら、涙ながらに謝罪を口にする秋斗くんに、飼い主の留守に大事なものを守れなかった番犬のそれを感じて、本当にブレないなとぼんやり思う。
だけど、そんな顔をする必要はないんだ。
だって君も涼くんも誰も一人として、
僕が死なせやしないんだから。
「謝らないで、全部大丈夫だから」
《ギィ…プギィ…》
なんとも不細工で滑稽な鳴き声だ。
先ほどから僕から感じているのだろう気配に気圧されているのか、警戒心剥き出しでこちらを睨んでいる。
ウネウネと触手を震わせてどう攻めるか、それとも攻めては行けないのかを無さそうな知能で考えているのだろう。
だけど、そのせいか捕まっている涼くんまで揺れている。
僕の大切な友達に致命傷を負わせたばかりか、労りもせずに悪戯に苦しませるとは、本当に呪霊というのはどこまで行っても存在する価値のないものなのだと痛感する。
「返してもらうよ」
そう呟いた一瞬後、呪霊目掛けて一筋の光が迸った。
横薙ぎに走り抜けた光は触手の全てを一撃で焼き切り、直撃を受けた本体は胴体を半壊させながら滝壺に崩れ落ちる。
あの様子ならしばらくまともに立つこともできないだろう。
それだけではない、つい先程まで呪霊に捕まっていたはずの涼くんは、岸からこちらを茫然と眺める秋斗くんのすぐ側に横たえられていた。
「何が…っ!浪川っ!おい、しっかりしろ!」
あまりの出来事に呆けてしまったのも束の間、自分の隣に横たわる仲間の姿を見て慌てて駆け寄り、その傷を確認する。
だが、腹部にある大きな風穴がもはや手遅れなほどの致命傷だというのは誰の目にも明らかだ。
「大丈夫、秋斗くんももう休んでて」
一瞬目を離しただけなのに、すでに隣に立っている僕を見て秋斗くんは余計に混乱してしまったみたいだ。
お化けでもみるような顔でこっちを見ている。
その目はちょっと傷つくからやめてほしい。
そう思いながら彼の額に手を翳す。
「じっとしててね」
途端に額の傷が塞がり、流れていたはずの血も消えてなくなった。それどころか全身の打撲やヒビまで全てが修復されていく。
(一体何が…これはしーちゃんの術式?いや、呪力が流れ込んできていたのは感じたし、肉体の上書きとは少し違う…。まさか反転術式…?)
「これで大丈夫。次は涼くんだね」
そのまま、呆然とする秋斗くんの処置を済ませた流れで、涼くんの腹部に手を翳す。すると先ほどと同様、傷口の肉が盛り上がるように蠢いたかと思えば、瞬時に大きな傷を塞ぎ始め、傷などなかったかのように完治させてしまう。
「涼くんも大丈夫、何ともないよ。すぐに目を覚ますだろうから、秋斗くんは涼くんを連れて少し離れてて」
「あ、あのさ!ほ…本当にしーちゃんなのか?あぁ、いや、ごめん!本物なのは分かるんだけど、いきなり巨体を吹っ飛ばしたり、反転術式が使えてたりでびっくりして…それにさっき空中に浮かんでたよな。瞬間移動とか…五条先生みたいな術が使えるようになったってことなのか…?」
まぁ当たり前の反応だろう。
水底に消えて死んだと思った友人が突然出てきたと思ったら宙に浮いていて、しかも次から次へと理屈のわからない力を使い始めたのだ。
泉に斧を落とした木こりだってもっと警戒する。
「僕は僕だよ。色々と忘れてたことを死に際に拾ってきただけ。詳しいことはまた後で話すから、ね?」
そう言われてしまえば、それ以上問いかける気は無くなったのか、黙って涼くんを背負い、岸からさらに離れた場所へと移動してくれた。
「驚かせてごめんね…さてと」
振り向くと同時に今度は呪霊の目の前に立つ。
未だ突然全ての腕を吹き飛ばされたことで、ジタバタともがいている巨大なイカが映る。だが、その吹き飛ばした触手も少しずつではあるが再生してきている。
「お待たせ、君もすぐに終わらせてあげるから」
本当によくやってくれたと思う。
準一級…いや、二体いたわけだし難易度だけで言えば、普通の一級より少し上だったのかもしれないが、それでも本当に呪霊如きが、よくもここまで二人を痛めつけてくれたものだと、沸々とドス黒い感情が湧き起こる。
「無窮界交呪法・極ノ番」
『
呪霊の真上に円形の虚空が口を開いた。
どこまでも果てしない暗黒、だがその中心に光が灯る。
そして、急速に膨張したそれが虚空を満たした瞬間、溢れるように真下に向かって降り注いだ。
その光は並行世界からかき集めた無限の呪力を丸ごと反転させた、あらゆる悪を滅ぼす途方もない正のエネルギー。
まるで天から降り注ぐかのような光軸は一瞬のうちに滝壺の水を干上がらせ、剥き出したなった川底をなおも削り取る。
そして、それは徐々に痩せ細り、やがて途切れた。
呪霊は跡形もなく消し飛んだのだろう。
その場には膨大な熱量によって鉱物がガラス化した、数キロにいたる深さの大穴が穿たれていた。
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「やってくれたな、五条!あれは貴様の教え子だというではないか⁉︎」
「あのような化け物を隠し通せると思ったのか?」
「そもそも!なぜあれが三級などに収まっているのだ!貴様、術式のことを把握して我々に黙っていたのではあるまいな⁉︎」
呪術総監部、呪術界の存続のためにあらゆる判断を担い、あらゆる非合法の所業に手を染める組織。
五条はこの上層部の連中を腐った蜜柑のバーゲンセールと考えていた。
そして今、彼はその総監部に直々の呼び出しを受けて尋問を受けている最中だった。
「待ってくださいよ、到着するなり一斉に怒鳴りつけられても何が何やら。僕は聖徳太子じゃないんでね。一つずつお願いします」
「この後に及んで、しらを切り通せると思っているのかっ‼︎」
「まぁ待て…良い、順を追って話そう」
障子のような衝立に遮られ、五条を取り囲む総監部の面々の顔は用として知れないが、その様子は怒髪天をつくと呼ぶに相応しい有様だった。
そんな連中の言葉にすら、臆面もなく不遜な態度を返す五条。
さらに火に油を注いだわけだが、それを比較的冷静な者が諌め、話を続ける。
「昨日、北海道の平和の滝における準一級呪霊の討伐任務…派遣したのはお前の担当する東京校一年生三名で間違いはないな」
「ええ」
「そして、任務開始時に帷を張っていたにも関わらず、作戦開始後にしばらくしてからこれが破られている」
「帳が破られた?それまたどうして?」
「任務を受けた内一名、薬袋 紫鶴の発した常軌を逸した呪力、その余波だけで粉々に打ち砕かれたと、現場に居合わせた窓から報告を受けている」
その話に再度、他の面々が唸り声を上げる。
「それだけではないっ!小僧め、自身が帷を破壊したことを気にもとめずに大規模な術式を行使しよった!お陰でメディアにその光景が撮影されてニュースになっている!」
それを聞きながら五条は自身のスマホを取り出して、SNSや動画サイトにアクセス、その場で内容を確認し始めた。
そこには離れた場所からの映像ではあるが、はっきりと光の柱が滝のあたりに降り注いでいる様子が映っており、SNSでは神が降臨しただの世界の終わりだのと世迷言を叫ぶコメントで溢れている。
「貴様、ここをどこだと思っている!不敬がすぎるぞ!」
当然さらに怒りを買うわけだが、そんな程度で態度を改める男ではない。
「あらら、これまた派手にやっちゃって」
「エネルギーが可視化するほどの攻撃…五条、貴様の教え子ならば、どういう術式なのかも見当がついているのだろう?」
(ただの呪力放出ならいざ知らず、それそのものが膨大すぎて熱エネルギーを持った結果、光線として可視化しちゃったわけか。確かにこれを見られたんじゃ誤魔化しようがない…)
「もちろん知っていますよ、大切な教え子のことはしっかり把握してますとも」
これ以上は隠し通せないと判断した五条は、紫鶴の術式に関する情報をここに来てようやく総監部に対して開示した。
「馬鹿な!異なる可能性の世界に干渉する術だと⁉︎そんなもの聞いたことすらないぞ!」
「本当だとするならば、長き呪術師の歴史でも類を見ない未確認の術式になる!どれほど危険な力を秘めているか想像もつかない!」
「静粛に…つまり、この映像の光はその無数の別世界とやらから引き寄せた呪力を無制限に解き放っていると、そういうことだな」
「ええ、それも見る限りその莫大な呪力を全て反転させて正のエネルギーとしてぶっ放してますね」
(任務に行く前の紫鶴の術式対象はあくまで自分、それ以外のものは領域内以外で並行世界には繋げなかったはずだ。だが、この光、持ってきた呪力を自身に溜める工程を省いて、外の世界に直接アウトプットしている。空中に空いたあの穴はおそらく拡張術式、自身の内側に開くはずの並行世界との出入り口を、術式の解釈を広げたことで体外に形作れるようになったわけか。その上さらに術式の反転、反転術式による回復もできるようになっていると考えていい。間違いない……紫鶴は"呪いの核心"に触れたんだ)
余裕たっぷりといった様子で受け答えをしながらも、その内心は珍しく焦っていた。これだけの規模のことができるようになったということは、国家転覆など朝飯前、即座に特級に指定されてもおかしくない。
そして特級に指定されるということはそれ即ち、自分たちの手に余る危険因子と判断した総監部によって処刑を言い渡される可能性を意味していた。
「…彼をどうするつもりですか?」
「そんなもの!言わずとも貴様が一番よく知っているだろうが!あのようないつ暴走するとも知れん危険因子など生かしておけん‼︎」
聞くまでもないことだった、そう思うと同時にいつまでも進歩のない、腐り果てた連中に対する憎悪と怒りが腹の底を黒く染め上げる。
呪術界はこんな奴らが上に居座っている限り変わりなどしないのだ。
星漿体や親友との一件で散々それは分からされたはずだったが、何年経とうが本当に反吐が出る連中だ。
そう思いながら、何気ない仕草でサングラスを外す。
「それはつまり、僕の受け持ちの生徒を殺すと………本気で言ってるのか、お前は」
「ぬっ…ぐぅ!五条、貴様ぁ…!」
先ほどからがなり立てる総監部の一人に向けて、純粋かつ本気の殺意をぶつける。
ヌクヌクと安全地帯で自己保身に走り回っているような老害が、その殺気を前にそれ以上吠え立てることなどできようはずもなかった。
「まぁ待て…そう結論を急ぐことはない。正直なところを言えば私もすぐに処断すべきだと思っているがな、お前がそれを易々と許すとも考えてはおらん。今まで術式の全容を秘匿してまで可愛がった教え子なのだからな」
「…何が言いたい?」
「故に条件を出そう。それを飲めるのならば、今回の件は水に流し、お前の教え子もこれまで通り呪術師として高専に通うことを黙認してやる」
衝立越しにも男のニヤけた面が見えるようで、五条のこめかみにも青筋が浮かぶ。
「その条件とは、万一、奴が我々の意向に歯向かうようなことがあれば、その時は…五条悟、貴様が自らの手でけじめをつけよ。…このけじめの意味、言わずとも分かるな?」
つまり、反逆を起こしたり、命令に背くようなことがあれば、五条自身に紫鶴を始末しろとそう言っているのだ。
だが、ここでそれを跳ね除けたとして、総監部は他の一級術師総出を持ってしてでも始末に向かうだろう。
最悪の場合は、現状もう一人の特級、九十九をどうにかして呼び戻す可能性もなくはない。
そして、一番最悪なのは、紫鶴が秋斗や涼と戦わなければならなくなる、もしくは二人が紫鶴の側について離反する可能性もある点だ。
これだけは三人の担任として絶対にダメだ、容認できない。
「……分かった、その条件を飲もう」
ままならない現実に歯噛みしながらも、一先ずはその条件を飲むことに決めた。
「決まりだな…元より貴様が拾ってきた爆弾だ。管理は怠るなよ?」
そうしてその場を後にした五条は、一つ大きなため息を吐いてから、それまでの真剣な空気をぶち壊すような一言を放った。
「ま、本当に反乱ってなったら、その時は俺も紫鶴の側に着けばいいか!」
呪術界が二人の特級を相手に殲滅される可能性が誕生した瞬間だった。
色々しーちゃんの新能力が解放されてますけど、その辺りのギミックはまたそのうち解説します。