猿展廻戦   作:NHM

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BTTLE.1 静虎という人間

 木造の古びた、歴史を感じさせる校舎でピコピコとゲームの音が二重に鳴る現代日本ならありふれた光景。だが異常と呼べるものがその空間にはあった。なぜなら、空中をポテチが浮遊し口に運ばれているのだから。だがある意味ではその庶民じみた異常も当然と言える。なぜなら彼らは呪術師であるのだから。後の最強、五条悟。後の最悪呪詛師、夏油傑。彼らの青い春の1ページである。

 

 そんなありふれた時間を過ごしているうちに朝礼開始のチャイムが鳴り響き、ガラッと扉が開いて夜蛾先生が教室に入った。

 

「おはよう。前々から伝えていたように今日から新しい教師が加わることになった」

 

「えっ」 

「なにっ」

「なっ…なんだあっ」  

 

 前々から複数回にも渡り連絡したのにも完全に忘れてた生徒たちよ、お前たちの態度と意識、俺が夜蛾先生なら落胆するね。

 

「…紹介しよう。今日からこの学校の武道関連を指導していただく武道家、宮沢静虎さんだ」

 

 入室してきたのはおじさんと呼ばれるくらいの年齢でメガネをかけ夏も近いのにきっちりとスーツを着た、オトン、と言う表現が最も似合うような男性だった。

 

「この度御縁がありこちらで武術、道徳の非常勤講師として勤務させていただくことになりました…宮沢静虎です。どうぞよろしくお願いします。」

 

 その男、静虎がお辞儀をした瞬間、三人の意識が同調した。即ち、強い、と。

 確かに素人が見ればおやじ狩りのターゲットになりそうなメガネを掛け、スーツを着たどこにでもいるオッチャンそのものの外見である。

 

 しかしながら三人とも術師として鍛えてきたからこそ理解できた、極限まで鍛え抜いてきた者でしか纏うことのできないオーラを全身から発している。その雰囲気に押されて僅かばかりの沈黙が過ぎた後、口火を切ったのは夏油だった。

 

「あ…あの自分ファンなんです。握手してもらって構いませんか?」 

 

「はい、構いませんよ!」

 

 どこかの大学生のように殴りかかる…ことなどはせず、普通に夏油と静虎が握手して席に戻ってきたところで五条が小声で話しかけてきた。

 

「え、傑こいつ知ってんの?」

「いや前見せたじゃないか。ハイパー・バトル準決勝のビデオ。そこに出てたじゃあないか、覚えてないのかい?」

「一緒に食った和菓子の味しか覚えてねえ」

 

 そこで一度言葉を区切ると五条は大きな声で聞こえるように喋り始めた。

 

「というか…俺武術家とかって嫌いなんだよね、品なく五条家(ウチ)に媚売ってくるくせに対して強くないじゃん。というか静虎って誰だよ」

 

 明らかに愚弄する目的で発せられたその言葉を言い終わるやいなや静虎の頬のすぐ側の黒板にヒビが入り、可哀想にも粉砕され霧のようになった消しゴムがパラリパラリと落ちてきた。無論下手人は五条である。その無礼な振る舞いに教師として夜蛾が注意する、その直前に静虎が手を伸ばし静止した。

 

「この学校では戦闘を主に学んでいると聞きます、そういう歓迎もありです。ですがこのままでは互いにスッキリしないでしょう。なので外で一度手合わせしませんか?」

 

「へー、ちょっとは面白そうじゃん。いいぜ、ボコして生まれてきてすみませんって思わせてやるよ」

 

 想定外の静虎の反応に五条は微笑を浮かべた。夏油は親友のその愚弄を止めても意味がないなと理解しきっているとはいえ仕方ないなぁ、と言う顔を浮かべ、家入は心底どうでもいいと言わんばかりだ。

 そうしてあと数秒もすれば五条が外へ出ていく、そこまでに雰囲気がヒートアップした瞬間、

 

「後でにしろ、まだホームルームの最中だ。やるなら4時限目以降にある静虎さん担当の武道の時間にしろ」

 

 との夜蛾の言葉により二人の模擬戦は数時間の間を置いてから、ということになった。

 

◇◇◇

 

 五条たちが授業を終え休み時間に入り、校庭に出ると静虎がジャケットをきれいにたたみ、入念にストレッチを行っていた。その間に五条は静虎と闘れる距離まで近づいていた。最も五条には入念に準備をする目の前の男とは正反対にこれから試合をするとは思えないほどの気楽さでケータイをいじっていた。

 

「おまたせしました。さあ、闘りましょう」

 

 その言葉に壊れるのを嫌ったのか五条も流石にケータイをしまい、だが少しも戦闘態勢に入ることはなく眠気さえくれば欠伸をしかねない、戦闘前とはまるで思えない態度である。

 対照的に静虎は武闘家としての理想型そのものと言える構えを取り、あらゆる状況に対応できるようにしていた。

 そしてそのまま互いに動かない…と見えるのは力量が足りないものが見るまで。確かに五条は僅かに体を揺らすだけで戦闘行動は取っていないが、静虎はミリ単位でめちゃくちゃ動いている。

 

─キーンコーンカーンコーン─

 

 始業の鐘が鳴り響き、静かなる虎は獲物を狩るために急動する。周りの土埃を巻き上げながら空気そのものを捻じ曲げるような上段蹴りを五条の頭部下位、即ち顎に向かって放った。頭蓋全体が粉砕しうるその破壊に、五条は平然としていた。理屈は彼の術式にある。

 

「俺の術式はさ、収束する無限級数みたいなもんでさ、俺に近づくモノはどんどん遅くなって結局俺までたどり着くものはなくなるの。言って見れば無限の距離があるみたいなもんかな。でもこれはフラットな指向性をもたせてない時の話。こっちがマイナスの側面を強めた、虚構の存在の負の自然数を作り生み出す無限の引き寄せ」

 

 ─術式順転 『蒼』─

 

 流れるように術式の開示をした次の瞬間。存在し得ないはずの無限が顕現し、極限の吸束が静虎の反対側に現れる。そのまま無限のライン上に或る全ての引き寄せが発生し、砂埃が吹き荒れ、腕ほどもある木の枝が宙を舞った。無論再起不能にならぬよう手加減されたものとはいえ、相手は無限だ。ラインの上に立っていた静虎はしばらく動けなくなっただろう。

 

「ったく、こんなんじゃガキの頃のザコ教師と大してかわんねーっての。傑、夜蛾先生呼んでこいよ」

「悟!まだだ!」

 

 いつにない夏油の声に異常を感じ背後を振り向く。そこには、服が破れ息も不定期なものになっているとはいえ、未だ戦闘可能な宮沢静虎がいた。

 

「…マジかよ」

 

 五条が驚くのも当然だ。

 彼のあらゆる呪いを見透す目、それで予め静虎の全身を徹底的に分析していた。その結果なんの呪具も術式も無いことがわかった。その上で無下限呪術を使用した。だがそれと背反するようにほぼ手傷を与えることなく目の前に静虎は健在であるのだから。

 

「しゃあっ!」

 

 術式を理由不明に無効化されたから再び使う気が起きなかったのだろう。五条が静虎目掛けて霊長類最強生物ゴリラが泣いて詫びるほどのパワーとスピードを持った拳で殴りかかる。その一撃は腕で弾かれるといった妨害をされることなく胸の中心部、上丹田と言われる部位に激突した。

 

 その瞬間、蒼を耐えた理由が理解できた。

 タネはなんのことはない、ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ただそれだけである。無論そんなことは彼の友人にして最強の片割れ、夏油傑にすら不可能である。

 

 だが相手は灘神影流第十四代目当主、宮沢静虎。

 その武術は暗殺拳、当然呪術に対する対抗策も兼ね備えており特に守りに長けた静虎ならば手加減された『蒼』をただ一度耐え、余力を残す程度ならば可能であった。そして先の五条の一撃も、硬気功を用いることで最小限にダメージを抑えきった。そして息を整えた静虎はボロ絹となった服を脱ぎ、体を晒す。その躯体は当に抜き身の刀。幾筋かの血脈が走りつつも弱さというものはそこには一欠片も在りはしない。

 

 そして静虎が再度五条の間合い、即ち魔合いに突入する。

  

「今のご時世前時代的で暴力的と批判されるかもしれませんが、私は教育に暴力を使うことがあります。ぼ「なに自分語りで気持ちよくなってんの?さっさと来いよ」

 

「わかりました、覚悟してください。灘神影流、幻魔拳!!」

 

 その一撃は灘の秘奥。現実を超え、呪いの領域に達する。拳は無下限に阻まれ直撃することはなく、しかしその瞬間─己の顔面が崩壊した、と五条には感じられた。

 

 ─クソッ、なんだこれ!ガキの頃に一度なった脳のオーバーヒートの痛みともまた違げぇ!!まるで毎秒脳に杭打ちされてるみたいな苦痛!術式じゃねえ、それは間違いない。そして頭を手で触った感触からして頭に物理的なダメージ自体はねえ!どういうことだ─

 

 この状況は当に理解不能そのもの。であるのに五条は臆することはせず、笑う。それは弱者への嘲弄ではなく、油断でもなく、ただただ闘いへの歓喜。その予感への舌舐めずりだ。そして、五条は視線を遮る眼鏡を取り払い世界を觀始め、呪力のギアを上げ、血流の駆動速度が加速し、思考は先鋭化する。即ち、ダメージを受けたことによる戦闘態勢への移行である。

 

 ─この距離だと蒼を使うには近すぎんな。となると一度離れてつかず離れず、蒼を一方的にブチ込める距離まで離れるのがベストだな。─

 

「しゃあっ!」

 

 勝利の道筋が確定した五条は飛び上がり、全力で呪力を練り上げ術式に全呪力を注ぎ込む。国家転覆を可能とするものにのみ与えられる称号、特級術師。脳が幻魔に侵されているため万全でこそ無いがそれがガチであることを示す呪力が注ぎ込まれる。示すは蒼。無限の暴力が解き放たれるまで後数秒。

 

「その技はやめろおおーーーーっ!」

 

 夜蛾が止めに入る。これ以上戦闘を続けるようなら射線上に校舎があるため術式順転により高専自体が崩壊しかねないからだ。その言葉で徐々に呪力は弱っていき、術式は終了し五条は地面に降り立った。

 

「…で、なんなのコレ?術式じゃないでしょ」

 

「それは灘神影流の奥義の一つ、幻魔拳です。私のこれは寸止めで脳に幻痛…即ち幻魔を打ち込むことで幻痛を発生させるので秘伝書にあった無下限呪術にも通用しうる技であると考え使用しました」

 

 

「んなことはどうでもいいんだよ、問題は…この痛みが治せるかどうかってことだ」

 

「安心してください今から活法、そちらでは反転術式、と言うんでしたか。それを使用します。では少しじっとしていてください。今から活法で幻魔を抜きます」

 

 そう言うと静虎は気を練り上げ五条の頭にかざし、少しずつ幻魔を抜いていく。その様子を家入は興味深く観察している。五条は頭に太陽のような温かみを感じ、少しずつそれとともに幻魔は抜けていった。

 

「施術は終わりました。これでもう痛みは抜けました」

「…マジに治ってやがる。活法ってすげえのな。どうやって使えるようになったんだ?」

「殺法即ち活法なり。灘神影流では殺人術などに対する対抗技として代々反転術式が伝わってきました」

 

「俺は反転術式の理屈がわかんねーし感覚でも掴めません。それでも使えるようになりますか?」

「はい!使えるようになりますよ」

「あなたみたいな技を使えるようになれますか?」

「はい!一生懸命修行すれば私よりうまくなれますよ」

「わ…わかりました。弟子入りします」

 

◆◆◆

 

 静虎が非常勤講師として雇われ、日常に溶け込み初めた頃一通のメールが全世界に拡散された。

 

「私はキャプテン・マッスル」




高評価はおいしゅうてハッピーハッピーやんケ
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