EX-1/今日と明日と
「これはとても他愛のない話で、別段あんたが聞く必要のない話だけれども。」
隣の席に座っていた女が口を開く。苛立っているのに高貴な印象を受ける、緑髪の女。そもそも目つきが鋭いだけか? 私は構わずにコーヒーを一口飲む。
「あんた、未来が見えたらどうする?」
「どうって……。」
因果に干渉する弾丸、問答無用の切断、そんな不可思議を目にした後では、未来視も何となく存在する気がしてくる。自分ならどう使うか。
「相手の」「あー答えなくていい。あんたの心の中にしまっておきなさい。」
私の答えを遮って、彼女はコーヒーを一口啜り、眉を顰める。
「豆変わった?」
彼女が問う。
「お客さん、初めてでは?」
店主が答える。
「来たことあるわよ。22年前。」
「変わるでしょうよそりゃ。」
昔の方が、いや今の方が、どちらも一旦口にして、どうでも良さそうに彼女はカップを置いた。
「昔、未来が見えるってやつの話を聞いたことがあってね。なんともまぁつまらない奴だった。未来が見えるから最強だなんて言い出して、あたしに勝負を挑んできたんだから。」
「未来が見える……なら勝てるんじゃあないですか。その人。」
「その人、人ねぇ。……あんた、人間が素手で鋼鉄を断ち切れると思う? 無理でしょ。」
「あ~……。うん、まぁ、普通は無理ですね。」
コーヒーを一口。一人、できそうな人間が思い浮かぶが、あれは例外だ。
「要は未来を見て、結果を変えようとしても大抵は上手くいかない訳。試験前日の一夜漬けが上手くいかないように、何かができない奴が、未来を見ても碌なことにならない訳よ。」
「まぁ、そうですよね。」
妙に俗っぽい喩えであった。身近にそんな人間がいるのだろうか。
「で、そいつは結局コテンパンにされて引き篭もったわ。するとどうなると思う? 見えるのよね。何もできない明日の自分が。現状を変えようとして行動するけど何一つ成功しない、そんな未来が。だから結局そいつは何もできなくなったわけ。失敗する未来が――もしかしたら成功が見えたのかもしれないけど、自分が成功するという確信が無くなってしまったわけ。」
「で、結局その人どうなったんですか?」
「あぁ。結局最後は未来が見えなくなって、俺は死ぬんだー! とか騒いだ挙句、首を吊ったわ。己の想像できない死に方をするのが余程嫌だったんでしょうね。これでこの話はお終い。」
そういうと彼女はコーヒーを飲み干した。思っていた味ではなかったのだろう。なんとも妙な表情をしていた。
「ま、あれよ。未来なんて見ても碌なことがないわ。明日に不確定要素を残しておかないと、人生そのものが打ち切りの危機よ。あんたも精々気をつけなさい。」
そういうと彼女は乱雑に千円札を置いて店を出て行った。
「……結局、未来見えてなくない?」
その人が見たのは果たして本当に未来だったのか。私はそんなことを考えながら、漠然と彼女が残していった旧千円札を眺めていた。(了)