ようやくだ。
この手で吐き気を催す邪悪に鉄槌を下すことができた。
これで少しは胸が晴れると、そう思っていた。
「……大して変わんないな」
領域も解け、呪詛師を殲滅したのが確認できたのか帳も解除されている。
崩壊した倉庫後という中々に派手な現場に、遮られていた日の光が差し込めば、眼前にはさっきまで人間だったものが、限界を留めない程に損壊して転がっていた。
奈沙さんの魂を呪力として消費していたのであろう呪具も、数多の散乱した呪具に混ざるように落ちていたが、一切彼女の呪力なども感知できたなかった。
あの男の言う通り、あくまで創魂体が僕の名前を呼んでいたのは魂の名残のようなもので、呪力に変換されて吸収された時点で彼女と言う存在は死んだも同然だったのだろう。
ただひたすらにやるせない感情が募っていく。
「薬袋様、お疲れ様でした。車のご用意が出来ているので、あとは処理班にお任せしてどうぞこちらへ」
いつの間にやら補助監督に事後処理担当が駆けつけていたらしい。
この惨状でも詳しく調べれば、アラガミが請け負っていた依頼やその依頼主についての情報が出てくるかも知れないが、その辺りは門外漢の自分には手がつけられないだろう。
この場は大人しく他の人間に任せ、自分は高専に戻ることにした。
今は一刻も早く自分の部屋で休みたかった。
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筵山麓、鳥居の連なる長大な階段を登り切れば、ようやく高専の正門に辿り着く訳だが、最近は慣れてきたはずのこの階段が、今日に限ってはやけに体力を消費した気がする。
「お、漸く噂の一年坊主のおかえりだな」
聞きなれない声に視線を挙げてみれば、正門前に屯する高専の制服を着た男女3名がいた。
「わぁ、マジで小学生じゃん?あの子が特級になったっていうのほんとなのかな?別の子じゃない?」
「いや、先日の任務で一緒になった二人は確かに出来る子だったけど、良くて準一級と言った腕前だったよ」
左から身長は190超えているだろう褐色肌にドレッドヘアーの筋肉ダルマ、150前後だろうか小柄なぬいぐるみを抱えたツインテールの少女、そして最後はショートヘアにメガネをかけた170前後くらいのインテリ男。
(…濃いな。制服着てるところと話ぶりから二年の先輩なんだろうけど、僕らが霞むくらいに組み合わせが濃い。今の精神状態で相手したら胃もたれしそう…)
三人を見るなりあからさまに嫌そうな顔をしたのが、不運の始まりだった。
「ちょっとあの子すごい邪険にした顔でこっち見てるんだけど?二年の先輩たちが総出でお出迎えしてあげたって言うのに、お礼の一つもないとかあり得なくない??」
ぬいぐるみの子に目ざとく見抜かれて絡まれた。
これは何事もなくは無理そうだ。
「まぁまぁ、彼も任務で疲れて早く休みたいんだろう。お互い初対面なのだし、そう剣呑にならずにまずは自己紹介でもしよう」
よかった、インテリ先輩はとても常識的な人らしい。
彼がこの場をうまく取り持ってくれることを願う。
そして、自己紹介ということならまずは目下の自分から、さっきマイナスポイントがついた分、ここで手っ取り早く点を稼いでおかねば。
「すみません、気を遣っていただいたみたいで。僕は一年の薬袋紫鶴です。今後ともよろしくお願いします、先輩」
あ、先輩って呼ばれた瞬間にぬいぐるみの子の表情が得意気になった。分かりやすいって言われる僕でも分かりやすいぞ、この人。
「ふん、自分から名乗るなんて多少の礼儀はあるみたいで安心したわ!私は
そう言って自己紹介ついでにぬいぐるみも紹介してくれた。
ピンクのクマ?のように見えるが、えらく凶暴そうな血濡れた模様の爪がついてる。なんかグルーミーみたいだ。
「同じく二年の
常識的かと思ったが、最後ので台無しにしてきたなこの人。
さらっと面倒な仕事は僕に任せるみたいなこと言ってやがる。
「俺は!言うまでもなく!知っているだろう‼︎」
そして最後はこの人。
知らんがな。
「…すみません、知らないので自己紹介お願いします」
あ、すごい悲しそうな顔してる。
ちょっと面白いなこの先輩。
「…
すんごい控えめな自己紹介。
知られてなかったのがそんなに堪えたのだろうか、なんか申し訳ない。
「あはは、ご丁寧にどうも…、それで何か僕にご用件ですか?」
肝心なのはそこだ。
任務帰りの一年を態々二年総出で待ち受けているなど、もしかするといきなり特級とかで生意気だから〆ようぜ!みたいなやつだろうか?嫌だな、それは今後のスクールライフが不穏すぎる。
「なに、話題の特級術師がどんなものかと気になってね。たまたま話をした五条先生が今日中に戻るだろうと言っていたので、興味本位で見に来たのだよ」
なんだ、ただの物見遊山ならそんなに心配は要らなそうだ。
「そーそー。どんな化け物かって聞いたら私とそんなに背丈変わらないって言うし、その真偽を確かめにきたのよ!どうやら私の方が少し大きいみたいね!"お姉ちゃん"って呼んでもいいわよ?」
何言ってんだこいつ。
僕はこいつとは仲良くなれなさそうだ。
「遠慮します」
「なんでよ‼︎可愛くないわね‼︎」
「それで…狭間先輩も見に来ただけですか?それとも何か用件が?」
何やら隣でギャースカ騒いでいるが何も見えない聞こえない。
「あぁ…なに、一年坊主の中で会ったことがないのはお前だけだったからな…。先輩として後輩の顔くらい把握しておかねばと思ったまでよ…」
まださっきの引きずってる…!豪快そうに見えて意外と繊細なようだ。何かしらフォローしておかねば。
「あ、あの、狭間先輩のことはさっき知ったんですけど…そのとても強くて頼り甲斐のある方だなぁと、ひと目見て思いましたよ?」
「なんだと…?それは本当か?」
おお、グイグイ来た。
でかいから圧がすごいんだが。
「ほ、ほんとです。これからもぜひ先輩を頼らせて欲しいなぁって思ってたとこで…すっ⁉︎」
ガッと両脇に腕を突っ込まれ、そのまま勢いよく持ち上げられる。
「ガハハハハッ!!!!そうかそうかー!!!可愛いやつめ、安心しろ!!特級といえど、まだ一年!!分からぬこともあるだろう!!先輩として何かあれば教えてやるから、遠慮なく言うんだぞぉーー!!!」
そのままぐるぐる回転させられる。
や、やばい吐きそうだ。
「狭間!!彼の様子がおかしい!!下ろしてやれ!!」
そう言う佐渡先輩の言葉にハッと正気を取り戻した狭間先輩は、申し訳なさそうに謝罪しながら下ろしてくれた。
癖が強すぎてすでに胃もたれ2日目に突入しそうな勢いだ。
「なよっちぃわねぇ!あんたほんとに特級なの??鍛え方が足りなくなくなくなくない?」
(あるのかないのかどっちだよ)
そんな僕の心の叫びなど届くはずもなく、顔面蒼白の僕の頬をツンツンしてくるのは柳木先輩だ。
「あの…ちょっと激しい任務で疲れているので、これで失礼しますね。態々出迎えてもらったのに、あまりお話しできなくてすみません」
「む?もう行くのか?」
「狭間、今回は僕たちが急に押しかけたようなものだろう。同じ高専の生徒なんだ。話したいことがあるなら、またそのうち話せる」
「軟弱一年!またね〜!」
比較的理性のある佐渡先輩の助言によって、なんとかその場を潜り抜けた僕は、一刻も早くベッドに倒れ込みたいあまりに早足で寮を目指した。
だが、
「おかえり紫鶴、二年生には会えたかな?」
寮の入り口に待ち構えていたのは五条先生だった。
「…疲れてるのでそこ通してください」
「ただいまくらい言えよ〜。それに疲れてるって肉体の疲労くらい術式でどうとでもなるでしょ君は?」
完全に捕まった。
確かに肉体的疲労だけならそれで解決できるし、実際そうしたので体が疲れているわけではない。
どちらかといえば、これは精神的疲労だ。
「それで任務はどうだったの?」
あの任務は事前に先生も確認してから僕に通しているし、僕が追っている犯人の手がかりになると先生も知っていたはずだ。
その進展が気になっているのだろう。
「…アラガミの幹部の一人、創霊呪術の使い手が実行犯で間違いないです。最後まで口は割りませんでしたが…」
その僕の様子を見て何か感じたのか、途端に真剣な表情になる先生。
「…殺したのか?」
「……はい」
そう、僕は人を殺した。
どうしようもないほどの極悪人で、呪詛師なんていうおよそ法律で裁けないような相手だった。
とはいえ、あの男の発言に頭に血が登って、思いつく限り残虐な方法を持ってして殺害したのは紛れもなく僕だ。
僕は自分の手を他人の血で汚してしまったのだ。
気づいて仕舞えばなんのことはない。
その事実がこの不快感の正体だった。
僕が肯定したのを聞いて、先生はハァとため息を一つこぼした。
「紫鶴、呪術師をやっていれば仲間が死ぬこともあれば、今回のように呪詛師相手に人を殺すことにもなる。それは前から言っていたよね」
「…はい」
「でも、紫鶴が殺した相手はそうしたいほど憎かったんだろうけど、君が追い求めている真実に辿り着くための一番の近道だった。現場から押収される資料なんかもあるだろうけど、ああ言う組織は大切な情報は基本的に残さないから、真犯人に繋がる手がかりは多分出てこないと思うよ」
そんなことは言われなくても分かっている。
もしかしたら自白を促すような呪術だって存在していたのかもしれないし、あの男を生かしておいた方が良かったなんてことくらい理解していた……はずだった。
「でも……あの男のせいでお母さんは…奈沙さんは死んだんです。それどころか奈沙さんの魂を呪具に取り込んで弄んでいた…!あんなの……あんな奴は生きてちゃいけないっ!」
あの呼び声が魂の残滓で彼女の意思と呼べるものじゃないことは分かっている。
それでもあの声が頭から離れないで、脳裏にずっとこびりついている。なぜ助けてくれなかったのかと、そんなことはあり得ないのに、そう言われているような気分になってただただ胸が苦しい。
「……紫鶴、それを決めるのは僕たちじゃない。呪術界にも法と掟がある。まぁ大半はクソみたいな決まり事だけど、それでも君はそいつを法と掟に委ねるべきだったと思うよ。殺したことに後味の悪さを覚えるなら、尚更ね」
後味の悪さ、確かにあんな極悪人でも殺したことに対して、後味の悪さを覚えてはいる。でも、奴を生かしておくことに比べればまだマシだと、あの時はそう思ったのだ。
それでも先生の言う通り、生かしておけばもっと情報が引き出せて、もっと早く真犯人に辿りつけた可能性もあった。
そいつによる新たな被害者を減らすこともできた。
その道を不意にしたのは自分の激情と身勝手な判断。
「……僕も任務で呪詛師…人殺しなんて数え切れないくらいやったけど、必要以上にやることはないんだ。別に紫鶴を責めてるわけじゃないよ?憎い相手にもそうして罪の意識を感じる優しい君だからこそ、自分の心を守る線引きをしておかないと。じゃなきゃ早々に潰れるからね」
「…すみません」
「責めてるわけじゃないってば。紫鶴の心を守るための先達からのアドバイスだよ。術師にある程度のイカれ具合が必要なのはそう言うわけなんだけど、君みたいにそこの折り合いがどうしてもつけられないって人間もいるからね。…まぁでも、やっちゃったもんは今更どうしようもない、また地道に情報集めを頑張るよ」
「…お手数おかけします」
相変わらず重たい空気の晴れない僕を見て、さっきよりもさらに深くため息を吐く先生。
「この話はこれくらいにしておいて、最後にもう一つ聞きたいことがあったんだ」
「なんですか?」
「君が特級に任命される前、北海道と僕と同行した福岡での任務中、この二つで君の力は急激に増した。何か心当たりは?」
今の自分にしてみれば"なんだそんなことか"程度の質問だったが、普通に考えて、この短期間でこれだけの力をつけるなんて、何があったか気になって当然だった。
「…記憶を取り戻しました」
記憶喪失だったなんて話はもちろん誰も聞いていない訳で、先生も不思議そうな表情を浮かべている。
「非術師だったはずの家系で、僕みたいな希少な術式持ちが生まれた理由と両親が離別することになった原因……それを思い出したんです」
次回は紫鶴が取り戻した記憶の詳細について触れていきます。
二年は今回ちょい役でしたが、そのうちガッツリ絡ませたい。