葦原天理は巫覡である 作:氷桜
少しばかり騒がしい教室を後にする。
普段なら少しばかり高級な車椅子とはいえ、彼方此方で引っ掛かる場所は引っ掛かるというのに。
滑らかに幾つかの段差を超えられることは当然。
階段にもエレベーターが設置されている、という事実には改めて驚かされる。
(送り迎えに関してはこいつが自分から断ったしなぁ)
流石に大雨とかの場合はタクシー等を利用させてもらうつもりではいるけれど。
それ以外の部分で、対応できる場所は俺達でやっていける事を改めて認識。
実際、風呂とかは最近せんちゃんが面倒見てくれるから大分助かってはいるんだけど。
幾らバリアフリーの改修をしたとしても、対応できる人間の有無ってかなり大事だし。
本来ならその辺りを含め、
やりたくないし、やるならちゃんとしたいと思う男の意地があったりなかったり。
(まあ、関係ないし)
ふぁぁ、と欠伸を手で隠すそのちゃんを笑顔で捕まえている美森ちゃん。
心なしか、車椅子が立てる物音も吸収されているような気がする。
向かう先は、約束していた図書室……特殊教室棟の一番上の階の最奥。
本当に本好きでもなければ向かわない場所に、電気がついているのが入り口から見える。
「待たせたかな?」
「仕方ないと思うけどなー。
千景さん……って読書嫌いじゃない筈だし、時間潰してるんじゃないか?」
「にしたって待たせたことは変わらんだろ」
身体を起こし、戸を開いたのは銀。
横開きの扉が滑らかに滑り、とん、と。
軽く物音を立てると同時に室内に滑り込む。
「…………あ、いた」
時間的に、日が然程傾いていないというのもあるんだろう。
薄いカーテンの手前、風が幾らか時折吹く……少しだけ窓が開かれた。
厚手の
(うわ、反則)
文字通り何も知らない相手がこんなの見たら不味いだろ。
欲目……幾らかの俺の視点での上乗せがあるにしろ。
一つの絵のような佇まいに、一瞬だけ呼吸を忘れそうになった。
「……んんっ」
目の前の少女からの小さい咳払いで我に返る。
じいっと見る目は、何処か細くて呆れていそうなもの。
「いや、凄い美人だってのは分かるし……天理からどういう人なのかは知ってるけど。
それでも目の前にアタシ達がいるのにそればっかって、泣くぞ?」
「いやすまん、そういうつもりは無かったんだが」
「嫌味くらい言わせてくれよ~。
実際、教室じゃちょっと変に見られてたろ?」
後から付いてくる二人も、室内へ入ると同時に周囲を見回し。
その部屋に溜め込まれた書物に小さく感嘆の声らしきものを漏らし。
「多分全員がな……ああいや、美森ちゃん以外が、か?」
「え~、寝てるって変~?」
「寝てるのは普通……いえ、普通側に置くとしても。
初日から寝るのは無いわよそのっち」
俺の答えに目敏く反応を示す。
とと、と近付いて腕に張り付かれながら。
「?」
「どうかしたの、ゆーゆ?」
「あ、ううん。 何でも無いよ?」
二人で同時に振り向けば、ぱたぱたと両手を振りつつも。
関係ないよ、と強く表している。
「変なゆーゆ」
「変なのはそのっちよ」
「え~、わっしーも酷くなぁい?」
直接的な言葉に、横から刃が刺さる。
ぶぅ、と膨れつつも反論できない様子。
まあ俺でも同じこと言うし、同じ感想は抱くわ。
「貴女達、もう少し静かに出来ない?」
まあ、そんな話をしていれば当然声を上げたくなるか。
本を閉じ、溜息を露骨に漏らしながらせんちゃんの瞳が俺達を貫く。
面白いところで中断された、と言った怒りも多少見え隠れする。
ごめん、と口にしながら近付いていけば。
まあ丁度良かったけれど……と、向こうからも気を使うかのような言葉。
張り付いたままスライドするような形で移動するそのちゃんに、後ろから目線が刺さっている。
「ちーちゃん先輩、何読んでるん?」
「これ? ……今だと古書とか言われるような奴よ。 結局最終巻読めてなかったから」
彼女が言う”古書”って言うと、西暦時代まで遡れそうなんだが。
今でも物理的に残っているかは半ば賭けに近いだろうし。
新装版や
向けられた表紙に「あー」と漏らしていることから、そのちゃんは知ってるのか。
俺は読んだこと無い。 学校に置いてなかったし。
「面白いの?」
「シリーズ物特有の前提知識はいるけどね。 私は好き、かな?」
「児童文学、って分類にはなってるけど~……色々深いことも書いてあったりするんよ~」
「ああ、そういう類かぁ」
なら本格的に入学したら読んでみるかな。
そのちゃんの小説の種出しに活かせる別の視点が拾えるかもだし。
「それより、他のクラスメイトは良いの? 私は別に構わないけど」
「明日でも話せるし。 後出来れば今は距離置きたい」
首を傾げ、理解できないと言いたげな状況。
まあ現状をちゃんと話さないと分からないよなぁ。
「……ほら、千景さん。 朝みたいな状態です。
私達は特に目を向けられますから」
「……ああ。 でも、だったら距離を取れば良いんじゃないの?」
「
端的に言い放ち、皆……うん、文字通り
全員が当たり前みたいに考えてるこの状態、ちょっと怖くないか?
「何か?」
見惚れるような笑顔、尚目の奥は笑ってない。
まず間違いなく彼女に見初められた相手は幸福で、同時に不幸だと思う。
他人事のように思いながら、乾いた笑いを口の端から漏らした。
「あ、そうだ。 千景さん千景さん」
「……ああ、何かしら結城さん」
そして、念の為にとせんちゃんにも声を掛けていく友奈。
たかしーと友奈。
見た目は近く、けれど決定的に違うものを持つ事には最初から気付いていて。
その上で
「皆には話したんですけど、今日の夜時間あります?」
「……ある、わよ、ね?」
目線を上に、指折り数えて確認して。
大丈夫そうだと先に頷く。
普段なら内容を聞いてからだというのに、彼女へは妙に甘いよなぁ。
「だったら皆でうちに来ませんか? お父さんお母さんにも紹介しておきたいので!」
「……良いの?」
「はい!」
……あー、でも此処で嬉しそうにするだけでも変わったのだろうか。
編みぐるみから、妙なオーラが漂うのを感じる中。
行かない、という選択肢は存在し無さそうだなぁ、と。
これだけの人数で押しかけるなら何か土産もいるだろうなぁ、と。
少しだけ別のことを考えながら、腕に張り付く熱と肌の感触を感じていた。
・うらやましい。