葦原天理は巫覡である 作:氷桜
特殊教室棟の一階と二階を結ぶ階段。
踊り場から見上げ。
二階で手摺に凭れ掛かる相手。
そのちゃんより僅かに明るい金の髪を保ち、二股に分け。
腰程まで長く垂らし落とした、見覚えのない相手。
「盗み聞き?」
「隠すつもりがあるなら……もう少し声小さくしたらどうですか、
何を基準にして言ったのか。
ただ、隣の少女はそれを確信して言ったように聞こえた。
「あ、流石に分かる?」
「友奈ちゃんはどうか分かりませんけど……気付いてて話を続けましたよね?」
少しだけ置いてきぼりのような。
けれど話しかける機会を狙い、話の進行を待つ。
「やー、やっぱ強引だったかな?
助けてくれる子って聞いてたから何とかなると思ったんだけど」
あはは、と笑う声は普通にも聞こえ。
新しく部活作る気だったんだけどね、と表向きの理由を口にする。
……美森ちゃんが言葉にする前に。
先んじて口を開いていた俺がいた。
「先輩、誤魔化す必要はありませんよ?」
「は、何言ってんの?」
少しばかり勇み足だったな、と言った後で後悔しながらも。
三柱からは特に指摘もなく、唯聞いているような雰囲気を感じている。
これもまた勉強……とでも言いたいのか。
「……美森ちゃん、言っても良いかな?」
横からの言葉に口調が少し荒れる中。
極めて落ち着くことを心掛けながら、美森ちゃんへの許可を貰う。
勿論それは、迂闊に口には出せないこと。
但し――――
直接的に口にするか、もう少し婉曲的に問い続けるか。
その最終判断は、結局役割を担わされている少女が持つ。
「……せめて場所を移しましょう。 先輩もそれでいいですか?」
「
「
ちらり、と俺へ向けた目線は何処か重く。
後で何かを要求してくるだろうことは明白。
まあ、それを踏まえた上でも。
代わりに言われてしまった、という事実だけは変わらない。
言葉の奥に溜息を交えながらの提案に。
明らかな含みを持たせた返答――――それに言葉が返り。
良し、と頷いた後で……此方よ、と廊下を進んでいく。
移動する、と言ってもほんの数十秒。
一度だけ訪れた家庭科室の隣の部屋へと鍵を差し込み、中へと踏み込んでいく。
……何も言わずに付いて行く中で、手の甲側の皮膚を軽く拗られた。
「痛っ」
「お仕置き」
思わず上げた言葉。
耳元で囁かれた言葉。
少しばかりの親愛を混ぜ込んだ、囁き声。
背筋に奇妙な感覚が走るのを実感しながらも、中へと滑り込み後手で扉を閉める。
(…………)
くるり、と中を一周見る途中で、携帯端末が軽く振動するのが分かった。
室内は予想以上に整理されており、準備室という名目を保っている様子。
人一人が座れるようなスペースの机の上には今は何もなく。
恐らく家庭科室に繋がる扉の方は曲がり角で、その先が見通せない。
「まだ私一人分しか準備終わってないのよねー」
丸椅子が幾つか積み重ねられている中から二つ、床に置き。
手のひらを向け、座ることを進めた上で自分も同じように座った。
やや遅れて座り込み、少しだけの静寂。
「さて」
「……先に、一番重要なことを共有しているか確認しても良いですか?」
先に口火を切ったのは目の前の少女……いや、先輩か?
ただ、実際にはほぼ同時。
一度だけ目線を交差させた上で、以後は全面的に美森ちゃんに任せることにする。
必要があれば口は出すが――――先程のお仕置きが響いている、と言い訳しておく。
「ああ、うん。 ……って言っても、
「だと思いますけど。 命令されてる内容は多分……違います、よね?」
「でしょーね。 ま、私にはほぼ拒否権は無いような感じだったけどさ」
少しだけ切り込んで聞けば。
此方への警戒を緩めたのか、ほんの少しだけ普段の態度らしきものが見えた。
けれど、何かに雁字搦めにされているような酷く疲れた様子の表情。
「で、どうする? 私から言おうか?」
「いえ、私から言います。
…………
恐らく問題になるとすれば其処。
普通に考えれば互いに矛盾した命令を出すとは思えないけれど。
亜耶から聞いたこと……派閥の暴走、という観点からすると何が食い違うか分からない。
互いに初めて会って話せる今だからこそ、そうした摺合せが出来る状況で。
本来ならこんな事している場合じゃない、というのは俺達側の意見ではあるのだが。
事情を知るかどうか、という大きな差異がある以上仕方ない事。
だからこそ、念入りに深掘りをしてくれている。
「
命じられたのは結城友奈を含めて何人かを纏めておくこと。
実際選ばれるかは分からないけれど、勇者として選ばれた時に全員が動けるようにしておくこと」
他にやりようがあったかも知れないけど、いつ選ばれるとかは聞いてなかったからね。
失敗したかなぁ、なんて笑ってはいるが。
その内心は異様な程に焦っているように見える。
「……今更だけど、東郷美森で良いのよね?」
「はい」
「貴女もその一人に含めるように言われてる。
……そうでもなければ、言うつもりもなかったんだけど」
でしょうね、とは何方に向けた言葉なのか。
感情の乗らない乾いた声が美森ちゃんから漏れて、その肩を軽く叩くことで軽く集中から解き放つ。
「……やっぱり別口でも声掛けてたか」
そんな言葉が、室内に響き。
もう誰が、何を信頼できるのかが曖昧になる脳を振って落ち着かせる。
「そういやアンタは? 事情を知ってるみたいだし、東郷……って呼ばせて貰うけど。
彼女と親しいから色々聞いてる感じ? 男を入れろ、なんてのは全く聞いてないんだけど」
そうすれば、此方に対する警戒心を一気に高めて。
雪崩のように言葉を浴びせかけてきた。
……そうなれば、言えることは一つ。
「全部の事情を知ってる、唯の一人……葦原家の天理と言います、先輩」
葦原、と口の中でその名前を転がしたのが分かった。
それが彼女の中でどういう意味を込めてか、其処までは分からずとも。
「恐らく、協力点を見出すという意味では力になれるとは思いますよ」
それで、と舌の先に言葉を乗せた。
「先輩……未だに名前も聞いていませんが、教えて貰えますか?
此方の事情と、そちらの事情。 交換するくらいは許されると思いますから」
「ああ……ああ、そうね。 ――――黙っていなくてもいい、か」
恐らく、抱え込み続けると言った部分が彼女の一番の負担か。
そこからの解放の判断を、自分の立場だけでは許されない側の人間。
社会的に、立ち位置的に弱みを握られている。
……弱者側の人なんだろう、と感じながら。
「犬吠埼風。 今年転校してきたばかりの二年よ。 宜しくね、後輩」
そんな言葉を契機に。
振り回される側の人間との邂逅を、果たした。