去年の秋冬とかの話はいずれ番外編とかできれば良いなって思ってる。
あと初コメントがついたりでやる気が満ちてます!
がんばるぞー!
先達
2013年6月3日
時が過ぎるのは本当に早い。
特に命懸けの日常を送っていると、時間の経過はさらに早く感じられるというのに、僕の場合は普段の授業や任務に加えて、行方を眩ませ、まるで足跡を掴めない父を探すというタスクを背負っているせいで、もはや時の流れが投射呪法の域に達している。
気がつけば呪術高専に入学してからは一年以上が経過し、僕は二年生へと進学していた。
それに当たって大きな環境の変化もあった。
担任が最強の五条先生から(いまいちパッとしない)日下部先生に変わったことで、日常の騒がしさと言う意味ではかなり大人しくなったのだ。
とはいえ、五条先生とは交流がなくなったわけではない。
滅多に任務で一緒になることはないけど、未だに僕の事件のことも探ってくれているみたいだし、新一年生の指導も頑張ってるらしい。
他にも挙げるなら、一番の変化は去年8月の特級認定から、僕個人での任務が劇的に増えたことが最大の変化だと思う。
なかなか同期の二人との共同任務は与えられず、それどころか他の学生との共同任務だと期待して待ち合わせ場所に向かえば、癖強二年生が待ち構えていた。
同期の二人とは授業で当然顔を合わせるし、学生だから学業優先と取り計らってくれた夜蛾学長のおかげもあって、任務より授業優先に組んでもらっているのは唯一の救いだ。
とはいえ、今年の夏、所謂呪術師の繁忙期には単独任務で各地を飛び回ることになりそうなので、その前にスクールライフを満喫しておきたいと切実に考えている。
そして、今日与えられた任務はそんな珍しい同期との任務だ。
ほぼシャッター街と化した寂れた商店街で、近隣住民から虫の羽音のような騒音が一晩中止まないと言う苦情に始まり、昨日には遂に近所に住む子供が二人、ここに肝試しに入ったっきり帰ってこないという被害に発展していた。
本来、僕無しでもいい任務だったのだが、特に任務がなかったので学長と先生に少しだけゴネた。
とんでも案件を任されることが増えたのと同時に、学生の中でも少しだけ特別扱いしてもらえる特級の旨みを今こそ堪能させてもらおう。
「しーちゃんと任務、二ヶ月ぶりだね!大活躍の予感がしてるからしっかり見といてよ?」
「俺は三ヶ月ぶりか、短期間で随分と差がついてしまったからな…。だが、今日は薬袋の出る幕は無しだ。大人しく現場監督でもしていてくれ」
久々に三人揃ったこともあって、秋斗くんも涼くんもやる気十分らしい。
二人にも一年で色々と変化があった。
あの北海道での等級詐欺事件以降、秋斗くんは自身の呪力不足によるガス欠を解決するために、ひたすら呪力量を高める修行を始めた。
その内容は負のエネルギーたる呪力の発生効率を高めるために、長期にわたって日常生活の中でストレスをあえて溜め込むと言う、かなりきつそうな内容だった。
朝の弱い彼が目覚ましで早起きして涼くんの走り込みに付き合ったり、可愛いものを断つという謎の縛りを科して任務に励んだりしていたのだ。(必然的に任務で忙しかった僕も貢献してたらしい)
一方の涼くんは、守るどころか自分だけ致命傷を負って僕に助けられたことをかなり気にしていたのだが、たまたま高専を訪れていたシン・陰流という流派の最高師範に目をつけられて、そのままスカウト、門下生として授業や任務と並行して修行をしていると言う。
僕自身はその流派についてあまり詳しくないのだが、なんでも簡易領域という技術を中心に、門外不出の縛りの下に抜刀術を磨いている。そして、元々刀と視力を強化する術式で戦っていた涼くんにはそれが合っていたこともあり、短期間で門下生の中でも指折りの実力者になっているとは、同じくシン・陰流を修めた日下部先生の談だ。
全員がそれぞれの目標のために独自のやり方で力を磨いているというのは、何をするにも一緒だった一年の初めの頃と比較して、少し寂しくもあり同時に頼もしくもある。
「まぁ、今日のは我儘で着いてきただけだし、必要以上に手出し禁止って日下部先生にも言われちゃったからね。二人のお手並み拝見しまーす」
なんて軽い口調で言っていれば、特級だからって舐めやがって、なんて言われそうなものだが、優しい二人はそんなことないって信じてる。
「目に物見せてやる!」
「現場監督より任務後の清掃員でもやるか?」
あれぇ〜?一緒にいる時間が減ったせいで僕たちの心は離れてしまったのだろうか?そんなことはないよね?嘘だと言ってよ!
「ぼ、僕は行方不明の子供がいたら保護するから!」
そうこう話していれば任務開始の時間だ。
僕たちが商店街の中に入ったのを確認して、補助監督の人が「ご武運を」と帳を下ろした。
「そういえば二人とも揃って準一級に上がったんだってね!凄いじゃん!」
「特級のしーちゃんに言われるのはなんか複雑〜」
「嫌味か?」
「特級弄り断固反対‼︎」
二人がニヤニヤしながら明らかに僕が気にしているのを分かってて弄ってきている。
まぁ、等級の差は全くではないけどそこまで気にしてないから僕も気にするなっていう、二人なりの気遣い…と言うことにしておこう。
今回の任務対象は窓の報告によれば推定二級が多数、はっきり言って二人のうちどっちか一人でも余裕の任務だ。
だが、去年一年間で僕たちは学んだ。
"推定等級は心底当てにならない"と言うことを。
だからこそ油断は禁物だ。呪霊の強さは一度被害が出て周囲に認知されると加速度的に増加するのだから、報告後に到着してみれば強くなってるなんてざらにある。
「二級呪霊多数ってことだけど、具体的に何体ぐらいなんだろね?」
「まぁ、ざっと10体とかそこらじゃない?」
「噂をすれば…だな」
商店街なのでほぼ一本道を歩いていれば、廃屋の陰からブブブッと羽音を立てて巨大な蜂のような呪霊たちが湧いてきた。
なんと言うか非常に既視感がある。
某モンスターでハンターなゲームに出てくる虫型モンスターに近いイメージだ。
そして、あっという間にその呪霊たちが集合すると、一つの意思を持った軍隊とでも言わんばかりの様子で巨大な球体を形成する。
「10どころか余裕で100超えてない?」
「俺がフラグ建てちゃったかー」
「いつも言ってるが、桜庭は黙ってた方がいいな」
軽口の言い合いも束の間、群れが蛇のようにうねりながら突進を仕掛けてきた。蜂らしくばっちり棘がお尻から伸びているのが見える。巻き込まれたら文字通り蜂の巣だろう。
そして、奴らが出てきた廃屋が棲家とすれば被害者はそこにいる可能性がある。
「じゃあ、早速僕はあの廃屋の中見てくる!」
そう言い残して、一瞬で廃屋の入り口に転写で飛ぶ。ここからなら全体が良く見えるし、何か不足の事態が発生しても余裕で対処できるだろう。
と、呪霊達が突き破った穴から中を見てみれば、案の定、小学校低学年くらいの男の子が二人、身を寄せ合うようにしてそこにいた。
蜂の呪霊にやられたのか二人とも腕や脚に虫刺されのような呪いの後があったため、割と重症と判断して即座に反転術式をかけて応急処置を施す。
「朗報!子供二人とも生きてる!そっちはお願い!」
二人にも聞こえるように大声で叫ぶ。
「浪川、ここは俺がやる!」
「初撃でガス欠はするなよ」
半歩下がった涼くんを確認した秋斗くんが突撃してくる群れの正面に立ち塞がる。
「今の俺に!ガス欠は!ありえない!」
「呪銃掃射式・
「さらっと技名盗用しないで⁉︎」
簡単に呪いの除去を行ない子供を抱えて外にでてみれば、聞き捨てならない技名に思わずツッコむ。というか、そのネーミングは色々とアウトなので後でお仕置きを検討しよう。
うちの駄犬のすぐ調子に乗る癖は一年経っても治らなかった。
とはいえ流石の弾幕だ。両手の十指から絶え間なく繰り出される呪力の弾丸が群れを襲い、片っ端から撃ち抜き撃墜していく。
この調子だと秋斗くん一人でも終わらせられるだろう…そう思っていたが、それでは面白くないらしい涼くんが射線上の真上に飛び、呪霊の群れの前に素早く踊り出た。
「あっ‼︎おい浪川横入りすんなっ‼︎」
「お前だけに手柄をあげさせるのは癪だ」
空中で腰に構えた刀を握って身を捩る。
「シン・陰流、抜刀術『
抜刀と同時に複数の飛ぶ斬撃が群れを襲い、残りを撃ち漏らすことなく斬滅していく。
鞘の内側で呪力によって刀身を加速、自身の腰の捻りが生んだ運動エネルギーを殺すことなく利用する。さらには自身の炯眼呪法により最も多くの敵を巻き込める軌道を見切った上で、呪力放出を併用して斬撃を飛ばす高難度複合技だ。
そうして二人の連撃によって、100を超える呪霊の群れが塵と化し、シャッター街に再び静寂が訪れるのに3分とかからなかった。
その間に手早く子供達を少し離れた場所に寝かせてから二人の元に駆け寄れば、秋斗くんが邪魔されたと喚いているところだった。
「二人とも流石だね!特に涼くんの新技めっちゃかっこよかった‼︎」
高速で無数の斬撃を飛ばすとか男子のハートを鷲掴みにする技を見せられたので、うっかり僕の心の厨二病がスタンディングオベーションしてしまった。
「えぇ!しーちゃん!俺のもカッコよかったよね??ね??」
「してもいない改名したからマイナス50点!」
「くそぉ!冨樫が連載再開さえすればっ‼︎」
悔しそうに地面に拳を打ちつける秋斗くん。
そもそもHHの連載と技の評価は連動していないが、彼はHHファンとかだったのだろうか?
一方の某死神代行っぽいオサレな技を披露した涼くんは涼しげな顔で勝ち誇っている。…うん、すごいドヤって秋斗くんを見下している。
「ふん、モーションだけ参考にすればいいものを…安易に技名までパクるからだ愚か者め」
「え?二人ともなに?最近ジャンプユーザーになったの??」
珍しく彼が悪ノリしてネタをぶっ込んでくるので、ついついツッコミが捗ってしまったが、それもこれも鮮やかに任務を達成できた心の余裕からだろう。
二級というには数ばかりで手応えがなさすぎたようにも感じたが、相手が予想より弱いなんて等級詐欺もあるのかとお得な気分だ。
さっさと帰ろうと子供達を回収しようとしたところで、僕はあることに気がついた。
「あれ?帳が解除されてない?」
「本当だ…撃ち漏らしがいたとか?」
その言葉にすぐに炯眼呪法によって周囲を見渡し、呪力の動きがないかを探る涼くん。
同時に僕も呪力探知の範囲を広げてみるが、それらしき反応は見当たらない。
「いないな…さっきのやつらの残穢だけだ」
「こっちも特に反応なし……なんか音が聞こえない?」
シュリシュリと何かを擦り合わせるような、それでいてかなり耳をすませないと聞き逃しそうな低周波と思われる音。
二人も僕に言われて初めて気付いたようで周囲を見渡す。
そして、ついにその音の正体を見つけてしまった。
僕たちの頭上、商店街の通路を覆うアーチ状の天井に張り付いていたそれは、虫嫌いの皆様にはとてもお届けできない悍ましい様相をしていた。
先ほどの蜂呪霊をさらに巨大化させたような3mはあろうかという巨躯に、本来の蜂にあり得ないムカデ並みの本数の脚、腹部はシロアリの女王のように体躯の大半を占め、ブクブクと肥え太っている。そして何よりとても巨体を支えて飛べないだろう小さな翅を擦り合わせ、先ほどから聞こえる音を発生させていた。
「「うっわ、なにあれきっしょ‼︎」」
「クイーンラン◯スタ…?」
虫が苦手な人の少ない男子でもあれは生理的に無理だった。涼くんも声は上げないまでも眉を顰めて嫌そうな顔をしているのだから余程のグロテスクさだ。
あと今の発言は聞かなかったことにする。
普段クールな分、彼がボケると温度差が激しくて風邪を引きそうだ。
大方、見た目からしても奴が先ほどの群れの長といったところだろうが、それにしたって二級の中でも上の方か一級に届くくらいの呪力量は感じる。
おそらく配下の呪霊の呪力をチャフ代わりにして身を潜めていたのだろう。
そんなことを考えていると、呪霊が口元で昆虫特有の横開きする顎をグチグチと鳴らしたかと思えば、天井にしがみついていた脚を離して落下してきた。
「ちょ⁉︎」
大慌てで三人それぞれその場から飛び退き、巨体によるプレス攻撃を回避する。
「っぶないな!秋斗くん毒煙玉ある⁉︎」
「ないし!あっても多分このでかいのは無理じゃない⁉︎…ぐっ!!!」
と、そう叫んだ秋斗くんが突然吹っ飛んで背後のシャッターに打ち付けられた。
「秋斗くん⁉︎」
(なんだ?何も見えなかったのに吹っ飛んだ⁉︎)
「薬袋!こっちは引きつけるから桜庭を!」
素早く状況判断をした涼くんの指示に従って、すぐさま秋斗くんの元に駆け寄って怪我の具合を確認する。
「大丈夫⁉︎」
「ん…、大丈夫。すぐ呪力でガードしたから打ち身くらい」
どうやら言葉通り大した傷はなさそうだ。
それにしてもあの謎の攻撃を受けて反射的にこれだけ守れるようになっているとは、彼の呪力操作の精度や速度もかなり高まっているらしい。
「しーちゃん、おれが吹っ飛ばされる時、何か見えた?」
「いや、全く。突然秋斗くんが吹っ飛んだようにしか見えなかったよ」
何か絡繰があるんだろうが、見えないのでは糸口を掴むのに苦労しそうだ。これは早めに僕が手を出して焼き払った方がいいか…そう思い始めたところで秋斗くんが立ち上がる。
「いいよ、しーちゃんは見てて!あれくらい俺たち二人で祓ってみせる」
そう言って爽やかな笑顔を向けられては下手な真似はできない。
本当に危なそうになるギリギリまでは意思を尊重して傍観に徹するとしよう。
「いつまでも話していると俺が祓うぞ!」
向こうを任せた涼くんは素早く斬撃を繰り出しているが、無数の脚を使って上手いこと剣戟に対応しているあたり、見た目以上に器用な相手のようだ。
しかも、切った脚も少しすれば生えてくる。
やはり準一級から一級で見積もって良さそうな相手だ。
この手の等級詐欺が起こるのは仕方ない部分も多いとはいえ、流石に任務を受ける身からすれば勘弁願いたいのだが、あまりに多い気がする。
もしかして我儘言ってついてきたからバチが当たったんだろうか?
「浪川!」
そうこう考えていれば今度は涼くんが謎の攻撃で吹き飛ばされた。すぐに起き上がってきたのでそれ自体に大した威力はなさそうだが、攻撃が見えない以上、迂闊に近づけず得意の接近戦に持ち込めないようだった。
「今度はこっちだ!」
ちょうど呪霊の背後に回り込んだ秋斗くんが呪銃で攻撃を仕掛ける。すると、そのうち何発かが奴の短い翅を撃ち抜き、ギチギチと異音を鳴らしながら大きく怯んだ。
おそらく翅が弱点、さらに先程の翅を擦り合わせる音といい、見えない攻撃の正体はそこにありそうだ。
「桜庭、避けろ‼︎」
唐突にこちらに走りながら叫んだ涼くんの声で、秋斗くんは咄嗟に横に回避した。すると、先ほどまで立っていたその場所に見えない何かが走り抜け、激しく砂埃が巻き上がった。
炯眼呪法で強化した視力によって奴の今の動きを観察していたのだ。
「翅を擦り合わせて呪力を溜めている!翅の動きを見ろ!」
その言葉通り、また翅を振動させたかと思えばピタリと動きが止まり、その瞬間に秋斗くんの立っている場所に攻撃が飛んでいる。そこからは二人とも翅が止まるたびに回避を繰り返し、もはや被弾は無くなっていた。
「翅の振動で呪力を溜めて、飛ばす瞬間は振動が止まるわけか。だったら!」
二人に挟まれながらも何とか翅を攻撃されまいと立ち回る呪霊に対して、秋斗くんは両腕を真上に構える。
「呪銃殲滅式・
前後左右からの攻撃は防げても、真上からの面制圧攻撃となれば仰向けになるしか翅を守る術はなくなる。そう判断した彼の術式によって、降り注ぐ呪力の弾丸を全身に浴び、ついに呪霊は耐えかね、逃走を図ろうと商店街奥に向けて走り出した。
「あ!逃げた!!」
「させるかっ‼︎」
だが、すでにその先には秋斗くんの意図を汲んで先回りした涼くんが待ち構えていた。
しかも、一本道を利用して正面に陣取り、すでに簡易領域を展開済み。そして、それを力任せに押しのけようとした呪霊が彼の領域に踏み込んだ。
「シン・陰流、簡易領域『抜刀』」
キィンと甲高い金属音が鳴り響く。
シン・陰流における基本技にして最速の抜刀術。
領域内に踏み入ったものにオートで反応し、呪力で加速させた居合でもって、瞬きの間にその巨体が胴体中央から横一閃に両断されていた。
完全に力尽きて塵となり消滅していく呪霊を見ながら、駆け寄ってきた秋斗くんとタッチを交わす涼くん。
遠近でバランスの取れた実に良いコンビだ。
別に仲間はずれで寂しいとか思ってない…ないったらない。
「ほんとに出番なかったー!」
「まぁ良いことじゃん?しーちゃん最近単独任務ばかりだったし、たまには休まないと身がもたないぜ〜?」
まぁ確かにここのところ激務続きなのは確かだ。
その辺りも気にして手出ししないように念を押してきたのだろう。やっぱり僕たち同期組の友情はマリアナ海溝よりも深い。
「だが、去年以上に今年に入ってからの任務は等級詐欺が多くないか?」
一級以上の案件ばかりになった僕には分からないが、二人曰く、ここ二ヶ月ほどの任務が一つ上の強さに当たることが増えたらしく、先日も一年生が一人怪我をしたという。
生きて帰ってきたのだから多少の怪我くらいで、と思うかもしれないが人材不足は深刻だ。任務に出れない人間が増えるとそれだけ他の人の負荷が増えて、結果、負傷もしくは死亡する悪循環に陥る。窓や補助監督の皆さんには申し訳ないが、もう少し何とかならないものだろうか。今日帰ったら学長に聞いてみよう。
「まぁ、去年の僕らみたいに一年が特級に当たるなんてことが起きてないだけマシじゃない?よくよく考えたら僕らよく生きてるよね〜」
これには他の二人も同意らしく、うんうんと頷いている。
結局その後は特に大きな問題もなく子供達を補助監督達に預けて撤収したのだが、報告書には今回の等級詐欺についても辛口で記入しておこう。
一時間ほどで高専に戻り、また夕飯の時にと二人と別れて自室に向かえば、待ち構えていたかのように僕の部屋の前に誰かが立っていた。
「あれ?猪野くん?何してるの?」
そういってこちらを振り返ったのは今年の一年生にして、待望の僕の後輩、名を猪野琢真くんという。
こんなクソ暑いのにニット帽を被っているのが僕からすると印象的なのだが、以前、僕の同期二人は彼の名前を話に出してもいまいちピンと来なかったらしく印象が薄いらしい。
「薬袋さん!お疲れ様です!また特級案件ですか?」
ビシッと敬礼してお出迎え…中々に後輩根性が染み付いているようで、僕としては鼻が高い。先輩故もっと敬うが良い。
「いや、今日は秋斗くん達の任務について行っただけ。二級案件だったのに途中で一級くらいのが出てきたけど、二人がサクッと祓っちゃって僕の出番はなしだったよ」
「あぁ、二年進級時点で二人とも二級、進学から二月後には準一級ですもんね…上の代が出来すぎると俺らの肩身が狭いんで程々にしてください」
そう言って冗談を言う彼だが、それよりもどうしてここで待っているのかが先だ。
「それは二人に伝えておくとして、猪野くんは僕に何か用かな?」
「はい、単刀直入に言うと、俺の呪力操作の特訓に付き合って欲しいんです」
ふむ、呪力操作の特訓と来たか。
呪力操作とは文字通り呪術戦における基本の技術にして、そこから派生する高等技術といったものの多い。そこを鍛えると言うのは一年としては必須なのだが、それよりも。
「えっと、何で僕なのかな?こんなだけど、一応特級だからあんまり時間取れないよ?」
一番気になるのはそこだ。
付き合う時間の余裕で言えば、秋斗くんか涼くんの方が明らかに適任だろう。
「五条先生からの推薦なんです。最初は担任なのであの人に頼んだんすけど、特級の中でも自分はスーパーな特級だから時間がないと断られてしまって、代わりに薬袋さんなら自分より暇だと…」
なるほど、あの目隠し白髪男の差金か。
ニヤけ面が脳裏をよぎってこめかみに血管が浮き出たかもしれない。むしろ時々めんどくさいと堂々サボる奴のせいで、僕の仕事が増えてるまであると言うのにどの口で言っているのか。
「あ〜、やっぱ厳しいっすかね?」
う、その甘えた感じで見つめられると先輩としてはとても無碍には扱えない!
というか、後輩にこんなに素直に頼られるなんて生まれて初めてだし、かっこよく威厳のあるところを見せたいと言う思いが湧いてきてしまった。
「うぅん…ちなみに急に呪力操作を鍛えたいってなった理由は?」
「その…この前の任務でヘマしちまって、大したことないんすけど俺だけ負傷して…そんで任務失敗しちゃったんすよ」
「あー、今日涼くんが言ってた等級詐欺任務ね」
よく見るとニット帽からはみ出すように額にガーゼが貼ってあるし、もしかしたらあちこち軽傷があるのかもしれない。
いつもなら硝子さんに見てもらって完治なのだが、確か先週からしばらく出張に出てるとかでいなかったはずだ。
「それっすね…噂早いな。まぁ、こう言う予想外の強敵に当たる確率も高いってことを学んだんで、自分の等級より一つ上くらいは良い勝負できるようになりたいと思った次第っす」
何とかお願いします、と頭を下げて頼まれる。
彼を庇いながらとなれば勝算はないと的確に判断できたのだし、それに素直に従ってムキにならずに引けたと言うのは、一年生がある意味優秀だと思うのだが、自分一人のせいで失敗したと気負ってる感じか。
「そっか…じゃあ今週は時間取れないから、来週の月曜、任務空けておくよ。その日なら都合つきそう?」
「今のところ任務はないんでその日で大丈夫っす!お願いします!」
うんうん、こうして生徒同士での切磋琢磨は実に青春してて僕好みだ。あの五条某のせいで余計な任務が増えないことを祈りつつ、後輩とのマンツーマンの特訓内容を考えなければ。
「あ、ついでだしこっちおいで」
そう言って僕に合わせるように屈んでもらう。
どこに怪我があるかは額以外わからないので、とりあえず全身に反転術式を施しておく。
明日には硝子さんも戻るって聞いてたけど、せっかくだから優しくて出来る先輩アピールをしておこう。
「どう?他に痛いとこある?」
なぜか僕の顔を見つめて固まっている猪野くん。
ふふん、僕の先輩力の前に平伏し崇め奉るが良い‼︎
「…やっぱ俺たち肩身狭いっす」
「えっ、なんで⁉︎」
猪野くんナナミン推しらしいから、先輩後輩で絡ませるのは中々苦労しそう。
ちなみにナナミンは高専がまだ5年制の頃の生徒と仮定しても、2011年には卒業してるので、猪野くんと高専では被ってないらしい。
どこでナナミン推しになったの君?