俺は思う。
周りの意見に流されすぎだろうかと。
「ど゛ぼ゛し゛て゛こ゛う゛な゛る゛の゛ぉ゛!??」
俺自身で決断していれば、こんな後悔をせずに済むのだろうか、と。
3人に囲まれるとか、俺死ぬんじゃねえかしら、と。
俺は激しい後悔を剣に込め、
『だから言ったのに』
という心無い声に耳を塞ぎ。
「初陣でぇ、殺されてたまるかあぁぁ!」
小刀をかち上げ、蛮族(仮)を斬り伏せる。
『次、5時方向、腰だめに構えた特攻』
「おらよっ!」
アイハの言葉通りに突っ込んできたバカを剣のリーチの差で斬り殺し、慣性で俺の懐目掛けて走るナイフをすんでのところで避ける。
ーーーなんなん、俺よりも装備良くない?
多少無理な体勢になったことで腰から半分崩れ落ちる。
『立ち上がって。上から農具』
チクリと走る嫉妬の念をよそに鋤をローリングで避け、ついでに下手人のガラ空きの足元に剣を叩き込むことで身長を大幅に短縮させる。力の籠らないそれは両断には至らず、骨で半ば止まったのを無理くり引き抜いた。
『遅い。投石』
言われるままに、俺は地面に腹を着かんばかりに伏せて少々大袈裟に石を避けると頭上60cmほども高くを石が通り過ぎていく。
「うおお危ねえっ!」
安全なやつじゃねえかと頭の中でツッコミをあてるまでもなく、俺の顔すぐ脇を鉄靴に覆われた足が通り過ぎる。マジで危ねえ。俺踏まれたら死にかねん。
しかもその足は……敵ではなく味方のそれ。乱戦で剣戟に押され後退したのだ。
味方に踏み殺されるとか死に方にしてももっとマシなのがあるだろ。
「クソッ」
なんだこれはと誰に向けるでもない罵詈を吐き捨て剣に絡みつく俺の指を引き剥がし、握り直す。
あまりにもあんまりな死の危険と、同じ人間の殺意を受けてか手が僅かに震える。
メチャクチャ笑える。
ともあれ、俺の心情を敵が斟酌してくれるわけもなかった。
『呆けてないで』
判ってる。
俺の内臓を耕そうと迫る鋤を剣で受け止め、押し返すと同時にガラ空きの腹下を蹴り付け突き飛ばし、再び立ち上がるための時間を手に入れた。
鋤の方がリーチが上で、つまりその威力も上がるわけで。
大事な剣をまた壊すなんて事態をさけるため、軌道の読み易い大振りな一撃を半身で避ければ喉元までは一息。
突き込むと、気道から漏れる息と出血とが混ざり合い濁った水の音を立てる。
「ははは」
狼の時と同じだ。背景が何であろうが、俺にとっては生存競争の一言に集約される。
怖気にも似た感覚は、人を殺すというアンモラルを正当化しようという精神の表れか。
「遅い遅い!」
力を失った手のひらからこぼれた鋤を受け取り、運動量を与えながら覆いかぶさる死体を脇に除ける。
反応が遅い、速さも遅い、初動すらも遅いとなれば一体何が勝るというのだろうか。
『……上!』
俺は反射的に鋤を立てて、横に転がった。
あわよくば自前の落下で鋤の長い木が相手に突き刺さってくれればいいなと甘いことを考えていたが、対策済みということらしい。
必勝パターンが決まっているというのは素晴らしいことだ。なにせ対策の対策も取りやすい。俺のような何も持たないいち傭兵にはうらやましいところだ。
「へへ、へ」
『やっぱり盗賊のほうが似合いますって』
だまらっしゃい。
茶々を入れねば話せないという意味でコミュ障のアイハは置いておいて、剣を向けなおす。
「弱い者いじめは好きかい?」
「生憎俺も弱いもので殺意には殺意で返さないと安心して夜眠れないんだ」
「臆病なら家でガタガタ震えていたら?」
それができたらどんなに良かったことか。
それができる貴族は前方には出てこない。逆説的に出てこざるを得ないから出てきている。
「調子に乗って殺されに来たか」
「今日ではないことは確かだ」
「ぬかせ」
俺は剣を盾に構え相手の剣戟を迎え撃つ。
「ふざっけんな、剣だって消耗品なんだぞ」
今ので中ほどが少し刃こぼれした感触がした。当然同じだけの運動量を受けているあちらの剣だが、斟酌する様子はない。
刃物は刃先が命とは言え打ち合う部分も当然大事である。接近戦で相手の首を撫で切る時とか。
接近戦が趣味なのか、剣を絡み付かせるように操りながらにじり寄ってくる相手に俺は内心歯噛みする。
おいおいおいおいおい、森で暮らすのにそんな技術必要なの?だとすれば相当修羅の地じゃんね。
成長途上なため打ち合いでは相性が悪い。そう判断して俺は丁寧に足元を狙う一撃を叩き落して反撃を叩き込まんとする。当然防がれるが、その一撃に全力を振り切れば彼我の距離を一時的に開けることは可能だ。
「じょ…冗談じゃ…野郎ぶっ殺してやるぅあああ!お前なんざ怖くねえ!」
記憶にある三下の喋り口調を真似しつつ俺は距離をわずかに詰める。
唾を飛ばさんばかりに思いつくままの罵詈を並べ立てるがあんまり効いた様子はない。やっぱりここらはアイハを見習うべき?いやしかし、口を開けばモラルハラスメントとロジカルハラスメントの奴を教師にしたら俺のレパートリーが死ぬ。
「殺すって言ったからにはちゃんと死んでもらわなくちゃなあ!有言実行ってやつだ!」
「若造が……調子づくなよ!!」
『左斜め後方、投擲来ます』
射線を切るようにローリングすると、連携を前提とした男の行動はごく一瞬だけ遅れる。
「元々剣は俺の間合いじゃねえ!」
剣槍とナイフと徒手とを操る母さんの間合いに踏み込んだ経験上、中途半端な剣の間合いよりも懐を抉るインファイトの方が俺は得意だ。
剣の迎撃を弾き上げると同時に剣を空中で手放しより身軽になった腕で掌底を相手の肘に打ち込む。
体幹から離れているために大した効果は見込めないが、続く一撃は必要だった。
さらに踏み込んで捻った腰の力を拳に乗せ、剣を持つ肩を穿つ。
気丈にも足技で反撃され、防御に使った腕にジンと鈍い痺れが走るが構わずもう一撃。
顎を掠めるように放ったそれは相手の脳髄を揺らした。
確かに効いた手ごたえに、俺は思わず「効くんだこれ……」とつぶやいた。人間相手(母さんは人ではないと思う)に使ったのは初めてだったからだ。
『上、上。忘れ物』
「うおおお!!?」
落ちてきた剣を空中でつかもうとして、やめる。
意外とダメージが来ていたらしい。地面に刺さったそれを俺は剣の使えない左手で握る。
「どうしよっか。殺しとく?」
己の手の内を明かした敵を生かしておいておいていい道理はない。
しかし、こう、無抵抗の相手を殺すのはなんというか、ばつが悪い。
『有言実行どこいった』
俺が判断を悩んでいる間にも、状況は刻々と変化していく。さっきの戦闘で俺を狙ってくれた敵は姿を消しているため敵を見失った形だ
疲れがどっと吹き出し、溜め込んだものを吐き出すように汗が吹き出す。
緊張が解けてしまったのだ。
そうすると何かにもたれかかりたくなるもので、
「『あっ』」
疲れからか、不幸にも何もないところで転んでしまう。
咄嗟に背中を庇い受け身を取りやすい前の方に倒れ込んだ先には
剣先は布の塊に沈み込んでいて、その感触は何かを刺し貫いた感触だった。
それは、そう。
例えば俺がついさっきまで散々斬り殺した人間とか。
『これ……人ですね』
「ヤm……」
山羊や羊であってくれという俺の願いを他所に、俺の脳裏と耳に同時に声が届く。
俺は耐えきれずに剣を引き抜くと、ゴボゴボとその声に粘ついた色がかかる。
そのまま二、三痙攣をして、それは死んだ。
ねえ神様、精霊の声を聞かずに済む方法はありますか?
俺は普段祈りもしない神様に訊ねずにはいられなかった。
◇ ◇ ◇
「よくもやってくれたな、予定がパアだ」
と言われる。
同時に俺はいくつかの罵詈雑言を思いつき、それを胸にしまい込み。
「無茶言わないでくださいよ。私達死ぬところだったんですから」
アイハの口から歯に衣を何重にも重ねたセリフが語られる。
「村長殺しちゃったら憎まれるのが分かってないのか」
「バックステップ取ったらよろけて刺しちゃったんですから、事故以上の何者でもないですよ」
どこまでも堂々巡り……どころか交わることのない線の様相を呈する。
でもあんなところに放り捨てられてるとは思わねえじゃん、滲み出てくる血とかがなければ人間がいたことすら気づかないよ、フツー。
「突然現れた俺達に慌てふためいた彼らは、逃げ場所を探そうと、右往左往してる内に腰の悪い村長を蹴っ飛ばしたらしい。そのまま動けない彼は放置されてた……ってのが捕らえた捕虜から得た情報だ」
「それ俺悪くないよね」
いや絶対、絶っ対悪くないよね俺。むしろ、捕虜が蹴っ飛ばした疑いが強いよね。動けなくしたのは俺じゃないよね?
「俺も
「八つ当たりを部下にする上司って、控えめに言って最悪なのでは……?」
こらアイハ、そんなこと言わないの。俺も思ったけど言わなかったんだから。
アイハの主張をよそに、彼は俺の想像の埒外なことを口にする。
「というわけで一応は初陣も終わったことだし、この国を出て出稼ぎに行ってもらおうかなと思う」
「初陣にしては、酷すぎませんか」
とはアイハ。いやそういうことでツッコミを入れて欲しいのではなく。
すると、向こうのほうから説明を付け加えてくれた。
「初陣に貴賤はないだろ。殺るか殺られるかだけの環境に、上も下もねえわ……っと、話が逸れた。もう少し魔物狩りなんかをしてもらって実力を涵養してもらおうと思っていたんだが……」
だが?
「村長殺しでお前は恨まれてる。
俺と彼らが
もちろんそんな理不尽、アイハが黙ってちゃいない。
「彼が村長さんを殺した瞬間を目撃したのはたった一人だけのはずです。そこから情報が漏れるにしても、彼はただ雇われただけです。……たった剣一本で」
暗に領主とやらも恨まれるだけのことはしているのだと告げ、最後に俺に思わしげな目を向けた。
ーーーわかったよ、剣一本でそんな恨み買うなんて、さすがに割に合わない。まして俺達は
「ただ放り出すつもりはない。剣はもちろんやるし、移動のために少し金も用意しておく。それから、ちゃんと教える人間も付けてくれるよう、手紙に書いておく。ランクは喜べ、二つ上げてやる。二つ上げるなんて死んだ時以外やらないからなフツー」
死んだ時にしかやらないことをするって、相当縁起が悪いのでは?
そんなことを言わずにいた俺、偉い。
「上げて何か利益があるんですか?」
「死亡時の見舞金が増えるだけだな。家族に残しておける金が増えるから、始めてから喜ばれているらしい」
もうやめて、話の腰のライフはゼロよ。腰がもうバッキバキの微粒子になってきてる。
俺はアイハを睨め付けるも、アイハは涼しい顔。
「出発までの時間は?」
「調伏してから時間もたってないから……新たな代表者を決めて
調伏て……魔物やユーレイじゃないんだから。
と、それはともかく。
「じゃあ、半日で。その分金を」
「んなわけあるか」
急いで用意するから代わりに金をせびろうと口出しするが、すげなく断られる。
残念。
「それなら、私の武器も下さいな」
「「えっ」」
えっ。
「誰も知らないところに行くんですから、最低限身を守れる程度の装備は欲しくなりますよね」
でも、だって、お前。
俺は咄嗟に2、3の反論を思いつくが、アイハの目線に封殺される。
そして、アイハの手が突き出された。
要するに、金
「そんな交渉が通るかっ」
「当然じゃないですか。すぐに出ていかなければならないのはそちらの事情、そしてこのアンポンタンの事情。私自身は同意していないのに、出て行かされるんです。私何も利益を得ていないのに。だから、私になんか下さい」
金属
アイハが武器なり備えようとするならそれだけ手持ちの資金から目減りするということであり、道中行き倒れる危険性を大幅に増やすことと同義だ。
とても俺はそんなリスク、背負いきれない。
「なんなら後ろの宝石キラキラの剣でもいいですよ」
「
「……物の価値もわからないお前達にやっていい剣じゃない」
段々とヒートアップしてきたアイハを落ち着かせようと口を挟むがそれは拙かったらしい。
数段冷えた声に思わずアイハと俺は目を合わせる。互いに『お前のせいだ』という意思を目線に乗せて。
「ーーーまあいい。俺のサブウェポンを餞別としてくれてやる。どうせ鉄クズとして売り払おうかと考えていたところだ。ただし。それ以上は渡さんぞ」
ハアとため息のおまけ付き。俺なんも悪いことしてないのに。解せぬ。
アイハも俺を見遣る。……俺、悪いことしてないよね?
◇ ◇ ◇
二度とこの地を踏んでやるもんか。
そんな思いで歩く地面は、いつもと変わらず硬い感触だけを足裏に残す。
『後で、悪者にするつもりですよ』
アイハは囁いた。
『そのために、噂の本人が近くにいることはとんでもなく都合が悪いんです。
でも、それくらいは俺も理解しているつもりだ。
「それで、どうなる?」
『ほとぼりが覚めた頃に戻るか、もう戻らないつもりでいるか。故郷に一番近い州都ですから、交通の便や購買がすごく面倒になります。これを機に、いっそ拠点を完全に移してしまうのもアリなのではと』
俺が大通りを歩きながら虚空に尋ねると、物凄く魅力的な提案が返ってきた。
何せ、政情が安定していれば傭兵なんて必要無い。それが俺が貰えた剣一本という賃金に表れており、横取りという実情から見えていた。
多少の手切金は付けて貰えたが結局追い出される実情に違いはなく、積極的な拠点移動に反対する必要も感じない。
しかし、しかしである。
散々焚きつけられた挙句に切り捨てられる。
それに感情的な反発を覚えることくらいは許されるのではないだろうか。
いやさすがに何かに当たり散らすことはしないけどさあ。
『で、どうします』
どうしますじゃないんだよなあ。問題は。
「故郷を捨てるにしても、一先ず母さんに報告だけしておくかなあ」
俺はなんとはなしに呟いた。
『え、母様ならあの家引き払って出て行かれましたよ』
「は」
俺は言葉を失くした。
『言ってましたよ。借家だから引き払って、少し旅に出るって』
「え、でも帰って来るといいって言ってたじゃん」
主にアイハに。辛かったら帰っておいでって、言ってたじゃん。
……言ってた……よな?
『[あの家に]とは一言も言ってませんよね』
「詐欺じゃねえか」
ほらあったろ、羊の頭吊るしておいて、実際売ってるのは狗の肉だったりする奴。
俺はその妙に安い肉を買って腹を壊したことがあるから覚えてる。母さんはいつも食べないからいいとして、あのときアイハも食わなかったよな、確か。
アイハが残った肉を見て「これ狗の肉なのに火をしっかり通さなかったんですか」なんて後から言いやがって。気付いたのなら先に言えやと。
ーーー話がそれた。目の前のアイハが悪い。
「……で、戻ってくるとは言ってるんだよな?」
俺は方針を戻しながらも、それ自体が間違っていることに気づいた。
『いや借家ですし。あの人としては子育てが終わったから、ということなんでしょう』
すかさずアイハが訂正する。
「じゃああれか、傭兵のネットワークでも頼ればいいってことか」
『そういうことですね』
アイハが我が意を得たりとばかりにドヤ顔する気配。声音が物語る。
でも、何か、まだ少しの違和感がある。
ボタンを掛け違えたかのような違和感。
「……まだ隠されていることがあるのか」
『当たり前じゃないですか』
俺は半ば以上の確信を持つが、アイハは素っ気ない態度で断る。
「……さいで」
俺はそう返すのが精々だった。そりゃ俺は頭悪いんだけど、それでもさあ。ねえ。