ある男の冒険譚   作:愚痴氏

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渡る世間は鬼ばかり

「私、寝てて良いですか」

「俺と同じ起床タイミングで夜の警戒もいらないのにそんなの許されると思う?」

「思いますね。私貴方が寝てから精霊術の練習に勤しんでますから」

「じゃあ寝てていいよ」

 

そう俺が告げると同時に実体化を解除して眠りについたアイハは置いといて。

 

獣道から少し距離をあけた草叢の中に身を潜め、じっと獲物が通るのを待っていた。

 

当面の目標としては、折れた剣に代わる新たな剣を購入すること。

 

俺の手の中にある新たな武器、棍棒。しかし最安値で購入したその感触は頼りなく、ひどく脆く見えた。

俺の拳よりかは硬いだろうから素手で殴るつもりはないが。

 

人並みの(パワー)を持ち合わせている自覚はあれど、それだけ。ゴブリンの頭蓋を叩き割る威力を棍でぶつけても精々が頭蓋陥没、運が悪ければ棍は折れるだろう。剣に比べて頼りないこと甚だしい得物を得物とし続けるストレスは耐え難いものがあった。

 

そんな状態でさらにランクとやらも最底辺、しかも魔物退治において冒険者組合に横から掻っ攫われてしまうリスクも踏まえると、俺が剣を入手する手段はそう多くはなかった。

 

ーーーそうだ、アレを使って貰えばこの時間を短縮できるのでは?

「アイハ、寝たところで悪いんだが、俺に遅延の精霊術をかけてくれないか?」

『ーーー何が狙いですか?』

寝ぼけ眼を幻視しそうな、眠そうな、そして怒りを湛えた声が脳裏に響いた。

「俺の時間を遅らせれば相対的に周りが早くなるだろ?それでこの無駄な時間を減らせるんじゃないかってことだ」

『……アホなことよく考えますね。でも、その必要はなさそうですよ』

ほら、と示されるまでもなく獣道を掻き分ける足音。

 

妙に発生位置が高いところにある音を聞き分けるまでもなく、それは2本足、つまりはヒトの通っている証。もっと言えば、獣道を挟むように生える草木が獣道を侵食しているのだから、獣が通る頻度はごく少ないのだ。その消去法的側面で見ても、人間だと考えて間違いないと考えられた。

 

数日待機させられる俺の気持ちがわからいでか。

俺は目の前を通り過ぎようとする人影の前に躍り出た。

「ヒャッハア!命が惜しけりゃ全部置いてけェ!」

『悪人が型に嵌ってますね。盗賊に転職した方がいいのでは?』

うっせ。

 

「んひっ!誰だテメー!」

男は売り言葉に買い言葉とは言ったもので、曲者(くせもの)の俺達を温かい(?)言葉で出迎えてくれた。助かる。

「ネタは上がってんだ、早々にお縄につけ!」

 

「誰かも分からんやつに従うやつがあるか!」

これまたぐうの音も出ないほどの正論を吐き男が懐から武器を抜こうとする。

 

そのワンモーション。俺の棍棒を警戒してリーチを取れる武器を選択した結果だろうが、そもそもの間合いが近過ぎた。その失敗を見るに戦闘に身を置いた人間ではないのだろう。

ともあれ、俺は踏み込み、肩を棍で穿つ。

懐から抜こうとしていたナイフが手の平から滑り落ち、地面に突き立つ。

 

その勢いのまま棍で首を押さえるようにして倒れ込めばマウンティングポジションの完成だ。あとは煮るなり焼くなり。

 

下の男は首を押さえられたことで観念したのか、身体を弛緩させた。

 

『流れるような捕縛術。やっぱり盗賊しませんか』

心無い声を努めて無視した。

 

◇ ◇ ◇

 

話は少し遡る。

 

「お前にもできそうな仕事で、いいのがある。待ち時間が長い仕事でキツい割に(ハードワーク・)合わない仕事(ロウウェイジ)だが、その分冒険者とバッティングがが起こらない仕事だ」

戦乱もなく平和な世に傭兵だけが必要とされる職業など想像したこともなかった。

 

俺はアイハを見る。アイハも俺を見る。コクリと頷く。いやなんやねん。

いや、まあ言いたいことがわからないでもないが。

 

「簡単に言えば違法なモノの流れを止める仕事だ。人数はごく少ない、おそらく一人か二人。何せ人が通らない道を行くから人が少ない方が速く、そしてバレにくく動ける」

「そこまでわかっているなら、なぜすぐに動いてとっ捕まえないんです?」

アイハが聞く。

 

「少し詳しい奴なら類推できるものだし隠す必要もないか。まず一つはその道が多く、数をそこで分散しないといけないためだ。同時に多くの場所で見つけて捕まえることで大本へと辿り着きやすくする。もっと戦闘経験豊富な衛兵他兵士にはもっと大規模に動く奴を狙わせてる。もう一つはそこが獣道だからだ。と言っても一度は獣も通ることをやめて人間に()()()された形になる。そんな小道に大人数で踏み込むこと自体が大変だからだ」

要は俺たちにもお鉢が回ってくるように人手がいるのと大人数を動かすのが難しい地理条件が重なったからということらしい。

 

アイハは頷き、

「なるほど、それで場所はどこです?」

海を跨いだ向こう側なんて言われたらまず行けませんからね、というよくわからない冗談を付け足した。

「リシアとお前が住んでいた村、そこからこの州都までに山があったろう。その近くだ」

突き出されたのは羊皮紙。文字ということはあるまい。

 

「ん」

地図を見ないままアイハに渡す。

「……うわ、なんですかこの要領を得ない絵は」

「地図だよ」

「……そうですか」

みるみるうちにしょぼくれていく。あのアイハが。

 

「他の地図は?」

「あるわけないだろ。こんなんでも無理言って模写させて貰ってるんだ。少し歪んでいるのは単純に絵心がないからだが、これは国の重要機密である地図を情報漏洩しても害のないように、と言う理屈らしい」

 

余りにもなアイハのショゲっぷりに流石に可哀想になってきたが、返されるのは楯突く島も無い回答。しかしその目線は少し泳いでいて、その理屈は誰かの受け売りだと言うことを示していた。

 

「どれどれ……ナニコレ」

俺もとアイハが広げる地図を見れば、アイハのショゲっぷりが分かった。

 

その地図は、州都と歪んだ山と歪んだ川が示されており、捜索の対象である『獣道』がどこにあるのかは詳しく示されていなかった。

「地図だよ」

「……ソウデスカ」

 

 

ーーー獣道の中から自然に還りつつあるものを探すのに3日かけ、そこから日中見張った成果がこの大捕物であった。

 

◇ ◇ ◇

 

「調べても何も出んぞ」

『やっぱりね、五日以上野宿させておいて得られるものが二日安宿に泊まるだけで消えるってなんかおかしいと思うんですよ』

どうどう、と口に出してアイハを宥めたいところだが、状況がそれを許さない。

 

「隠し事があるやつは大抵何にも無いって言うよね」

「ともかく、ないもんはない。分かったら早く解放しやがれ」

男は縄で縛られた体を揺すり、締め付けが強まったせいか眉を歪める。

 

『……緊縛が好きなんですか?』

俺を通して見ているアイハが、愉快そうに嗤う。

違うわい、誰が好き好んで人が縛られているのを見たいと思うのか。

しかし、俺の性癖を暴露する状況ではなく、誤解を解けないのがもどかしい。

 

 

「あぁ?……あー、言ってなかったか。コイツらは『隠れ里』の人間だ。州の支配を受けずに山の中に隠れ住む民族だ。当然領主に納める税も知らんぷりを決め込んでるんでとうとう領主も痺れを切らし、俺達がそれを受注したんだ。田舎者のお前なら変な情をかけるかもしれないと思って嘘をついた。それはすまないと思ってる」

つい先日、俺に謝った時と全く同じトーンで彼は形だけの謝罪をした。

 

「……それで、()()をどうするんです?」

そこに僅かな恐れを覚えて知らず俺の口から敬語が飛び出る。

 

「コレがしばらく戻らないとなればーーー流石に少し探すと思うがーーー隠れ里はコレを見捨てて新天地へと旅立つだろう。その前に、捕まえて州への恭順を誓わせないとな」

それは意地でも吐かせると言う意思を滲ませていた。

『他にもいくつもあったであろう集落も、同時に罠を張って捕まえた後。そうなれば、逃げ出した先に待ち構えているのは仲間ではなく敵になるでしょう。キツい手ですね』

どっちの味方なんだよと言いたくなるようなアイハの声。

 

『私、どちらの味方でもありませんし。あえて言うなら私は私の味方』

その思考を読んで、先に答えが生まれた。やっぱ怖いよ。

 

それで。

「俺、帰っていいですか?」

俺、求められてる成果は出したよね。あとは領主サマとやらが頑張ってくれればなんとかなるのでは?

 

「もう一仕事こなしてもらえれば、お前に剣を奢ってやる」

え、マジ。

「前払いだ!」

マジで!

 

『いやなんでやる気になってるんですか。内容を吟味して決めなさい』

アイハの思わずと言った制する声に我に帰る。いかんいかん。前のゴブリン退治のことを思い出す。やー、あれは地獄だった。

 

「……ちなみに、どんな内容?」

「切り込み隊長」

我ながら軽く手のひらで操られる男だと自嘲しつつも訊いてみると、端的かつ含みのある答えがくる。

 

つまりは……そう、死ねとおっしゃる?

いの一番に切り込んでいくというのはまず相当な勇気がいること。まあそれはいいとして。

いの一番に攻撃を受ける役柄でもある。

 

近接戦闘専門の俺たちに? リシアに無手というハンデを得てようやっと一太刀、いやふた太刀入れる程度なのに?

要は俺たちの手には完全に余ることなのだ。

『やめときましょう、私は心中する気はない』

「アイハが、気が進まないって」

 

「おや、精霊に言われるがままにするつもりかね?」

ぐぬ、痛いところを突いてくる。

 

わきでは縛られた男がなんか呟いてるし。

「風向き、変わりそうだな……?」

そうだね。……まあいいや。

「俺よりも賢いんで」

「賢いからって全て任せきりではいつか騙されるぞ?」

『ぐぬぬ』

またもや痛い反応が返ってくる。アイハも珍しくぐぬぬしてる。

『私達は運命共同体ですから』

「俺達は運命共同体だから問題ないだろ、だってさ」

 

「操られることが悔しくは?」

「ないですね」

咄嗟に食い気味にそう返したものの、俺自身思わないところがないでもない。

 

俺より賢いのは事実だし、アイハの提案で損をしたことがないけれど、俺だって。

俺だって、自分のことは自分で決めたい。そんな欲求は当然ある。

 

だからそれにつけ込んで、なんてのは物語(ストーリー)でもさんざ使い倒された展開だ。学のない俺だってその程度の頭は回るさ。

「そういう場合は一旦全部断っておきなさいというのが家訓なので」

「家訓かあ」

家訓ならしょうがないなあ。……そんなわけがあるかい。

俺の脳裏でそんなノリツッコミが応酬される。それくらい厳しい反論だった。

「これはおそらく平和な州都で最後の大規模な対人戦闘だと思う。彼らまつろわぬ民が従うことになれば、散発的な盗賊以外に対人戦闘経験を積むことも、傭兵として収入を得ることも難しいだろう。冒険者のように幾つも仕事があるわけじゃないんだ、幸運の女神には後ろ髪がない」

「ちょっと、タイム。たーいむ!」

 

『どうしました、一人で決められない意気地なし』

なんだァ?てめェ……

キレるのは少し後に置いておくとして。

思い返してみれば傭兵団から仕事をもらえる量は僅かで、俺に選り好みできる余地は残されていない。

「結局今の話に論理的矛盾はもちろん事実との乖離はなかった?」(こそこそ)

『悔しいことに、ないですね。本当に残念なことですが』

それってつまり、“今の生活”を続けていたって剣を持つことはおろか脱出すらままならない、ってコト!??

わ、ワァ……

『泣いちゃった!』

 

じゃあこのハイリスクに付き合わなきゃやってらんねーじゃん。

 

「おーけい、俺、やるよ!」

『無駄に良い笑顔をして、もうめんどくさくなりましたか?』

その通り!

 

そして、すぐにこんな街出ていってやんよ。

平和とは、傭兵という荒くれにとっては毒という他ない。だってそうだろ?平和になった時には兵士なんて戦ったことを忘れ去るかのように重傷でも問答無用で放り出されるように、傭兵なんていう不穏分子は排除されるものである。

 

『尚、その国や繋がりの薄い傭兵なら待遇はもっと悪くなる模様』

「やめろォ!」




渡る世間に鬼はなし、よりもこちらの方が有名に。
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