水の音でふと目を覚ました。近くに川があるようだ。
体は重かったが、少しは回復したようにも感じる。辺りを見回すと、鬱蒼と木々が生い茂った山にいた。見覚えがなかったので、少なくとも私が住んでいた景信山ではない。
川の近くまで何とか行き、掌で掬うこともなくそのまま川に口をつけた。息を止めゴクゴクと飲み続ける。苦しくなるまで飲み続け、それを終えると服を脱いで傷の確認をする。擦り傷は多くついていたが、それ以外は大した怪我はしていなかった。服についた血が少なくなっているあたり、どうやらほとんど返り血だったようである。
体を水で洗い、何とか見えるぐらいまで綺麗にしたところで、(恐らく)昨夜のことを思い出す。
──どうやら私は転生者らしい。それも漫画の世界に転生してしまったようだ。昨日の夜、あの化け物が襲ってきたことを切欠に、記憶が開いた。
いや、化け物じゃなく正確には『鬼』か。そして私の名字と弟の名前から察するに、ここは鬼滅の刃の世界か。
息を吐きながら倒れこむように仰向けになった。後頭部を砂利にまぁまぁの勢いでぶつけたが、そこまで痛くなかった。
鬼滅の刃。大人気少年漫画の一角。私は読み始めるのがかなり遅かったが、映画を切欠に読み始め、単行本を全て揃える程度にはハマった漫画である。
日本一慈しい鬼退治をキャッチコピーに、心優しい主人公が鬼となった妹を人間に戻すために奮闘する、少年漫画らしい内容。
それだけ聞けば昔話のようにまだ平和的に感じるかもしれないが、この漫画は本当に人がよく死ぬ。それも悲惨に。
友達は推しを作ってもすぐ死んじゃうと嘆いていたのを覚えている。実際私も○○ロス、になったものだ。
さて、どうするか。原作知識というアドバンテージは途轍もなく大きい。しかし鬼殺隊に所属しなければ知識は使えない。
選択肢は2つ。鬼のことは忘れて普通に過ごすか、鬼殺隊に所属して原作知識を生かしつつ生きるか。
…ひとまず鍛えておく必要はある、か。鬼滅の刃の世界だと気付いた以上、何もしなければ夜に怯えながら過ごすことになる。仮に鬼殺隊に所属しないことに決めても、自分の身を自分で守る必要がある。漫画を読んでいた時も思ったが、鬼殺隊は常に後手にまわる。被害が出てからしか動けない。鬼の出現場所なんて完全にイレギュラーなので、仕方のないことではあるのだが。
最後まで漫画を読んだ上で、鬼への対抗策は5つ。
1つ目が全集中の呼吸。肺を大きくして、沢山酸素を送り込むことで常人離れした動きを可能にする、だったか?まずこれは必須。
2つ目は痣。体温を上げ心拍数を上げることで発現させて、速度を上げたり毒の廻りを遅らせることが出来るんだったか。けどこれはリスクもある上呼吸を覚えないと話にならないので後回し。
3つ目は透き通る世界。動きの無駄を省くことで体が透けて見えるようになり、相手の動きの先読みを可能とするもの。正直これは痣よりもまだ簡単ではあると思うので、何とか習得したいところ。
4つ目は藤の花の毒。鬼にとって有害な毒となる藤の花の毒を打ち込むことで、鬼を殺す技術。といってはみたものの、薬学への理解がなければ毒を作れないので、これは不可。
最後5つ目は鬼化。原作では竈門禰豆子、不死川玄弥の2人が使っていたが、痣以上にリスクが高すぎる上、2人しか使っていない以上不確定要素も多すぎる。よって毒同様これもなし。
つまりこれから私がするのは、全集中の呼吸に透き通る世界。まずこの2つを体得する必要がある。透き通る世界は難易度が高いとは思うが、知っているのと知らないのでは難しさはかなり異なると思っている。0と1の違いは大きい。
全集中の呼吸を覚えるには育手の力を借りる必要があるが、いかんせん場所が分からない。そもそも原作でも鱗滝左近次、桑島慈悟郎、煉獄愼寿郎の3人しか出てきてない。鬼殺隊を志す人はどういう手順で育手の元へ行くのだろう。ファンブック等には書かれていたかも知れないが、単行本しか買ってないのでそこまでは分からない。
…これ以上考えていても仕方ないので、一先ず我流で呼吸をやってみよう。山の中なので食べ物は何とかなるし、川で体を洗えばいい。
家に戻る選択肢はないし、兎に角やっていくしかないか。
けどただの杣人だった私が、どうして鬼を殺せたんだろうか?