翌朝。出発の朝といえば聞こえはいいが、俺とアイハの二人だけともなれば寂しさが多少入ってくるのもやむなしといったところである。えっ、傭兵なんて人をぶっ殺す職業を目指しといてそれはないでしょ?そんなぁ。
ちなみに小村であるサリド村には俺と同年代の奴はいない。母さんと同年代の人間はかなりの数が戦争で失われたからだ。故に俺に友達はいてもずっと年下。そしてアイハに口で勝てることはほぼないために、彼らにとってすら俺のヒエラルキーは下の方。ヤンナルネ。
朝が早いのもあって酪農家な彼らは見送りには来てもらえない。
「だからって、母さん一人で見送りに来てもらわなくても」
「いやなに、言い忘れてたことが五個くらいあったのを思い出して」
えらく多いな。
「まさかへそくりでもくれるんですか?」
守銭奴はアイハ。覚えておこう。
「HAHAHA、冗談は顔だけにするんだ。一つ一つはそうたいしたものじゃない。まあ一つ目は、アイハには帰る家があるってことだ……だから、お捻り頂戴の手はやめなさい」
「俺は?」ねえ俺は?
「お前は放っておいても生きていけるが、アイハはお前からは逃れられないんだ。逃げ道ぐらい用意してやるさ」
母さんの俺に対する扱いが酷え。
「傭兵組合も寂びれて久しいから冒険者組合と比べたら人は雲泥の差だから、早々に州都は退散することをお勧めするよ。脱出するための金を稼いだら別の国や州で経験を積むといい。数日過ごすだけの金は渡してあるはずだからそれでなんとかしなさい。人にとっての毛皮は服なんだから、実用性の範囲で金は惜しまないこと。私のように回復は今はないだろ」
勿体ぶった動きで席と咳払いを一つずつすると、再び話し始めた。
「あとは……そう。私の弟子に会ったらよろしく伝えておいてくれ」
「……ちょっと待って。俺そんなの聞いてないんだけど」
「そりゃそうだ、言ってないもん」
えー……。
「どんな方なのですか?」
とはアイハ。
「私よりも常識がない女だよ、あれは。ロングソード盗んでいきやがった」
ロングソード……俺の剣より良いやつなのかな?そうなんだろうな。いや、俺の相棒もそう悪いもんではないのだろうけど、ね。こう、武器としての耐久度が限界というか、もう折れそうというか。
あー、しらない姉弟子に悪意が湧いてきたゾ。具体的には一言言ってやらんと気が済まん。
「まあ、会えばわかるだろう。私に負けず劣らず
リシアが言うほどの人物なら…と俺は思う。なんせアイハの人格形成の礎の一端を担った女だ。つまりそれなりの性格の悪さは持ち合わせているわけで、その母が言うなら相当だろう。
こうして俺は、村を出発した。
「あああっ!それ今晩食べようねって言ってたヤツ!」
「そんなん言ってましたっけ?ま、何にせよ同意もした覚えはないですけど。焼き立てほやほやな美味しいうちに食べてあげるほうがいいと思うんです。ほら、あーん」
文句を言っていてはそのまま食い尽くされかねないので渋々俺は口を開け、千切られたパンを受け入れる。
「……ウマいな」
「晩は早めに肉を獲ってきたらいいかなと」
早速食事の話である。
ところで。
「街道沿いなのにゴブリンいるのなんで?」
「おや本当」
街道は、安易な
そんなところで遭遇した俺たちとゴブリン、俺が見えるということはゴブリンにも見えるということで。
とっとことっとこゴブリンは俺たち目掛けて走り始めた。
「ちょっ、雑嚢が外せない。足止めお願い!」
アイハが精霊術で足止めしてる間に俺はワタワタと雑嚢を外し、腰に佩いた剣を抜く。
遅いな。
「身軽なら余裕だ!」
そのまま俺を捕まえようと伸ばされた手を避け、首に剣を突き刺し貫通する。
剣を軽く捻り引き抜くと、ゴブリンはそのまま倒れ伏した。
「雑嚢取る必要ありました?」
言うなよ。
「ゴブリンなんかは1匹見つけたら30倍はいると思えって言うだろ。警戒はしとくに越したことはないだろ」
「見晴らしがいい場所で警戒する意味とは……?」
慌てて取り繕うも、アイハは許してくれない。ロジカルハラスメントやめろ。
「この死体放っておくと他の動物寄って来ますよね?」
「ん、じゃあ頼んだ」
アイハはゴブリンを引きずり街道から離れ捨てに行く。精霊なので汚れも関係なく、帰還も一瞬だからだ。
俺はその間に雑嚢を背負い、先に歩き出すことにした。
◇ ◇ ◇
その晩。
「どこにも獲物いないよなあ」
「いませんねえ」
俺達はなんの獲物も捕らえられないままひもじい夜を迎えていた。
全く獲物を影すらも捉えていないからだ。
タープテントで簡易的な1人用寝床を作り、睡眠を俺の中でかなり取ることができるアイハに火の番を任せていた。
「そうだ、ゴブリンのあの肉食べれたんじゃ……?」
「えぇ……あれ妙な斑点も付いてたし、絶対変な病気ありましたよあれ」
それでも腹が減ったのは仕方ない。
今晩程度は固焼きパンを食べなくてもなんとかなるだろう。一応雑草に分類される草のうち食える草も知っているから死にはしないだろうが、移動時間のうち少ない時間を採集に費やすのはよろしくない。
「たとえ寄生虫がいたとしても焼けばいいんだよ焼けば」
「私が言っているのは寄生虫じゃなくて普通の感染症のほうなのですが」
「それも焼けば死ぬんじゃないか」
相方の更なるロジカルハラスメント。俺は火万能論を振りかざす。
「焼くには触れないとダメでしょうが……っと、何かいますね」
「……んー、たまたま通り過ぎるだけでは、と言いたいけど違っていそうだ」
アイハが気づいたのに続いて、俺もその気配に気付いた。
普通動物は火を恐れるのにも関わらず、焚き火をする俺たちをぐるりと囲むようにして接近する気配。躙り寄る雰囲気から2本足じゃあない。枕代わりの雑嚢に立てかけておいた剣を静かに抜き払う。
「獲物がいなくなったの、こいつらのせいでは?」
「追いやられたか、食われたかってことか」
アイハの言葉に俺は苛立ちの方向が定まる。もちろん八つ当たりだ。
囲まれるのは大変マズいという危機感もあった。
「アイハよろしく!このうらみはらさでおくべきか!」
アイハの返事も待たず飛び出すと食べ物の恨み思い知れとばかりに眼前の敵に踊りかかるも、
次は、と振り向くとすぐ隣には狼。飛び掛かる直前、踏み込む瞬間で時を止めている。いや、アイハの精霊術で時間を遅らせているのか。
そのまま首元から剣を差し込み心臓を貫く。柔らかい感触から硬い感触に変わったことでそれは知れた。
アイハはと言うと、火のついた薪を狼の鼻先に押し当てていた。肉の焼ける臭いが風向きのせいでツンと流れてきて中々エグい。
キャインキャインと情けない鳴き声がだいぶ引き伸ばされて聞こえる。
しかし、それに気を取られているせいか背後から迫る精霊術にかかっていない一匹に気づかないようだった。
「んにゃろ!」
駆けつけて応戦するには遅い。俺は迷わず剣を投げつける。
視野の広いらしい狼は察知して急停止し、剣はアイハと狼の間に刺さる。
しかしそれで気勢は削げた。
「アイハ!後ろ!」
駆け出しながら俺が叫ぶと、弾かれたようにアイハは振り向き精霊術を振り撒く。
それで一時的な安寧を迎えた刹那、俺は奥の暗闇に2つの眼を見つけた。
炎の光が反射した関係だろう。
狼の群れといえば多くても八匹かそこら、俺が今から殺す一匹を含めて半分が死ぬと言うことは、俺達を仕留めても以降の狩が難しくなると言うことだ。それにも関わらず、逃げようともしない様子は奇妙ですらあった。
事実との乖離が示すことは、俺が認める事実は事実そのものではないと言うこと。
ーーーまだまだいるんだろ?
「アイハ、4時の方向頼んだ」
飛びかかろうと地を蹴る狼、俺は地面から剣を引き抜きざまに両前足を叩き斬り、アイハに命令を下す。
その首を踏み付け勢いを押さえ込んだところでアイハが抑え込んだ一匹を仕留めようと足を向け。
空気が変わった。
俺達を円形に囲むように散らばっていた狼達が一斉に俺達目掛けて向かってくるのを音で感じた。
「アイハ、この数いけるか?」
「無理ですね」
頼みのアイハに救いを求めるが出された結果はにべもない。
一か八か。
「じゃあ、炎を加速で!」
そうしてアイハが精霊術を行使すると、炎が一気に燃え盛る。
炎は俺の胸元までの高さに成長し、狼の足を止めた。
その隙に俺は先程見つけた狼を突き殺す。
引き抜いた剣から血を振り払い、どこにいるとも知れないボス狼と睨み合うこと数秒、もしくは数分。
彼らは静かに気配を遠ざけていった。
俺は、俺たちは生き延びることができた。
◇ ◇ ◇
夜行性動物が血の匂いに惹かれてこないとも限らない。かと言って燃えた薪は残り少なく、埋めるにも移動するにも難儀する。今日のところは俺かアイハが夜通し起きている必要があった。
「アイハ、戻るか?」
アイハの手には切り傷が浮かび血が滴っている。
おそらく炎で焼き殺そうとした時に狼の爪にでもやられたか。
アイハは俺の言葉にこくりと頷き実体化を解いた後……すぐに俺の隣に実体化して見せた。
多少の傷ならば精霊は実体化の解除により即座に回復することができる。
その例に漏れず、アイハの手には傷ひとつ無くなっていた。
「一先ず、あんな狼の情報なんて聞いたことあります?」
「ないな」
先ず、とアイハは情報整理を始めた。
「商人の方達が最後に村に来たのは……10日前ぐらいでしたか。私達よりも足の遅い彼らは近くで夜を明かしたでしょうから、行きしな、つまり11日前くらいまではあんな狼の大集団はいなかったことになりますね」
「そうだね」
俺としても反論はあったがとりあえず黙っておく。
「狼に限らず獣の類って獲物に執着しているイメージがあるんですけど、明日もまた来ると思います?」
暗に言っているのは、11日前までいなかった狼の大群が同じようにこの地を去ることはないだろうか、ということだ。俺達が元々当てにしていたように、街道沿いのここらは遮蔽が少ない分草食動物が住む分には適していた場所だ。その獲物がいなくなったのなら肉食動物は獲物を探していく他ない。群れを養っていける餌がないのならこの地を離れる方が賢明だ。……俺達が餌とならない限りは。数少ない餌を見つけたのならそれに執着するのは必然だが、俺達は先程五匹を殺した。それだけ脅威となれば向こうから避けてくれるのでは、と言う期待である。
「日中は来ないだろうけど、夜、俺達が疲れ切った頃には来そう」
「ぐぬ……」
アイハには珍しいぐぬぬ声。
と、それはおいておいて。
「ーーー私が日中実体化せず寝る代わりに夜通し起きて、山まで強行軍を敢行するのはどうでしょう?」
村から州都まで3日ほど。その道中で越えることになる小さい山は、小さいながらもそこそこの高さがあるためそこに住まう動植物も変わる。当然彼らの知らない食糧もあり、彼らがそちらに意識を向けてくれれば俺達と獣の縁は途切れてそこでおしまい。
その山登りで振り切ることも含めると、とても魅力的に見えた。
でも少し言わせてくれ。
「それ強行軍じゃなくない?」
強行軍ってこう、夜通し歩き続けるとかさ。
「揚げ足取るのやめろ下さい」
◇ ◇ ◇
アイハを警戒にあたらせて微睡を得た俺は、狼の死体をそのままに捨ておくことで朝の時間的猶予を得て、結果として昨朝の予定より早く山の麓に到着することができた。
標高1000mにも満たないだろう山は同じように草だけが生い茂り、それこそ虫でも鼠でも探せば見つかるだろう。もう少し移動すればもっと標高が高くなる山があるため、鹿や山羊と言った大型草食動物もいるかも知れない。
「それにしても疲れた……アイハよろしく」
日が沈む前にと俺は白湯でふやかした固焼きパンで食事を済ませ、アイハを呼び出す。
「私の食べ物は?」
アイハは開口一番にそんなことを言い出した。ないよそんなの。
言わずとも伝わったのかアイハは僅かに眉を寄せ不快を露わにする。
それを見なかったことにして、俺は黙々と火を焚く。
果たして狼達はやってきた。
ごんごんと裏拳で起こされる。俺はドアかな。
「後ろに3、前方に2」
と、小声で囁かれるその言葉に俺の頭は完全に目が醒める。
「ボスは分かるか?」
同じく囁くのは、俺がその数すら把握できていないからだ。昨日よりも遠くから警戒しているのか気配を探るのも難しい。
「分からないけど、私なら後ろで仲間の多い方と一緒に確実に仕留めに行きますね」
「なら後ろの三匹、どれか足止め頼んだ」
俺は呟き、先ずはと剣を鞘から引き抜いた。
すると気配が動く。俺たちの内近接戦闘を得意とするのは俺だと気づいているようだった。
そのまま駆け出し接近、正面に構える二匹のうち一匹を斬り伏せる。
「きゃっ」というアイハに見合わぬ悲鳴に俺は思わず振り向き、いつの間にか懐に潜り込んでいたらしい一匹の噛みつきを剣で抑えた。
薪はもう尽きていて、枯れ草を燃やして暖を取ったんだ。
だから、アイハは無手。
結果、二匹に噛みつかれていた。
もちろん精霊だから大怪我でなければすぐに完治するため、まあなんとかなると思うが。
「アイハ!戻れ!」
俺から剣を剥ぎ取ろうと首を大きく振る狼の動きに合わせて蹴り込む。
腹部にクリーンヒットした足先はそこそこ痛いけど、同時にダメージを受けた狼は剣を口から離した。
涎が剣とその口とに薄く糸を引く。
そのままの勢いで下から首を半ば断ち切り、獲物を失い困惑する二匹と、精霊術が解けて駆け寄る一匹に向き直る。
「はい、またいらっしゃい」
そしてアイハを実体化させる。
「あとはよしなに」
それだけ残して突貫。
しかし俺にもアイハにもマークされないもう一匹が俺の邪魔をする。
かと言ってそちらを先にと剣を向ければ俺が先程剣を向けていた方が邪魔をする。
と少し攻めあぐねた間にアイハが足止めをしていた一体がゆっくりと俺の脚を射程圏に収める。
当然俺の剣の餌食になるのも一瞬の出来事。
俺は剣の背でそのガラ空きの脳天をかち割り、その瞬間を狙った狼二匹に一気に飛び掛かられる。
その時、俺はあることを思い出していた。
獣は時々感染症をもたらすという事を。
脅しのように繰り返されてきた注意や文言は、俺が傭兵を目指すにあたって無視するしかないものだった。感染症から確実に逃げられるのは、家に篭もり外に出ない人間だけだ。
そんな言い訳がましい思考が走馬灯のように流れ。
「残りは一匹です、早く片してください」
押し倒され、あわや鼻などを食い千切られるかというところでアイハの精霊術により一匹の動きが止まりもう一匹を蹴り飛ばすことで安寧を得る。
そして一匹、二匹と斬り殺した。
◇ ◇ ◇
「で、どうします」
「どう、とは」
俺はアイハの言わんとすることが本気で分からない。
「近隣の村に押しかけて狼殺しましたよーって喧伝して回るんです」
あぁ、知らないんですか、とアイハは俺を軽く揶揄った後でそう言った。
「それで、どうするんだ」
まだ俺はアイハの言わんとすることが分からない。
「そんなの、彼らが“感謝の気持ち”を表現してくれるまで待つに決まってるじゃないですか」
やれやれ、そんなことも知らないのですかと言わんばかりに口の端を歪めてアイハはそう宣った。
「押しかけ強盗じゃねえか!」
言わば、この狼どもを倒せるくらいには暴れられる人間が“誠実な金”が出るまで居座るということ。
「母様も使っていた手法ですよ」
そう言われてさらに俺は頭を抱える。何やってんだよ母さん。
「傭兵ともなれば食糧なんかも後回しですからね。それに村から徴発されるのを事前に防ぐ狙いもあります」
本当に何もないところからは取れませんからねハハハと、アイハは紅茶でもキメてそうな顔でそう言った。
いやハハハは俺の後付けだが。
「……ここらで戦争なんか起こったの、聞いたことすらないんだけど」
「戦争でなくても傭兵は金さえ貰えば働くもんですよ?」
暗に戦時下の行動であり、平時にやるものでもない、と俺は諭すが、正論でぶった斬られる。
「ーーーそんな警戒しなくても、母様からその要諦をみっちり仕込まれてる私がやりますから、衣食住を頼みましたよ?」
挙句に気遣われる始末である。
「……金貰ってるのならその金で買うもんじゃあ無いのか?」
俺は辛うじてそう疑問を呈したが、答えは返ってこなかった。
「で、どうします」
問題はそこに立ち返る。
「大抵狼の群れってのは四匹程度だが、十匹殺したと言うなら証明がいる」
「つまり?」
「五匹、五匹と昨日今日で殺したが、片方の五匹だけしか死体を確保できてないからそれで十匹殺したと強弁しても信用されない。五匹なら一般的な群れでもあり得るレベルだから、村や集落一つでもそこにいる人間のみで追い返すことも返り討ちもできるだろうし、それを言われれば俺達が得られる利鞘も減るだろう。死体があるならできるだけ集める必要があるが、それが残っているかどうかもわからない。じゃあ、その死体をわざわざ探しに行くのか?それは流石に面倒だろ」
「ふぅん、ならそれで。このまま進みますか」
アイハはまるで興味なさげに、そう言った。
◇ ◇ ◇
翌日。
「ほぉ……」
「なんだ
木枠に岩系の精霊術で石を組み上げて形成された壁は俺の身長の2倍ほどか。それでも、遠くから見ても分かる威容に圧倒される俺に悪態をつく奴はいない。
「えぇ、まあ。数年ぶりなんで、実質初めてです」
「はは、それなら近くの村出身か?」
「サリド村ですけど」
分かります?
「そんな村あったか?ま、山の方から来たというなら戸籍が失われているのもやむなしかな」
そうして俺は、杜撰な戸籍管理のおかげもあって州都に入ることができた。戸籍?何それ知らないんだけど。母さん言うの忘れてたな?