「記憶…ね。その言い方だと誰かに意図的に記憶を操作されていた…みたいに聞こえるけど?」
「はい、その通りです」
突然打ち明けられた僕の発言に、先生はうんうんと唸って考え込んでいる様子だ。
それも当然、一度や二度ではない程に僕の家系の調査は行われている。それも並の捜査機関より遥かに細かな情報まで洗いざらいだ。
僕の術式の出所の謎。
無論、突然変異的に全く未知の術式持ちが生まれることは間々あるそうだが、仮にそうした偶然の産物だったとしても、高専に発見されるまで術式を認識していないと言うことはまずあり得ないという。
早くて4歳、遅くとも6歳までには自分の術式を勝手に認識し、成長につれてある程度使えるようになっていくわけだが、もちろん非術師の家系だと環境の問題もあって使いこなせるレベルには至らない。
とはいえ、それもあくまで使いこなすのに時間が掛かるだけで、持ってさえいれば自分に何かしらの力があることは、幼いうちに認識できるのだ。
だが、僕にはそれがなかった。
呪霊こそ認識していたが、自身のうちに宿る呪力やそれを操る術も術式そのものも全く存在を把握していなかった。
そこに不信感を覚えたからこそ、高専側はこの術式の出所を最初のうちに必死で探したのだ。
これだけの規模を誇った術式が親類縁者に発現しないとも限らない。そして、手元に置いて制御できなければ、その人物こそが正真正銘のツァーリボンバになり得るからだ。
ゆえに先生は腑に落ちていないのだろう。
記憶を操作されていて術式のことを認識できていなかったのならば、家系記録に何も出てこないことが不自然だ。
記憶と記録は別物。
記憶を書き換えた上で術師の家系を非術師に見せかけていたのならば説明つくが、両親共に出生の記録から探ってもあくまでただの一般人。そこまで手を尽くして隠蔽工作を図る理由が思い当たらないのだ。
結局のところ、話を聞かない限りは何もわからないと言うのが実情だ。そして、その疑問を解決できる記憶とやらを取り戻したと言うのであれば、それを聞くのが一番手っ取り早いと判断したのだろう。
先生は考え込むのをやめて、聞きに徹することにしたらしい。
「始まりは僕が6歳の誕生日を迎える少し前です。僕はある日、唐突に並行世界の存在を認識しました。この時が術式の認識をした日と思ってもらっていいです。最初は夢かと思いました。でも、夢とはまた違う感覚だったんです。それが並行世界と呼べるようなものに繋がっていると理解したのは、繋がる先の選択に際限がないと気づいた時です」
生得術式の詳細というものは使いこなしていくことで、その些細を理解していくことが殆どだ。
そして、呪霊と戦うこともなかった僕が、並行世界に繋がっていると認識するのには半年ほどを要した。
「そして術式の正体を知った僕は、その時初めて両親にその話をしたんです。お母さんは子供特有の思い込みか気を引きたくて嘘をついていると思ったみたいですが、問題はお父さんの方。僕のそれが術式というもので、そのことを誰にも言ってはいけないと…そう顔色を変えて伝えてきたんです」
僕の父は知っていた。
呪霊も呪力も術式という存在も…。
つまり何も知らない非術師で一般人というわけではなかったのだ。
そこまで聞いて再度先生の待ったが掛かる。
「それだと高専の調査でも見つけられないような手間暇を惜しんで、君のお父さんが自分の血筋を隠蔽していたことになるけど…?」
「…はい、先生の言うとおりのことをしたんです。正確にはお父さん本人がやったのは隠蔽の末端だけ、薬袋という家が生まれたはるか昔、その瞬間から呪術界との関わりを断つために常に術師であることを秘匿してきた家…それが薬袋。お父さんは正真正銘の呪術師です…」
そこまで聞いて先生はようやく合点が言ったようだった。
たった一代で一般家庭の人間が遥か過去の自分たちの家系の原点まで遡って、一から記録を書き換えると言うのは壮大な手間だ。
だが、自分の代だけならば大した苦労にもならない。
家の名前が誕生したその時から、先祖代々術師であることを秘匿してきたのならば、血筋を洗ってもなんの情報も出てこなかったのは納得だった。
「なるほどね…それで、なぜ紫鶴の家は呪術界との関わりを絶っていたのかな?」
次に来る疑問としては当然のことだろうが、そこについてだけは今の僕にも分からなかった。知っていたのはただ自分の家がそうしてきたと言うことだけだ。
「すみません、本当のことはお父さんしか知らないと思います。あくまで僕は薬袋が代々そうしてきたと言うことだけで…」
「分かった、続けて」
「はい、そうして僕が術式を持っていることに気づいたことで、お父さんは同時に僕の能力が危険すぎて、いずれは隠しきれなくなることを危惧していた。そして、僕がその力をうっかりと外で使ったことが家族が離れる原因になりました」
当時幼かった僕は、母との買い物帰りに事故にあったのだ。
相手側のバイクが信号無視をしたことによる事故でかなりの大怪我を負い、すぐさま救急車で搬送された。
そして、治療のために手術室へと運ばれるその最中に、意識を取り戻した僕は痛みに耐えかねて術式を使ってしまった。
さっきまで血まみれだった子供が突然怪我一つない状態になったことで、周りの大人は大騒ぎになり、あまりにも非科学的な現象だったことでニュースにされるような事態は回避できたものの、おそらくはそこで見ていた誰かによって、僕のことが呪術界に知れてしまった。
「それからすぐでした。治癒の術式を持った子供を寄越せと家族が揃った自宅に呪詛師が襲撃を仕掛けてきたのは…。僕の術式が他人にはあらゆる負傷から復活するもの見えたんだと思います」
その最初の襲撃は父のおかげで難を逃れたものの父は負傷。
すぐさま別の家…あの家にあらゆる記録を改竄した上で引っ越すことになった。
そこで父は兼ねてから考えていたのだろう、ある計画を実行することにした。
「お父さんの術式は"改竄呪術"、文字通り、人の記憶と書類やデータも含めた記録と呼べるものを全てを、対象に触れることで自在に書き換えることができる術式。その術式を利用して僕の記憶を術式を認識していない状態にして、術師である自分自身も身を隠すことで家族を呪詛師から守ろうとしたんです」
つまり、父は家族を捨ててはいなかった。
おそらく再婚相手やその相手と暮らしていると言う家すら改竄された記録と記憶上のダミー、どこにも存在していないのだろう。
「改竄呪術…それもまた呪術界には記録のない術式だね。もしかしてそれが本来の君の家の相伝…かな?」
「はい、僕も本来は高い確率でその術式を継ぐはずだった。でも、結果として生まれたのは突然変異の術式、そしてさっきの事件を経て、記憶を改竄されていたことでずっと呪術界からも逃れていたんです。…結局、お母さんのことがあって、こうして高専にお世話になってるわけですけど」
先生も色々と噛み合い始めた僕と言う存在の謎に得心がいきはじめた様子だが、そこでまた一つ疑問が生まれたらしい。
「でもさ、仮に記憶を改竄していても、ふとした瞬間に術式を使用して認識してしまうってことはなかったの?」
確かに先生の言うとおり、普通に改竄しただけならばそうだろう。だが、父の術式には強力な副次効果があった。
「改竄呪術には書き換えた記憶に綻びが出ないように、自分自身では気が付かないよう行動を誘導する性質があるんです。これは他者から教えられた分には効果を発揮しないので、僕は先生に教えられる形で再度術式を認識したわけなんですけど…」
「本人だけでは改竄されたことに絶対気づかないようにされるわけか…。それが相伝なら呪術界としては絶対に逃せない人材だ。先祖代々隠れてきたのは、もしかしたら当時のお偉いさんと余程揉めたとかそんなとこじゃない?」
呪術師も呪詛師も隠蔽工作を多用する存在だ。
どちらからも散々狙われた果てに、自分たちの存在そのものを書き換えて逃れようとしたのが薬袋の歴史…と考えれば確かに辻褄は合う。
「かもしれません…。まぁ、僕と言う突然変異のおかげでその歴史から逃れられるかと言えば、また別ベクトルで狙われたわけなんで、そう言う星の元なのかもしれませんが…」
乾いた笑いが漏れるのも今は許してほしい。
改竄能力の次は、子孫が完全治癒に能力と勘違いされて狙われるハメになるとは先祖も思っても見ないだろう。
「話を戻しますね。そうして父は身を隠し、あらゆる過去の情報を改竄した僕とお母さんは新しい家で一般人として暮らしていた。でも、それがある日突然崩れた…」
3月、中学を卒業したあの日、創霊呪術を使うあの男が放った呪霊によって母は死に、僕は先生と出会った。
本来ならあそこで帰宅した僕を狙うつもりだったようだが、あの男は僕を殺す予定だったと言っていた。
そのあたり、依頼主は最初の家族襲撃の呪詛師とは無関係なのかもしれない。あちらは僕を捉えて利用が目的だったのだから、もしかすると父に反撃を受けたことに対する報復だったのかもしれないが。
「そうして僕の勧誘を受けてここにいる…と」
「そうです。そして、お父さんは記憶の改竄に解除条件を設けていたんです。僕が自分で身を守れるようになって、自分の意思で大切な選択ができるようになった時に全て解除されるように…」
ずっと改竄された記憶が邪魔をして自分自身の起源に触れられなかった僕が、唐突に呪いの真髄を理解したのは、一度目の福岡の一件で領域を使用しようとした時、二度目は北海道で死にかけた時。
その場の誰かを守りたいと言う僕の強い意志とそれに見合うだけの力を得たと術式自体が判断したことで、それぞれで段階的に解除されていった。
結果的に魂の起源に触れ、死にかけたことで呪いの真髄を知った僕は、このとおり特級認定される存在になってしまったわけだが。
「これも僕の想像でしかないですが、たぶんお父さんは僕と言う突然変異を目の当たりにした時点で、一族の隠遁の歴史に終止符を打つつもりだったんじゃないかなって。じゃないとまた狙われるかもしれないのに解除条件なんて作るわけないですし…」
一族としてではなく、僕自身に自由に未来を選択して欲しかった。
改竄された記憶とはいえ、母と子を捨てたろくでなしだと思って憎んでいたのは少し申し訳なくも思うが、それは改竄内容自体も悪いと思うので、それについてはいつか文句を言いたいところだ。
というか、こんなクソ親父に改竄する必要あったのだろうか?子供の僕は当然父親を酷い奴と思って傷ついたし、母も我が子が可哀想だと記憶の中で泣いていた。
まぁ、おそらくは会いに行こうとも思わない存在にしておく必要があったんだろう。葬式に来なかったのも仕方ないとはいえ、それは少しだけ根に持つが。
「大体分かった…し、納得もいったよ。いやはや、とんでもない物掘り当てちゃったかもねぇ。これ、僕以外には他言しないことね?上に知られたら君だけじゃなく、どこかに隠れてるパパを巡ってさらに面倒事が起きるの目に見えてるから」
まず間違いなくそうなるだろう。
身を忍ばせてきたご先祖の苦労がよく理解できて、上層部の旧体制っぷりに涙が出そうだ。
特にいきなり劇薬認定されて拘束された実体験がある以上、その考えも僕の中で確信的になっている。
「それから呪いのなんたるかを理解した紫鶴くんに聞きたいことがもう一個あるんだけど…」
「なんです?」
「今の君を見れば、呪力操作の精度が段違いに高まってるのは分かるんだけど、それに伴って格闘戦で違和感は感じてない?」
格闘…違和感…、心当たりを思い返していく中で一つ気になっていることがあるのを思い出した。
「…何回か、打撃の時に黒い光が出ました…って、ちょっと⁉︎」
それを聞いて満面の笑みを浮かべた先生は、僕の両脇に腕を突っ込んで抱き上げた。
「黒閃経験おめでとう!」
黒閃?なんだそのかっこいいのは?
三回転ぐらい振り回してから降ろされた。
「黒閃は打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が対象に衝突した時に起きる空間の歪みのことでね、単純計算で威力はなんと普段の2.5乗!」
…秋斗くん大丈夫かな。
ベッドの匂いを嗅ぐ変態行為に走ったとはいえ、あの蹴りは相当効いたのかもしれない。
今度あったら少し優しくしてあげよう。
「黒閃を経験した時の感覚を覚えた人間とそうでない人間だと、呪力の核心との距離がかーなーり変わって来るんだよ。まぁ、紫鶴は黒閃の前に"死"と"改竄された記憶の解除"っていう二つの方向から魂と呪いの核心にアプローチしちゃったから、順番は逆になったけどね」
普通は黒閃経験が先なのか…。
呪力操作の技術が飛躍的に高まった結果、一気にできることが増えたのは事実。そして、同時に意識しなくても操作ができるレベルにまで達しているが、次はフィジカルをさらに補填する目的で黒閃発動率100%でも目指してみようかと思案する。
「じゃあ次の休みが被った時にでも黒閃の連発記録伸ばすので付き合ってください」
「構わないけど、今の紫鶴はハンデなしで本気で殺りに行くよ?」
同じ特級だしね!とか言ってるが、その特級の中で自分がさらに頭3つくらい抜けてるのを自覚していないのだろうかこの人は。
「生徒に加減くらいしてください。それから…」
話すべきことは話した。
あとは今後の方針だ。
思い出されるのは記憶の中の父の言葉。
『パパと紫鶴にはね、"大切な人を守れる術"があるんだ。だから、心配しなくても大丈夫』
『大丈夫、いつかきっと分かる時が来るから、だからその時まで"パパのことは忘れて二人で幸せに"。約束だよ』
その直後に父と僕は指切りをした。
そうして触れたことで記憶が改竄された。
「僕は真犯人の前に、お父さんを……」
秘められた過去が解き放たれた今、それは同時に鎖に絡め取られた偽りの記憶と虚飾に満ちた憎しみとの訣別を意味していた。
僕と母を愛した父だけが、僕さえ持っていない襲撃事件の真犯人に繋がる何かを知っているかもしれない。
巧妙に改竄した記録を探り、僕たちがあの家にいると突き止めた誰かが。
それに父が何も知らなくたって決めていたこともある。
なんで帰って来れなかったのかも聞きたい。
それに何より、今ではその目的は大きく変わってしまったけれど、この指輪をあの人に渡したい。
最後まで息子のために嘘を吐き続け、最後まで父のことを愛して死んでいった母の形見を届けてあげたいと思った。
だから今は憎しみじゃない、心からの親愛を持って決意を口にしよう。
「"大好きな父"を探そうと思います」
次回からしばらく時間が飛びます。
ていうか、2013年って猪野くんの入学年って年表で知った。
原作キャラで後輩出せるやったー。