これまでのあらすじ
まぞくの少年大杓すずは、両親を亡くし天涯孤独になっていたところ千代田桜に拾われ、歳が近いこともあり千代田桃の幼馴染兼兄のような存在として日々をせいいきで過ごしていた。
そして二人がせいいきから居なくなってしばらくした後、とある魔法少女の襲撃により重症を負い長い入院生活を余儀なくされた。
これは彼が無事退院して日常に戻って来た後のお話。
じゅうじゅうと音を立てるフライパン、その上で焼かれている目玉焼き。
入院以前には当たり前だった朝食を作るという行動が、長かった入院生活がやっと終わったのだと改めて実感させてくれる。
時刻は朝の八時、そこまで早い時間じゃないけれど昨日は退院パーティだと言ってばんだ荘で桃とその友達たちと一緒に遅くまで遊んでいたので、まだ少しだけ眠い。
すっかり成長したミカンちゃんやヨシュアさんの娘だというシャミ子ちゃん。他にも色んな人達が温かく迎えてくれて、入院生活で長い事外界との関わりが薄かったのもあって、とても嬉しかった。
ミカンちゃんにウガルルちゃんって名前の娘ができていたり。桜さんの知り合いにそっくりな子が居たりと驚くこともありつつも、そこには確かに自分の好きだった多魔の日常があったんだ。
そして……。
「すず、もうご飯できた?」
ソファに座った状態でこちらの方を見ながら、桃が言う。
そう、戻って来た日常には桃が居る。
桃が桜さんに町の外へ送り出されて、そしてその後しばらくして桜さんも居なくなって。もしかしたらもう一生会えないんじゃないかって思う日もあった。
病院で意識を取り戻してからは定期的にお見舞いにも来てくれて、それも当然嬉しかったけど、やっぱりこうやって昔みたいに一緒に過ごせるのが一番だ。
今はあんまり帰っていないらしいこの桜さんの家に今日くらいはと二人で居ることをミカンちゃんが勧めてくれて、桃もそれを受け入れてくれて。自分にこんな幸せなことがあっていいのかと思ってしまうほどだ。
「もうすぐできるからちょっと待っててね」
久しぶりだから少しおぼつかない手で食器やなんかを用意して盛り付ける。しまってある場所は自分が入院する前とほとんど変わって居なかった。
桃は作る料理がピンク飯になるからほとんど料理はしないだろうから動かす事はあんまりないとはいえ。襲撃があった後にしばらくあの魔法少女が根城にしていたって聞いたけど、もしかして結構几帳面に使ってくれていたのだろうか?
「お待たせ。いつも通り作ったつもりだけど良かった?」
「ん、ありがと。久しぶりだね、すずのご飯食べるの」
焼かれた食パンに目玉焼き、ソーセージに生野菜のサラダ。なんの変哲もない、入院する前はいつも桃に作っていた朝ごはん。
桜さんは家を空ける事があったり遅くまで町の運営の為に色々やってたりして三人一緒に食べることは多くなかったけど、これが以前は毎朝の日常の始まりの象徴だった……と思う。
「じゃあ、いただきます」
「いただきます」
昔と同じように二人で並んで座って、合掌。
パンを一口齧ればさくりという音、そして表面に塗ったバターの塩味とパンの甘味。
昨日のパーティーの後にコンビニに寄って買ったものだけど、結構美味しい。最近はコンビニでも美味しい物は置いてるからと桃が言ってたけど本当だったんだ。
「そういえば桃、今日は何か予定とかあるの?」
「特にないかな。今日は学校も無いしすずがやりたいことがあるなら付き合うよ」
「やりたいこと……」
いざそう言われると、特に思いつかない。
病院に居た間はあれがやりたいとか、これが欲しいとかあったとは思うけど。いざ退院してみればなんてことはない、家に帰ってこれただけで満足してしまっている。
もう少し暮らしていけば必要になるものができたりするかもしれないけど、少なくとも今はそういうのも無い。
「特にないなら家でゆっくりするのもいいと思う。昨日はシャミ子達と一緒に騒いで私も疲れてるから」
返答に困っていると、桃はそう言った。
気を使わせてしまっただろうか。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
訪れる少しの沈黙、お互いが食事する音だけが聞こえて、気まずい。
ほんの数分のはずなのに長く感じるその時間を、桃の言葉が破った。
「あ、そうだ。昨日は一緒に帰って来たから言えてなかったね」
「おかえり、すず」
桃はそう言って微笑んだ。
その言葉が、笑顔が。まるで胸の奥にすぅっと入って来るように浸み込んで、あったかくて。
ようやくこの日常が帰って来た。いや、自分が日常の中に帰ってこれたんだと深く、深く感じる。
「ただいま、桃」
これからはきっとこの町で、小さなまちかどで、あの頃の日常の続きを噛みしめて生きていけるだろう。
きっと、ずっと……。