縛りでショタった呪術師の青春?   作:アンハピ

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引き続き福岡で特級とドンパッチ



魂の在処

 

2012年7月28日19:45

 

辺りを木々に覆われ、荒れ果てたアスファルトとひしゃげたガードレールが醸し出す気配はすでに陰鬱なものだった。

その薄暗い景色を橙に染め上げていた光がじわじわと闇に侵されていく。

 

日の入り。

それはつまり作戦開始の時が来たことを意味していた。

 

旧犬鳴トンネル正面入り口に所定の位置で散会する僕、五条先生、奈沙さん。

 

全員が戦闘に意識を向けたのを見計らったように、離れた場所に待機している中山さんによって帷が降ろされた。

 

事前に入り口周辺には特級呪具『燦饍灼』を5本仕掛けてある。

あとは呪霊が出てくるのを待つのみ。

 

「事前に話した通り、今回は紫鶴のレベルアップを兼ねている。もちろん本当に危ない場面になれば助けに入るけど、それを当てにしないこと」

 

「…はい、分かってます」

 

形だけとはいえ一応僕は三級なのだが、本気でやり合わせるつもりらしい。

半不死身を過大評価してないだろうか?

 

「あぁ、あともう一つ。僕の見立てだと今回の相手は特級と呼ばれるものの中で、頭二つは飛び抜けてると思った方がいい」

 

ん?一つでなく二つ?

難易度がまた上がってないか?

 

「一撃ごとに全力を込めないと話にならないよ」

 

「え!いやでも、それだと先生はともかく奈沙さんが巻き込まれちゃうんじゃ…!」

 

ここが山奥で人里から離れているのはまだいいが、近くにいる人間は確実に巻き添えを食うことになる。

すでに互いの術式などについては共有済みだが、彼女には防御に優れるような力はなかったはずだ。

 

「問題ないでしょ、腐っても一級だよ?自分がヤバいかどうかくらいは判断つくさ」

 

「五条様の言うとおり、もし邪魔になる位置にいたのなら迷わず攻撃して構いませんよ。それもまた私の未熟せいですから」

 

なるほど…でも、万が一にも彼女を失えば、その時は実質一人で戦うことになるのでは?

いやいや、彼女の術式は遠距離攻撃型だし、上手く立ち回って援護してくれるはずだ、きっと。

あと奈沙さんに腐ってもとか言うな。

 

「…話してる間にワンちゃんのお出ましだ」

 

先生が敵の気配を察知した。

確かにさっきまでと明らかに空気が変わった。

肌をヒリつかせるような冷たい空気。

そんな気配が僕たちの周りを侵食するように広がっていく。

 

(いよいよだ…)

 

トンネルに向かって意識を張り巡らせ、臨戦体勢で身構える。

 

(……来る‼︎)

 

突然、僕の真上から何かが目にも止まらぬ速さで落下してきた。

そして、ズン!と重々しい音を立てて、アスファルトを粉々に割り砕きながら空中に巻き上げる。

 

「っぶな、紫鶴、平気?」

 

「は…?あれ、え?先生??」

 

いつのまにか先ほどまで立っていた場所と反対に移動した僕は五条先生の小脇に抱えられている。

そして、僕がいたはずの場所には映像で見た巨大な白狼が佇んでいた。

 

(ま、全く反応できなかった…!)

 

トンネルの入り口に集中するあまり、逆に周囲への警戒が疎かになっていたのもあるが、それを差し引いても動きが速すぎる。

そして同時にそれを察知してから動き、事もなげに僕を抱えて回避した先生。

 

初撃のやり取りだけで戦意を根こそぎ刈り取られたような心地だ。

 

「ほら、まず救助一回。集中するのはいいことだけど、一点だけに注意してると今みたいになるから気をつけて」

 

そうさらりと言って僕を地面に下ろす先生。

いや、集中がどうとかじゃない。

先生もあの呪霊も立ってる次元が違う。

 

「ボサっとしない。今ので心折れた?」

 

「っ…う、いいえ!」

 

危うく頷きかけてしまったが、奈沙さんの手前そんな情けないところを見せるわけにはいかない。

 

「なら前を見る。彼女だってそうしてるだろ」

 

「はいっ‼︎」

 

真っ直ぐに標的を睨み据えれば、血のような真紅の三つ目と目があった。それだけで全身から冷や汗が滲み出してくる。

だが、その緊張感も一瞬で打ち砕かれた。

 

《何者だ、貴様たちは…》

 

(……え⁉︎喋った⁉︎いやそれより、頭の中に直接‼︎)

 

「これは…呪力を介したテレパシー?」

 

どうやら驚いたのは僕だけではないらしく、奈沙さんも困惑した様子だ。

 

《この地を我が縄張りと知って立ち入ったのか?それとも、先日の蛆虫どものように我を祓いに来た呪術師というやつか?疾く答えよ》

 

「これは驚いた。完璧に意思疎通ができるなんて思わなかったよ」

 

禍々しさの中に感じる神仏に対面したような畏怖の感情が込み上げる中、天上天下唯我独尊を地で行く先生は軽いノリで面白がっている。

 

《もう一度だけ問おう。貴様らは何者で何用があってここへ来たのか、答えよ》

 

頭に響く声からして彼?でいいのだろうか、の質問に不適に微笑む先生。

 

「…何って、君を祓いに来た呪術師に決まってるでしょ、ワンちゃん」

 

刹那、一瞬で距離を詰めた呪霊が振り下ろした前脚で大地を叩き割る。

先生のすぐそばにいた僕はその衝撃波に吹き飛ばされ、奈沙さんのいた場所まで転がってしまった。

 

「うわぁっ!」

 

「大丈夫ですか!紫鶴さん!」

 

「っぅ…だ、大丈夫です。これくらいすぐに治るんで!」

 

心配する彼女にそう伝えるなり術式によって体の傷を全快させ、今度は先生のいた場所に視線を向ける。

 

《…随分と我を苛立たせる若造だ、八つ裂きにされる覚悟はできておろうな?》

 

「んな覚悟できてるわけないだろ、八つ裂きになるかもしれないのはワンちゃんの方なんだし。あとお手にしては随分激しくない?」

 

先生は身動ぎ一つすることもなく、奴の一撃が襲った場所に立っていた。

あれだけの衝撃を生み出す膂力を前に、先生と呪霊との間にできた無限がそれ以上の攻撃の接近を許さずに押し留めたのだ。

 

《…珍妙な術を使う。貴様は反撃せんのか?》

 

そう言いながら両前脚で交互にガン!ガン!と無限を纏う先生を殴打する。

なんて事のないようにやり取りしているが、衝撃の余波がここまで来ている上に、先生の足元がだんだん地面にめり込んでいっている。

 

「さっさと反撃して終わらせたいんだけどねぇ。今回は可愛い教え子に譲ってあげるつもりだよ」

 

《ほぅ…教え子とな》

 

また先生が消えたかと思えば、僕たちの遙か上空、あそこから全体を見渡すつもりらしい。

そうして空に逃れた先生を忌々しげに睨め付けた呪霊は、残る僕たちへとターゲットを切り替えた。

 

《…そこな人間のメスと小童、あの太々しい若造の教え子とはどちらだ?あるいはどちらもか?》

 

さっきから質問してばかりだなこいつ。

そして麗しい女性をメスだなどと、躾けてやろうか野生動物め。

 

「…僕があの人の生徒だ。そういうお前は一体何から生まれた呪霊なのかな?犬神信仰とかそういうやつ?」

 

存外、獣のくせに会話が好きなようなので、聞き出せるだけの情報は聞き出してやろうと思いつつ問い掛ける。

 

《…虫ケラの赤子に毛が生えたような分際で、我に質問を返すな。ここなるは我が縄張り、いかなる理由があろうと立ち入るものは喰ろうてくれよう》

 

自分は答えないのかよ!思わずツッコんだ僕は悪く無いはずだ。

 

(っ!また来るっ‼︎)

 

ズン!と大地を鳴り響かせ、5m近くある巨体とは思えない跳躍を見せた呪霊は、そのまま重力に任せて僕のいる場所に襲いかかる。

 

《小童、まずは貴様を平らげ、不遜にも我を見下ろすあの若造、地に引き摺り下ろしてくれる‼︎》

 

しかし、今度は見た目の動きだけでなく、動きの予備動作に生じる呪力の流れを意識して察知、素早く後方へと飛び退いた。

そしてそこには、事前に仕掛けておいた特級呪具。

僕の半歩前に埋められた燦饍灼が、真上に降り立った巨大な呪力を察知して作動する。

 

鏡面加工された筒から赤い光が上に迸ったかと思えば、その光線が複雑怪奇に折れ曲がりながら宙を駆け、やがてそれぞれが点で結ばれ呪霊を閉じ込める結界を作り出した。

 

《結界か!小癪なっ‼︎》

 

「よしっ!早速掛かった‼︎奈沙さんっ‼︎」

 

「同時に行きましょう!」

 

素早く攻撃体勢に移る僕たちを待たず、燦饍灼のもう一つの仕掛けが作動する。結界内部の呪力を火炎に変換する仕掛けがゴゥと音を立て、内部の標的に引火する。

 

《これはっ!グゥ…ヌォォ!》

 

「ギャラクシー呪力砲っ‼︎」

 

詩吟(しぎん)呪術・暙蘭(しゅんらん)

 

灼熱の炎に巻かれて呻き声をあげる敵を確認して、間髪入れずに高出力の呪力放出と詩吟呪術による破壊の歌声を叩き込む。

 

奈沙さんの術式、『詩吟呪術』は瀧上相伝の術式で歌声に呪力を込めることで、物理的破壊力を持たせるもので、結界内部では音が反響して威力が増幅される特性を持つ。

 

さらに外からの出入りが自由な代わりに、内側からは出られなくする縛りを持つ燦饍灼の結界は、容易に僕たちの術を通して内部で炸裂。

そして、その衝撃は外に逃げることもなく内部で荒れ狂う。

 

《グルルゥオオッ…‼︎》

 

結界内部が黒煙に包まれ、一時的に内部の様子が視認できなくなる。

この程度で倒せるとは到底思っていないが、それなりにダメージを与えてさえいれば、残りの罠も駆使して追い詰めることができるかもしれない。

 

(腕一本ぐらいは持って行けたと思いたいけど…!)

 

一方、空から一連の流れを見ていた五条は六眼を通し、結界内部の様子を観察していた。

 

「へぇ、やっぱり妙なのが混ざってるな、あのワンコ」

 

黒煙が落ち着く間もなく、特級呪具による結界にビシビシとヒビが入ったかと思えば、あっという間に粉々に砕け散った。

 

「っ…縛りによって強化された結界なのに、あれほど簡単に脱出されるとは」

 

「しかも、ほとんど無傷じゃないか…!」

 

《この程度の結界…我を囲うにはいささか脆弱にすぎる》

 

白い毛並みにところどころ煤のように汚れがついているものの、その巨大に目立った傷は見当たらない。

呪力を放出して暴れるほど炎に巻かれるはずが、呪力が炎に変換されるよりも速い出力によって、力づくで結界をこじ開けたのだろう。

汚れを払うように体を振るわせた後、呪霊は僕たちに向き直る。

 

ヒュオオと音を立てて空気を吸う音が耳に届く。

そして次の瞬間、仰け反るように天目掛けて咆哮をあげた。

術式による攻撃ではないが、あまりの音圧と込められた禍々しい呪力に反射的に耳を塞ぐ。

 

(なんて音量だ!頭がキンキンするっ!…っ⁉︎)

 

降り注ぐ咆哮の中、突如ボシュ!と音を立てて残り4本の燦饍灼が勝手に起動した。

不発した術は宙を彷徨い、やがて力無く霧散してしまったではないか。

 

(こいつ!呪力を乗せた遠吠えを撒き散らして罠を全部空振りさせたのかっ⁉︎)

 

瞬時に自身の掛かった罠の特性を理解、その対策を練って無力化。獣の見かけに反して頭も回るらしい。

せっかくの特級呪具を一瞬で無力化されたことに面食らってしまう。

 

無論その隙を見逃すはずもなく、遠吠えがまだあたりに反響している中、奴は僕目掛けて肉薄する。

 

(まずいっ‼︎呪力で防御をっ…‼︎)

 

ガッ!っと咄嗟に頭部を守るように呪力を込めて構えた腕に巨狼の右前脚が接触、ついでメキメキ!と嫌な音が脳内に響く。

 

「うぐっ⁉︎がぁあっっ!!!」

 

「紫鶴さんっ!」

 

アスファルトの上スレスレを凄まじい勢いで吹っ飛んだ僕は、そのまま道沿いの樹木に激突してしまう。

 

《ふん、やはり他にも仕掛けていたか。我を謀ろうとは万死に値する!》

 

意識を敵から外したら一巻の終わりだ。

全身に走る激痛を堪えながら自らの左腕を見てみれば、骨が砕けたのかあらぬ方向に捻じ曲がっている。

しかし、それよりもと咄嗟に視線を走らせて敵を捕捉。

奴はすでにこちらに狙いを定め直し、突撃の姿勢に入ろうとしている。

 

「痛っ…くそっ…!」

 

すぐさま術式で折れた腕と全身の打撲を完治させ、呪力操作にを行って脚部に呪力を込める。

 

(よく見ろ!速いけど極限まで意識を研ぎ澄ませばギリギリ追える!)

 

再びロケットブースターもかくやという勢いで巨体を活かした突進を繰り出す呪霊。

それを間一髪のところで真上に飛び上がって回避する。

そして、宙を舞う僕の視線の先にはちょうど敵の頭部が見えていた。

 

(ここだっ!)

 

「ギャラクシーっ…⁉︎あぐっ!!!!」

 

だが、その隙をつくことは叶わない。

突進の勢いをそのままに後ろ脚で地面を蹴り上げた相手は、まるで逆立ちでもするかのように下半身を上に跳ね上げ、空中で身動きの取れない僕を強靭な尻尾で打ち据えたのだ。

 

「っ!私をお忘れなくっ!」

 

すかさず奈沙さんが詩吟呪術で攻撃を加える。

しかし、呪霊は詩吟呪術による歌を正面から耐え凌ぎ、彼女に向かって大口を開けた。

 

《この小娘が!》

 

(あれは記録のっ…!)

 

「奈沙さん!避けて‼︎」

 

尾の一撃で負った傷を術式で完治させながら、彼女に迫る危機を目前に叫ぶ。

 

《霧散するがいい!嗚怨神畏(うえんかむい)‼︎》

 

(回避は間に合わない、であればっ‼︎)

 

「詩吟呪術・鵬戰哥(ほうせんか)!」

 

互いに似た系統の術式ゆえに目に見えない互いの攻撃が大気を振るわせて激突する。

 

回避が間に合わないとみて、彼女が繰り出したのは詩吟呪術の応用技の一つ。

歌に極端な変則性を持たせて放つことで、音に乗った呪力に強弱の激しい波をつけ、多段攻撃のようにインパクトをぶつける技だ。

 

そして、呪霊側の術式は事前に予想をつけていたように、咆哮にに電磁波のような効果のある呪力を込めて放つ。

 

互いの呪力が大気中でぶつかり合い、激しい音圧の押し合いが繰り広げられる。

一方は周囲の草木が沸騰して炸裂し、もう一方は物理的な破壊力のある呪力で砕ける大地。

 

しかし、人と呪霊では呪力の地力に差がありすぎる。

特級クラスの一撃を受けるために一気にその呪力を術式に込めて放出し続ける彼女だったが、拮抗したのも短時間のことだった。

 

ついには撃ち合いで拡散していた敵の術式が彼女の歌を掻き消し、人体を沸騰させ得る咆哮となって彼女に迫る。

 

(まずいっ、呪霊に攻撃して気を逸らすか?でも、この位置からだと僕の収束率じゃ彼女も巻き添えだ!回り込もうにもその間に彼女がやられるっ!)

 

必死で頭を回転させるが、離れた場所に吹き飛ばされた自分と、呪霊を挟むように対面する彼女との位置取りが悪すぎる。

 

(考えろ、考えろ、考えろっ!)

 

呪力の急速な消費によって体から力が抜けたのか、膝から崩れ落ちる彼女が見える。

 

(そんな!だめだっ…だめなのにっ…!僕じゃ助けられないのか…⁉︎)

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

もうずっと昔のことだ。

僕は小学校に上がる前だったから確か5歳の時。

当時はまだお父さんも一緒にあの家で暮らしていた。

その日は誕生日の3日前で、僕の誕生日当日は仕事で予定を空けられないからと言って、少し早めのプレゼントを買ってもらうために二人で出かけたのだ。

 

そして、その道中の公園で父は僕に告げた。

 

『紫鶴、今からいうことはママには内緒だよ』

 

『パパはたぶん紫鶴が小学校を卒業する前には、お家を出ていかなきゃ行けなくなるかもしれないんだ』

 

突然そんなことを幼い子供に言えば、当然ぐずるに決まっている。

 

『え…パパどこいっちゃうの?どこにもいっちゃやだ!』

 

『ふふ、すぐにいなくなるわけじゃないよ。まだ先のことさ、それにずっとってわけじゃない』

 

お父さんはそんな僕を抱き上げて宥めすかした。

 

『…かえってくる?』

 

『あぁ、紫鶴がいい子にしていれば、きっと早く帰って来れるよ』

 

『ほんと?やくそく?』

 

『ほんとさ、約束する。だからパパがいない間、紫鶴にはママのことを守って欲しいんだ』

 

『ママをまもる…ぼくにできるかなぁ?』

 

急にそんなことを言われて、ますます不安になった僕はお父さんに縋り付きながら気持ちをこぼす。

 

『あぁ、きっとできる。紫鶴にはパパと同じ凄い力があるからね』

 

『ちから…?なぁにそれ?』

 

『パパと紫鶴にはね━━━━━━━━━━があるんだ。だから、心配しなくても大丈夫』

 

なんだ…何か大切なことを言っているのに、そこだけノイズがかかったような感覚がして思い出せない。

 

『う…むずかしくてよくわかんない…』

 

『大丈夫、いつかきっとわかる時が来るから、だからその時まで━━━━━━━━━。約束だよ』

 

優しく微笑むお父さんの横顔。

大きな父の指と小さな幼子の指とで交わした指切りの記憶。

なんでだろう、どうして僕は今までこの記憶を忘れていて、どうしてこんな時にその記憶を思い出しているのか。

 

だけど不思議な感覚だ。

何かはっきりしたことを思い出したわけじゃない。

それでも、心の奥深く…自分の魂とでもいうべきものの核心に触れたような…そんな感覚がした。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

眼前に迫るのは不可視の攻撃、しかし目に見えずともすぐそこに明確な死が迫っていることを肌で感じる。

 

(ここまでか…中山、後のことをよろしく頼みます)

 

瀧上の皆は聡明だ。

それに実力のあるものもすぐに育ってくるだろう。

当主として戦いに果てる覚悟も決めてこの任務に臨んだのだ。

残していく家の者に対して不安はない。

 

ただそれでも…一つだけ気掛かりがあった。

 

(…紫鶴さんには悪いことをしてしまいました。あんなに期待させておいて、あっさりとお別れだなんて)

 

初対面ではあったが、誠実な眼差しで想いを包み隠さずぶつかってきた彼。

正々堂々と熱い告白をされてしまえば、これまで恋愛経験のない女なんて案外コロっと落ちるものなのだな、と自分の意外な一面に驚いたくらいだ。

 

(でも、あの子は素直な良い子だから、私より素敵な人がすぐに現れます。えぇ、見る目には自信があるので保証しますよ)

 

無責任かもしれないが、まだ正式に婚約を結んだわけではないのだ。彼は引きずるかもしれないが、それでも惚れた相手に土をつけて逝くような真似はせずに済みそうでホッとする。

 

(五条様…大した力になれず申し訳ありません。あとは託します…どうか)

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………っ?」

 

しかし、全身を襲うであろう苦痛も意識を飲み込む闇も彼女に届くことはなかった。

何が起きたのか、瞬時には判断がつかない。

 

「いやいや、何勝手に死ぬ覚悟決めてるの〜。危ない時は助けに入るって最初に言ったでしょーが」

 

いつのまにか彼女は五条に抱えられて上空にいた。

確かにそう言ってはいたが、あのタイミングから無傷で救助できるだなんて思わなかった。

 

「これは……いえ、助けていただいてありがとうございます。ですがあの…下ろしていただけると嬉しいのですが」

 

「だめだめ、君呪力ほぼ切れてるでしょ。安全なとこに降ろしてあげるから少し待って。それにさっきから紫鶴の様子がおかしい。ここからは僕がやるから、君は降りたらあの子の様子を見てほしい。頼めるかな?」

 

その言葉に地上に目を向ければ、呪霊よりも随分と離れた位置で蹲ったまま微動だにしない紫鶴の姿が目に入る。

 

「分かりました…ご武運を」

 

一方の呪霊も完全に仕留めたと思ったはずが、いつの間にやら彼女の気配がはるか上空に移動していることに気づき、五条に対して怒りをあらわにする。

 

《若造!どういった小細工か知らんが、小賢しい真似ばかり弄しよって‼︎そこな小娘もろとも撃ち落としてくれる‼︎》

 

それまでは一先ず放置を決めていたはずが、いい加減我慢の限界らしく、敵意が五条に集中する。

 

(さっきの術式、そのままならここまで届かない…が)

 

ギュルギュルと異音を奏でながら集まっていく呪力を六眼で視認して五条は確信する。

 

(なるほど、やはり収束して飛距離を伸ばせるのか)

 

上空目掛けて大口を開き、収束させた嗚怨神畏を解き放つ。

だが、呪力をサーモグラフィーのように可視化している五条には、その術式がドス黒い光軸のように見えている。

すかさず無下限呪術によって右に飛び、難なくこれを回避した。

 

「ほらほら、ワンちゃんしっかり狙えよ」

 

余裕の笑みを浮かべて煽り倒す。

 

《舐めるなよ!若造っ‼︎》

 

途端、敵の両肩のあたりがメキメキと隆起し、なんとさらに二つ、目のない狼の頭部が形成された。

 

(っ!)

 

《破城・嗚怨神畏‼︎》

 

1発目を右にかわした五条めがけて2発目が、さらにそれを左にかわせば3発目と長距離かつワイドレンジをカバーする術式が空を駆け抜ける。

 

ついには大気中の水分が術式による超振動で発熱、一気に気化したことで上空一体が水蒸気に覆われた。

一時的に視界不良になるが、呪霊は微塵も警戒を解くことはしない。

 

《…この程度、当たっておるまい。疾く姿を見せよ、若造》

 

「あれ?上手く当たったくらいのギリギリで交わしたんだけど、バレてたか。ていうか、その姿ケルベロスみたいじゃん、かっこいー」

 

ヘラヘラとニヤケ面をして蒸気の海から姿を現す。

抱えられていたはずの奈沙は、今の一瞬で戦闘の見えるギリギリの距離まで移動させられていた。

 

全身に大火傷を負ってもおかしくはない水蒸気が、彼の体を球状に避けるように滞留している。

 

《貴様の周りの膜のようなもの、先ほどから見せる移動術…どういう絡繰だ?》

 

「お?興味ある?自分から術式開示を要求してくるなんて、ドMなのかな?」

 

そして、親に図工で作った力作について尋ねられた子供のように語り出す。

 

「これは僕の無下限呪術によって現実に持ってきた『無限』だよ。呪力や物体を遮って防御しているのとはすこーし違うんだ」

 

しかし、説明を聞く呪霊は特に反応を返さない。

 

「あら、ワンちゃんには少し難しいか?うーん、単純に考えるならワンちゃんの攻撃は、僕に近づくほどに遅くなってるんだよ。つまり…届いてない」

 

術式の開示をしつつ、呪霊の目と鼻の先まで歩み寄る五条。

 

「移動については術式の順転によって生じる収束効果を利用して、指定した座標まで瞬時に飛んでるってわけ。案外説明が難しいんだよね、分かるかな?」

 

《………良い、なればその煩わしい術式など領域で中和するまで‼︎》

 

これ以上、聞く必要はないと踏んだのか、会話を無理やり終わらせた呪霊は、目の前の痴れ者を排除するために更なる変化を見せ始める。

 

頭部が増えた時のようにメキメキと音を立て、胸元から盛り上がる骨肉、やがて膨張する肉に釣られて前脚が大地を離れていく。

 

「また進化…究極体にワープ進化かな?」

 

相変わらずの余裕を見せる五条、領域展開を宣言した呪霊相手に興味津々といった風だ。

そしてついに、呪霊は狼の姿を保った四肢を持つ下半身と、そこから繋がる人型の上半身を備えた異形へと変貌を遂げた。

 

《人間風情に真体を晒すことになろうとは屈辱の極み。だが、寛大な我はその罪も貴様の死をもって許そう》

 

「ケルベロスの次はケンタウロス、ほんとデジモンみたいに進化するじゃん。それに縄張りに入った人間食い荒らしたやつが寛大もクソもなくね?」

 

《デジ…?知らぬが、口の減らぬ男め。だが戦もこれにて終いよ》

 

前脚が変化した五指を備えた人型の手を用いて掌印を結ぶ。

 

 

《領域展開》

 

 

あたりを染め上げるは漆黒。

呪霊を中心とした領域が五条を含む一定の範囲に侵食するかのように広がり、やがて大きな球体を形成した。

 

領域展開…それすなわち呪術戦における最終到達点であり絶技。

才能が8割とも言われる呪術師にとって、究極の到達点とも言えるそれは、自身の生得領域を結界内において具現化、その術式の効果を必中必殺に昇華する。

 

餓乱譚禍(がらんゆから)

 

敵の領域が展開され、五条と呪霊の姿が黒い球体の中に消えたのを確認した奈沙は、今のうちにと呆然とうずくまる紫鶴の元へと走り寄る。

 

「紫鶴さん!お怪我はありませんかっ?」

 

だが、返事は返ってこない。

見る限り術式によって、すでに傷の治療は済んでいるようだ。

意識がないのかと顔を見ても虚空を見つめるばかりで目は開いている。

まるでどこか別の場所を見ているような…。

 

「…え?…あ、あれ、僕は…一体何が?」

 

ふっと茫洋としていた紫鶴の瞳に光が戻った。

しかし、何が起きているのか理解できていないようで、あからさまに困惑している。

 

「っ!気が付かれたのですね!よかった!」

 

よほど心配させてしまったのか、勢いよく抱きしめた彼は私の胸に顔面からダイブすることになってしまう。

 

「わ…ちょ、奈沙さん!離して!い、色々まずいです!」

 

その言葉にハッとして、慌てて抱擁を解く。

 

「も、申し訳ありません!私としたことがはしたない真似をっ…。そ、それよりも本当に大丈夫なのですか?外傷は見当たりませんが、頭を強く打ったとか…」

 

「っ!それよりもあの呪霊は⁉︎奈沙さんもすごく危なかったと思うんですけど…一体何が起きているんですか?」

 

そこまで聞いてまずは現状を確認する必要があると思い至ったらしい彼。私は掻い摘んで状況の説明を始めた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

(なんで奈沙さんがここに…?それにさっきまで呪霊にやられそうになってたはずじゃ…)

 

まるで数分先にタイムスリップでもしたような心地で混乱する。

しかし、話を聞いたところ僕はしばらくの間意識がなかったらしい。

 

戦闘中、しかも彼女の命の危機だったというのに一生の不覚だ。

 

「━━━━そして今は、あの領域の中で五条様が戦っておられます」

 

「先生が…」

 

地上から少し浮くような形で巨大な漆黒の球体が鎮座している。

領域展開をまだ見たことがない僕が彼女に聞くに、あれは内部に敵を閉じ込めるための領域展開に付随する結界であり、あの内部においてのみ術式の効果範囲になるとのことだった。

 

同時に敵の領域に閉じ込められることは、ほとんどの場合で対象の死を意味する。なぜならば、領域の中において術者の術式は必中効果を発揮するからだ。

 

あの呪霊の術式は、より正確には呪力に分子を振動させる効果を付与する能力。そして、領域内はその必中化した呪力が満ちている。そんなもの逃げ場のない電子レンジに閉じ込められたも同然、中の標的は身を守る術がなければ一瞬でチンされてあの世行きだ。

 

だが、そんな必中必殺の領域展開にも弱点は存在する。

 

1.呪力で防ぐ。ただし、領域内は相手のステータスも底上げされているため、よほど力量に差がなければすぐに守りを破られる。

 

2.領域外に逃げる。これも領域は内側からの攻撃に強く、外からの攻撃にはやや脆いという性質があるため、第三者の協力がなければまず無理。

 

3.自分も領域を展開する。この場合、単純にお互いの力量勝負となり、より洗練された領域がその場を制す。

 

その他にもいくつか対策はあるらしいが、授業ではこれだけ知っておけば大丈夫だとそれ以上の話はなかった。

しかし、同時に僕はこの対策の中から今の自分にできるだろう一つの秘策を思いついていた。

 

呪力のほとんど尽きている彼女は戦力外として、この場で戦えるのは己のみ。

 

最強と呼ばれる先生のことだ。このまま僕たちが何もしなくても先生も領域を展開して呪霊を払うことはできるだろうし、おそらく先生もそのつもりだ。

 

だが、それでは僕がここに来た目的は達成されないことになる。

勝手に一時戦闘不能になって、自分どころか守るべき彼女も先生に救われ、呪霊まで払ったのならば、それこそ今ここにいる僕に価値はない。

 

余計なことかもしれない…それでも、自分の可能性、自分には成長の余地があり、彼女が期待してくれたように僕は最強を超えられる男なのだと示すためには…。

 

「奈沙さん、まだ動けますか?もしかしたら巻き込んでしまうかもしれないので、可能なら帷の外に出て怪我の治療を受けてくれませんか?」

 

しかし、彼女はふるりと首を振る。

 

「……いいえ、それはできません。この件はこの地を守る我々の問題であり、本来私の力で収めて然るべきものです。それを助力を願ったとはいえ、最後まで見届けずに安全地帯から見ていたなどとなれば、それこそ末代までの恥ですから」

 

それに、と彼女は続ける。

 

「その表情、何か策があるのですよね?」

 

その通りだ。

しかし、同時に必ず成功するとは言い切れない不安があるのも事実である。

離れていて欲しいのも、もし彼女を巻き込んで自ら手にかけてしまったなどとなれば、僕は耐えられる自信がなかったからだ。

 

そんな一抹の不安が顔に出ていたのか、それを察した彼女の掌がいつのまにか僕の頬に添えられていた。

 

「大丈夫、紫鶴さんならきっと上手くいくと私が保証します。こう見えて私、人を見る目には自信があるので」

 

最初に僕を認めて期待をかけてくれた時と同じ優しい眼差し。

彼女が大丈夫と言うと本当にそんな気がしてくるのはなぜだろう。

 

そして、僕の迷いを断ち切るには彼女のその言葉だけで十分だった。

 

 

「━━━━僕も領域を使います」

 




アニメ二期、今のところ一番面白かったのは五条のデジモンネタ。
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