猿展廻戦 作:NHM
ハイレベルな術師は通常、あまり一同に会さない。というのも術師は主に個人プレーが中心かつ集合するほどの任務もめったにないからだであるためだ。しかしながらこの場には軽く数十人もの準一級以上術師が集まっている。この事実はそのままこの集合が重要であるであることを示している。
だがそれも当然だろう。現代最強、五条悟。彼が五条家当主に就任する、当にその場であるのだから。巨大な五条家本邸。そこの最も巨大かつ美麗な部屋の一番に目立つ場所、其処に軽く笑みを浮かべて特級術師、五条悟は鎮座する。
「ただいまより五条家当主襲名式典を執り行います。なお媒酌人の大役を仰せつかっております私は”特級術師”夏油傑でございます。古来より盃の流儀は多々あると言われておりますが私は若輩ものゆえ一つの流儀しか心得ていません。無作法、不調法の儀は平にご容赦ください。
それでは継承式典を執り行います」
その言葉で場が一気に引き締まった。その言葉の主は名乗った通り夏油傑、弱きを助け強きを挫く、術師としては異常なほどなキレイな大義を掲げ非術師を守ることを第一とした”特級”の名を関する術師だ。
そして主賓である五条の周囲には夏油以外にも強い仲間がいる。灰原、七海、硝子と言った学友たちに恩師の夜蛾に静虎そして何より今やただの一般人となった天内理子。
術師である彼らは星漿体護衛の失敗の責任を押し付けられ静虎がクビになったりや産土神信仰による等級詐欺などのアクシデントこそありながらも生き残り、術師としての生を送っている。そして天内理子はあの後天元との同化ができなくなったことで命を狙われることがあり…今は灘の長兄尊鷹の手を借りアメリカに移住した。今回の帰国も極めて一時的なものである。
その更に周りには呪術高専、現学生とその講師宮沢熹一が座っている。そう、五条は道場が閑古鳥が鳴いている状態のキー坊に目をつけ静虎とのコネを使い灘の技術を教える体術教師として雇ったのだ。そして山奥の道場は修行場として利用されることとなり無事灘の道場は潰れることはなくなった。(なお、どこぞの呪怨を兄弟に打ち込んだ蛆虫のせいで灘は上層部に嫌われているがそこは五条がゴリ押したんだよね、すごくない?)
そんな彼らを酒を飲みながら見守るのは禪院家現当主、禪院直毘人、その隣には加茂家当主が座る。そしてその後ろには炳のような重鎮が座る。これは不仲ではあれど五条家、禪院家、加茂家が呪術界を支える…ある意味最強であることを内外に見せつけるためだ。
さて、そんな祝い事の主役である五条悟の前に盃が差し出された。いよいよ継承式もクライマックスだ。
「跡目、五条悟殿に申し上げます。盃を飲み干すと同時にあなたは五条家当主となります…腹定まったならばこの盃一気に飲み干し懐中深くお仕舞いください」
その言葉とともに五条は静かに盃を受け取り音を立てずに飲み干し盃をしまう。その瞬間、その場が祝の拍手に包まれる。
「五条家当主、五条悟誕生!!」
◆◆◆
アメリカから東京へ、嘗てなら半年以上かかるその道行、しかし今ならたった丸一日で辿り着く。その事実を一人の頭に縫い傷がある男が噛み締めいたずらっぽく空の上で笑う。その男の名は羂索、1000年続く竜戦虎争、合従連衡の呪いの世界を生き抜いてきた鬼才である。そのとなりに座るツギハギ男は人の呪霊、真人である。
「で、どうだったかい?アメリカの人間は」
「うーん、やっぱり大差なかったかな。強いて言えば脳を弄っても術師に成れそうなやつがほぼほぼいなかったくらいかな。人間たくさんいるなら貴重な術式持ちのやつの改造人間とか試してみたかったんだけどな〜」
「ははは、まあそこは日本には北海道や琉球と言った異なる呪術基盤の隣接や天元の結界、そして五条悟の存在によって世界的に見ても極めて特異だからね。むしろアメリカのほうが普通と言ってもいいくらいだ」
「ふうん…そういえばさ、途中で一緒に研究施設に行ったけど何のためにそんなことしたのさ?その研究所の中でめんどくさいオーダーで無為転変使わされたり…」
「そうだね…盗聴とかないことは確認したし話してもいいかな、あれはね、クローン人間、ガルシアの製造所だよ」
◆◆◆
アメリカには、呪術師は極めて少ない。その要因として日本といった呪術先進国に比べてそもそも積み重ねてきた歴史が少ないこと、そしてはるか昔から存在した現地の呪術基盤をアメリカ合衆国の成立とともに消滅した、その他にも様々な要因が複合的に存在する。そしてその結果、アメリカ合衆国政府は呪術を認知することはなかった。
「…とまあそんな感じだったんだがそのある種の静謐を破壊する男が現れた。特級呪詛師、宮沢鬼龍さ。彼は生来の最高峰の肉体を呪力強化したことによる圧倒的なフィジカルと灘神影流のあわせ技で瞬く間にアメリカ上層部の生殺与奪を握ったのさ。
もちろんアメリカ上層部は大慌て、暗殺しようにも遠距離からのスナイパーによる狙撃すら弾丸滑りでかわし切ってしまうんだからどうしようもない。ここに至ってアメリカは鬼龍の人外の域の強さの根源を探し…結果、灘神影流、そして呪術の存在を認識したのさ。
だがそこで一つの壁があった。それはどこまで行っても術師は才能が大部分を占めるもので、その才能を持つものはアメリカには極めて少なく呪術を知ったところでどうしようもない、ということ。だがそこでアメリカ上層部は禁断の果実を口にした。
そう、術師のクローン量産制作さ。そしてそのオリジナルとして選ばれたのはアメリカに呪術をもたらした張本人、鬼龍。彼のクローンを作ることで術師を揃えようとした。最も諸々のリスクから鬼龍本人には呪術に関する計画とは伝えず最高の知能と肉体を併せ持った最強の兵士を作る目的で、とでも誤魔化したんだろうね。
そしてその計画の術師側のアドバイザーとして私が潜り込んだのさ。なぜかって?そりゃあクローンって存在に興味を持ったからさ。長年生きた私でも完全な人間の複製を可能とした呪術に触れたことなんてないし呪術の要素がクローンの存在にどう反応するのか予想もつかなかったからね。
それに介入する難易度についても超大国アメリカとはいえ呪術については赤子同然。計画に潜り込むことはそう難しいことじゃなかったさ。そうして私はその計画に潜り込んだわけだが…その計画には致命的な弱点があった。
と、言うのも思ったよりも面白みが少なかったんだよ。確かに安定して術師を生み出すという点においては現日本の御三家、並びに呪術高専のシステムより効率は良かった…だがそれだけだ。なにせ肝心のクローンそれ自体が双子と全く同一の挙動を起こした、つまりもう調べ尽くしたものと同じだったわけさ。
この結果には失望したよ。こんな混沌とは真逆の結果で満足すると思わないでくれよ。せめて命くらいかけてくれよ。そんな私にいいアイディアがある。”単一の個体による混沌”というルールは撤回された。双子ギミックによる呪力の共有並びに引き継ぎ、それによる宿儺に並びうる程の呪力量を持つガルシアの発生…とにかくなんでもありだ。面白いことが生まれるなら手段を選ばない。ただし実験するときは必ず一報を入れさせた。死神術師の”私達”が現場に急行したからね。
だがここで一つの想定外が生まれた。感情を持たないガルシアにもわずかに恨みがあったらしくその怨念が集まったことで数十体のガルシアを殺したことによる呪力の一点集中実験は…特級呪物”ガルシア・ハート”を生む結果となった。そしてその現物がこれ」
そう言うとタブレット端末を取り出し真人に一つのライブ映像を見せた。そこには呪符が貼り付けられた瓶の中で培養液にプカプカと浮かぶキレイな心臓があった。本来ならすぐに腐り果てるはずのその心臓。しかしながら呪符の効果化それともその心臓自体の力か、腐ることなく存在し続けていた。だがそれを見る真人には一つの疑問が浮かんでいた。
「羂索大丈夫?ガルシアの中にはガルシア・ハートを持ったまま脱走した個体がいるって聞いたけど」
「ああ、どうということはないさ。悪魔王子のことだろう?むしろそれはそれで面白そうだからマイ・ペンライ!それに実験には一つあれば十分だからね、」
「ふーん、ならいいけど」
そうして真人がタブレット端末から目を離して予め用意しておいた漫画、毒狼を読み始めた。すると羂索は画面をスライドさせて”次の体”と銘打たれた画像に画面を切り替えてその口をほころばせた。
そこには…龍を継ぐ男、その死体が写っていた。