後半少しだけ軽い下ネタあるので苦手な方はご注意ください。
私が五条先生書くとクソガキ属性が強くなっちゃうのなんでなんだろね?皆さんはどう思う?
2013年7月14日
久方ぶりの休日、一体何の要件なのか朝5時に電話を仕掛けてきた元担任によって、僕は埼玉にある"風情感じる"アパートの前に来ていた。
「お、きたきた!紫鶴〜、こっちこっち〜!」
こんな壁の薄そうな建築の前ででかい声で呼ばないでほしい。
何事かと近隣住民の注目を集めたらどうしてくれるというのか、あの男はただでさえ不審者然として目立つのだから、良い加減配慮というものを覚えるべきだ。
「そんな大きな声出さなくても聞こえてますよ……あの子は?」
そんな調子の五条先生の背後2mくらいの場所に、こちらをジトッとした目つきで睨んでくる小学生くらいの男の子が一人。
先生の知り合い?それとも近所の子が不審者見つけて興味本位で近づいてきたのだろうか?後者なら不審人物に気軽に近づかないように言っておかないと。
それにしたって険しい表情、えらく目つきが悪い上にツンツンした黒髪が特徴的だが、顔立ちはイケメンの部類……クラスの女子にさぞモテてるだろうし、将来も女性にモテそうだ。
……別に羨ましくはないが。
「あれ?恵、何でそんな離れてるのさ?こっちにおいで〜」
やはり先生の知り合いらしいが、呼びかける先生の声にピクリと反応しただけで近寄ってくる気配がない。
「なんかすごい警戒されてませんか?え、もしかして僕?」
「いやいや、あの子はちょーっと訳ありな環境で育ってるもんだから警戒心が強いだけだよ。紫鶴もすぐ仲良くなれるんじゃない?ほら、恵、そろそろこっち来なよ」
声量大の再三の呼びかけでようやくこちらに来ることにしたらしい。いや、と言うかあまりにもでかい声で叫ぶもんだから周囲に気を遣ったような感じだ。この男にも恵くん?を見習ってほしいまである。
「……うるさい、そんなに声出さなくても聞こえてる」
「恵が呼んでもすぐ来ないからでしょうが、ほら彼に挨拶しな」
「……伏黒恵」
……名前だけ⁉︎ボソッと視線を合わさずにつぶやかれたが、初対面で子供にこんな態度取られると割と傷つく。
だが、ここは大人の余裕を持ってグッと飲み込もう。
優しい挨拶を返せば、この男よりも理性的で安心して良い存在だときっと彼も心を許してくれる…はず。
「僕は薬袋紫鶴、五条先生の知り合いみたいだし知ってると思うけど呪術高専の二年生なんだ。よろしくね」
うん、シンプルイズベスト。
初対面の子供に対する挨拶としては及第点だろう。
少しは警戒心を解いてくれるといいんだけ…ど?
何でだろう、変なこと言っただろうか?
恵くんが驚愕に目を見開いて固まっている。
「……高専の二年?ほんとに…ですか?」
「あ、あー、見た目のせいか…」
そこまで来てようやく自分とそこまで年の変わらない僕の外見が引っかかっていたのだと理解する。
確かに恵くんから見ればどう見たって同学年か、よくて一つ上くらいにしか見えないだろう。最近は一年の後輩ができて先輩と慕ってくれるものだから、つい自分の見た目のことを忘れてしまっていた。
ていうか、今慌てて敬語つけたな。
「ごめんね!混乱させちゃったよね、こんな見た目だけど本当に高校生だから!今16歳…と今月で17になるんだけどね!」
「そうですか…俺は10歳、小5です」
5年生か、何だか一昔前の自分の小学生時代を思い出してほっこりしてしまう。
「よろしくね。…で、五条先生、今日は何の要件ですか?今日僕休みなんですけど?」
「なんで僕の時だけ急に態度が悪くなるわけ?元担任なんだけど?まぁいいや、今日ここまで来てもらったのは恵を連れてある場所に行ってほしいからなんだけど〜」
は?何を言っているんだこの男は?
初対面の小学生を連れて行ってほしい場所?
皆目見当がつかない。
「それ、僕じゃないとダメなんですかね?自分で連れていけば良くないですか?」
「その予定だったんだけどねぇ〜、ほら、僕って大人気引っ張りだこのグッドルッキングガイだからさ、急なお仕事が入っちゃってね!」
なるほど、また上からの押しつけ任務を詰め込まれたのかと哀れみを込めて手を合わせておく。
あの連中はどうも特級という存在を自分たちの手足か何かと勘違いしている節がある。一度痛い目見せてやろうかと過労気味の脳みそが邪悪なことを考えてしまう。
「それで僕に?といっても、保護者として同伴するなら僕以外に適任いたんじゃ…見た目こんなですし」
どこかにお出かけとなっても小学生男子二人が仲良く歩いてるようにしか見えないだろうし、変な輩が寄ってこないとも限らない。まぁ誰が来ようが即返り討ちにできる自信はあるが、安全に越したことはない。
「弟のいた涼とかも考えたんだけど、今日はシン・陰流の方に用事があるとかでさ。三年と一年もみんな任務で出払ってるし…」
そこまで聞いて候補が一人足りないことに気づいた。
「秋斗くんは?出る時に部屋からいびき聞こえてたし、確か彼も休みだったと思うんですけど」
「何言ってるの…恵をよく見て!これを見た時の秋斗を想像してごらんなさいよ」
……事案だった。
おそらく、いや確実にベタベタのスキンシップを図り、変態発言を繰り返して、恵くんにトラウマを植え付けるどころか通報されてお縄になるところまで容易に想像ができてしまった。
風評被害だ!と脳内の秋斗くんが叫んでいるが、日頃の行いのせいだ。恨まないでほしい。
「はぁ…分かりましたよ。それで僕は彼をどこに連れていけば良いんですか?」
「それは…ここでーす!」
そう言ってやたらとうざいテンションで見せてきたのは一枚のチラシ。
「ワンニャンふれあいフェス」…と書かれている。
どうやらここからそう遠くない場所にある大きめの公園を使って、犬や猫といった動物と触れ合えるイベントが開催されるらしい。よく見てみれば、犬猫に限らずハムスターやらフェレットやらポピュラーな哺乳類全般が用意されている割と本格的な内容だ。
そして一番下には注意書き、動物との触れ合いということで万一の怪我や事故の危険を考慮して、小学生以下のお子様は保護者同伴必須…とのことだ。
「恵くんはこれに行きたいの?」
「……コクリ」
か、かわいい‼︎
頬を朱に染めて恥じらうように首肯した恵くんから発せられた弟属性に僕の中の母性が刺激されてしまった。
これは確かに秋斗くんに連なる少々やばい嗜好の持ち主の方々にはお見せできない。確実に拉致られる。僕が守らねば。
「恵が恥を忍んで、超珍しく僕にお願いしてきたもんだから、僕としてもすごーーーーく行ってあげたかったんだけどね〜」
「頼んでない、勝手にそのチラシ部屋から見つけてきたんだろ」
「て、言ってますけど?」
「行きたいのは本当なんだし別にいいじゃない」
「まぁ、構いませんけど…僕はどう見たって保護者に見えなくないですか?身分証明するにしても高校生じゃ認めてもらえない気が…」
「そこは安心したまえ!…はいこれ」
そう言って渡されたのは一枚のカード。
学生証によく似ているが何だろうと目を通してみて驚愕した。
「呪術高専特別講師 薬袋 紫鶴 年齢 20………偽造じゃねぇか犯罪者っ‼︎」
「バレなきゃ何してもOK!」
「子供の前でなにとんでもないこと言ってるんですか!」
そもそもこれをどうやって用意したんだ?
そう思って先生の顔を見て何となく察した。
大方、任務ボイコットするとか上にカチ込むとか無茶苦茶言って無理やり作らせたんだろう。
じゃなきゃあの夜蛾学長が私情に権力使うわけがない。
「あ、そろそろ僕もお仕事の時間だから行かなきゃだ!他に気になることとかあったら恵に聞いてね!あと言わなくてもわかってると思うけど、帰りもこのアパートまで送ってあげて!今は友達の家に遊びに行ってていないけど、津美紀っていう一個上のお姉ちゃんもいるからもし会ったら仲良くしてあげてね!」
「あ、まてこら逃げんなっ!」
じゃ!と行って術式で一瞬で姿を消した先生。
二人取り残されてしまったが、気まずい空気が流れているのを感じる。
「…えっと、とりあえず会場まで行こっか。近いみたいだし歩きで良い?」
「はい…」
開場時刻まで30分切っているし、今から歩いていけば少し早めに到着するだろう。
近隣の親子連れも多そうだし、人混みで恵くんから目を離さないように気をつけなければ…。
それにしても歩くことしばらく会話のひとつもないのは如何なものか…せっかく彼が楽しみにしていたであろうイベントだというのに、信頼している?保護者が仕事で来れなくなって初対面の相手に押し付けられた彼の胸中や如何に。少しでも盛り返すためにまずは僕から話を振るしかないか。
「恵くんは五条先生とはどういう関係なの?」
「…一応は今の保護者ってことになってますけど、正確には身柄は高専の預かりになってるって言ってました。うち両親いないんで」
「そ…そっか」
何やってんだ僕のバカ!
え、この歳で両親がいない?事故で亡くなったとか?なんだか聞きたくもないダークな過去に自分から全裸でダイブした気分でもう死にたい。思い出したくないこと思い出させただろうし、初対面のくせにズカズカと心のうちに踏み込まれてさぞ不快だろう。絶対嫌われた。
「あ…あはは、なんかごめんね」
「別に…父親の顔は覚えてないし、津美紀の母親も元から家にほとんどいなかったし、もう慣れました」
い、育児放棄??戦後の昔とかならともかく、このご時世でもあるとこにはあるのか、と逆に妙に冷静になってきた。
お姉ちゃんも一個上、小6と言っていたしそんな幼い子達がもっと前から二人で身を寄せ合って生きていたと知って、何だかやるせない気分にもなる。
五条先生とどうやって知り合って高専の預かりになったのかは知らないが、おそらく呪霊関係か何かで事件に巻き込まれたとかそんなとこだろう。
「それより…五条さんが無理やり押し付けたみたいですみません。俺は仕事なら今日は行かなくていいって言ったのに、あの人話聞かないから…」
「あー、あの人そういうとこあるよね…。高専の生徒のみんなからも見た目は大人、頭脳は子供って言われてるから想像つくよ」
「…ふふ、最悪なやつじゃないですか」
あ、今笑った。
何とも可愛らしい表情をするものだ。
環境が環境なだけに自分たちを守ることを必死に考えて生きてきたせいか警戒心が強いし、年齢の割に大人びた子供だと思っていたが、全く子供らしくないというわけでもないらしい。
「あはは、ほんとに恵くんを見習ってほしいよ。それから別に敬語じゃなくてもいいよ?見た目がこれだし、話しづらいでしょ?」
「いや、でも年上の人にはちゃんと敬語をつけて話しなさいって先生言ってたし」
どうやら学校でも先生の言うことは素直に聞くタイプの真面目な優等生のようだ。外でもそう言った礼儀をちゃんと意識できるのなら、この先社会も上手く渡っていけると思う。
「偉いね。まぁ話しやすいように好きにしてくれていいよ。それより、恵くんは呪術とかそういうののことはよく知ってるの?」
「知ってるというか…術式も使えるし呪霊も見えます。その術式が相伝?とかいうやつだったから、本当は禪院家ってとこに売られる予定だったらしいんですけど、酷い家だから危ないって五条さんに保護してもらったんです。その代わりお金とかは高専が援助するから、将来はそこに入って呪術師になるって契約付きで」
売られる⁉︎
さっきからこの世の闇を凝縮したような話題がポンポン飛び出してくるせいで、イベント前から僕のSAN値がピンチなんですが??
まさか育児放棄どころか人身売買の話まで出てこようとは夢にも思わなかった。
それにちゃっかり呪術師にしようと取引持ち掛けてるあたりが先生らしい。まぁ、御三家たる禪院の相伝術式を継いでいるらしいし、先生が欲しがったくらいなら余程強力な術式持ちで才能があるのだろう。
「じ、じゃあ将来は僕の後輩ってことだね!流石に恵くんが入学する頃には僕は卒業しちゃってるけど、OBとか一般の術師として仕事関係で高専に行くこともあるだろうし、その時はぜひ頼ってくれると嬉しいな…なんて」
「そうですね、その時はよろしくお願いします薬袋さん」
ペコリと小さな頭を下げてくる様子を見て、ますます五条某に彼の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい気分になる。
こんなにいい子なのに養育環境があまり宜しくないなんて、本当に神様というのは意地悪で理不尽らしい。
「着きましたよ」
「おお、ここかー。結構広いんだね」
彼の案内で到着した公園は住宅街の近くにあるにしてはやたらと広い土地を使ったもので、隅の方に遊具や公衆トイレがまとめられ、広場としての運用に特化した作りになっていた。
「もうすぐ夏祭りがあって、その時にはこの広場から花火が打ち上がるんです。うちからだと他の建物であんまり見えないんですけど、近いから音だけは大きいせいで、毎年隣の部屋のおっさんがうるせぇって怒鳴ってます。……お前の方がうるせぇって去年は五条さんが怒鳴り返してましたけど」
壁薄そうだったもんなぁ。
というか、それその後のご近所付き合いに支障はなかったんだろうか?次先生にあったら厳重注意しておかねば。
腐っても五条家の当主だし、生まれながらのスーパースターみたいな人だ。チヤホヤされて育った大金持ちゆえに近所付き合いとか理解できてないのだろう。
「ほんとに…うちの先生が迷惑かけてるみたいでごめんね」
「いえ…別に謝らなくていいです。あんなのでもお世話になってはいるので」
あんなの呼ばわりか、まぁ自業自得だ。
「それよりも、こっちこそすみません。今日休みって言ってたのに、見ず知らずの俺のために付き合わせてしまって…」
そう言ってまた頭を下げる少年。
こんな子供に気まで使わせてしまうなんて年上として恥ずかしい。先生のせいだと大声でなじってやりたい。
「いいのいいの、気にしないで!僕も犬とか猫とか好きだし、何なら恵くんより楽しみかも」
「…そうなんですか。飼ってたりするんですか?」
「うぅん、犬というか…犬みたいな…ヒト?」
「え…?」
あ、恵くんの目が濁った!やめて!そんな目で見ないで!変態的な趣味とかプレイとかそういうのとは断じて違うから!!
頭にちらついた恵くん係から諸事情により即外された級友のせいで、危うく僕までやばい人認定されるところだった。
「そ、そんなことよりほら!会場まで時間ないし、入場券買いにいこ!」
「そ、そうですね」
よかった。何とか誤魔化せたが、この子はいたって常識人…"あんなの"に育てられているとしても迂闊な発言を控えなければ。
その辺りの感覚が鈍るのはイカれてる術師特有の悩みかもしれない。僕はまだまともだと思っていたが、そもそもそれが思い上がりだったと痛感してしまった。
今日は日曜日、明日が海の日で祝日なことも相まってなかなかの盛況ぶりだ。開場より少し早めに着いたというのに意外と待ち時間は長く、肌をジリジリと焼いてくる快晴の空を睨みつけた。
並んでいる間はずっとソワソワしていたので、恵くんは余程ああいうもふもふ系が好きなのだろう。会話で感じるよりも年相応な様子に僕まで微笑ましくなってしまったが、それはそれとして僕もめちゃくちゃモフッた。子犬が…たまらんかったとです。
「恵くん、ワンちゃんと写真撮ってあげよっか?」
「い、嫌です。五条さんとかに見つかると絶対めんどくさいことになる」
確かに大きくなってもその時の写真で揶揄ってきそうだもんなぁあの人。それはそれとして小型犬に囲まれている恵くんが可愛かったので、しれっと写真を撮ったのは秘密だ。
楽しい時間ほどあっという間に過ぎるとはこのことで、気がつけばお昼も食べずに各コーナーを巡り、公園の時計は15時を指していた。動物たちの疲労も考えて、その時間には案内係が閉場の挨拶を述べ始めた。
夏の日差しの中、ふれあいコーナーにテントこそ貼ってあったがもふもふに囲まれたこともあって汗だくだ。
「恵くん、帰ろっか。途中自販機で飲み物買ってあげるよ」
「はい、ありがとうございます」
シャツで汗を拭いながら駆け寄ってきた恵くんを連れて、今朝来た道を歩く。そうして、しばらく歩けば目的のものもすぐに見つかった。
「飲み物、何がいい?」
「お茶で」
そういって彼が指さしたのは100円の280mlサイズのお茶だった。
「遠慮しなくていいんだよ?学生だけど任務とかで結構稼いでてお金だけはあるからさ」
そういえばジッと試すような視線を送ってから、じゃあ大きいやつでと続けた。
家庭環境についてはおそらく先生が迎えに行くまでかなり厳しかったのだろう。保護されてからはもっといい住居に住むことだってできたろうに、あそこに住んでいることを考えれば遠慮して断ったのかもしれない。
本当に気の回るいい子だが、まだ小学生なんだし周りの大人にもっと甘える癖をつけた方がいいのかもしれない。先生が甘やかすと、金銭感覚バグってるので変なものを買い与えそうなのが不安だが…。
「帰りに夕飯の買い物とかはしなくて大丈夫?必要なら荷物持ちついでに付き合うよ」
「いえ、津美紀が帰りに買って帰るってエコバッグ持って出かけてたので大丈夫です」
エコバッグ…二人揃って本当にしっかりしている。
生活に余裕があるはずなのに、節約できるところはしっかりと節約…この精神は僕も見習わないといけない。
「そっか、じゃあ帰るだけだね」
「はい」
お互いにそこからは他愛のない話をして、時々は飲み物に口をつけながら彼の自宅へと歩く。
行きと違って逆方向から見るだけでも街並みは随分変わって見えるらしい。初めてくる土地なのもあって新鮮な感じだ。
でも、どこか少しだけ懐かしくも感じている。
それはきっと今はもうない僕の家があった住宅地を思い出すからだろう。すぐ側に公園があって、いつも放課後はそこから子供達の声がしていた。僕も小学校までは帰りに友達とそこで遊んで、夕飯時に母が迎えに来たのを覚えている。
「…恵くんはさ、呪術師になるって決めちゃってるみたいだけど、そういうのがなかったら成りたかったものとか夢とか…ある?」
「…考えたことないです。でも、姉は…津美紀だけは、幸せに暮らしてくれたらなって思ってます。あいつは俺と違っていいやつだから」
何となく呪術師なんて知りもしなかった昔のことを思い出して、ほとんど無意識で彼に尋ねてみた。
まだ彼の姉に会ったことはないが、彼がそういうのだから本当にいい子なんだろう。それにしたってこの歳で自分のことより人の幸せを願うなんて、彼も十分に彼の言う"いいやつ"に入っていると思う。
過去に何があったかとか、今日あったばかりの身で細かいことまで掘り下げるつもりはないし、彼だって嫌だろう。
それでも、彼をそうさせてしまった両親や環境というものに少し怒りに似た感情を持つのは僕の傲慢だろうか。
「恵くんだってとても優しくて気の利くいい子だと僕は思うけどな〜。弟だったらぜひ欲しいってくらいにはそう思ってるよ?」
「……褒めても何も出ません」
あ、照れてる。
ちょっとだけ五条先生が彼を揶揄いたくなる気持ちがわかった気がする。なんだかんだ言って純粋さも十分残ってるようで何よりだ。きっと褒められ慣れてないんだろう。
今後どれだけ彼との付き合いがあるかは分からないが、またこうして関わることがあるのなら彼の周りの大人ができなかった分だけ褒めてあげようと、そう思った。
恵くんを家まで送り届けた頃には、雑談しつつゆっくり歩いたこともあって16時前になっていた。
「それじゃあ、僕はこれで失礼するね」
「あ、あの…」
今日のミッションコンプリート、先生にはザギンでシースーでも奢らせようと立ち去ろうとしたところで、半袖の端を掴んで引き止められた。
え、なにその少しだけ摘むみたいなかわいい引き止め方?尊いんだが??
「汗だくですし、シャワーくらい貸すので浴びて行ったらどうですか」
「ん、あぁ…まぁそうなんだけど、津美紀ちゃんが帰ってきて知らない人が家にいたらびっくりしないかな?」
「あいつはそんなの気にしないですし、多分クラスの友達と思われる気がします」
「うぐっ…!」
やっぱり優しくていい子だなと思ったところで、右フックが飛んできた。ノーガードに鋭く刺すような一撃。確かに将来有望だ。
「薬袋さん?」
「ん、なんでもないよ。それじゃあお言葉に甘えてシャワーお借りしようかな」
「はい、狭いですけどどうぞあがってください」
そう言って通してもらった彼の自宅。
こじんまりとしたワンルーム、部屋の隅に畳まれた二枚の布団、勉強机代わりなのか消しかすの散らばった座卓。その他の物も必要最低限といった感じだ。それでも小さめの浴槽とシャワー、トイレと付いているし家電の類も一通り揃っているので生活に困っていると言うほどではなさそうだ。
ちゃんと援助は受けているみたいで何よりだ。
「お邪魔します…恵くん、先に汗流しておいでよ。僕は残った飲み物を冷蔵庫に入れておいてあげるから」
「え、でも…」
「自分の家なんだから遠慮しないで、ほら」
「そうじゃなくて…」
なんか急にモジモジし始めた。
もしかして先にお手洗いに行きたかったとかそう言うことか?
結構お茶をがぶ飲みしてたし、それでかもしれない。
そう言うことならお先に失礼しようか…そう思ったところでまさかの発言に耳を疑った。
「その……今日一日お世話になったので、お背中くらい流します」
「え…?」
さて、この状況は何だろうか?
僕の外見がアレだから同い年くらいの友達に対する親近感が湧いちゃったとかそう言うアレだろうか?
いや、そもそもだ。仮にも16歳の僕が歳の離れた弟みたいなものとはいえ、他所のお家の今日初めて会ったばかりの少年と一緒にお風呂というのは世間的にどうなのだろうか?
グルグルと思考が頭を駆け巡って纏まらない。
「…あの、やっぱり嫌ですよね。変なこと言ってすみませ…」
「よし、じゃあお願いします!」
あんな顔されたら無理だ!
心のお兄ちゃんが弟にあんな寂しそうな顔させられない、僕はお兄ちゃんだぞ!と雄叫びをあげている。
脳内の秋斗くんが俺のこと言えないとか抜かしているが、僕のは断じてそう言うやましい気持ちがあってのことではないし、あくまでも1日で随分と僕に懐いてくれた可愛い弟分の献身に応えてのものだ。
あんな願望剥き出しの匂いフェチの変態犬と一緒にされると言うのは非常に心外である。
で、狭いといっても小学生二人で入っているようなものだし、広さについては特に問題はない。それよりも、現役小学生の彼は気にしないだろうが、見た目はともかくメンタル高校生の僕は色々と深傷を負ってしまった。
僕の体は当然12歳で成長が止まっているわけで、おそらく同年代の中だと平均より少し上くらいの体格の彼と並べば、若干僕のほうが大きい程度の差だった。
が、問題はそこではない。
背中を流してもらって、交代しようと場所を入れ替わろうとしたその時、僕の目に飛び込んできたのだ。
あえて詳しくは語るまい。
だが、強いて言うならば、
恵くんの恵くんは恵まれたご立派様だった
とだけ言っておく。
年上としてのプライドをシュレッダーにかけられた後、お互いにドライヤーで髪を乾かしていると、丁度パンパンのエコバッグを抱えた津美紀ちゃんが帰ってきた。
「ただいま〜、あれ?五条さんじゃない?恵ー、お友達来てるのー?」
玄関の方から聞こえる声、確かに五条さんの靴ならもっと大きいし、クラスの友達が来たと勘違いされているらしい。
「ちょっと荷物取ってくるから、あとは自分で乾かしててください」
「うん、ありがと」
そう言ってドライヤーを僕に渡して、そそくさと玄関に行く恵くん。やがて何やら話しながら二人で部屋に戻ってきた。
この子が津美紀ちゃん、恵くんと特段顔が似ているわけではないが、優しげな顔つきのとても可愛らしい女の子だ。
彼女は僕の姿を認めるなり、数度パチパチと目を瞬かせてからにっこりとした笑顔で挨拶してきた。
「はじめまして!恵のお姉ちゃんの津美紀っていうの!よろしくね!」
「はじめまして、薬袋紫鶴です。よろしくね、津美紀ちゃん」
「わぁ、恵がお友達を家に連れてくるなんて初めてだから緊張しちゃうな〜!」
うん、喋りの感じからしても恵くんと同じ年下と思われてるなこれ。
にしてもまじか恵くん。家に口うるさいお母さんという城壁がいないと言うのに、友達の一人も連れてきたことがないだなんて、もしかしてボッチか…?
それはお姉ちゃんもさぞ心配だろう。
初対面のあの感じから察するに彼は口下手だし、髪型と同じくらいツンツンしてる。必要なこと以外話さないだろうし、クラスの他の子の子供っぽい悪ノリとかも嫌がるだろう。
そう考えたらますますボッチ説が濃厚になってきた。」
「恵くん、学校にお友達いないの…?」
「な⁉︎い、いますよ!そんな憐れんだ目で見ないでください!」
「そんなこと言って、この前もクラスの子と喧嘩して先生に怒られてたくせに」
「余計なこと言うなよ!」
ほうほう、なかなか真面目と見せかけてヤンチャな一面もあると。弟ポイントが高いな恵くん。
すっかりお姉ちゃんに弄ばれている様子だが、それでも津美紀ちゃんに幸せでいて欲しいなんて言うくらいだ。お互い信頼しあっているのだろう。
「そういえば恵、今日は五条さんと何かのイベントに行くって言ってなかった?五条さんは先に帰っちゃったの?」
「あの人は急な仕事でいけなくなったんだよ。だから代わりに薬袋さんと行ってきた」
そこでさらに津美紀ちゃんの頭に?が乱立する。
「え?でも大人の保護者が同伴必須って言ってたから五条さんに頼んだんじゃないの?それにさっきから紫鶴くんにさん付けして呼んでるけどどうして?」
まぁもっともな質問だ。
恵くんもようやくそこで彼女が僕のことを同級生か何かと勘違いしていることに気がついたらしい。
「なぁ津美紀、薬袋さんは高校生だぞ」
「ふぁ…?」
津美紀ちゃんそんなお間抜けな顔ができたのか。
完全なスペキャ状態の彼女を心配してか、恵くんが背中を摩っている。涙ぐましき姉弟愛だ。
「ごめんなさい!私年上と思わなくてついタメ口で…!」
「謝らなくていいよ、気にしてないしこんな見た目だから普通分かんないよね」
すごい勢いで非礼を詫びてくるが、正直5か6つ上なだけで社会的に見れば大した年齢差ではないし、そもそもそんなに敬語を使われるほど偉い人間でもないのだ。
かしこまられると逆に居心地が悪くなってしまう。
「僕には敬語とか使わなくていいから気楽に接してよ。ね?」
それを聞いて、そう言うことならと素直に従ってくれる津美紀ちゃん。
「ふふ、でも本当に恵のクラスの子かと思ってたからビックリしちゃったなー」
「あはは、だよねー」
「そもそも何でそんなにちっさいんですか?」
どストレートなナイフに心臓を抉られかけたが、まぁ気になるならお答えしよう。
「天与呪縛のせいで12歳から体が成長してないんだよねー」
「てん…じゅば…?」
惚けた津美紀ちゃんを見て、恵くんが慌てた様子で耳打ちしてきた。
(津美紀は呪術とか一切知らないんで、そう言うのは言わないでください!)
(あ、ごめん!つい!)
そうか、彼女は見えない普通の一般人なのか。
恵くんがこちら側だから油断していた。
「ええと、まぁすごく珍しい生まれつきの病気みたいなものだよ!特にどこか具合が悪いとかじゃないから、あまり気にしなくていいよ」
「そうなんだー、紫鶴さん、ピーターパンみたいだね」
「それ褒めてるのか?」
津美紀ちゃんの天然と恵くんのツッコミが僕の自尊心を削り取っていく。
いいさ、可愛い妹分弟分のためならネバーランドでも何でも連れて行ってやる、とヤケを起こしかけたところですっかり長居してしまったことに気がついた。
「っと、そろそろお暇しようかな。二人ともご飯の準備とかあるのに長居しちゃってごめんね!あとシャワーまで借りちゃってありがとう!」
「「えっ…」」
そう言って立ち上がった瞬間、二人から悲痛な声が上がった。
え?なに?その寂しそうな目を向けられると非常に帰りづらいんだけど…?
「今日、五条さんの分もって多めに食材買ってきたの。せっかくだし一緒に晩御飯食べてからじゃダメ?」
「俺たち二人だと食材余らせて傷んじゃうし、そうしたら?」
理屈をこねて引き止めにきた。
この二人は確実に兄心の掴み方を理解してやっているとしか思えないし、子供二人の生活…偶のまともなお客さんと言うのもあって少し甘えたくなっているのかもしれない。
よかろう。
今から僕が、お兄ちゃんを遂行する。
結局、しっかりと夕飯まで頂いてしまった僕。
意外にも津美紀ちゃんの料理の手際が良く、味も良かったのでどこにお嫁に行っても問題ないなとか、アホなことを考えてしまった。
「ご馳走様、流石に色々してもらってばかりじゃ悪いし、洗い物は僕がするよ」
そう言って現在、キッチンをお借りして洗い物をしている。
お兄ちゃん(仮)としては、下の子たちにしてもらってばかりと言うのは居心地が悪いのだ。
かく言う二人は僕の後ろで片付けた座卓に仲良く座って宿題をしている。恵くんが解きながら、横から津美紀ちゃんが分からないところを教えてあげているらしい。
本当に仲のいい姉弟だ。
「津美紀は宿題ないのか?」
「私は金曜日のうちに終わらせちゃったもん。日曜日に遊びに行くなら先にしておきなよって言ったのに聞かないからだよ」
「ふん…」
この辺りは男女の思考の違いが出てる気がする。
ぶすくれた様子で宿題をしているところを見れば、自分にも兄か姉がいればあんな感じだったろうかと考えてしまった。
「それじゃあ、すっかり遅くなっちゃったけど、二人とも戸締りはしっかりね」
「はい、今日は付き合ってくれてありがとうございました」
「恵のことだけじゃなくて洗い物までしてくれて助かっちゃった。何もないけどまた遊びに来てね」
お土産にと饅頭まで貰ってしまった。
それをポケットに入れながらアパートを後にすれば、少し先の街灯下に不審者が待ち構えていた。
「そんなとこで何してるんですか?」
「何って色々突然押し付けちゃったからね、お迎えに来たんだよ。まさか恵が初対面の人間を家にあげて、挙げ句の果てにご飯まで誘うなんて思わなかったよ。…見た目で親近感湧いたのかな?」
「死にたいんですか?」
にっこりと微笑んであげれば、おー怖!といつもの調子だ。
「まぁ、君たちが仲良くなってくれたみたいで何よりだよ。ぶっちゃけさ、恵は将来的に僕に並ぶ術師になるかもしれないと思ってる。だから、時々、未来の可愛い後輩に会いに来てやってよ」
「そうしたいのは山々ですけど、時間取れないんですよ。誰かさんが時々任務サボるせいで」
「え〜?そんな奴いるの?誰かな?」
このやろう…!
まぁこんな夜の道端で騒いでも近所迷惑だ。
今朝の誰かさんと違って僕はその辺りの分別を弁えているのでグッと堪える。
ふと振り返ってみれば、部屋の窓に二人の影が映っているのが見えた。
「…まぁでも、二人が喜んでくれるならまた来ますよ」
このあとしっかり銀座の寿司を奢る約束を取り付けた。
恵くんの恵くんが恵まれてるのはプロヒモの遺伝子。