目には目を、歯には歯を、悪には悪をって昔アニメでやってたよね?
なんだっけ?
「手足の二、三本は覚悟してよね」
こいつが本当に僕の家族や福岡の呪霊の件に関わっているのなら、あの日、任務の後に奈沙さんに何があったのかも分かるはずだ。
亡くなったという報告以外の些細が分かっていない僕にとって、そうすることでしか彼女の死を自覚できないのだ。
またあの家に行って、家の人に態々優秀な前当主の死について掘り返すこともしたくなかったというのはあるが、代わりに何か確証の得られる話の一つでもなければ、頭で理解しても心が納得してくれなかった。
そして、彼女が死んだというその事実を心が納得できていないことが、戻った記憶の真相について調べる余裕を持てないでいる理由にもなっていた。
だが、この男から話を聞ければ、それも今日までかもしれない。
場合によっては全てが一つに繋がっていて、まとめて解けるかもしれないのだ。
「生意気な…あまり調子に乗るものではありませんよ!クソガキ‼︎」
体にまとわりついた芋虫呪霊が大口を開けると、嘔吐するような不快な音とともに、その口から次々に様々な小道具が吐き出される。
「私の手駒が二体だけなどと思わないでいただきたい!」
「創霊呪術・
抱えた多数の呪具に呪力を込めて宙にばら撒けば、急速にそれらに呪力が集まっていき、多種多様な呪霊が生成される。
(ざっと見て二級レベルばかり、最初に出してきた獅子のやつだけ一級並みの強さか…。犬鳴の特級を支配できていなかったと考えると、切り札はあれより弱いと見て良さそうかな)
「あの子供を殺せ!」
その指示を受けた群れが一斉に襲いかかってくる。
絵面だけならまるで百鬼夜行みたいだ、なんて思うがそんな余裕を奪うように、いつのまにか背後に回り込んでいる獅子呪霊が逃げ道を塞ぐ形で炎の壁を広げた。
(夏場に炎とか正気かよ。あの獅子呪霊から先にやった方が良さそうだな)
「通せんぼうとか意味ないから」
「また消えた、ちっ!ちょこまかと‼︎」
千界門を多数展開して群れを打ち落としながら、炎の壁の向こう側、獅子のさらに背後に回るように自分を転写する。
姿を消した僕に自身の周囲を群れで固めて防御体勢に入ったようだが、狙いはそちらではないことに気づいていないらしい。
「狙いはぁ…こっちだっ!!!!」
『グルァアゥウッ⁉︎』
転写により空間を跳躍した僕は、そのまま落下の勢いを乗せた蹴りを獅子の背中に叩き込めば、その足は黒い光を放って皮膚を突き破り深傷を負わせた。
呪力の核心に触れた僕の徒手空拳は、さらに精密な操作が可能になったことにより、もはや素の筋力は関係ないほど威力が上がっているのだ。
それを不意に背中に受けた獅子呪霊は、呻き声をあげて地面に伏せるように体制を崩す。
「天照‼︎」
相手は呪霊、捕縛する必要もない。だから、威力は絞らずに全開の呪力放出を獅子呪霊を取り囲んだ門から浴びせかける。
全ての光軸が標的の胴を穿ち抜き、直後に呪力が膨張・炸裂して獅子呪霊を粉々に吹き飛ばした。
一先ず今繰り出している中で面倒なのは片付けた。
次はお前だと視線をやれば、今の間に獅子呪霊では役不足と即座に判断したのだろう。芋虫呪霊から大きな丸い銅鏡のようなものを取り出し、かなりの呪力を込めているのが見えた。
それだけではなく、すでに呪霊化したものも含め、多量の呪具や呪物を取り出してその銅鏡に取り込ませているらしい。
「業腹ですが仕方ありません。今出せる最強の呪霊を持ってお相手しましょう!」
『創霊呪術・極ノ番』
『
銅鏡を中心に無数の人間や動物の悍ましい顔が浮かび上がり、淵に沿うように、これまた様々な生物の手足がびっしりと生えた異形。しかも、裏面からは蛇か何かのように長い胴体が続き、芋虫呪霊の口内に繋がっている。
正直今まで見てきた呪霊の中で断トツでグロくてキモい。
だが、纏っている呪力は間違いなく特級クラス。
(犬鳴の狼呪霊は使役できなかったと言っていたのに、こいつは使役できてるのか?)
疑問が浮かぶが特に男に背いて襲いかかる様子もなく、胴をくねらせて僕の方をじっと見つめている。目が合うだけで呪われそうで居心地は最悪だ。
だが、そんな考えも次の一瞬で全て消し飛んだ。
『シ…し…ィヅル…ゥ』
「⁉︎」
僕の名前。
この呪いの集合体と言っても過言ではない化け物が、なぜ僕の名前を知っている?
『シヅ……ゥジュ…ヅル…サァ』
「?…あぁ、もしやあなたのお名前は"しづる"くんと仰るのですか?」
僕が呪霊の発する不明瞭な言葉に明らかに動揺しているのを見て、それまで劣勢に立たされてどこか余裕のなかった男の顔に笑みが浮かぶ。
「申し訳ない…ただの死にきれない魂の呻きですので。この『
…間違いない、こいつは確信している。
僕の知っている誰かがその呪具の餌食になって、そして今はあの醜い化け物の一部として、死にきれず消費されているという事実にだ。
「……先月末、犬鳴に現れた特級呪霊に心当たりは?」
「犬鳴…あぁ、福岡の!もちろん、あれは私の作品ですとも。ただ土地神という我の強い要素を混ぜてしまったせいで、上手く御せなかったもので…そのまま捨ておいたのですがね。お恥ずかしながら、私の未熟さゆえの過ちです」
ニコニコと心底楽しそうに語る男から感じるのは途方もない悪意。
「そっか、じゃあもう一つ」
「なんでしょう?」
「28日の夜、瀧上の当主を殺したのはあんたで間違いないのかな?」
その質問を聞いてか、男の微笑みが決壊した。
釣り上げた笑みは高笑いをあげ、腹を抱えて悶え始めたのだ。
「フ…イヒ、ィヒハハハハッ!!!!やっぱりなぁ?お前あの時、俺の作った呪霊を祓いやがった術師か⁉︎こんなとこまで態々、お仲間の仇討ちに来たってわけかよ!泣けるなぁっ‼︎」
途端にそれまでの敬語も剥がれ落ち、剥き出しの本性をぶち撒ける。
「フハッ…そうかそうか…、そうとも瀧上の女当主を殺ったのは俺だとも!」
「…なぜ?」
「あ?なぜも何も…俺は呪詛師組合アラガミの幹部だぞ?依頼があれば引き受ける。そして、その依頼の対象がその女当主だっただけに決まってるだろ?」
「…誰に依頼された?」
「それは言えねぇなあ。この世界、商売するにも信用第一だからな。顧客の情報は墓まで持っていく心構え…ってな?あぁでも、あの部下の男…高山だか中島だかいうやつが色々手引きしてれたおかげで、随分楽に仕事ができたよ」
その言葉を聞いてさらに衝撃を受けた。
おそらく奴が言っているのは中山さんのことだろう。
中山さんが奈沙さんの殺害に協力していた?
あんなに奈沙さんに信頼されていたのに?
一体なぜ?
「なんでも博打で擦ったとかなんとか抜かしてたなぁ…いいとこに勤めてるくせに、ギャンブル癖が災いして金に困ってる、手引きしてやるから半分報酬寄越せなんて抜かしやがる。めでたい奴だよなぁ?もちろん仕事を終えた後にそいつも始末したけどな!ヒハハハハッ‼︎」
金に困って協力しただと?そんなくだらない理由で彼女は…奈沙さんは裏切られ殺されたと、そう言うのか?
なんだそれは?そんなことが許されるのか?許されるわけがない。
「……」
「あん?どうした?お仲間の哀れな最後に言葉もでませんってか?泣かせるねぇ〜イヒッ!」
『シヅ…ゥ…』
「………まれ」
「あ?なんだって?」
『シ…ヅルサ…ァ…』
「だまれと言っているんだっっっ!!!!!」
『領域展開・千界毀滅廊!!!!!!!』
我慢ならなかった。
死んでなお彼女の魂がこんな責苦を受けていたなんて知りもせず、いずれは犯人をこの手で追い詰めてやろうなどと、呑気に構えていた自分にも、彼女の信頼をくだらない理由で踏み躙り、挙句は自分も死んだ中山にも、そして何より…
人の命を弄んで起きながら、下劣な笑みを浮かべるこの男の存在が我慢ならなかった。
瞬く間に僕から広がった領域が、男と創魂体とやらを包んで閉じ込める。
だが、男も必中の術式が来ることを即座に判断して、自身は呪力でのガードを優先しつつ創魂体を突撃させてきた。
「領域使えたのかテメェ!だがな、創魂体は領域対策も兼ねてんだよ!くたばりやがれぇっ!!!!」
『オォ…オァァァアアアア‼︎』
巨体を波打たせながら質量で押し潰そうと迫る創魂体。
先ほどから術式を発動しようとしているが、どういうわけか創魂体に対して術式による干渉ができない。
「創魂体のメインの核!特級呪物『八咫鏡』はあらゆる術式と呪力を弾く!必中だろうが必殺だろうが関係ねぇっ!」
効果を開示した縛りで更に呪力に対する耐性を高めたらしい。
なるほど、確かに領域対策として優秀だ。
「じゃあ、あんたをやればいいだけだろ‼︎」
呪力のガードだけで僕の術式から逃れられると思っているなら大間違いだ。
そう思いターゲットを切り替えるが、どういう訳かその術式さえも弾かれた。
「残念!俺にも効かねぇよ!」
ドゴォ‼︎と轟音を立て、巨体が僕のいた場所に叩きつけられる。
それを上に飛んで交わすが、捕まえようと銅鏡から伸びる無数の腕が伸びて追い縋ってくる。
それをギリギリで回避し、いくつかは拳で迎撃しながら領域のギリギリまで下がれば、僕まであと少しというところで追撃が止まった。
(弾くのはあの鏡の効果。けど、それが創魂体だけでなくあの男にも適用されている。それにあの芋虫呪霊の体内に繋がっている創魂体の胴体…。たぶん鏡の効果自体は本体に接触しているものに適用されている。そして四次元ポケットじみた芋虫呪霊を介して、間接的に鏡に触れることで効果を得てる訳か)
ずっと気になっていたあの芋虫呪霊、呪具や呪物を多量に携行するために契約しているのかと思ったが、どうやらそれだけではないらしい。
あれの口から完全に体を出して仕舞えば、僕に攻撃が届いていたはずなのに、それをせずに手を止めた。
おそらく完全に分離すれば、本体が領域の効果に晒されることを警戒しているのだろう。
「無敵か…確かに呪力そのものを弾かれるんじゃ術式も効かないし、領域対策としてはすごく優秀だね」
「はっ!なんだよ改まって…だったら命乞いでもするか?あぁ⁉︎」
「する訳ないだろ。ただ単に…無敵なんてものには程遠いと思っただけさ」
「何を…っ⁉︎」
『ィギィァァォァアア!!!!?』
突如、僕の繰り出した光軸が長大な創魂体の胴体を焼き切った。
呻き声を上げながら地に臥した怪物は腕を掻き乱して悶えている。
そして、無敵だと思っていたはずの創魂体に攻撃が効いたことに驚愕の表情を浮かべた男が叫ぶ。
「なっ⁉︎バカなっ!術式は効かないはずだろうがっ‼︎」
「確かに…呪力も術式も効かなかったよ。でも、反転術式ならこの通りさ」
(反転術式⁉︎確かにあくまで弾くのは負のエネルギーの呪力とそれによって起動する術式…!このガキ、正のエネルギーを呪力放出で撃ち出せるのかよ‼︎なんつー呪力操作の精度してやがるっ‼︎)
これで男を守るのは己の身に宿る呪力のみ。
頼みの綱をあまりにも簡単に攻略されてしまった以上、最早勝負は決したも同然だった。
「ま、待て!分かった!全部吐くから、頼む!命だけは見逃してくれ!この通りだっ‼︎」
なんと浅ましい男だろうか。
自分の命が危ないと判断するなり、手のひらを返したように土下座して命乞いとは、驚きを通り越して呆れが先に来る。
「お、俺に聞きたいことがあるんだろ⁉︎なんでも答える!…あ、あぁそうだ、創魂体に取り込まれてるお前の仲間の魂も俺なら解放できるっ!助けてくれるならそうするから!だからっ…!」
「あんた…プライドとかないの?」
子供にしか見えない僕に土下座して、心底見下された眼差しで問われたことが耐え難かったのだろう。
突然怒りの形相を浮かべた男ががなり立てる。
「っうるせぇ‼︎クソガキが!下手に出てりゃ調子に乗りやがって‼︎大体、テメェの仲間が俺に殺されたのは迂闊な間抜けだからだろうが‼︎ハッ!傑作だったぜあの女当主の最後のツラ!信頼してた部下に売られて術式封じの結界にノコノコ立ち入って、挙句は背後から俺にザクリだ!恐怖に引き攣った顔で車のドアを開けようと慌てふためく様は無様の極み!お前にも見せてやりたかったぜ!!!」
本当に聞くに耐えない、どうしようもなく救いようがない悪人とは正しくこいつのことだ。もうこれ以上は存在を許しておけない。そう思って術式を発動しようとしたその時だった。
「あぁそういやぁお前…春先に受けた依頼の対象に顔が似てやがるな?母親と息子をまとめて始末しろって依頼、息子の方は殺し損ねちまったのが惜しかったなぁ。呪術師の邪魔が入らなきゃ報酬も満額手に入ったってのに、お陰で半分しかもらえずに酷い目にあったぜ!」
ピクリと体が硬直したのを感じた。
春先の依頼、春、3月、母親と息子……そうか、やっぱりあれもお前か。
いや、分かりきっていたことだった。
あんな非道を行えるとすれば、こいつのような唾棄すべき邪悪以外にあり得ない。
つまりこの男は僕の大切なものを二つも理不尽に奪った訳だ。
依頼だったから。
金が欲しかったから。
そんなくだらない理由でだ。
「その顔、まさかお前、本当にあのときのガキかっ‼︎ヒハハハッ‼︎悪りぃな!何度もお前の人生めちゃくちゃにしちまったみてぇだ‼︎あの時、呪霊越しに覗き見た不細工な泣きっ面とは、似ても似つかねぇ面構えになってやがるもんで気付かなかったぜ!にしても…だとしたら、とことん俺たちは運命ってやつで結ばれてるらしいなぁ‼︎」
そうか、それだけ分かればあとは一つだけだ。
「最後の質問だ」
「依頼主は誰だ?」
男は一瞬笑みを潜めたが、すぐに憎悪の籠った瞳で僕を睨みつける。
「くたばれクソガキ」
元より慈悲など欠片もくれてやるつもりはなかった。
だから、死んでも答えないというなら別に構わない。
やることは変わらないのだから。
僕の表情はずっと変わらない。
どこまでこの男の魂が擦り切れずに残っていられるかにだけ、今の僕の興味は注がれていた。
「…僕たちの足元から伸びるこの道が見える?」
「あぁ?これがなんだってんだよ⁉︎」
「これはその者の辿る可能性、選択次第で変わる未来に続く道だよ。もちろん見えてる道の数以上に可能性は存在する。さっきも説明した通り、僕の術式は並行世界の自分に干渉するものだ。術式そのものは普段僕自身にしか使えない。だけど…」
胡座をかいて太々しくこちらを睨む男の前に、目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「領域内では必中効果で相手にも効果を発揮する。だから僕はいつでもあんたの可能性に触れられる。この意味が分かる?僕は無限のあり得るあんたの可能性の中から、今から死に行く肉体をその身に上書きする」
その可能性の中には、今この瞬間に八つ裂きにされて死ぬ男がいて、心臓を貫かれて死ぬ男がいて、業火に焼かれて死ぬ男がいる。その全てを一纏めにして、今ここにいるこの男の肉体に上書きする。
肉体そのものは文字通り一瞬で死滅するだろう。
だが、魂は違う。
肉体に魂が付随するのではなく、魂に肉体が肉付けされているのだ。その肉体が滅びようと、魂がすぐに消え去るというわけではないことを呪いの核心に触れた僕は知っている。
結果として、全くの同時に死の情報流し込まれた魂は、何億倍にも引き延ばされた感覚の中で全ての死を咀嚼してから絶えることになる。
僕の言葉の意味をようやく理解したのか、男は青褪めた顔で歯の根を振るわせ始めた。
「っ……不細工なツラを近づかんなクソがぁっ‼︎」
恐慌状態にでも陥ったのか、肩に捕まっていた芋虫呪霊の口から槍が飛び出し、僕の心臓のあたりを刺し貫いた。
「は!ハハハッ!ざまぁみ…ろ……」
が、いつのまにか僕は無傷になってそこにいる。
突き刺したはずの槍は半ばでへし折れ、矛先は芋虫の頭に突き刺さって絶命させていた。
「ヒッ⁉︎な、なにがっ‼︎お前死んだんじゃ…⁉︎」
悪意と死を理不尽に振り撒いておきながら、いざ自分が同じ目に遭うと知れば恐れ慄く。人間というものが持ち得る醜悪さの極限を垣間見た気がして、実に不愉快だった。
「輪廻転生っていうのが本当なら、きっとあんたは生まれ変わりすら望めないと思うよ。だって千や二千じゃない、あり得る限りの無限の地獄をその魂一つで受け止めるんだ。どれだけ形を保っていられるか…まぁ、僕に魂は見えないし、あんたの肉体が死滅した時点で僕から見れば終わりだけどね」
「………精々、よく味わって逝くといいよ」
悪意には悪意を…僕はおそらく、人生で二度と見せることのないだろう最大限の悪意を込めて微笑んだ。
しーちゃんの掌印は大日如来智拳印です。
極ノ番とかの名前も大日如来要素多めです。
大日如来って金剛界と胎蔵界で2種類いるんだね。
この作品書き始めて仏様に詳しくなりました。