2012年8月5日
「…なんで僕は拘束されてるんだ?」
ていうか、ここどこだ。
薄暗く蝋燭に灯った火ぐらいしか光源がない。
しかも、木製のお札が貼られまくった檻が通路と僕とを隔てている。
記憶が曖昧だ…。
確か北海道で呪霊を消し炭にして、意識を取り戻した涼くんと何故か僕にビビった様子の秋斗くんを連れて、駐車場で伊地知さんと合流して…それから…。
そうだ、伊地知さんに作戦を途中から変更したことと帳を壊したことで厳重注意を受けたんだった。そして、若干凹みつつ車に乗り込もうとしたら、物々しい雰囲気の男たちがゾロゾロやってきて、なぜか僕だけ全身拘束されて別の車に乗せられた…そこまでは思い出した。
そして気がつけば檻の中…なぜ?
そう言えばあの人たち、総監部がどうとか言ってたけど、それって前に五条先生が呼び出し受けてすっぽかした上の人たちだったはずだ。
「…帷壊して術式使ったのはやっぱ不味かったのかなぁ。伊地知さんもすごい怒ってたし…」
でもまさか檻に入れられるほどとは思わなかったが。
二人は伊地知さんの送迎で帰ったみたいだし、大丈夫だといいけど、怖い人たちに事情聴取とかされてないといいな。
それに拘束される僕を前に二人ともすごい怒ってくれたし、あれは素直に嬉しかった。次に会ったら何かお礼を考えておこう。
「にしても…暇だなぁ…」
なにしろ音がない。
宇宙空間かと思うほどに、夏真っ盛りなのに妙にひんやりとした洞窟のような空気感。それが時間の経過を長く感じさせている気がする。
手足の拘束はそのままにされて、しかも何か呪力を練れないようにする呪符が巻かれているせいで、楽な体勢が取れないのも地味に辛い。
そうして芋虫のようにモゾモゾとしていると、石畳と革靴が打ちつけ合うような足音が聞こえてきた。
誰か来る…。
「ご機嫌いかがかな〜?紫鶴、元気そうだね?」
五条先生…この状態の僕を見て元気そうに見えるなら眼科をお勧めしたい。
「…揶揄いに来たんですか?呪術師最強も暇なんですね」
ちょっと…いや、だいぶムカついたので嫌味たっぷりに返してやった。
「いやいや〜そんなわけないじゃないの、僕はいつでもご多忙よ。でも、そんなギリギリのスケジュールを削ってまで来てあげたのに、そんなこと言われたら先生傷ついちゃうぞ〜?」
ほら、といって先生が懐から取り出したのは鍵束。
つまり、僕をここから出しに来てくれたということだろう。
「体勢がずっとこのままで体が痛いんです…早く拘束外してください」
「先生使いが荒いねぇ」
なんて軽口を叩きながら、檻を開けて入ってきた先生が両手の拘束を解いていく。それを眺めながら、ずっと気になっていたことを問いかけた。
「それで…僕はなんで捕まったんですか?やっぱり帳を吹っ飛ばしたのが不味かったですかね?」
「んー、まぁそれもあるんだけど、一番の理由は術式のこととか色々上にバレちゃったからかな」
なん…だと…?
確か僕の術式について判明した頃に、すごく珍しくて、しかも強力な術式だから、保守的で隠蔽体質の上に知られたらやばい的なこと言ってたような……そっちかぁ。
「あの…理由は分かったんですけど、この後僕はどうなるんですかね?」
「処刑」
………What?
いや、何かの聞き間違いだろう。思わず僕の魂に宿るネイティブが目を覚ましてしまった。
「あの、よく聞こえなかったのでもう一回いいですか?」
「だから、処刑」
うん、バッチリ処刑って言ってる。
「なんでっ⁉︎」
「紫鶴の術式の特殊性を考慮して隠してたんだけどねー。こうなるのほぼ分かりきってたし?まぁでも、その努力も帳を破ってド派手な一撃をかましてくれたおかげで、ニュースになるわ、総監部の連中にも気づかれるわで僕も呼び出し受けてね。こりゃ隠せないって思ったから全部ゲロった」
「それで僕は処刑に決まったんですか⁉︎」
なんと言うことだろう。散々上にはクソ野郎しかいないとぼやいていたが、未来明るい(はず)の若人をそんなに簡単に殺そうとするなんて…。これは呪術界もかなり信用ならないのでは?
「まぁそんなとこ。はっきり言って、術式そのもので特級に指定されておかしくない危険物認定だからね。特級は術師の最高位なんて持て囃す奴もいるけどさ、実際は取り扱い注意の劇物。思うようにならないなら、叛逆される前に殺してしまえってのが奴らのスタンスなわけ。だから、それを避けるために術式の詳細を伏せて、君を三級に認定してたんだけど」
「じゃあ僕は手に負えないと判断されて特級認定されたってことですか…」
特級って聞いて強そうとかかっこいいとか思ってたけど、こんな実態があるならなりたくなかった。
「そうなるね。まぁでも安心して。今話したように処刑になるのは条件を破った場合だから」
「条件?」
「そ、上の命令に絶対服従すること、以上」
それはつまり、僕を飼い殺しにすると言うことか。
僅かでも叛意を見せれば即処刑で安心、処刑が嫌なら力を存分に役立ててもらってウハウハ……。
「クソですね」
「前からそう言ってるじゃない?だから僕も嫌いなんだよ、上の連中」
なんて笑っているがこっちはそれどころじゃない。
「……ちなみに処刑ってどんな感じですか?」
「あー、それについても条件の一つに入っててね。君の処刑が確定した場合、執行人は僕だからよろしく」
何をよろしく???
そんなの勝ち目がないじゃないか。
飼い殺しを拒否すれば目の前にいるこの化け物術師が殺しにくる、死にたくないなら腐り切った上の連中に一生いいように使われる…地獄だ。
「そんな絶望的な顔しないの。大体僕が可愛い生徒を手にかけるわけないでしょ」
「せ、せんせいっ…‼︎」
その言葉に救いの神が舞い降りた気がした。
思わず尊敬の眼差しで先生を見つめてしまう。
「その時は紫鶴と一緒に上をぶっ潰すさ」
……何を言っているんだこいつは。
「本気で言ってます?」
「だって僕もあいつらにはうんざりだしね。まぁでもそれは最終手段、一先ずは条件飲んで活動することをお勧めするよ」
なんと言うことだろうか、呪術師最強がこの有様だ。上が特級というものに対して必要以上に怯えるのも少し分かった。かと言って肯定はしないが。
それでも……先生とならクソみたいな奴らに飼われたふりをしてやってもいいかもしれない。
「あ、でも、もしそうなったら秋斗くんや涼くんとも戦うことになるんじゃ…」
一番の不安はそれだ。
僕は絶対二人とは戦えない。
先生にとっても教え子だし戦いたくないだろう。
「いや〜それはないでしょ、あの二人は100%紫鶴に味方するよ。三人を一番見ていた僕が保証してあげる」
今日の迎えにも任務があるのに、そっちのけでついてくるって言ってたしね、と笑う先生。
二人が…そうか、僕は二人にとって大切な仲間でいれていることを再認識してちょっと泣きそうになった。
「何度も言うけど反乱なんてのは最終手段も最終手段…特級二人と呪術界の全面戦争なんてものになれば、どれだけ死ぬか想像に難くないし、それは紫鶴も嫌でしょ?」
「それは…そうです」
「それにもしそうなれば、呪術界は大いに乱れて呪詛師の台頭を許し、呪霊被害の急増で下手したら国が終わるよ」
確かにそれは非常にまずい。
何より僕個人のわがままで多くの無関係な人が犠牲になるのだ。
そんな大罪を背負って生きていけるほど図太くはない。
「…紫鶴、僕がなんで高専の教師になったか、分かる?」
先生が教師になった理由…そう言えば聞いたことがなかった。
学長の話だと生徒時代もかなり問題児で、振る舞いは成長してないって言われているくらいの人だ。普通に教師を目指すとは考えにくい。何か想像もつかない理由があるのだろうか。
「…生徒をこき使いたかったから?」
「…本気で言ってるならぶっ飛ばすぞ〜?」
「冗談です!」
今のは目がマジだった。
「ったく。少しは先生を敬うことを覚えなさい。んで、僕が教師を目指した理由だけどね。さっきみたいに力ずくで上を叩きのめす事もできるわけじゃない?何せ僕最強だし」
「まぁ…でしょうね」
「でもそれじゃあ上の首が下げ変わるだけで、根本的解決にはならない。だから、僕は教師として強く聡い仲間を増やすことにしたんだ。時間はかかるだろうけど、それが確実で一番平和的。若手から始める意識改革で、皆と一緒に呪術界に革命を起こしたいってわけだ」
なるほど、先生にそんな称賛すべき目的があっただなんて、また尊敬してしまいそうだ。でも…
「いいと思います。そう言うことなら僕も飼われたフリしてもいいかなって思うし…、でもこの話、こんなとこでしても大丈夫なんですか?」
僕を監視する手段なんていくつも用意してそうだし、聞かれている可能性も非常に高い。こんな反乱の計画みたいな話聞かれたら終わるんじゃ。
「別に問題ないでしょ。上は僕の目的なんて薄々勘付いてるだろうし、すぐに反乱を起こそうとも思っていない。自分たちが生きてる間だけでも、安全に飼えればいいとか思ってんじゃない?」
「つくづくクソですね」
「紫鶴も分かってきたみたいで何より!」
意外に手間取ったようだが、ガチガチの拘束を解いてもらい一通りの話を終えた僕は、先生と二人寮へ向けて高専の敷地を歩いていた。
「そういえば、平和の滝の件、滝壺に大穴開けちゃったんですけど依頼主から苦情とか来てました…?」
これは牢の中で何度か考えたことだった。
ずいぶんと口酸っぱく環境に配慮しろと言っていたそうだが、あの時は、なんと言うか妙な全能感でハジけてしまった自覚があるだけに、怒ってないか心配だったのだ。
「ん?あぁ、その件ね。大丈夫、伊地知が土下座して謝ったって言ってたし、滝壺だからぱっと見わかんないしね。ただ観光客が滝壺で泳いで溺れたらいけないってことで、消滅した土砂を補填することにはなったっぽいけど」
かなり大事になっていた。
伊地知さんに会ったら僕も土下座で謝らないとな。
ちなみにその事件、世間では何者かが滝壺で爆発物を炸裂させたと言うことになってるそうだ。
そんな感じで誤魔化せるなら帳そこまでいらなくね?と思うのだが、まぁもみ消しやらにも上で大きなお金が動くのだろう。
「大体、今回の任務は本来、アイヌの呪術連の連中の管轄だったはずなんだよ。それをこうして色々理由をつけて君たちに振ったあたり、最初から怪しんで化けの皮を剥がそうとしたのかもね」
アイヌ呪術連…北海道にも奈沙さんたちみたいな地方の呪術師がいたのか。そして、そっちに仕事を任せずに僕たちを行かせた…もしかして二体いるのも最初から知っていた?いや、それはまだ憶測だし、僕が糾弾したところで知らぬ存ぜぬで通される。
呪術界の闇は思った以上に根深いらしい。
「僕に対する嫌がらせも込めてたんだろうけど、こんな核爆弾自分たちで掘り当てちゃって、いい気味だよほんと」
「いざという時は本当に爆発してやるって気外で生きていくことにします」
呪術界の闇を堪能する数日になったわけだが、逆に吹っ切れたかもしれない。もしもの時は大切な人たちが味方をしてくれるって言ってるんだし、今から今後のことで悩んでいたって仕方がない。とにかく当たり障りのないように従順なフリをして学生を満喫するとしよう。
「そうそうその調子。何人も若人から青春を取り上げる権利はないって言うからね。あぁ、それから…」
何か思い出したように懐を探る先生。
「はいこれ、とんだ一日だったろうけど31日、誕生日だったでしょ?これは先生からの誕生日プレゼントだよ」
そう言って取り出したのはストラップ、なぜかヒトガタの。
「…これアニメとかで陰陽師が式神呼ぶのに使うやつですよね?」
「そうそう、ヒトガタね。ストラップみたいだけど、実は呪具なんだなぁこれが」
この神社とかで売ってそうなお土産が呪具…。
「どんな効果があるんですか?」
「毎日一回自分の呪力を込めておけば、致命傷を負った時に一度だけ身代わりになってくれる優れものだよ」
本当にすごいやつだった!
基本無敵とは言え、万一の保険として機能すると思うと非常に便利だ。
「凄いですけど、これ等級も金額も高いんじゃ…」
「二級呪具だね、それ自体に攻撃性能はないし、何より割と作りは単純。呪術に精通してる人間なら頑張ったら作れる。そして一日一回の呪力充填を忘れると、いざという時にただのストラップだ」
確かにめんどくさい…。
が、豆に手入れできるなら有用なのは間違い無いし、ありがたく受け取っておこう。
「ありがとうございます。ていうか、誕生日覚えてたんですね?」
「そりゃ可愛い生徒の誕生日くらい覚えてるよ。たった三人だしね」
多いと覚えないって言ってるようにも聞こえたが、この際気にしないことにした。
そうこうしていれば、僕たちは寮に着いてしまった。
なんだかすごく久々に帰ってきた気がする。
「それじゃ、僕は仕事が残ってるからこの辺で。明日には二人も帰ってくるだろうから、元気な顔見せてあげなよ」
「はい。…先生」
背を向けて歩き出そうとしていた先生を呼び止める。
「今日は迎えにきてくれてありがとうございました。あと、プレゼントも…嬉しかったです。先生の夢を叶えるために僕も頑張るんで、これからもよろしくお願いします」
そう言って頭を下げた僕を見て、先生はしばらく固まっていた。
「それなら…これからもビシバシいかないとね」
「臨むところです」
ヒラヒラと手を振りながら去っていく先生の後ろ姿が、若干ご機嫌に見えるのは気のせいだろうか?
まぁ、それよりも今は…。
「久々にベッドで寝れる…幸せ」
明日、二人に元気な姿で会うためにしっかりと休もう。
超深い滝壺とかあったらいろんな魚が住みつきそうでロマンある。
北海道の人ごめんなさいm(_ _)m