ひとりで1人を相手する。めちゃくちゃいーじー。
ひとりで2人を相手する。相手の力量にもよるがある程度、逃げるだけならなんとかなるかな。
3人は。4人は。無理とは言わないけどさ。
それが100なら。無理無理。かたつ無理。
なのに。
「ね゛え゛ぇ゛ぇぇぇぇ!どうしてこうなったのおお?」
「五月蝿え声が響くんだ喋るな死ね」
「「「ギイイイイイイイ!!」」」
立板に水で源泉掛け流しの罵倒がゴブリンの雄叫びと一緒に俺の耳に刺さる。場所によっては俺の身長ほどしかない空間は反響し、音がガンガン五月蝿い。
しかし俺は叫ぶ以外にコミュニケーション手段がなかった。
五月蝿すぎるためであり、また大声をだすことで
「ハァーイ!元気な挨拶!初めまして!そして!さ!よ!う!な!らぁ!」
先程頭蓋を叩き割ったせいか、感触が悪い。唯一の武器が割と折れる可能性すらあるので俺は柄頭で喉を潰し、なんかの骨とを使った蛮族スタイルで殴りかかる。
「俺は!君が!泣くまで!殴るのを!やめない!」
殴打。殴打殴打。倒れた敵の穴埋めをするように前進するゴブリン達。
俺は些かハイなテンションになりつつあった。それは特殊な環境によるものであり、唯一の武器である剣が使えないことによる危機感と疲労とが悪魔合体したものだ。
しかしそれを止めるわけにはいかない。同行者が迷惑がろうと、ぼんやり落ち着いていれば同行者まで殺されて終わりなので。
ゴブリンの棍棒を握る手を骨で潰し、膝蹴りでゴブリンの脳を揺らしたところにクズリのような姿の精霊が放った精霊術が刺さり、綺麗に命を刈る。
精霊術という飛び道具があるのはありがたい。と、同時に狡いとも思う。
「簡単なお仕事って言ってたのだぁーれだ?俺だ!」
いや俺じゃないけど。思ってはいた。
「言霊ってやつだ、つまりお前が悪いんだろーが!」
同行者は叫んでいた。
ゴブリンの攻撃は体長の関係で俺の腰回りに集中する。
「おや!頭が痛い?それは重症です!死を処方しておきましょう!」
それは同時に俺が少し身を屈めないと横殴りにすることすらできないと言うことだ。フツーに腰が痛い。
昏倒させようと骨を握る手と棍棒が接触し、その弾みで骨がすっぽ抜けあらぬ方向へ吹っ飛んでいってしまう。
ま、まあそろそろ折れるかもなと思ってたから丁度いいか。
己の失敗を誤魔化す思考は傍に置いて。
膝の打突で掴みかかる腕を逸らし続く柄頭で頭蓋を叩くが、腕だけの殴打では死には至らない。
「ね゛え゛ぇ゛!……あれ?」
……っと、同行者に追撃してもらってトドメを刺してもらおうと思って口を開くが、名前すら名乗ったこともないし聞いたこともなかった。
我ながらアホである。
「お名前なんてゆーのー?」
「ジェイソンだ!覚えとけ!」
まあ。被り物をして惨殺してそうな名前。
聞いている間にもゴブリンは押し寄せ、俺は速度の乗っていない拳を掴んで眉間を柄頭で殴ることで応戦する。
クリーンヒット、しかし振り幅を少なく殴ったせいで意識を奪うには至らない。
意識から外れた胴を足蹴にして押し倒す間に生まれた隙を埋めるように、背後から精霊術が飛び射止めると、俺はさらに一歩を踏み出す。
「ありがとー!」
「……お前、酔ってるな!?」
はは、そうかも。
よく分からない、酔い。
行動の箍を外し、俺から冷静な判断力を失い窮地に陥りかねない状態。
それはそれで、仕方ないと思えた。
「おろ?」
ぐにゃりという踏み応え。その表面は汚水で濡れておりそれが摩擦を減らす。
ゴブリンの死体を踏みつけてしまっていたらしい俺は態勢を崩し、あわや転倒というところで天井に指を引っ掛け身体を支えた。好機と踏み込むゴブリンの顔面を蹴り飛ばし、後方のクズリの精霊の射線が通ると待ち構えていたように精霊術がその脳髄を破壊する。
「バカ!自分が殺した奴の場所くらい覚えとけよ!バカ!」
バカバカうるせーやい。そう言うお前も隣のクズリに助けられていたくせに。
尤もそれを言い出せば水掛論。
意外と酔っていても頭は回るもんだな、とどうでもいいことを考えた。
危うく死に掛けたことで僅かに酔いから醒める。
遅れて冷や汗がじっとりと背中の湿度を上げた。
「あと何匹?」
俺は同行者にそう問い掛ける。
俺には暗闇の中を見通すことはできない。むしろ彼のクズリもどきな精霊の方が夜目が利く。
「……たくさんだとよ」
「ええい使えねえ!」
ええい使えねえ!
思わず思考と言葉が同期する。
背後で青筋を立てる気配。
「10か100か1000か、どれくらいだっ、と!(フツー曖昧な言い方は避けるもんなんだ)」
内心を
当然それだけで死ぬわけもなく、射線が空くと主人と違い冷静な様子のクズリもどきな精霊から精霊術が飛ぶ。
「1000はいないってよ!」
その言葉に僅かながら安堵する。
しかし。
「100はいるのかよォ!」
一匹1分と考えて1000分は約16時間半。最大で1000を越さないと考えて、半日を大幅に超す時間をロクな武器なしで、というのは死ぬ死ぬ。
というか先も自戒した通り、100でも死ねるぞ。閉所ゆえに一気に襲い掛かられることがないからなんとかなってるし、1時間半にも及ぶであろう戦闘も休憩を挟むことができるが開けた空間で襲われれば間違いなく呆気なく死ぬ。
あーダメだ笑えてきた。
人間キツくなってると逆に笑えてくるものである。
まさか大きな隙を見せるわけにもいかず、くつくつと堪えて笑うと俺の叫びに一歩引いていた
冗談はさておき、俺も笑ってたら殺されましたでは冗談では済まされないので真面目に応戦する。
応戦が遅れたため咄嗟に両目を撫で切ってしまうという剣先への高負荷な行為をしてしまうが、今度は落ち着いてすれ違いざま剣の根本で頚へと差し込み根本で首の動脈を切り裂く。
俺がいきなり剣を
それは俺が手を抜いていたことに危機感を抱いたのか一斉に襲い掛かる敵の群れのせいであり、俺の唯一の武器を丁寧に扱って斬り殺す必要が出てきたためだ。
「一丁羅傷物にしやがって!剣の代金がっぽりセイキューしてやるわっ!」
ちなみにセイキューがどういう意味なのかは知らない。
剣は金属部分が多く高価であり、とてもゴブリン数十などを斬り殺しても割に合わない。
そんな利益の出ない戦いにひのきの棒ではなく剣を持ち込んでしまうのは阿呆のすることであり、つまり俺は阿呆である。
俺はそんな
死んだら元も子もないので。
◇ ◇ ◇
「げほっ……うおええぇ……」
俺は先程出てきた穴蔵の近くにしゃがみ込んでけろけろと酸性の液体を吐き出していた。ほぼ何も食べていなかった分、固形物はなくただの粘っこい液体が口の端から流れ、鼻の奥にツンと来る。まあ固体と液体が混じったものが口の中に残るよかマシか。
一頻り吐き終えて手の甲で垂れる糸を拭い、激戦(俺調べ)を終えた相棒を検分する。
直剣の要である剣先が折れているが、ゴブリンの頭をもう一回殴打するくらいはできるだろうか。逆に言えばそれだけの鉄屑と成り果ててしまっていた。
つまり鍛冶屋に運んで鉄屑として剣を割り引いてもらう以外活用しようもなさそう。割引度合いにもよるが俺は剣とはお別れしてひのきの棒、あるいはナイフに浮気することになるかもしれない。
「ほら、水飲めよ」
いつの間にかいないと思った同行者は水を汲みに行っていたらしく、差し出された重量感のある革袋を受け取りありがたく嚥下していく。やさしい。
「これで助けてもらった恩はチャラな」
ーーーそんな言葉に思わず咽せた。内容も含めてひどい。
「ゴホッゴホッ……」
鼻の奥に感じる酸臭に咳も惹起されながらも同行者を睨むと
「それはそれとして」
彼は強引な話題転換を図ってきた。
「お前は精霊いないのか?」
「ああ……うん、少し事情があってね」
「そうか……」
1000未満とだけ示したクズリもどきは既に同行者により実体化を解除され眠りについている。
蓋を開けてみればなんということはなく、100をいくらか超えた数を屠ることで俺たちはゴブリンの包囲網(あちらは包囲しているつもりもないだろうが)を脱することができた。
実際には1000よりもはるかに少ない数であり、俺の体力配分が狂った結果吐くような羽目に陥ってしまったのだがそれも仕方ないか、と思い直す。アイハは呼吸ごとにロジカルハラスメントを繰り出すハラスメントお化けと言えど、彼女は数の大まかな把握で間違えたことがないのだ。その基準で行動した俺が悪かった。つまりはそういう話なのだろう。
それはそれとして。
「精霊術はどんな術なんだ?」
「ん……まあ、言ってもいいか。レナウンのヤツは
「いんや、見たことはあるが、分からなかった」
村でも何体かの精霊術で風を利用していたはずだが、クズリもどきの精霊術は視えなかった。
「まぁ、俺も慣れるまでは分からなかった」
なんやコイツ。
「風と言えば、渦を巻くようにして魔物を巻き込むモンなんじゃないの?」
「閉所なら巻き込まれて死ぬぞ」
一秒もかからずに論破された。
「や、そういうことを言いたいんじゃなく。どういう改良をしたのかってこと」
「ーーーああ、風をただコンパクトに纏めただけだな。詳しいやり方は
トントン、と自分の胸を親指で小突きながら
レナウンとか言うクズリもどきは意外と技巧派なのか……と思ったが俺もアイハの精霊術がどういうやり方なのかは一切分からない。アイハの精霊術の助けになるかと考えていたが、なんだかんだ俺自身もアイハの精霊術をよく分からないまま恩恵に与っている。
クズリもどきが寝る前に聞くべきだったかな。
「他にもバリエーションがあるのか?」
「……おい、流石にこれ以上は秘密だ。俺の生命線を取らせるわけにはいかん」
生命線をレナウンという精霊に任せっきりでいいんですか?
そんな意地悪な感想を脳裏に浮かべ掻き消した。アイハと同じロジックハラスメントモンスター、略してロジモンになると俺の品位がさらに落ちるからな。
「ああ、悪かった」
いきなり殊勝な態度に出られると困惑する。俺がアイハとの付き合いで得た数少ないやり返し方の一つだ。尚アイハには既に対応策を練られてしまっているため更なる策が欲しいところだが、まだ見つかっていない。
「ーーーおう」
風の精霊術士は言葉少なに返した。
◇ ◇ ◇
それから俺達は全身から漂う下水の匂いを洗い流し、小休憩から復活したレナウンの精霊術で乾かした綺麗な姿で州都へと入ることができた。
「いやほんと便利だな」
いやマジで。アイハの精霊術は現状一体を足止めして時間稼ぎするか、俺自身の時間を早めて強化するか、もしくは炎の時間を弄って一気に燃え上がらせるとか。
ほんとにそれだけだが、レナウンの精霊術はゴブリン一匹を狙い撃つことから、衣類の乾燥まで幅広い。マジ便利だよ。
「フン、俺のレナウンだから当たり前だ」
「がうがう」
レナウンの70cm以上はある身体を首に巻き付けるという奇態で彼は偉ぶり、そうだそうだと言うようにレナウンも泣き声を上げる。10キロ以上はあるはずだが首が痛くならないのだろうか?あと、俺の記憶の限りではがうがうなんてクズリは言わないぞ。
大小様々なツッコミどころをこらえ、周囲の奇異を見る目にも耐え歩いていくと
「それじゃ、俺はこっちだから」
と、彼は一際大きな建物へと入っていった。70cm以上もあるクズリもどきを首に巻き付けて。
本当にそれでいいのか。
扉をくぐり抜けるのを見送り、俺は一本奥にある裏路地に入る。
俺の地理感覚は間違っていなかったようで、目の前には先程の建物より二回りは小さい建造物がそれでも自己主張していた。
扉をくぐるまでもなく、その前にアイハがいた。