「それで…作戦変更を余儀なくされてるわけですけど、どうします?」
試合開始してから大切なことを伝えてきた軽薄目隠し男のせいで、せっかく立てた計画が白紙に戻ってしまった。
転写による移動を禁じられた以上、このまま普通に進軍して、会敵すれば戦闘…という当たり前と言えば当たり前の戦法を取らざるを得なさそうだ。
『少し待て、思案中だ…』
頭脳派佐渡先輩もタイミングの悪さに歯噛みしている様子。
これで万一負けたら、全員であの野郎に高級焼肉か寿司でも奢らせねば割に合わない。
『……薬袋、お前は会敵時の勝率100%で考えている。京都校で一番厄介なのは三年の
嘴野さん……あぁ、1人だけ覆面みたいなの被った忍コスみたいな人のことだろうか。
火力と引き換えに探知に完全にかからなくなるステルス術式…確かに厄介だ。
それなら彼はおそらく単騎で行動している可能性が高い。
とはいえ、あまり警戒しすぎても他への対処が疎かになる可能性もある以上、真っ先に潰しておかないと確実にこちらが掻き乱される。
『対処としてはいくつかあるが、一番確実なのは1人囮にして叩く作戦が確実だろうな…。誰かのベルトを取りに接近したところで、身を潜めておいた別の人員で攻撃、奇襲に奇襲で返すパターンだ。これならやつを落とせる確率が高いが、問題は奴が単騎じゃなかった場合、さらにそこを背後から叩かれる可能性が残る点だ』
なるほど…完全なステルスである以上、出てこない限りはどれだけ警戒しても無駄なのだから餌で釣るわけか。
だが、確か今年は京都校の方が人数が1人多くて奇数だ。
2人ペア3組に単騎の嘴野で来るのか、一組だけ3人ペアを作って2人がやり合ってる背後から嘴野が襲ってくるか。
考えることは多い。
「一つ思いついたんですけどいいですか」
『ん、なんだ?』
「誰か1人が残ればいいんですよね?」
『あぁ』
「森ごと僕中心に全部薙ぎ払えば勝てませんかね?」
『……』
言ってはみたが、下手すると先に広範囲攻撃で呪霊が全滅して、全員に電撃流れて引き分けだ。それに言い換えれば、味方も関係なしに全員まとめてぶっ飛ばすって言ってるようなものだし。
「なんて…冗談です」
『……いや、案外悪くない』
Why?本気でおっしゃってます?
我が耳を疑ったが、聞き間違えではなさそうだ。
「えぇ…何か策があるんですか?」
『あぁ、とはいえそれは最後の仕上げだ。まだ能力の割れていない相手側の二年4人の術式を警戒して、最初はこのまま会敵次第戦闘、ある程度能力を私の共感呪術で共有する。いいか?会敵しても倒す必要はない。相手の手の内を探るんだ』
「了解です。それで嘴野さん対策は…」
『それも今から説明する。奴は確かに探知に掛からないが、攻撃の際は姿を見せる必要がある。だから、2人ペアは背中同士を合わせて動け。互いの背後が見えていれば奇襲もできないはずだ』
『えぇ〜!私こんな仏頂面と肌を重ねるなんて嫌なんですけど⁉︎』
「柳木先輩、変な言い方しないでください…」
涼くん…あれと組まされて可哀想に、合掌。
『そう言うなよ。背中合わせと言っても実際に密着する必要はない。あくまで互いの背後を確認できるように動けというだけだ。それから交流会の後、フタバの新作フラペチーノ奢ってやる』
『決まりね‼︎』
チョロいなあの先輩。
甘いもので釣れるのか、今度試してみよう。
『とにかく奇襲で無抵抗のままベルトを狙われる方が分が悪いからな。どこからきても確実に気づける体勢で向こうが仕掛けて来るのを待つ、それが第一段階だ』
『佐渡、倒せそうならそのまま叩き潰して構わんよな?』
『あぁ。だが人間が油断するのは勝利した瞬間だ。戦闘を外野から嘴野が伺っていて不意打ちを仕掛けてくる可能性もある。常にペアの死角には気をつけろよ』
『ああ分かっているとも!』
『そして、第二段階。ここが重要だ。途中、呪霊を見つけたら全て捕縛しろ。間違えても祓うなよ、味方が感電するかもしれんからな』
『捕縛って…それ持ったまま戦闘するんすか?蝿頭はともかく三級とかになるとでかい奴も結構いるんじゃ…』
『そこは柳木の術式で対処だ。柳木、やれるな』
『意外なところでわたしの出番ね!ピンキーちゃんにお任せあれ!マックス用意するわよ!』
彼女とペアを組んでいた涼は驚嘆した。
彼女の持っているピンキーというらしいピンクのクマのぬいぐるみの背中、そのチャックが開くと中から同じ姿形のぬいぐるみが次から次へと出てくるのだ。その数、軽く目算しただけで30はいる。
『全員よく聞け、今、柳木にぬいぐるみを多数用意させた。あのぬいぐるみは特殊な呪骸で、背中のチャックを開くと全てのぬいぐるみと共有された異空間に繋がっている。こいつらをエリア全体にばら撒くから見つけたら回収、それに捉えた呪霊を詰め込め。巨大だろうが指一本でも入ればあとは勝手に吸い込まれる。それにぬいぐるみたちは柳木の持つオリジナルと繋がっているから索敵にも使えるはずだ。柳木、敵を捕捉できたらすぐに連絡するように』
『分かってるわ』
彼女の術式は学長と同じ傀儡操術だが、彼女の場合は使用する呪骸が特殊なものとなっている。学長のように様々なタイプを生み出して使役するスタンダードな呪骸使いと異なり、彼女は作れる呪骸をピンキー1種類のみにする縛りを課すことで、作った呪骸に後天的に術式を付与することができるのだ。
付与できる術式にも様々な条件があるそうだが、基本的にはこの四次元ポケット的な機能が使い勝手が良くお気に入りなために、デフォルト機能にしているらしい。
『呪霊を一定数確保できたら、全員帳の外縁ギリギリまで後退しろ。全員の移動を確認次第、薬袋に派手にやってもらう。他のメンバーは怪我をしたくないなら合図と同時に場外に退避だ。失格にはなるが、最終的に薬袋1人が帳の中に生き残ればいい。エリアを埋め尽くす飽和攻撃ならあの忍者コスもどうしようもあるまい』
「了解です!」
手間暇の掛かる作戦になるが、上手くいけば一網打尽だ。
あと嘴野さんは忍者コスで共通認識らしくてちょっと嬉しかった。
一方の京都校
やぁ、俺は呪術高専二年の永野博史!
地味顔なせいで影が薄いとかモブとか言われるけど、これでも二級術師として日々任務に励んでいるんだ!
そして今は憎き東京校との交流会の真っ最中。
三年の先輩方の作戦に従って、2人1組のペアに散開、ステルス術式使いの嘴野先輩だけが単騎で行動中だ。
試合開始からすでに30分が経過しているけど、どこからも戦闘の音が聞こえないし、俺たちも未だに会敵できずにいる。
「東京校の連中、本当にエリア内にいるのか?」
森の中をペアの加茂と徘徊しているが残穢一つ見当たらない。
加茂朝日は京都校二年の紅一点、彼女は御三家の一角である加茂家出身であり、術式も相伝である赤血操術を使用する。
女性軽視が蔓延る加茂家からお墨付きをもらう程の秀才だ。
そして、当の俺自身は何のことのない一般家庭出身だし、術式もただの式神使い。はっきり言って力関係は完全に下だ。
「無駄口叩く暇があるなら式神でも放って索敵してくれないかしら?少しはサポートで活躍してくれないと困るわ」
「あ、わりぃ。そうだな、半分の5体を出すから敵を見つけたら教えるわ」
この高飛車な態度が本当に腹立つが、言ってることは最もではあるので、大人しく指示に従って5体の呪霊のような式神を繰り出し散開させる。
一般家庭出身なだけでも軽蔑してくるのに、大したことない式神使いと見なされているのが納得いかない。
いつかギャフンと言わせてやる…!
その時、背後からズンッ‼︎と重量のある何かが地面に着地した音が聞こえ、俺たち2人は素早く身を反転させて背後を確認した。
「ふぅ…やっと見つけたと思えば、お前たちは二年か?」
でかい!クマかと見紛うような巨漢の筋肉ダルマがそこにはいた。地面がめり込んでる……どんな登場の仕方だよボス敵か!
心の中でツッコンでは見たが、隣の加茂の表情が普段では見せないほど真剣なことに気がついて気を引き締めた。
この人はおそらく三年、しかも見かけ通りのゴリゴリ近接タイプだろう。遠距離攻撃の得意な赤血操術使いである加茂が警戒しているということは、実力は格上と思っていい。
「…そうよ。二年の加茂朝日。こっちは…あなた名前なんだったかしら?」
「永野だよ‼︎入学から半年経ってんだぞ!いい加減覚えろや!地味で影が薄いのは認めるけどよ!」
この女、とことん俺には期待していないらしい。
吠え面かかせてやるっ‼︎
「加茂…御三家の人間か。そして永野だな。俺は東京校三年、狭間豪だ。よろしく…なっ‼︎」
挨拶を終えると同時に巨体から想像もつかないスピードで加茂に肉薄した狭間。
唸りを上げる拳が彼女の顔面を捉える直前で、赤い液体がその拳を阻むように出現して凝固、防御した。
それを確認して素早く後方に距離を取った加茂は間髪入れずに攻撃に転じる。
「赤血操術・百斂‼︎」
突き出した掌に圧縮した血液を飛ばす基本技。
まずはこれでどの程度相手に通用するかを測るつもりなのだろう。
だが、狭間は交わすどころか微動だにしない。
バシュ‼︎と血の弾丸が狭間の肉体に命中。
普通の人間ならば穴が開くところだが、どうやら狭間の強靭な肉体には傷ひとつない。素の肉体強度に合わせて呪力を込めたことで防いだのだ。
「ちっ!狭間さん…だったかしら。ちょっと鍛えすぎじゃないですか?」
基本技とはいえ、秀才と呼ばれる彼女の術式をほぼフィジカルで防がれてしまい、思わず舌打ちが飛び出した。
「なに、呪力無しなら俺も負傷していた。いい術式の練度だ!だが、その技では俺は倒せんぞっ‼︎」
「
途端に狭間の両肩や肘、膝が盛り上がったかと思えばそこに形成された穴から凄まじい熱量の蒸気が噴き出した。
ついでにドレッドヘアーの髪束の先からも蒸気が上がっていて凄まじい異様だ。
蒸気魔人、体内に術式によって構築された仮想の蒸気機関を生成し、呪力を蒸気に変換して生まれるパワーを利用することで、自身のフィジカルを数倍に引き上げる能力だ。
「あの人、マジで人間か⁉︎」
「野生のゴリラかもしれないわよっ‼︎」
人外の馬力で轟音と共に大地を砕き割る拳を繰り出してきた狭間に対して、素早く反応し左右に避ける2人。
「
探索に出している5体とは別に、2体の鳥型式神を呼び出して上空前後から鋭い鉤爪による滑空攻撃を行わせる。
さらに反対に回避した加茂も追撃に移る。
「赤血操術、百斂・穿血‼︎」
あちらも出し惜しみはやめて、今度は赤血操術の中でも最高威力の攻撃を仕掛ける。
穿血は両手を合わせ、その内側で更に圧縮率を高めた血液をウォーターカッターのように一点から打ち出す技。先ほどの百斂は塞がれたが、これは交わさなければ無傷では済まないだろう。
「ガハハ!いい動きだ‼︎だがしかーし‼︎」
「なっ…!がはっっ⁉︎」
ガッ!と前方からの式神を鷲掴みにしたかと思えば、そのまま式神を俺の方に全力投擲。咄嗟の反応が間に合わなかったために、腹部に直撃を受けて林の中に吹っ飛ばされてしまった。
そして背後からの式神は狭間の背中から打ち出された呪力の弾幕によって撃ち落とされてしまう。
蒸気とは別の何かによる攻撃に一瞬の疑問を覚えた加茂だったが、投擲のために体をこちらに向けたことで見えた狭間の背中に目を剥いた。
「は?」
「狭間先輩!蒸気がっ…!蒸気で焼け死ぬってーーー‼︎」
彼の広い背中に隠れて今まで見えていなかったが、なんと桜庭が背中合わせにくくりつけられていた。
全身汗だくのサウナ状態。
気の毒なほどにやつれた男が悲鳴を上げながら、それでいて的確に式神を撃ち落とし、今は加茂の放った穿血に呪力の弾丸をマシンガンよろしく連続で打ち込んで相殺、撃墜して見せたのだ。
「仕方ないだろう!忍者対策に背中を合わせるように言われたろう?」
諦めろと続ける狭間についに泣きが入った桜庭。
「背中刺される前に俺が蒸し焼きになって死ぬってば‼︎せめて蒸気止めて‼︎」
「無理な相談だ!気合いで耐えろ、ガハハッ‼︎」
「人殺しぃぃぃ!!!!」
阿鼻叫喚の地獄絵図。
戦闘の場から少し離れた木陰に身を隠し、4人を観察していた佐渡は、目の前を通りかかった蝿頭を素手で掴み、途中で拾った複製ピンキーの背中に捩じ込んだ。
「……背中を合わせろとは言ったが括り付けろとは言っていないぞ、あの脳筋ゴリラめ」
インテリらしくメガネをクイッと上げて、哀れな後輩の悲鳴をBGMに呟いた。
ス◯バにするかどうかで迷った。
三年組は司令塔、物量ぬいぐるみ、フィジカルモンスターでいいバランスになったと思ってる。