ある男の冒険譚   作:愚痴氏

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サリド村

羊が囲いの中でめえめえと呑気に鳴いている。今年も狐狩りは恙なく終わり、狐に怯える必要はなさそうだ。

今年は狐が大量に狩れたため、いつもより安心していられる。

それも来年になれば、また狩らなければならないのだろうが。

狐とか言う賢い生き方をした四足歩行動物と人間とか言う二足歩行動物は長らく戦争状態にある。

しかし、互いに滅ぼしあってはならない。狐は羊も狩るが、ネズミやゴブリンも狩る。農作物を食い荒らすだけでなく、ペストとか言うクソ害悪病原体をばら撒くヤツを食ってくれる点では益獣だが、エキノコックスとか言う害悪病原体をクソからばら撒く点で害獣である。好きな方のクソを選ぶんじゃ。

 

ネズミとか言うクソ害獣を狩るから奴らは見逃されている。けっ、命拾いしたな。

 

さて、そんな長閑な風景のど真ん中に建つ羊用の小屋と、おじさんのお家。その玄関口で腹ばいに寝そべっているのはおじさんの精霊だ。

ただし尻尾が3本あり脚も5本ある。

 

俺達の足音に身を起こした彼はアイハの雑な撫でに尻尾を振る。

「ポチ、おすわり。おーよしよしよしよしよしよし」

ガシガシガシガシ。

アイハがしゃがんで彼の耳の後ろを掻いてやると、ぶんぶん振り回された尻尾が加速していき、絡まった3本が一つの箒のように見える。

 

それがおすわりの状態でやるもんだから、尻尾の通過したところが掃き清められていった。

 

「どうした?今日はおやつが少なかったのか?んん?」

「わん」

アイハは犬の精霊とおしゃべりしているが、その実コミュニケーションが取れているかは微妙なところだ。

 

「そーかそーか、なんか食べたいかー。よーし、お手。うんうん、ポチは賢いなー。そこらへんの草でも食べてなさい」

「やめたれ」

あまりにも無体な所業に俺が慌てて止めると、アイハは怪訝な表情で俺を見遣った。

 

「かわいそうだろ。ほら」

「くぅーん」

「落ち込んでるじゃないか」

所在なさげに3本の尻尾を揺らしながら俺を見る犬。しかしそれは演技も大いに混じっている。俺が最終的に餌をくれると知っているからだ。

 

「くぅーん」

くぅーんじゃない。

「ほら可哀想に」

なぜかアイハまでもが俺を見上げる。

俺じゃなくてアイハが悪いのでは。

「ああ仕方ない。次はこんな豪華なやつあげないからな」

俺は諦めて、昼にととっておいたサンドイッチの具、ベーコンの一切れをやった。

「わん!」

急に威勢よく吠えて僅かな肉にがっつく犬。

しかしその楽しみは一瞬で消え、顔を上げると尻尾を高速でぶんぶん振り回し始めた。口の端から垂れるヨダレ付き。

「これ以上はやることまかりならん。アイハに強請(ねだ)れ」

 

アイハの方を指差すと、くれるの?と期待を込めた目線でアイハを見つめる。

「あげませんよ、私のサンドイッチ」

ケチだ。

 

視線の応酬が精霊同士で交わされる。

それを遮ったのは玄関から出てきたおじさんだった。

「ゴッフに勝手に餌をやるんじゃない」

 

「あ、お早うございます」

「ああおはよう。やるならゴブリンの肉とかやりなさい。……ったく」

 

それを聞いてもアイハは堪えた様子はない。

 

「ああ、今日も羊乳下さいな」

「いつも通り二杯くださいな」

渡すのは大麦の袋。俺達で狩った鹿でもいいが、生肉は羊肉で事足りるからね。母さんが傭兵で稼いだ金を麦という可換物資に交換している。

指に挟んだタバコを所在無さげに胸ポケットに仕舞うと、おじさんはまだ挽かれていないそれを一つかみ掬い上げて確認すると、デカい椀二つに羊乳をよそって現れた。

母さんは羊乳を飲まないため、俺とアイハが飲むだけで事足りるのだ。

 

そしてアイハは鯨飲と呼ぶにふさわしい爆速でごっきゅごっきゅと椀の中のそれを飲み干し、(鯨どんなもんか知らんけど)ぷへえとおっさんくさい息を吐いた。

 

それを横目にゆっくりと飲んでいると、アイハは椀を精霊に差し出した。

「ほーらポチ、欲しかろう」

貰えるかと舌を伸ばした彼に、椀を引っ込めるアイハ。

 

イジメじゃねえか!

 

ひたすら可哀想。

「もう飲まないんなら飲ませ、いや舐めさせてやれよ」

数滴くらいしか残ってないじゃんか。

「や、上下関係を叩き込んでおこうかなと」

「お前と彼とでは可愛げのある方はどっちだ?」

そう尋ねる俺と、無言で己を指差すアイハ。嘘をつけ嘘を。

 

「ほ〜らポチ〜?私の主人はぁ、リップサービスでも可愛いとは言ってくれないんですよ」

「だって可愛いなんて言い出した暁には調子乗るじゃん」

俺が無反応なのに痺れを切らしたアイハは戯けたことを言い出す。

「どっちでもいいが、アイハよりはうちのが愛嬌あるわな」

俺とおじさんのダブル口撃。こうかはばつぐんだ。

「くっ……私の方が賢いですから!」

「お前腹が減った時にねだることが出来ずに飢えてそう」

「べ、別に食べなくても精霊は生きていけますし?」

「なら羊乳は要らないよな?」

「いりまぁす!」

「ならなんて言えばいいのか、アイハちゃんは分かるよね?」

「ぐ……愛嬌はポチに負けました!賢い私は愛くるしさでは遠く及びません!だから私に、これからも食べさせてください!!」

何がだからなのかさっぱりわからない。

 

「おーよしよし。でも食べる必要なくね?」

おじさんが猫にそうするようにゴッフの首元を掻いてやりながら言う。

 

そう、精霊にとって食事は娯楽以上のものではない。

精霊は主人からの精霊力をもとにして動くため、食事からのエネルギーを摂取するようにはできていないのだ。

 

アイハの口が主に皮肉や食事に使われているのを見ると、縫い付けてやろうかこの野郎と思わないでもない。

 

「ハハハ」

頬を掻き目線を逸らすアイハ。いいぞ、ダメージ受けてる。もっと言ってやってくれ。

 

「娯楽と言えばコレもそうだから俺も強くは言えないんだが」

おじさんが指差した先には胸ポケット。

 

「娯楽と依存は多い方がいいって昔から言いますし」

アイハは慰めとも何とも分からないことを嘯いた。何それ知らん。

 

「そうとも、俺にはゴッフがいるじゃないか。嫁に棄てられても俺にはコイツがいる」

「な、泣かないで。州都なんかから嫁さんをもらってきたのがいけないんですよ」

二年前に逃げられたらしい妻のことを突如思い出してどんよりとしたオーラを纏うおじさんを、アイハが慰めながらトドメ刺しにきてる。ロジックハラスメントはやめるんだよ。

 

「州都なんて都会からド辺境まで来て生活環境が大きく悪化するのに耐えられるわけないじゃないですか」

「うっ」

もうやめて!顔を手で覆ったおじさんのライフはもうゼロよ!

ひとのこころとかないんか?いや精霊だからひとではないんだったな。そういやそうだった。

 

余りの惨状に居た堪れなくなった俺はアイハを引き剥がす。無表情なのなんか腹立つな。

「ああん。なにするんですか。次は成功するようにアドバイスしているのに」

「その次があるかも怪しいだろ!大体求められていないアドバイスは無駄を通り越して悪でしかないだろ」

「どっちも人の心はないのか?」

アイハと同列?失敬な。

 

「私正しいことを口にしてるつもりなんですが」

でも、ここで抗弁したらアイハと同列か。それもやだな。

俺は、ささやかなプライドを守ることにした。

「はいはいそのいじめ根性なんとかしましょうね」

「いじめ?私が?それに今更不可能では?」

本人が言っていいセリフじゃあないんだよなあ。

 

◇ ◇ ◇

母さんは俺とアイハの二人を横に並べた前で宣った。

「そう、金がない」

「いつものことでは?」

アイハ の ロジックハラスメント!

「混ぜっ返すなよ。小麦の価格が上がって傭兵の報酬(フィー)がむしろ減少傾向なんだから仕方ないだろう。いや〜乱世乱世」

こうかはいまひとつのようだ。

 

「なるほど。で、狐狩りも終わって冬に入ろうって時期になぜそれを?」

「一狩り行こうぜ!熊を狩るぞ」

「「え」」

熊いるの!?俺達そんな危険な場所で狩りしてたの?!道理で狩りで奥深くまで行くことに難色を示してたはずだよ。

「熊より兎とかの方が速く多く獲れるのでは?」

いち早く立ち直ったのはアイハ。

 

「見つけやすさの違いからくる問題だ。冬眠を前にして、十分食えなかった熊は食べ物を求めて彷徨う。冬眠準備万全のうさぎさんよりも見つけやすいだろう」

「……本音は?」

「狐狩りで狩った狐が例年になく多かったことから、生き残っている狐が多い可能性は捨てきれない。被捕食者のうさぎなんて狩ったら、来年にはうさぎが激減する可能性がある」

思ったよりまともだった!

 

「まあ、猟師とかには理解されてないけど、な」

「本当の本音は?」

「今は熊を狩れなくとも、いつか狩る日のためにレクチャーだけはしておくべきかな、と」

「豪槍を真似できる日が来ると?」

アナタの槍捌き、術利もへったくれもなくて逆に真似できないんですよ、とアイハはぼやく。

 

「真似しろとは言ってない。ただ行動の傾向があるのとないのとでは大違いだ、という話だ。わざわざタイムパフォーマンスによろしくない獣なんだ、遭遇戦か、前もって狩っておく駆除以外に遭遇することはまずないだろ」

「うーわ、言っちゃったよ、狩っても得るものがないって」

いや、別のとこにツッコむべきだと思うが。遭遇戦か、狩りかの二択って、それ以外あるの?

いやいかんいかん、アイハのロジックハラスメントに染まってはいけない。アイハがロジハラできるのはいざとなれば実体化を解除して逃げられるからであって俺が街行く人にそれしてもボコられるだけだゾ。

 

「まあ事前に三つだけ伝えておくか。熊は鎖骨がない。熊の体重は100〜400kgと体長や体高から推し量る必要がある。三つ目に、熊の時速は60キロを超える場合だってある。この三点さえ抑えれば立派な熊マスターだ」

「んなわけあるかい」

それだけで熊が倒せるんだったら熊なんか脅威に思われるわけがない。デカい、速い、強い、の三拍子揃った怪物だが、それらが合わさると、回避不能で強力な体当たりなど人類が生身でぶつかるには荷が勝ちすぎたヤツに成り果てる。そのための精霊術、そのための英雄ではあるが、俺のように直接戦いに援用できる術を持たない俺には十分過ぎるほど脅威である。

 

「まあ見てろよ。その剣一度も使わせないから」

そこは心配してないのよ。

 

◇ ◇ ◇

 

「なんで私まで歩いてるんですか?」

インドア派のアイハが嘆く。それをアイハの鍛錬不足だと詰るには悪路が過ぎた。

猟師が入りたがらない奥の細道。先頭をスタミナお化けが鉈を振るっていても、整備されず自然に負けた獣道は俺達の体力を地味に削っていく。

 

「実体化して見た方が情報源としては多くなるだろうから」

振り向かず、さらには鉈を振り下ろす手すら止めないまま前方に向かって放たれたはずの声は、なぜか後ろの俺たちにもよく聞こえた。

 

「それは、まあ、うん、理解してるんですけどね?直前で良くないですか?」

「遭遇時急に出てくる胆力があるならそうしてるだろうさ」

暗にいざとなれば出て来られない腰抜け野郎だと言われ、アイハの口がへの字に曲がるのがわかった。目に見えるお怒りサインである。

 

それから。

沈黙は一番いい、という意味の諺があった気がする。しかし、ご機嫌斜めな彼女には八つ当たりの矛先が変わるいいきっかけになったに違いない。

「何か言ってくださいよ」

俺に向かって放たれた言葉は時間制限付き。何か宥めるセリフが湧いてくればいいんだけどね。

 

しかしその必要はなかった。

「あのさ」

「はい」

「うるさい」

「あっ……」

 

二言で片付けられたアイハはそれ以上何も言い出せず口を噤む。

 

多少悪くなった雰囲気を引き裂いたのは、もともと下手人であった母さんであった。

「子供連れかな?お疲れ様だねえ」

「「?」」

当然俺にはわからず、俺とアイハはそろって疑問符を浮かべる。

 

「少し経てばわかるさ。それより、私の機動力が制限されているここは場所が悪い。ギャップまで誘引して全貌を見せたうえでレクチャーと行こうじゃないか」

「先に見つかっていたらどうするつもりだったんですか」

とはアイハ。

「たとえ犬よりも鼻が利くとはいえど、動物、しかも群れて行動することもできないザコ動物、私の方が早く見つけてより遠くから殴り殺せるさ」

えっ、臭いもわかるのなにそれこわい。

 

 

 

藪漕ぎどころか鉈で矢鱈と振り回さないと勧めもしない藪も、木々が枯れ腐る過程でギャップが生じ、そこから新たに植物が育つ。

 

木が腐り槍を遮るものがない代わりに通常比1.2倍の日光を得てすくすくと育った細い植物たちが視界を同程度に遮る中、4mほど距離を取った母さんが熊親子を誘引する。

 

「一つ目。熊は鎖骨がない分腕を繊細に動かすことができない。同時に首元を保護する骨が左右一本ずつ欠けていることを表す」

接近する母熊を無視して子熊に近づくと、一刺し。首の付け根から入った穂先は40㎝もない子熊の背中を貫き串刺しにした。それを見て激昂する母親は、残り二匹を仕留めんとするリシアに向かって突撃を敢行した。

それも織り込み済みで。

「二つ目。体長を見て体重をある程度察知できれば体重差を利用して勝つことも難しくない」

剣槍を支えに中へと跳び上がって突進を回避すると、頑強に守られているはずの頭蓋を槍の中ほどでぶん殴りよろめかせる。

返す刀で子熊が突き刺さったままのそれを脇腹へ突き刺すと、怒りに駆られて尚逃しきれない苦鳴が上がる。

「親子また一緒に団子になれてよかったね!」

などという、割とどうしようもないセリフを宣う。

 

しかし、その程度で野生生物は止まらない。

咄嗟に剣槍を引き抜くが、母熊は立ち上がりリシアよりも高い身長を曝け出す。

 

「三つ目は、積極的に攻めの姿勢に入った熊から逃げることは生身の人間では難しいということだ」

 

そのパンチは猫パンチ。人間のそれとは違って明らかに精細を欠くそれはぶっとい爪が生えているために必殺の一撃たり得るし、それなりにリーチもあるため避けることすらもままならないだろう。

精細を欠くのではなく、その必要がない。軌道に入れば確実に、毛皮の上からでも大ダメージを与える。それが猫パンチならぬ熊パンチなのだ。

 

熊のハイパワーを槍で受け止めると、梃子のようにそこを力点として剣槍の穂先が加速し熊の首を真正面から刈る。頸椎までを確実に千切ったそれは致命(クリティカル)

「あ、アンタ以外にできるかーーー!」

 

再起動したアイハの声が森にこだました。

「だから言ったじゃん、見学だって」

「将来あのパンチ受け止めたり避けることできます?」

「俺?無理無理。クマさんはできるだけ遠ざかっておくのが吉だよ」

というかあれを受け止める人類がおかしいんだろ。

「それで私から一本取れる日が来るのか?」

現状そのおかしい側の人間が発破をかけてくる。

 

「罠でも仕掛けて、寝起きのタイミングで襲撃すれば、あるいは?」

「それで勝てたこともないのに。大人しく正面からの打ち合いでフェイントでも何でもして勝ってきなさい。そういう盤外戦術の方が私は得意なんだから」

「うえ、冗談でしょう?」

俺も初めて聞いた。

「朝駆け、闇討ち、毒殺撲殺誅殺薬殺暗殺刺殺斬殺惨殺絞殺屠殺どんとこいだからね」

「ええ」

親とは言えマジ引くわ。

 

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