ある男の冒険譚   作:愚痴氏

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傭兵団

「ここ、かな?」

俺の眼を通して周囲を確認しているであろうアイハに問いかける。

傭兵団が擁する建物はひと家族分が住むのにちょうどいい、俺の家と同じくらいの面積だった。

『まあ野宿しなくてよかったです』

「……」

そう。戦争から離れて久しい州都では傭兵などが自ら問題を起こさない限り目立つものでもない。俺は三十分程もさまよい歩き、挙句に最初に出会った門番に泣きつくことで傭兵団にたどり着くことができたのである。

 

これまた一般家庭にあるものと同じく質素なつくりのドアを引いてみるが、開かない。

「?」

ガチャガチャと引っ張ったり戻したりしてみるけれど、開かない。

『逆逆。押してダメなら引いてみろ』

あ、そっかあ。

 

ガチャ、キィー、と油の切れた嫌な音を立てながら扉を開けると、そこにいた二人共が俺の方を見つめていた。

 

「はいどうもー!サリド村からやってきました!アルフレッドと言います!」

『君なんかキャラ違わない?』

うっせ。

 

◇ ◇ ◇

 

「リシアの息子さんか!そうかそうか!」

そう言って頬肉にケロイドがあるオッサンが相好を崩す。正直怖い。

 

「で、この方はご存知で?」

実体化したアイハは半分俺の陰に隠れるようにしながら俺に囁きかける。

 

いや知らんが。

俺の様子を見て、俺が何も知らないのを察したらしく、アイハは矢面に立つことにしたようだった。

 

「お前の精霊か?」

アイハ越しにオッサンが俺に訊く。

「誠に残念ながら、このスットコドッコイの精霊ですね」

俺が応えるまでもなく、アイハの口から語られた。

 

「へえ、人型精霊。や、失礼。珍しいもんだから」

眇めるような目線を送ったオッサンは、アイハの咎めるような目に素早く気づいて謝った。正直アイハの表情はすごくわかりにくい。長年一緒に過ごしてきた(過ごさざるを得なかった)俺だから手に取るようにわかるものの、物心ついてからの数年間は分からなくて苦労したモンだ。少し黙っていたかと思えばビンタされたりな。

だから、彼がその機微を読み切ったのは意外であり、俺は目をしばたたかせる。

アイハも違う驚きに見舞われたようで。

「珍しいんですか?」

アイハが訊くが、

「逆に、村で人型精霊を見たことがあるのかね?」

 

そう言えば、俺はアイハ以外に人型をした精霊を見たことがない。

「俺もリシアほど経験豊富でないけれど、俺が見た人型精霊は敵方に一体が一度きりだ」

それを聞いて、アイハも幾分機嫌を良くしたようだった。チョロい。

 

そう思うと、俺をチラリと見遣る。長い付き合いとは言え思考を読んでいるのか。怖い。

 

「恩があるし特例として傭兵としての参加を……と言いたいところだがそれはリシアが断ってるから代わりに試験でも課そうかな」

 

断ってる、のくだりでアイハの肩が僅かに、しかし確かに下がり、試験のくだりでさらに下がった。

 

その変化は露骨で、やはり手抜きしたいのだなと思ったら、アイハにまた睨まれた。やっぱり怖い。

 

◇ ◇ ◇

 

「それで?本当のところはどうなんです?」

私は試験とやらに1人で向かう主人を角を曲がるまでしっかり見届けた後で、背後に立つ男に訊いた。

「なんのことかな」

「とぼけても疑いは晴れませんよ」

私は全くの善意から忠告する。

 

先程は「実質的に人間2人分のマンパワーがあるから独りでの能力を見たい」と言うことで課された単独でのゴブリン狩。そこまではまだいい。下水道に潜むゴブリンは夜目が効く分厄介だが同時に数の利を活かせないのである程度順当な戦いになるだろうから。

しかし、犬や羊、牛などの動物を象った精霊ならばそれらの形に相応しく能力を発揮するはずだ。もちろん精霊術を除いて、の話だ。

 

要するに、個々人の身体能力と同じくらいに精霊は重要だ。何せ実体化させさえすれば彼・彼女の周りに現れるのだから身体能力とわざわざ分ける意味がない。身体のように完全に思い通りに動くとは限らない、と言うのがミソでもあるが、精霊の持つ姿形も十分主人の能力にカウントできる、ということだ。

 

そこでわざわざ分けるのは意味がない、どころか分けることで見誤ることも十分考えられる。

分断して試験とやらを行うメリットが一切分からなかった。

 

「何もない、と言い続けても疑いは強まるばかり、か。確かにその通り。アイハさん……だったか?よくわかっている。そう長い話になるわけでもない。……少しばかり個室を借りるよ」

最後は私ではなく、受付にいた中年女性に向けたものだ。私に同意も得ず。

 

この人は無意識なのだろうが、私や主人を下に見る節がある。

それに対する反発心はあれど、今は呑み込むことにした。

 

個室の扉を閉めるや、時間が惜しいとばかりにこの人物は喋り始める。

「まあ3つある。君がサポート特化型の精霊であり、そこに見るべきものがないとリシアから聞かせてもらっていたのが一つ。君が()()()()()()()それを除いた能力で十分仕事をこなせると言い切るためが一つ。もう一つは、俺が君と話すことで、人型精霊と人との判別方法を知ることはできないか、と探るためだ」

 

「人型精霊と人とを判別できない、と?」

「現状その通り。もちろん実体化のタイミングさえ抑えれば分かるのは間違い無いんだが、それならずっと随伴すれば分からなくなってしまう。普通の精霊なら人間の言葉に対する理解度の高さや、外見で判別できるんだけどね。今も俺が人型精霊だと判ったのはリシアから前もって伝えられていたからさ」

 

そこで新たな疑問が浮かぶ。

「私が人間であろうとなかろうと、主人について行くのなら関係ないのでは?あるいは実体化解除を目の前でさせればいい」

「会う人会う人全てに人型精霊だと説明する気かね?そうしたいと言うなら止めはしないが。まあ手間だろうとだけ述べることにするよ」

 

それから、と彼は続ける。

「君と言う前例を作ってしまうと、傭兵というシステムそのものに軽くヒビが入ってしまう。人と人型精霊とを判別できないのだから、元騎士や何かを雇って連れ立っても”人型精霊を持っているのだ“とされて、その当人からすれば不釣り合いに難しい仕事も請け負うことになりかねない。その練度をランク化した制度も陳腐化してしまうだろう?いざという時にその『人型精霊』を”解雇“してしまっていたとなれば何のための制度か分からない。制度を『金で買える』手段は少ない方がいい。悪用されても感知すらできない抜け穴は、減らしておく。これに関しては君たちにばかり不利益を被せることになって申し訳ない限りだが」

最後に「精霊の君に理解できるかな?」とまで煽られては否とは言えなかった。

 

但し。

「なるほど理解しました。ただ、私からは一つ」

「なんだい」

 

「そんな簡単に壊れてしまうシステムなんて、とっとと壊してしまった方がいいのではないか、と思います」

数が少なかろうと、確実に私以外にもいると判った人型精霊。私が引き下がっても、他の人型精霊なら?土だけでなく炎やら扱うような戦闘特化型の人型精霊なら、この人物程度、殺してしまうかもしれない。少なくとも引き下がる理由は薄い。

 

私はそう思った。

 

目の前の人物は苦笑を溢す。

 

「これは手厳しい。まあ、そう言うわけだから先程話した3つ目、人型精霊の判別に協力してもらう対価も合わせて不平等にならない程度の便宜は図ることを約束しよう」

暗に公衆でこれらのことを話してはならない、と口止めされた。

 

そこに抗議の余地は残されていなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

俺は元来酒を終生の友としてきた。それは俺が酒好きだと言う理由と、仕事の関係上他人には話せない秘密が多少生まれると言う理由による。

その俺が酒を数日断った理由は、紛れもなくあの少年だ。

リシアの一粒種である少年、さらに彼が持つ人型精霊。

 

その精霊というだけでも十分価値がある。何せ人と見分けがつかないのに実体化を解除するだけで主人の元へ戻っていく駒だ、使い勝手が悪いはずがない。例えば毒殺、薬殺、絞殺、爆殺、誅殺、焼殺、刺殺、撲殺……は少年が殴った方が威力が高そうだ。

ともかく、暗殺に始まる後ろ暗いあれこれに強い適性があるのだ。

 

そんな逸材?否厄ネタを放っておいていいはずがない。

最悪の場合でも飼い殺しにしてこちらの不利にならぬように調整する必要がある。利で、理で、心で。アイハという人型精霊には俺たちから語るのではなく自分たちで気付いて……その上で俺達の側について貰わなければならない。

 

それが正道。人を絆すとは難しい。

 

そうでなくとも人型精霊は()()()()()()()。頻度が少ないためその性質が齎す有害事象も数は少なく、同時に対策が立てにくい。

あの時は、俺は無力にその精霊術の余波に流されるままだった。それは今でもそのままなのかも知れない。

 

 

俺は職務中など知ったことかと取って置きのブランデーを開け、まずはストレートで一口口に流し込んだ。

馥郁たる香りが鼻に抜け、食道から胃のあたりがかっと熱を持つ。

 

そうそう、これだよこれ。いつもは飲まない時間に飲んでいるという背徳感も合わさって、ああ酒が旨い。

さらにサラミをつまめば塩分により唾液が分泌され口の中がリセットされる。

 

今度は注いだグラスを手で温め薫香を楽しみ一口。酒が旨い。

 

「酒呑んでないで働いてくださーい」

扉を開けその至福を邪魔するのは職員のメイア。俺は知らず胡乱な目を向けるがメイアはへこたれた様子もない。

 

「今日はもう何もなかったはずでは?」

「改竄しないでください。そろそろ領主様からのお手紙が届いて3日になりますから、返事を書かないと心象が悪くなります」

酔った頭で対外的文書を書かせるつもりか?正気か?

 

「俺ァ平民の出だぞ。政治的な話は上層部(うえ)と話し合わなきゃどうしようもねえんだ。半年も経ってねーんだからもー少し待ってもらうくらいいいだろうが」

「いや五杯も呑んでないのにそんな酔っ払った風を装われても」

うるせえ。

 

「まあ、常備兵を減らしたい貴族様としては、潜在的な敵である俺達を懐柔しておきたいんだろ。本当に火急なら俺を呼び寄せるはずだ」

「はあ。そう仰るならそうなんでしょう」

ーーーお前の中ではな。

 

そんな副音声が聞こえた気がした俺は少し片眉を上げた。

が、俺に対する罵倒は続かなかったので安心する。

 

「あと、冒険者組合から苦情が来ています」

「そんなもの捨ておけ。魔物駆除業者は俺達でも兼任できるんだから、そこからはシェアの奪い合いだ」

尤も、それは俺たちにも言えること。傭兵などという戦争屋は冒険者にもできる。あとはその限られたパイを奪うためにどれだけ非道になれるか。

冒険者組合などという組織だった対魔物のスペシャリストと違って傭兵にはそこまで強固な横のつながりはない。なぜなら戦争に参加するうえで傭兵はたやすく殺しあいに発展するからだ。その点においてよりいい主人とのコネクションを作るに越したことはなく、敵は同じ傭兵という向きが強いため傭兵は集団にはなりづらい。それを唯一まとめうるのが出生地というくくりであるものの、唯一まとまって括れるのがその区分である時点で対魔物専門集団である冒険者とは集団の結束力が桁違いとなる。

 

要は詰み。終わり、終わりだ。政治力、集団の力では絶対に勝てないのだ。

 

戦争もなく、魔物も少ない中内戦に精を出す俺達は真正のバカだと思った。

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