日付ミスってたので編集。
2012年7月28日 福岡県宮若市 旧犬鳴トンネル
ここは日本一との呼び声高き心霊の名所。
過去には集団リンチ焼殺殺人事件も起こったという呪いのメッカだ。
なぜ僕がそんな危険な場所へ足を踏み入れることになったのか、事の発端は前日に遡る。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「紫鶴、ちょっといいかな?」
「五条先生、どうしたんですか?」
午前の授業も終えた昼休み、飲み物でも買いに行こうと教室を出たところで唐突に先生に声をかけられた。
ちなみに昨日から2年生との合同任務で秋斗くんと涼くんの2人はここにいない。本当は一年全員で行きたかったのだが、任務の規模から随伴できる一年は2人までという条件があったために、ジャンケンに負けた僕は1人寂しく居残りというわけだ。
「1人寂しくお留守番をしている良い子の紫鶴くんに、僕から旅行のお誘いだよ」
「…別に寂しくないですし、旅行のお誘いはお断りします。先生1人で行ってください」
いつもの軽薄なノリで絡んでくる先生を見て、相手するんじゃなかったと思いながら購買に向かおうと背を向ける。
「え〜!なんだよツレないな〜!せっかくこの
「自称最強が寂しいくらいで死ぬわけ無いじゃないですか」
「まぁ、それはそうなんだけどね!っと、冗談はこれくらいにして…」
途端にいつもの悪ノリを辞めたかと思えば、至って真剣な口ぶりで続ける。
「紫鶴は福岡にある犬鳴トンネルって知ってるかい?」
犬鳴トンネル…もちろん知っている。怪談話で出てこないことはないくらいメジャーもメジャー、日本一の心霊スポットとの呼び声高い場所だ。確か今は封鎖されている旧道の方が曰く付きだったはず…。
「そりゃあ知ってますけど…なんだって突然、九州の心霊スポットの話を?」
「実は上から僕指名の依頼でね。その犬鳴トンネル付近で特級相当の未登録呪霊による被害が頻発していて、これを払うって任務なんだけど…」
「…もしかして、その特級案件に三級の僕を同行させるとか言いませんよね?」
「
一体何を言い出すかと思えば、この人は血迷ったのだろうか?
特級の相手が務まるのは一級以上の術師だけ。それ以外が現場に赴いたところで惨たらしく殺されてお終いだ。
だというのに、現呪術界最強の男に直々にやってくるような特級の中でもとびきりやばい案件に同行させる?正気の沙汰ではない。
「授業で先生が言ってましたよね…特級は一級術師以上でようやく戦いになるかどうかのレベルだって」
「うん、言ったね」
「じゃあ僕が行けば術式で死なないまでも、足手纏いになるのは明白では?そして、足手纏いが増えるくらいなら五条先生1人で相手した方がスムーズにことが進むと思うんですけど…」
僕の言っていることは正しいはずだ。
特級相手の戦闘において足手纏いなど連れて行かないは当然として、いるくらいなら早く呪霊に殺されてしまえと思われることが大半だろう。だっていない方がマシなのだから。
しかし、なまじ僕はほぼ不死身な分、すぐに死んでいなくなることもできない。
「まぁ普通なら紫鶴の言う通りなんだけどね。今回の件、君の母親を襲った呪霊の件と関係があるかもしれないって言ったらどうする?」
その言葉を聞いた途端に僕は全身が総毛立った心地がした。
約半年、進展のなかった母と僕を狙った可能性のある件の呪霊について、ついに動きがあったのだから。
「…それはどういうことですか」
「どうもこうも前に話したろう?あの呪霊にはバックに誰かいるって。今回の呪霊騒動もその誰かがいる可能性が極めて高いって話だよ。うまく行けばそいつの正体を掴めるかもしれない、その上で…僕と来るかい?」
まるで僕を試すように珍しくサングラスを外して透き通るような六眼で直に僕を見つめる先生。
見られているだけなのに凄まじい重圧を感じる。
行けばもちろんタダでは済まない場面もある、それでも…自分の命を懸けてでも真実を追求する覚悟があるのか?そう僕に問うている目だ。
「……愚問です。置いていくと言われても死ぬ気でついて行きます」
グッと拳を握り締め、真っ直ぐに先生の目を睨みつけて答える。
人任せにして求める答えをただずっと待っているなんてできない。
僕は僕から大切なものを奪った奴に必ず報いを受けさせる…そのつもりで呪術高専の門を叩いた。
確かに僕は術式の扱いも呪力操作もまだまだだ。そもそも、自分に呪力があって術式があるということを認識したのも入学する直前だ。
でもそれを言い訳にして、今行かずにどうするというのか。
「うん、合格だ。明日の朝7時半の便で向こうに飛ぶ、最低でも30分前には空港に集合。任務の詳細は移動の際にも話すけれど、より細かな打ち合わせは現地協力者と合流後に再度行うからそのつもりで」
「はい!」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
そうして、飛行機で福岡空港まで約1時間、さらにそこから現地の協力者の迎えの車に乗り込み、移動することさらに1時間半、ようやく僕と先生は日本一の心霊スポットの地を踏みしめたのだった。
「ふぅ、なかなか移動だけでも疲れましたね」
「若いのに何言ってるの〜、お仕事はこれからでしょ」
そう言って長時間の着座で凝り固まった体をほぐすように体を伸ばす僕たち。
そこにふと2人の人影が近づいてきた。
1人はここまで僕たちを運んでくれた運転手の男性、極々一般的な30代のサラリーマンといった出立で、中山さんという今回は帷を下ろすなど補助監督にあたる作業を担当してくれる人なのだという。
そしてもう1人は女性、歳の頃は20代前半、纏う呪力から一目で分かる協力者の呪術師だろう。
「本日は遠路はるばるお越しくださいましてありがとうございます。私は瀧上家十四代当主
そう言って名乗った奈沙さんは流麗な仕草でお辞儀をした。
風に靡く艶やかな黒髪は激しい動きの邪魔にならないように首の後ろあたりで結えてある。透き通る白い肌、優しげにおっとりとした髪と同じく黒曜の如き輝きの瞳、身長は160㎝程度だろうかスタイルも品の良い整い方をしている。
彼女の家、瀧上家は地方の術師としては比較的有名な家柄だそうで、特に現当主が女性という点で非常に異質な存在感を呪術界に放っている。
そもそも男尊女卑の激しい格差が顕著な呪術界だ。
他所の家からのやっかみや嫌がらせも多いそうだが、徹底した実力主義の瀧上家の頂点である彼女は、それを女性でありながら実力一つで捩じ伏せ返り討ちにしているというのだから驚きだ。
はっきり言って今目の前にいる淑女の鏡のような彼女からは想像もつかない。
「どーも、現代最強の呪術師こと五条悟ですよろしく〜」
何ということか、礼儀のれの字も知らないこの男はいつもの調子でだらしのない挨拶を返す。はっきり言って僕が恥ずかしいから、こういう時くらいはしっかりしてほしい……先生にそれは無理か。
ならば、その分僕がしっかりとしたところを見せねば、東京校の名が廃るというものだ。
「大変失礼しました!何分、この人は最強などともてはやされて天狗になっているようでして…仕事はできるのでどうか多めに見てあげてください。あ、申し遅れました。僕は呪術高専東京校一年、薬袋紫鶴と申します!三級術師ながら担任の五条先生のお誘いで本件に同行させていただくこととなりました。皆様の邪魔にならないように精一杯頑張りますので、どうかよろしくお願いいたします!」
そこまでに一息に言い切ってから深々と90度のお辞儀で挨拶を返す。
完璧だ、常識に欠けるポンコツ上司をフォローする苦労人な部下ばりのムーブ。これを見せれば相手も気を遣って、気を悪くするだなんてことはないはずだ。
「まぁ、ご丁寧にどうも。そんなに畏まらなくて大丈夫、紫鶴さんというのですね。素敵なお名前、ご両親に感謝しなくてはいけませんね、ふふふっ」
「っ……‼︎」
「あれ…おーい?紫鶴ー?」
ハッ!行けないあまりにも彼女の微笑む御尊顔が美しく、天女かと…一瞬意識が飛びかけていた。なんだ…この今までに感じた事のない胸の高鳴りは…胸が苦しい、鼓動が早い、まさか…まさかこれは…。
「好きです、結婚してください!」
一目惚れの恋だ。
間違いないと僕の心がそう告げている。
この人は僕の挨拶を聞いても、この姿について何も聞かなかった。気になるがあえてスルーしたのではない。目を見ればわかる。本当に最初から相手を見た目で判断し、子供だと侮ることをせずに僕を受け入れてくれたのだ。
この人しかいない。
そして気がついた時には僕は彼女の前に片膝をつき、その瞳を見つめながら愛を告白していた。
「あらあらまぁまぁ…」
彼女はほんのりと頬を朱に染めてあらまぁと繰り返している。
初対面の相手から、それもこんな子供にしか見えない相手からの熱烈な告白を唐突に受けたのだ。困惑しないわけがない。
隣の先生はヒュウと口笛を鳴らして、実に楽しげな表情でこっちを見ている。
「あっ…!すみません突然こんなこと!その…忘れてくださいっ!」
途端に冷静になった僕は頭が沸騰するんじゃないかというくらい真っ赤になって、慌てて発言の取り消しを告げた。
しかし、
「…ふふ、どうしてですか?」
「え?」
「確かにとても驚きましたけど、でも取り消す必要はありませんよ。あなたのお気持ちはとても嬉しかったです」
ああ、天女のような彼女は僕の無礼に怒ることもせず、この気持ちを嬉しいと言ってくれた。なんて優しい人なんだろう。
でも、このセリフは相手を振る時の常套句、この後"でもごめんなさい"と続くのだ…まぁ当然の返答だろう。
「そうですね…ではあなたが成人なさって、それでもお気持ちが変わらなければ改めて思いを伝えていただけますか?それまで私は紫鶴さんをお待ちするとお約束いたしますので…」
ですよね、お断りしますよねぇ……ん?
「あ、あの、五条先生、僕が成人するまで待ってくれるって聞こえた気がするんですが、僕は耳がおかしくなったんでしょうか…」
「いや、確かに彼女はそういったよ。やったじゃん紫鶴、逆玉の輿とか超ウケる」
「はい、お気持ち大変嬉しく思いましたし、私はあなたのような素直な方は好ましく思います。ですので紫鶴さんが成人されるまでお待ちすると、確かに申し上げました。もちろん嘘偽りもございません…ただ」
「ただ…?」
「瀧上家はご存知の通り、完全実力主義によって成り立っています。ですので、家柄や血縁にこだわりなく婿としてあなたを迎え入れることに問題はございません。ですが、その在り方ゆえに他の家々や呪術師からの嫌がらせを受けることも多い。それを跳ね除けるだけの力を持たねば家は守れません。何より私を娶るということは、あなたが新たな当主となることを意味します」
「それはつまり…」
「はい、あなたが私より強くなければ婚姻は成立致しません。ですので、約束のその時までにどうか力をつけられますように」
確か先生から事前に聞いている話だと、奈沙さんは特別一級呪術師だったはずだ。つまり僕は最低でも一級呪術師以上にならなければ結婚してもらえない…そういうことになる。
「ふふふ、そんなに困った顔をしなくても大丈夫ですよ」
そう言って僕に近寄った奈沙さんが優しく頭を撫でてくる。
「見たところ、あなたは類い稀なる才能をお持ちの様子。そちらの現代最強を謳われる五条様と同じか、あなた次第ではそれを超えることも可能かも知れません」
五条先生を超える…?何を言っているんだろうか。
確かに僕は術式と天与呪縛のメリットが奇跡的に上手く噛み合ったおかげで、それこそ戦略兵器に例えられる爆発力は有している。しかし、それもまだ制御しきれず本来の性能の半分も出せていないのが実情だ。
何より僕は訓練でだって先生に手も足も出ない。もっと言えば、その本気の力のカケラすら見たことがないのだ。
その僕が先生を超える可能性を持っているだなんて、到底想像できない。
「へぇ…田舎術師が言ってくれるねぇ、最強の壁はそう低くないつもりなんだけど」
それまで特に反応することもなく、聞き役に徹していた先生が唐突に割り込んできた。
表情がとてもいやらしい、本気で怒ってるとかじゃなくて嫌味に絡んでくる時の顔だ。
「あら、私としたことが喋りすぎたかもしれませんね。お気を悪くされたのでしたら謝罪いたします。…ですが、これでも人を見る目には自信があるのです。あなたの教え子は強くなる…私が保証いたします」
それをさらりと交わして僕にお墨付きをくれる奈沙さん。
そんなに僕に期待してくれるなんて、さらにラブな気持ちがレベルアップしてしまった。
「なにより…現代最強の先生に教えを乞うことができるのですから、それが何よりの保証ですよ」
「確かにこの僕が教える以上、半端な呪術師にはならないから安心しなよ、紫鶴!」
あ、ちょっと機嫌が良くなった。
案外ちょろいなこの人。
奈沙さんの掌の上で転がされてやがる。
「あなたはまだ学生なのですから、まずは何事も挑戦してみることをお勧めいたします。冒険のしすぎは時に危険も招きますので、程よく頑張ってくださいね」
「は、はい!頑張りますっ‼︎」
今回の任務を無事に成功させて、奈沙さんにいいところを見せなくてはっ‼︎
熱烈な愛の告白をした運命の相手、奈沙さんとの初対面もそこそこに僕たちは早速今回の事件の詳細、任務の遂行に当たっての作戦を練るために旧道を進み、途中、道を塞ぐバリケードを超えてトンネルの入り口へとやってきていた。
どうやらトンネルそのものもブロックで塞がれているが、ブロックは半分程度までしか積まれておらず、上半分は乗り越えれば人が侵入できそうな作りだ。
そこで今回の補助監督役である中山さんが切り出した。
「それでは本件が任務として依頼されるまでの経緯から再度お伝えいたします。今より約1ヶ月ほど前から、肝試しや心霊スポットの撮影を行おうと立ち入った15名が消息不明、加えて呪霊の討滅のために派遣した瀧上、
計28名…入学から何度か呪霊討伐の依頼は受けてきたが、最初から特級となればその被害者数も最多だ。
初任務のあいつは予定外な上に発生直後ということもあって被害者も少なかったが。
改めて特級という存在の恐ろしさを感じさせられる。
「最初の事件から1ヶ月か…随分と対応が遅れたみたいだけれど、帰ってこなかった術師以外の連中は何やってたの?」
棘のある聞き方に聞こえるが、先生としては純粋な疑問なのだろう。確かに相手が特級ということを踏まえても、身内をやられていてこの対応は呑気にすぎる。
呪霊は襲った人間を食うことでも強くなる。
対応が遅れて被害者が増えれば増えるほど、餌を食い、同時に世間に広がる不安や恐れを取り込んでより強大な存在へと進化していく。
後手に回れば回るほど払う難易度は跳ね上がっていくのだ。
「お恥ずかしながら追撃を出すには手ひどい痛手を負ってしまったのです。混成部隊には三家の主力を含め桝崎の当主が統率していました。しかしながら、お聞きの通り当主を含めて部隊は全滅…後継問題に元々不安のあった桝崎はお家騒動の真っ只中。分が悪いと踏んだ石動はこの件から完全に手を引いてしまい、この地を管轄している瀧上に全てを任せるなどと言い出す始末」
これだけの被害が出ているのにも関わらず、担当地区じゃないからと早々に尻尾巻いて逃げた石動とかいうやつは気が合わなそうだ。
なにより、こんなに困っている奈沙さんに全て押し付けて、自分は安全地帯から観察しようだなんて許せない。今すぐ家ごと爆破してやりたい気分だ。
「そのため、我々も主力部隊を失ってしまった以上、もはや当主である私と残された術師で対処する他ないというところでしたが、ちょうどその頃に東京校にいらっしゃる五条様へ向けたご依頼が受諾されたとの知らせを受け、このような形になった次第です」
なるほど、応援依頼自体は部隊全滅後にすぐ出したのだろうが、何せ先生は多忙だ。場所によっては術式でホイホイ飛んでいける移動力と最強に違わぬ実力。国内に残る唯一の特級術師ということもあって日々多くの強力な呪霊の相手をしている。
その先生に依頼の話がいくのにも時間があったろうし、受諾しても他の依頼との兼ね合いで対応できるまでに期間が空いたために、1ヶ月もの猶予を相手に与えてしまった…。
呪術界の人材不足は授業でも散々聞かされたが、確かにこれは深刻と言わざるを得ない。
いくら先生が最強とは言え、国内全ての案件を身一つで対応することなど到底不可能だ。
しかし、そうして先生の対応を待っている間に地方の術師で対処できない呪霊が更なる進化を遂げ、ますます先生以外では手の施しようがなくなる…悪循環だ。
「ご指名いただき光栄なんだけどさ、東京や京都に限らず人材不足の皺寄せは全て僕に来てるようなもんだからねぇ。上のジジイどもにはいい加減、権力だ面子だのは度外視に人材育成に力を注いでほしいもんだよ」
いつもの軽いノリで言っているが、これはおそらく心の底からの本音なのだろう。表情だけは全く笑っていない。
「心中お察しいたします…。五条様にこうしてご助力を乞うしかできない非才の身を恨めしく思うばかりです。ですが、こうしてご助力をいただく以上、全てお任せするのでは申し訳が立ちません。ゆえに私と当家の優秀な術師である中山とで今回の案内役とサポートをさせていただきます」
「話は分かりました、それで相手の特級呪霊については何か情報はあるんですか?主力部隊の術師を全滅に追い込むほどのポテンシャル、何らかの術式を発現していると見ていいと思っているんですが…」
以前に戦った生まれたての特急仮想怨霊ですら遠近をカバーする糸の斬撃に、当たれば自力では逃れられない人体操作の術式を行使してきたくらいだ。今回の相手はほぼ間違いなく領域展開すら使えると見ていいだろう。
「はい、主力部隊の一員に後続のためにと術式による記録を残して指揮本部へと転送させておりましたので、そちらは実際に見ながらご説明できればと思います。中山、お願いします」
その合図で車からノートパソコンを持ってきた中山さんが記録映像を再生しようとディスクを読み込ませる。
そのディスクからは微かに呪力を感じる。
どうやら術師が見たものを記録映像として焼き付けているらしい。
再生が始まった画面には、かなり薄暗いながらも凄惨な戦闘の描写がしっかりと収められていた。
真っ先に映ったのはターゲットである特級呪霊と思われる姿だった。
白い巨大な狼…一言で表せばそんな感じだ。暗がりで細かな部分は不鮮明だがおそらく5mはあろうかという巨体、逆立つ純白の体毛、爪や牙はまるで黄金のように暗がりの中で光を反射している。そして血に濡れたような真紅の瞳は額にあるものを含めて3つ。
よく見てみれば脚が三対ある。狼版スレイプニルとでも言ったところだろうか。
そんな化け物を前に、13名の主力部隊は4.4.5の三隊に分かれて呪霊に対して包囲網を展開し、各々の術式を着実に当てているようだが呪力量が桁違いすぎるのだろう。当たっているのにまるで効いている様子がない。
そこへこれまで攻撃を受けるばかりだった呪霊が緩慢な動作で右前足を振りかぶり、叩きつけるように振り下ろす。
直後に凄まじい衝撃と共に、その先にいた桝崎の当主を含む4人が細切れの肉片になってあたりに散乱。
ショックでパニックを起こしたのだろうか、もう一つの4人組の1人が呪具と思われる薙刀を振りかぶって肉薄するも、今度は狼が遠吠えのように男に向かって吠え立てる。
するとどうしたことか、鳴き声を浴びた男が突然うめき出したかと思えば、体表がボコボコと波打ち始め、目や鼻から出血、次の瞬間には一気に肉体が膨張して破裂したではないか。
そこまでの映像を見て先生が語る。
「この映像、呪力の動きまで映像として記録できるのか。いい術式じゃない、まぁもう使い手死んでるけど」
「先生!不謹慎ですよ!」
「事実を言ったまでさ。それにしてもこのワンコ、遠吠えに凄まじい呪力が込められている。言うなれば呪力版電子レンジってところかな」
奈沙さんたちへの配慮ゼロの発言を諌めつつも、先生の六眼に見えている景色の説明に耳を傾ける。
「紫鶴、電子レンジでものが温まる原理は分かるかな?」
唐突に質問を振られて一瞬驚くが、特に難しい話でもないので答える。
「えっと、確か電磁波を照射して、水分子を振動させることで摩擦熱を発生させて物を温める…みたいな感じですよね?」
「うんうん、その通り。この呪霊がやっているのはそれに近いことだ。呪力を目に見えない波に変換して撃ち出す。浴びたのが生物ならば全身の細胞が一瞬で沸騰して膨張破裂、無機物でも過剰な分子の振動で、高熱を発して溶けるか粉々に砕け散るかの2択だ」
恐るべし特級…それだけの殺傷力があり、攻撃範囲も広い不可視の攻撃を事もなさげに連発している。
先生の説明を聞いているうちにも映像は進み、気がつけば映像を記録している術師1人になっていた。
そしてその術師の姿は……眼前に迫る巨大な口を最後に途絶えた。
生きたまま頭から喰われたのだ。
正直映像だけでお腹いっぱいだと言いたいくらいの惨状だった。
物理的な攻撃力を持つ術から概念的な術まで軒並み無力化して弾いていたあたり、体を覆う呪力の膜があまりにも分厚く術式の効果そのものが中和されてしまったのだろう。
「何度見ても凄まじい呪霊ですね…私も当主となって3年が経ちますが、ここまでの相手は初めてです」
そう言って圧倒的な力の差を前に散っていった仲間たちを思い表情を曇らせる奈沙さん。優しい彼女のことだ、さぞ心を痛めているに違いない。
「領域展開ができる術師は部隊には?」
「桝崎の当主のみです。ですが、ご覧の通り領域を使う前に倒れてしまい…」
「初手で使っておけば、勝てないまでもワンコの領域を引き出せたかもしれないのに、勿体無い」
「先生っ!」
またしても配慮ゼロの発言に思わず声を荒げてしまう。
しかし、そんな僕を制するように奈沙さんがそっと手を翳した。
「いいのです、五条様の仰る通りなのですから。見ての通り彼我の戦力差は絶望的。敵の力を見誤り、本領を発揮できずに討死したのは桝崎当主の未熟ゆえ。最初から力の差を見抜けていれば、より多くの情報を残す事もでき生存者がいたかもしれません」
あくまでも客観的な視点から状況を見て厳しい判断をする彼女は、それゆえに瀧上家の現当主にまで登り詰めることができたのだろう。どれだけ耐え難い事実でも正面から受け止めるだけの器を彼女は持っている。
「それでは、気を取り直して今回の任務における作戦をお伝えします。まず第一に目標は旧犬鳴トンネル内部に潜んでいます。もちろん、トンネル内での戦闘は一本道ゆえにこちらが一方的に不利になると予想されます。ですが、対象は夜間に頻繁にトンネル外へと移動し、旧道の入り口あたりまでをナワバリとして徘徊している事も確認されています。そのため、日が落ち対象がトンネル内より姿を表したタイミングを狙います」
付け加えるならば戦闘の余波でトンネルが崩れて全員生き埋めなんて事も考えられる。指示通り、外で仕掛けるのは必須事項だろう。
「無論、それまでただ待つというわけではありません。トンネル入り口周辺に多数の罠を仕掛け、より優位に戦闘を運べるよう手を打ちます」
彼女が中山に持って来させたものは呪具の類だろうか、鏡面加工され景色に溶け込みやすいように作られた筒状の道具が5つ。
「こちらは我が瀧上家に代々受け継がれる特級呪具『
そんな強力な呪具が5本、あの呪力の鎧を前にどの程度火炎が通じるか分からないが、瀧上家も一切の出し惜しみはしないということだろう。
「燦饍灼の設置ポイントは予めこちらで決めていますので、設置場所の確認は必ず念入りにお願いいたします。上を通過した呪力に反応するため、下手な位置で敵の攻撃を交わしたり、こちらの呪力が通過しても無駄撃ちに終わってしまう可能性が非常に高いのです。くれぐれもご注意をよろしくお願いいたします」
敵にも味方にも、挙句には呪力の籠った攻撃でも反応してしまうというのは扱いが難しいが、その分その結界術とやらの強度を今は信じるしかない。
「作戦概要は以上となります。何かご質問は?」
とても分かりやすい説明に有効そうな作戦だ。
僕も先生も特に異論はないらしい。
彼女も異論はなさそうですね、と続ける。
「…それにしても随分と静かに作戦会議に参加されるのですね、五条様は作戦など必要ないと単身乗り込んでいく可能性があると事前に聞き及んでいたのですが」
多分それを伝えたのは夜蛾学長だ。
「…それ言ったのうちの学長でしょ?」
「ええ、その通りです」
ほらやっぱり。
如何に我らが担任が学長から信頼されていないかがよく分かる。それもこれも日頃の行いのせいだろう。
「まぁ、今回は紫鶴も連れてきているからね。色々訳ありで三級だけど、本来のポテンシャルは君が見抜いた通り遥かに上だ。その訳ありを吹き飛ばすためにも、今回の任務でステップアップしてもらうつもりなんだよね。だから、紫鶴も積極的に戦闘に参加してもらうから覚悟しておくように」
は?
「え?サポートとかではなく、前線でバリバリに戦闘するんですか?」
「あれ?そう聞こえなかった?」
「…いいとこは見せたいですけど、本気ですか?」
「だいじょーぶだいじょーぶ、なんせ今回の任務はこのグッドルッキングガイこと五条悟がいるんだ。ピンチには華麗に助けてあげるから、思い切り特級に胸を借りてきなさい」
要するに最初から先生がやればなんの問題もなく倒せるのに、僕のレベルアップも兼ねてるのでギリギリまで手出ししない、と。
というか、特級に胸を借りるとかとんでもなく物騒なこと言わないでほしい。ほぼ不死身だけど多分死んでしまう。
「あれ?自信ないの?」
ニヤニヤと腹立たしい顔をっ…!
「…何かあっても全責任は担任の五条先生にあるので、そこだけは忘れないでください」
「それはもち、そもそも僕宛の依頼だしね」
今回の任務、過去一荒れそうな予感がするが、まずは一通り罠の準備をしなくてはいけない。それに…
(特級…僕の力にはまだ進化の余地がある。それをこの戦いで切り開かないとたぶん僕では倒せない)
日没まで約3時間、先生の言葉にまんまと乗せられた自分をあんなに恨むことになるなんて、この時の僕には知る由もなかった。
次回からまた戦闘パートっす。