ある男の冒険譚   作:愚痴氏

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剣戟

剣戟が舞う。

 

 

 

真正面、虚を突くにもその虚すら許さない大上段からの振り下ろし。

 

俺を圧倒する上背、さらに剣槍により威力を大幅に増したそれを、俺は体を傾けることで回避した。遅れた髪が10センチほど先で切り取られる。

 

 

 

振り下ろしにより生まれた大きすぎる隙、俺は右手に構えた剣にてガラ空きの足元を突く。

 

 

 

しかしそれを読んで、というよりは誘導していた相手は足をズラすことにより回避。剣が浅く地面を裂く。

 

 

 

そこで俺は違和感に気付く。

 

大上段、隙ばかりの斬撃は当然足元から相手の注意を奪っていた。振り下ろして当然前傾姿勢にある相手が、重心を支える足をズラせば?

 

 

 

答えは傾き始める上体が示していた。

 

 

 

剣槍は今から返すにも近接戦闘(インファイト)に向かず、まだ剣が向いているだろうか。

 

 

 

急いで剣を切り返そうと半ば強引に引き起こそうとするが、それは先程引いた足にて潰された。

 

剣の背を踏まれたのだ。

 

 

 

全力を出せば相手の体重も持ち上げられる。しかしその体重と剣の重量、そして慣性。それを全て殺して振り上げるには足りない。

 

その大きくない、しかし決定的なタイムラグを相手は見逃さなかった。いや、最初から見越していたのか。

 

 

 

剣槍から手を離し、サブウェポンたるナイフを手首から突き出す。

 

 

 

殺意マシマシ、頭を狙われたその攻撃を頭を傾けることで回避し、俺も剣から離した手を突き出された腕に添え。

 

 

 

 

 

そこまでだった。

 

もう一方の手を探し目を動かした瞬間、相手の片方だけの目を上に見つける。目が合う。

 

 

 

「もう少しだ」

 

そう言っているかのように相手の目が細く笑う。

 

 

 

それに気付いたが最後、俺は相手を投げ飛ばすこと叶わず、逆に俺が胴を掴まれ空中に放り投げられた。

 

背中から地面と衝突し、すぐに追撃を警戒して向き直る。

 

 

 

 

 

「お茶が入りましたよ!」

 

涼やかな声に、俺の意識は切り替わる。

 

「おぉ、アイハ。助かるよ」

 

そう言って振り向くと、声の通り黒髪に緑の目をした怜悧な女性の姿が目に映る。

 

 

 

「シッ!」

 

わざわざ声で教えて貰い、背後から風切り音を上げて胴を切り裂かんばかりに薙ぎ払う()をスウェーで回避し、相手の方へと向き直ったところで剣を投げ渡される。

 

 

 

「良し、今日はここまでにしよう」

 

その声は相手の、いや()()()の口から放たれた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「ーーー言わずとももうわかっているだろうが、場合による、という言葉を申し添えておく」

 

干した葡萄を茶菓子代わりに摘み始まったお茶会は、早くも精霊術を母さんがアイハに対して教える講義と化してしまった。そうなると俺は手持ち無沙汰であり、暇でしかない。

 

 

 

紅茶を淹れるポットでも片付けるか、そう考えていた俺を母さんは見咎めた。

 

 

 

「暇なら、私が剣を交えながら、アイハに講義しても構わないんだが?」

 

「……イエ、遠慮シテオキマス」

 

以前同じようなことをやって、俺の鎖骨を折った(母さん曰く、“力加減をミスった”とのこと)経験がある俺としてはその代案を却下し、席に座り直すことになった。

 

 

 

イヤマジで痛いし、出血も気を失うくらいには出たし。母さんに剣術と他を並行させると、人が死ぬ。主に俺が。

 

 

 

「アイハは普通の精霊じゃないから断言しづらいが、私が思うにもうちょっと無茶してもいいと思うよ」

 

精霊。人は皆、精霊を顕現させることができる。母さんは生まれつき精霊を持たない例外らしいが、老いぼれた村長でさえ精霊を持っている。主に犬や猫、鼠と言った小動物に似せた姿だ。

 

 

 

人ひとりひとりで異なる姿を持つ彼らを、人間が死ぬときに一緒に死んでしまう一心同体の存在を、俺達は家族よりも親しい存在として扱ってきた。

 

 

 

 

 

これがこの世界の規則ルール。

 

 

 

そしてアイハは俺の精霊だ。

 

 

 

「それじゃ全くわかりませんよ」

 

やだなもー、とアイハの目が細められる。

 

「わからないのならそれでいい。多分アイハの精霊力をもってすればこの村を焼き討ちにすることだって出来そうだから、ないならそれに越したことはない」

 

母さんは言葉を切り、マグカップを一口。

 

「でも、覚えておいて欲しい。アイハ。()()()()()()()()()()()()()()()

 

アイハを真正面から見つめて、そう告げた。

 

 

 

「ここのスットコドッコイが死んだら私も死ぬんですがね」

 

しかしそう言った雰囲気をぶち壊すようにアイハは俺を指差す。……って中指突き立てて指すんじゃねえ。

 

「くっ……ククク、こいつが死ぬような時はお前が身代わりになってもお前は死んでるだろうさ」

 

その時は天命として受け入れるんだね、と母さんは言う。……母さんまで俺に中指を突き出してきやがった。

 

 

 

その指先を逸らすように手を振ると、二人は飽きたようにその手を下ろした。

 

「言いたいことはそれだけだ。あとは経験が補ってくれるだろう。で、残りは暇してる坊ボンの方だが」

 

 

 

すると、二人の目が俺に向く。ひとつだけの方の目は俺の腰、横に立てかけてあった直剣に向いていた。

 

「お前もアイハとこれから同様経験がものを言うだろう。あとは、そう。剣の耐久性と切れ味と言ったところかね。剣一本では心許ない。残念ながら金持ちじゃあないから剣を買ってやれはしないから、また都市に出たときにアイハと相談して決めるといいさ」

 

そう言葉を切り、母さんは得物である剣槍に目をやる。

 

 

 

それは両刃の長い穂先にこれまた2m越えの長い柄を付けた、長大かつ巨大な武器だ。

 

全てが特殊金属でとんでもなく重く、そして鈍なまくらを思わせる鈍い金属光沢を発する、到底俺には扱えない代物。

 

その切れ味も相応に悪く、俺との模擬戦でも斬りつけるというよりは撲殺する勢い。

 

 

 

故にこそ、武器にこだわる言葉には重みがあった。

 

 

 

剣一本では数人を斬り殺せるだろう。魔物だって殺せる。

 

しかし10は?100は?1000は?

 

そこまで来ると、剣は血やその他油分で鈍り、斬る場所を間違えて刃毀れでもしようものならその分腕力を使わなければならなくなる。折れでもすれば、短くなったリーチをどう補うことになるのか。

 

剣はどこまでも消耗品であり、そのためにサブウェポンが必要となる。

 

鈍器に使うも良し、杖の代わりに使うも良し。

 

 

 

何であれ長く斬り続けようと思うなら、それは必須だ。

 

 

 

「……まぁその剣も安物とは言えそう悪いものでもないから、そこまで急を要するというわけではないのかもしれない。しかし、”備えよ常に“だ。本当の危険は身構えていないから襲ってくる死神なんだから」

 

 

 

 

 

 

 

母さんには珍しい、死神なんていう言葉。

 

傭兵リシアとして名を馳せた彼女に似合わないそれが、

 

俺には妙に耳に残った。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

私ことアイハは、干した洗濯物が夜露で濡れる前に、と廊下を小走りで動いていた。

 

何しろ私を除いた人間の二人に生活能力がないので。

 

 

 

母親に似て相当な物臭になってしまったあの男は、必要最低限のことしかできないしやらないのだ。必然その不衛生や肉一辺倒の食事に耐えられなくなる私にお鉢が回ってくることになる。

 

 

 

そして、私は洗濯物を回収し終え廊下を歩いていると、キッチンのあたりから廊下に光が漏れているのを見つけた。

 

 

 

ーーーゴホッゴホッ。

 

 

 

咳の音は高く、母様なのだろうと察しがついた。

 

 

 

私はなんとなく廊下からキッチンの様子を窺い、シンクに向かってその長身を折り曲げている女性を目に映した。

 

 

 

汗だろうか、肌に張り付き振り乱れた髪の間から見える液体。

 

 

 

液体がシンクにぶつかり鳴る液体音。

 

 

 

 

 

彼女は、血を吐いていた。

 

 

 

「ーーー??!」

 

私は息を呑んだ。

 

 

 

そんな私に気付かず彼女は水を飲み息を大きく吐く。

 

 

 

「まだ、まだ大丈夫」

 

そう震える声で呟く様子は普段の様子とはかけ離れていて。

 

 

 

 

 

私は耐えられずに足音を消してその場を離れた。

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