とある患者の闘病記録   作:逢摩

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プロローグ

8月某日。

 

高架橋の上、手すりに体を押し付けてなんとなく景色を見ていた。

 

遠い目線の先には交差点が広がっている。曜日に限らずであろうが、週末ということもあり余計に混雑していて飛び込むことに躊躇を覚えそうだ。

 

少なくとも自分では体が持たないだろう。人混みというだけでも及び腰になるのに、ましてや人とぶつかってしまったら冗談抜きで交通事故だ。派手に吹っ飛んで相手様を困惑させてしまうに違いない。

 

そういうとき、手を引いて起き上がらせてくれる人が隣にいたらなあ、なんてちょびっと思ったり。

 

 

「そのまま抱き着いてしまうのは自然かしらぁ。」

 

「よう、おまたせ~。さっきからなにふけってたんだ?」

 

「っう!?、き、きゃぁあ!!??」

 

 

ハッとした勢いで後ろに振り向くと、自分と背丈が同じくらいの少年があっけらかんとした表情でこちらを見つめていた。

 

 

「ち、近くまで来てるなら事前に連絡しなさいよぉ!結構待たされたんですけどぉ!?」

 

「ああ。悪い、途中ケータイ落としてからなんか調子悪くてさ。電源を付けても謎の緑色しか映らなくなっちゃったんですよね…。まあ最近使いすぎって注意されてるから丁度いいのかな、あはは…」

 

 

徐ろに取り出した携帯電話をプラプラと揺らして見せつけてきた。なるほど確かに使いすぎの目には優しいだろうなと思い、思わず苦笑が漏れ出た。

 

 

「人の不幸を笑いおってからに……てか、さっき一人でなにかぶつくさ言ってたけど、誰かと電話してたのか?でも遠くからだと」

 

 

「わ、わあぁ!?そそ、その何でもないわぁ、ひとりごと!何も大したことは言ってないわよぉ!!」

 

 

「そ、そうか、ならさっさと行こうぜ、時間なくなっちまう」

 

 

「え、あ、そ、そうねぇ…」 

 

「俺けっこう楽しみにしてたんだよ。なのにこんな真夏に外で待たせちゃって悪かったな」

 

 

「……………別に、そこまで切羽詰まってないからいいケドぉ」

 

 

「ありがとう。じゃあそろそろ行こうぜ、食蜂。」

 

 

「……………………………」

 

「………………………………………はひ、」

 

 

あぁ゛!!この人がそうだったらいいのにな!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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××× 映画館・上映前 ×××

 

上条「恋愛系って男女だと微妙に気まずくなるチョイスだと思うんだが。そういう気分にさせたいなら言ってくれればいいのに…もう。い、け、ず」

 

食蜂「バカなこと言ってないで早いとこ買ってちょうだぁい。列並んでるわよぉ。」

 

上条「うっす………」

 

 

 

 

 

 

××× 映画館・鑑賞後 ×××

 

上条「…………………………………………………………………」

 

食蜂「…………………………………………………………………」

 

 

上条「ほらやっぱ濡れ場で気まずくなるんじゃん!!」

 

食蜂「………」

 

上条「…って何無言でニヤついている?まさか知ってたのかお前!?」

 

食蜂「…あはっ☆」

 

上条「何がしたいんだお前は~!?」

 

食蜂「ふ―ん」

 

 

 

 

 

 

××× ハンバーガー店にて ×××

 

食蜂「……」

 

上条「なに尻込みしてんだ?もうカウンターの前だぞ」

 

食蜂「べっべつに、添加物もりもりの人工食はぶっちゃけ受け付けないけどお昼のチョイス任せたからには文句言えないわよねぇとか、でもやっぱ私がお勘定持つから別のところに行きましょうとか贅沢言いたいわけじゃないのよぉ??」

 

上条「あっ照れてんじゃなくて普通にダメ出しなのね。

…まぁそう言わず!ほらチーズだけはオーガニック使用だってさ、これならお目が値に…」

 

食蜂「エ~!!ダブルチーズじゃんっ…!!すみませんトッピングチーズ全乗せでぇ!!」

 

上条「食品オタクかぁ」

 

 

 

 

 

 

××× アパレルショップ試着中 ×××

 

食蜂「そろそろ冬服もと思ったのだけれど、どれがいいと思うかしらぁ?

 

上条「んー?へそ出しとかでいいんじゃねぇの」

 

食蜂「冬服って言ったわよねぇ?それに食後着るようなものじゃないです却下」

 

上条「あー!お腹出るのね!確かに考えてなかったわ!」

 

食蜂「………………………」

 

上条「ごめんごめんごめんっ!!無言でリモコン振りかぶらないで!!!」

 

 

 

 

 

 

××× コスメショップにて ×××

 

食蜂「新作もうサンプル置いてあるのねぇ…でもこれも補充しておかないとだしぃ…」

食蜂「ねぇ貴方はどう思うかしらぁ?」

 

上条「あの、まぁ、何でもいいんじゃないっすk」

 

食蜂「あーでもこっちも素敵ぃ!選べないから全部買っちゃお!これ全部デリカシーなしの上条さんが全部もってねぇ☆」

 

デリカシー「上条」

 

 

食蜂「…ふふふふ」

 

 

 

 

 

××× 常盤台中学 門限 残り20分 ×××

 

上条「はぁ、はぁっ、…急ごう、このままだと野宿か俺ん家に泊まることになるぞ」

 

食蜂「はぁ………っ!!はぁ、はぁ…!わ、わかって、げほっ、る、けど…ぉ…はぁ、はぁ……!これ以上走れったって…はぁぁぁぁ………!!もう限界力なんだけどぉ!!!」

 

上条「まだ走り始めて十秒も経ってないのに…バス停まであと5分くらいだからもうちょっとだけ頑張ろうな?」

 

食蜂「…ご、ご…………ふっっ…………!?」

 

上条「えっ?」

 

食蜂「」

 

上条「え?…ぶっ倒れた!?し、食蜂さん?食蜂さぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!」

 

 

食蜂「」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆったりとした揺れの中、突然目が覚めた。

 

 

「お、よかったぁ…熱中症にでもなったのかと思ったぞ」

 

 

心配そうな顔で言いながら、彼はこちらを見下ろしている。なるほど、全力疾走でキャパオーバーしてしまったのか。

 

 

「…自分でも体力の無さに驚愕力だわぁ。すみませんねぇ、わたしの都合で急いでもらってたのに」

 

「こっちが無理させたのもあるしな。これだったらまだ徒歩の方がよかったか」

 

「…」

 

 

妙に頭の裏が心地いい。多少無骨というか、人間的な硬さを感じるものの、僅かに感じられる柔らかさと伝わってくる熱ではっきりと分かる。

 

それに気づいた瞬間、有り得ないくらい口角が釣り上がって。制御出来ない口元を手で覆うこともできず、ただただ後頭部に広がる幸せな感触に身を任せるしかなかった。

 

思いっきり顔を埋めて洗顔もどきを行いたい衝動を抑えて、必死にそうは見えない平静を取り繕う。まあでもやっぱり無理だろう。だってこんなにも唇が震えているのだもの。

 

こんな顔見せるの、あなただけなんだからねぇ。

 

 

 

「なんか今日失敗ばっかりな気が…朝待たせちゃったし、嫌な運動に付き合わせたのもホントに申し訳ない、今度はもっと余裕持てるように動くよ」

 

「………………げる」

 

「ん?なんだ?」

 

 

 

「…………別にぃ、これも悪くないから大目に見てあげるって、言ってるのよ…おバカぁ。」

 

「…そっか」

 

 

それからはゆったりとした時間だった。

 

それもあっという間に過ぎて、何も話さないまま互いの帰路に着く。

 

いまだ余熱に当てられて紅く火照っているこの頬が、今日という日を物語っていた。

 

 

 

楽しい。

 

楽しい、

 

楽しい!!!!!!!!!

 

 

 

抑えきれず湧き出てくる熱が心地よくて、意識していないと口からこぼれてしまいそうだ。

 

こんな楽しい日々が続くなど、夢にも思わなかった。たとえ夢でもいい、私はこの甘く優しい夢に心の芯から毒されていた。

 

 

「…ふふ、ふふふふふ」

 

「上条…さん…」

 

 

次はまた、いつ会えるだろう。

 

そんなことを考えながら、今日は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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すでに日にちも変わりつつある時間、暗い学生寮のバスルームの中から淡い光を発していた。

 

 

「…この日もない、この日のもない…ああくそ、完全にデータ飛んでんじゃねえか…無駄に壊しやがって前の俺は…後で日記帳読み直しとかないと…」

 

 

体育座りのような格好で光を覆い隠すように蹲り、新品となった携帯電話のボタンを必死で操作している。

 

電子的な音に乗せて、しきりに何かを呟きながら。

 

 

「…夏休み前の日記はほぼ全消去か。いくつか残ってるものもあるけど、『今日は贅沢にラーメン食べた』とかどうでもいい事しか書いてないし…」

 

「これだと思い出が欠けちまう、大切な、アイツとの、アイツは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────────────しょく、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………なん、だったっけ。もう忘れかけてる、やばい…」

 

 

そう言うと、そそくさと慣れた手つきで『お気に入り』と1番上に表示されている日記を開く。

 

そこにはこう書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

俺、上条当麻は脳にいくつか異常を持っている。その中で記憶喪失というのは、今となっては周知の事実であり、とっくに自認の領域に含まれているのでまだまだわかりやすい部類だ。

 

しかし、俺自身には自覚できない問題があるらしい。

 

どうやら特定の人物に対しての記憶のみを欠落する、正確には、『記憶はしているが思い出せない状態』とのことだ。

 

原因は大量出血による脳へのショック。治療法は記憶喪失同様今のところ無し。治る見込みもない、ただ一瞬思い出せただけでも奇跡なのだとか、そんな事を言っていた気がする。

 

記録の途中ですら記憶が曖昧になる。どうやら『彼女』の言っていたことは本当らしい。

 

そこで、対策として当人には秘密裏にだが文面での記録を行うことにした。

 

まだ記憶が新鮮な内に、可能な限り多くの彼女との思い出を書き記す。携帯電話のデータが破損しては困るので、対策として書面での記録も並行して行う。

 

このことで、脳の異常への対策と、上手く行けば治癒の可能性もあるかもしれない。

 

病気に抗うための、言葉通りの闘病日記となる。

 

もしこの記録のことを覚えていたら、すぐ彼女に会いに行ってくれ。恐らくこの時期は寮の近くを徘徊している。すぐ会いに行って、また新しい記憶をとってこい。

 

 

 

いいか、これを読んでいる俺。忘れるな。

 

 

その子の名前は食蜂操祈(しょくほうみさき)。常盤台中学2年生。

 

キラキラした瞳と、はちみつ色のきれいな髪をした自分と背丈が同じくらいの、それでもまだ幼い女の子だ。

 

何があっても、彼女のことだけは忘れてはならない。

 

それが彼女と、前の俺自身にとっての贖罪となる。

 

幾度と無い記憶喪失の疑似体験に混乱するだろうが、お前なら上手く乗り越えられると、そしていつか克服できると信じている。

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「……記憶喪失と、認識に問題有りとか。どんだけ脳に異常あるんだよ…あはは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…まだ消えてない。覚えてる。その存在はしかと。」

 

「俺は絶対に忘れない、新しい記憶を作り続ける。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の大切な、その女の子と」

 

 

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