ある男の冒険譚   作:愚痴氏

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剣戟と精霊術

(なまく)らとは言え、金属塊。それとまともに打ち合っていれば、俺の剣の方が(なまく)らになってしまう。

 

そして鈍器同士の殴り合い、運動エネルギーのぶつかり合いでは重い方が大体強い。

武器の寿命を減らさないことを考えても、この模擬戦に勝つことを考えても、下手に打ち合うわけにはいかなかった。

 

 

「ぐううぅッ!」

まるで大木に斬りつけているように硬く、動かないその剣槍を睨めつけ、全霊を以って鍔迫り合いをしていると、いつのまにか食い縛った歯の間から声が漏れる。ーーー尤も、それでも巌のように動かないが。

 

巌のように聳え立つ巨体と押し合いをしているのにも関わらずその両方が両足とも動かさないでいるのはそれだけ相手の力量があることの証左だろう。段々と手先が痺れてきたため逆に大きく押し込み、その反動で鍔迫り合いから逃れることができた。

 

指先にまだ痺れがある。誤魔化そうと肩を軽く回したときに、その隙を狙った相手が突進。

 

表情がどうしようもなく克明に見えた。その口元は緩くカーブを描いている。

タメも何もなく、下からの切り上げに俺は咄嗟に間に剣を差し込むも、その力自体には逆らえず俺の身体が僅かに宙へ浮く。

しかし、俺の着地までの短時間で剣槍を振るうことはもはや出来ず、代わりに更なる加速を伴った突進攻撃。

 

俺は浮き上がった剣の側面を足と手で支え、その衝撃の大部分を膝のバネと腕力で受け止める。

 

そして残りの衝撃は俺の加速に繋がり、僅かに距離を開けることに成功した。

衝撃に瞬間的に足が痺れたため着地もままならず、続く踏み付けを転がることにより回避する。

 

ーーーほぼ指先の感覚がない。

指を動かすたびにじわじわマシにはなっている感覚があるものの、それは許されそうになかった。

半ば手探りで剣を掴み直し、ふらつきながらも立ち上がる。

 

追撃もできただろうに、片手で剣槍を弄んで待っている大女。

俺の視線の意図を汲んで応えてくれた。

()()()踏み付け(ストンプ)攻撃は体重を込めなけりゃできないから連続では来ないと考えていい。剣槍で攻撃しようにも前傾気味の態勢では少し受け方が違えばお前の剣など粉砕し即死させることくらいは出来るんだ。お前の震える指でそんなことできるのか?」

 

それは間違いなく俺が受け切れないと確信していたためであり、そしてその懸念が正しいことは、他ならぬ俺がよく知っている。

 

だからこそ。

「やってやろうじゃねえかこの野郎」

「私ぁ男になったつもりもn」

 

最後まで聞かない。

 

じんじんと響く程度に収まってきた痺れをそのままに、中段からの突き……と見せかけて力の入りにくい足先を利用し変則的に体勢を崩すことで足元を剣で刈る。

体勢の崩れた力の入らない斬撃は存外に遅く、鉄靴の表面を傷つけるのみ。

 

しかし、それで良かった。

剣を斬り上げ、大腿を狙う。

 

僅かに身動ぎして内腿は避けたようだが、縦に深く、傷口が太腿の付け根まで走る。

致命にもなる傷。

 

それを痛痒にも感じていないのか、剣槍の柄で剣を弾かれ、続いて放たれる踏み付け(ストンプ)

俺は体幹で起き上がって避け、振り返りざまに裏拳を放って剣槍で防がせる。

 

ビリビリと衝撃が走る。骨にヒビが入ったかもしれない。

 

しかしそんなことはお構いなしに剣槍は振り回され、距離を取ることを余儀なくされる。

 

裂かれたズボンから覗く白い太腿は既に赤い傷口を失っていた。

 

 

回復。

 

 

異様なまでに、不要なほどに高い自己回復能力が母さんの最大の強みだ。

精霊を持たないにも関わらず傭兵リシアとして名を馳せた彼女から、俺は一本も取れたことがない。剣槍と剣というリーチの絶対的な差があるし。

 

だからといって諦めるわけもないのだが。

 

今度は素直に中段からの突き。柄で逸らされ俺の胴体がガラ空きになったところに拳が吸い込まれる。だがその拳を左手で受け流しながら脇へと巻き込むことで瞬間的に両の手の自由を奪う。

 

その口元のカーブが深く、深く、弧を描く。

ゾワゾワと首筋の毛が逆立つ危機感をよそに膝蹴りを胴に叩き込むと衝撃で腹に窪みが生まれた。

 

まだだ。

 

剣槍からナイフへと素早く得物が持ち替わり俺の背中に突き立てようとするのを視界の端で捉え、剣で一度は防いでみせた。

二度目はない。

 

「いらっしゃい」

それを笑うかのように、俺の耳元で囁く。

 

脇に巻き込んだ腕が拘束から抜けていた。

 

抱き寄せられ、胸元に俺の頭が押しつけられる。

鎧越しに柔らかい感触を感じる…‥ではなく。

 

「はい、むぎゅー」

首筋にナイフが添えられる。

 

俺は脂肪の塊に負けたのだろうか。

 

 

◇ ◇ ◇

 

私の精霊術は直接戦闘向きではない。

 

時を操る能力。

 

僅か数秒先読みし、操る程度の微弱な力。

リシアという暴力の塊とは相性が最悪であり、真正面から叩きのめされてしまう。

私自身の時間を加速し速度を上げても母様の素の腕力・速度に勝てない。

 

故に昔はよくコテンパンに伸されていたが、最近は方針が変わったらしい。

「ぐ、グギギ……」

話は変わるが、精霊術は精霊にしか扱えないからこそ難しいのだと思う。

もし精霊術を人間が使えるようになったら、私のやっている公立最悪の訓練方法にもメスが入るだろうからだ。

 

私は丸太を見る。ただ見る。そこに具体的な目的、例えば木をどうしようとかは存在しない。

目的のない行為を強制されるのは辛い。雑念が沸々と浮かび上がってくる。

 

意味のないことをさせるなとか、私をコテンパンに伸しておいて、成果もありませんでしたで詫びの一言もないのかどうなんだとか。

果ては時を操るとはどういうことなんだとか。取り止めもなく、とめどなく。

 

そうして数日、毎日こなしていたころに突風が吹く。

 

その変化を私は捉えた。

丸太をグラグラ揺らし、私の体勢を揺るがす大きな風。

 

埃が目に入らぬよう目を細めた私はそこで見た。丸太の揺れが収まっていることを。私の動きがひどく緩慢なものになっていることを。

 

私は心の中で見つけた(エウレカ)と叫ぶ。

 

 

私は僅かにものの時間を遅らせることができるようになった。

いや、十年近く続けてきてこの成果はあまりに効率が悪すぎやしませんか。

 

◇ ◇ ◇

「斬る時は斬れて、斬らざる時には斬らない。それが傭兵として十分以上の仕事を成すときに重要だ」

傭兵リシアは言う。いつでも斬り殺して、精霊術でぶっ殺しているのではただの暴力野郎と変わらないのだから、と。

 

 

「現状の最高戦力で挑んで来なさい。どうせ私を殺すことなんてできないんだから」

剣槍なしというハンデ付き。

彼女の精霊は見えない。そもそもリシアは精霊を持っていないのだから当然だ。

だから、精霊ありでの模擬戦ともなると、2対1となり、途端に勝負がつかなくなってくる。

 

アイハが俺の時間を加速することで、正面から突進してくる相手を避けると同時にすれ違いざま剣撃を腕に打ち込む。

半ばほどまで断ち切った腕から血がシャワーのように噴き出した。

 

アイハが斬った瞬間に加速をかける対象を俺ではなくリシアへ変更すると出血量は途端に増えてくる。

だが、それが不味かった。

 

瞬きほどの時間で腕の傷は塞がってしまった。振り返った頃には元通り。

「アイハ!俺を加速だ!」

そう告げると返事は周囲が遅くなる感覚で帰ってきた。

 

もう一度、と剣で下から切り上げる。

しかし、無慈悲な返事が返ってくる。

「それは既にもう見た」

 

振るっている途中で剣先を掴み取られる。

振り払おうとしても木に刺さった時のように動かない。

 

刃を血が伝う。

「どんなに速かろうと、やることが分かっているのなら防ぐのも、後の先を取るのも難しくない」

暗に全く新しい攻め筋を考えろと。

 

「言われずとも!」

手を離されると同時、顔面目掛けて動くアイアンクローを剣の柄頭で叩き、その助けも借りて懐に滑り込む。

 

「アイハ!」

俺以外の速度が速くなる。いや、目の前のリシアは別だ。彼女だけはいつもより遅い。アイハが遅らせているから。

 

「ほ、う」

リシアのこればっかりは憎らしげな声すらも。遅い。

 

「おおおお!」

斜めに斬り下ろす。

 

俺を捉えようと両の腕が蠢き、抱き締めようと、否。

「は、は、は」

 

ニタリ。鮮血に汚れるその口元が大きく歪む。

その口元に、その顔になんとも言えない恐怖に似た感覚を感じ、股下から頬までを大きく斬り上げる。

 

どばりと吹き出す血が俺の顔面を覆い、視界が完全に奪われる。斬り込む瞬間に、血飛沫を回避する芸当は難しかった。

 

「は、は、は」

 

「みぎゃっ」

背後でアイハの悲鳴。

だが俺の血の量より明らかに多いと分かる血は俺の顔面をしとどに濡らし、目すら開けることは叶わなかった。

 

この程度の出血で死ぬ人間じゃない。

俺は目も見えぬまま感覚に従って剣を振るおうとして、手首を掴んで止められた。

 

「ーーーはははは……おっと、つい()()()()殺しちゃうところだった。危ない危ない」

アイハの精霊術が解けたのか、いつもの速さでさらっと恐ろしいことを囁く母親。

 

「うん、合格でいいでしょ」

 

 

「でもまあ、私がアイハを攻撃出来る状態にあったのにそれを防げなかったお前と、対策を打っておらず挙げ句の果てにはすぐに術を解いてしまった未熟なアイハ、両方とも()()()()()()

血塗れはその罰ってことでいいかね。

 

高速回復能力がなければ確実に致命傷、2回死んでいるレベルの傷を負っている彼女は、いつもと全く変わらない調子で言った。

 

「アイハを起こして体を洗っておいで」

その声に誘われ、俺はひとまずと袖口で目元を拭った。

髪から垂れてくる血は固まりかけて中々取れないだろう、と思った。

 

◇ ◇ ◇

 

元凄腕の傭兵であるリシアから合格を貰うこと、つまりは母さんにどんな形であれ一本取ることがこの田舎から脱出するために必要だった。

 

それも今は昔の話。

 

「いや遊んでないで荷造りして下さいよ。あなたの荷物でしょうが」

アイハが俺と旅をする分にはアイハの荷物は必要ない。精霊は実体化を解くことで主人の下へと帰る……つまり睡眠や休息の必要がある場合は実体化を解きさえすればいいため、彼女自身の寝床だとかは全く必要ないからだ。

 

「いやだって旅なんてしたことないし」

「えぇ……」

 

「そもそも俺は血のシミを取ってるんだから忙しいんだ」

「えぇ……」

精霊であるアイハは汚れると言う概念がない。実体化を解きさえすれば実体の汚れはその場所に放置されるからだ。

(ひるがえ)って俺の革鎧などは一張羅であり、血に汚れることはあってもそれを放置していたって汚れが落ちなくなるだけ。

 

「剣が錆びていざという時折れましたでは死ぬに死ねないだろ」

俺は薬液に布を浸けたあと、直剣の柄に染み込み固まった血を針で掻き出しながら言う。

 

革を巻き付け固定しただけのお手軽な柄はこういう時都合がいいのだが、いかんせん貴重な革を有効活用しようと膠でべっとり詰め込んだために、革と膠と血が混ざって凄くめんどくさい。

 

「鉄と血が接触してもすぐ錆びるなんてことはないと思うんですがねえ」

暗にそれを今やることではないと批判しながらアイハは雑嚢に物を詰め……ない。

 

怠業(サボタージュ)だ。

剣を弄る手を止めると、アイハは実体化を解除した。

 

平べったく広がる雑嚢を叩く。床板の硬い感触が返ってきた。

「スッカスカなんですが?」

『いやだって私精霊ですから?精々食事くらいしか要りませんし?』

俺の頭の中で声が響く。

声のトーンからして実体化を解いたのはこれを見越してのことだろう。霊体化して俺の中に入って仕舞えば俺から働きかけることは難しいから。

 

「せめて手伝って!」

『人にお願いするときはどうするんでしたっけ?』

 

ぐぬぬ。

「アイハ様、少々お手数かとは存じますが、不肖私めの荷造りを手伝っていただけないでしょうか?」

『よろしい』

 

そう頭の中で声が響くと、雑嚢を踏みつけてアイハが現れる。

「ちょいちょい、どいてどいて」

 

 

 

結局夜中までかかった。

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