葦原天理は巫覡である   作:氷桜

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叙-14

 

帰っていく彼の背中を見送って。

扉を閉めて、小さく息を漏らした。

 

「やっぱり、変わらないなぁ」

 

息と同時に漏れた内心。

私自身の胸元に手を当てて、鼓動を確かめる。

 

奇妙な程に揺れていないか。

普通でいられたのか。

唯の相談として、受け止めてくれたのか。

 

(余計な事、何も言ってないよね?)

 

多分大丈夫。

自分の事を思い返し。

大丈夫、だと強く言い聞かせる。

 

入り口のドアに背中を貼り付けたまま、そんな事を思い。

ゆっくりと扉から離れて、自分の部屋まで戻ろうとする。

 

(先輩に聞いとかなきゃ……明日直ぐ、かなぁ?)

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

優先順位をそう定めて。

自分の部屋へと戻りながら、つい先程までの事を思い出し。

釣られて、ずっと昔のことを引き出してしまう。

 

――――子供の頃。

私は、()()()()()()()()()()()

 

お父さんお母さんに優しく育てて貰って。

色々と好きにさせて貰いながら、色々と教えて貰いながら育って。

初めて私一人で外に出た時。

 

同い年くらいの男の子に意地悪をされた

 

髪に……何だったかな。

思い出したくないくらいに、何かをされたことだけは覚えている。

 

多分、今から考えればちょっとした気紛れだったのかも知れないし。

或いは……初めて見る子にちょっかいを掛ける、男の子特有の物だったのかも知れない。

それとも、好きって言えない代わりにする何かだったのか。

今ではその理由を聞くことも、近付くことも無くなってしまった誰か。

 

そんな事を未だに悩んでしまうくらいに、初めてのことが衝撃だった。

 

だから、暫くは外に出ること自体が■■■。

でも、お父さんお母さんには心配させたくもなくて。

恐る恐るに外に出て――――もうそんな事をされないように。

周りの目を見て、唯笑っているようにした。

 

誰も、もう私にそんな事をしないように。

誰も、私のことを変な目で見ないように。

誰も、同じように傷つかないように。

 

そうするのが正しく見えて。

周りに気を使って、そんな事を起こさせないようにすれば。

仮に何があっても、私が――――■■■、泣いてしまったとしても。

 

私だけがそんな目に合えば

私が皆を護れれば

 

そんな事を思って、生きていたはずなのに。

 

『……なんか隠してるよな、お前』

 

()()()()、そんな事を呟く彼が傍にいた。

 

ずっと傍にいてくれたのか。

始まりの時にはいなかったことだけは確かで。

でも、いつからそうしていたのかは覚えてない。

いちばん大事な最初のことを忘却するくらいに、当たり前に隣にいた。

 

『ただ笑っている子』

『何をしても楽しそうにしてくれる子』

『誘えば断らない子』

 

そんな事を言われ始めていた、私の近くにたった一人だけ。

 

『……隠してる?』

 

『うん、そう。 本当のお前じゃないっていうか、何か……こう、変』

 

その目は、私自身を見ているんじゃなく。

もっと先の何か……見られたくない何かを見られているような気がしていて。

()()()、という言葉を……思い出せた気がする。

そんな事を思ってしまうほど、人の目じゃなかったと思う。

 

『……え? 何? もっとちゃんと見てろって? また変なこと言うなぁ、()()()()()()

 

時々、誰もいない……何もない空の方を見て独り言を呟くように。

まるで其処に誰かがいるように話す、その男の子は。

でも、隣にいるだけで――――私に何も要求はしなかった。

 

ああして欲しい、とか。

一緒に、とか。

手伝って欲しい、とか。

 

色々と頼まれることが増えていた私に、何も言わずに。

ただ頼もうとする子が来た時には、少しだけ前に出て。

受け入れようとする私の前に、彼が色々と話をしてくれたのは今も目に焼き付いてる。

 

『いーか、友奈』

 

『んー?』

 

『手伝うのは良いけど、まずは自分がしたいことも考えておけよ』

 

手を繋いでいてくれた。

遠くに行かないように、縛り付けていてくれた。

たった一人、目の前で泣いてもいいと思えた相手。

 

ことある事に、そんな事を言いながら。

何かがあれば、手伝いに向かってしまう私の後に付いてきて。

困っていれば自然と手伝ってくれていた男の子。

 

『落ち着ける時は落ち着いて考えろ』

 

『大事な時は動いていいけど、その前に周りにも声をかけろ』

 

『自分の体は大事にしろ。 綺麗な体が傷だらけになっちゃ勿体ないぞ』

 

『……言い過ぎ? これくらい言わなきゃ分かんないでしょ、おねえちゃん』

 

今でも目を瞑れば思い出してしまう言葉。

学校に通う前、私に染み付いてしまった言葉。

 

多分気付いていて、それでいて何も言わないでいてくれたお父さんお母さん。

そんな二人が少しだけ安心したような顔をしたのは、そんな言葉を気にかけるようになってから。

 

そんな彼のお父さんお母さんが、事故でいなくなって。

少しだけ遠くに行ってしまう、そんな日。

私は――――多分、笑って送り出せたと思う。

 

晴れていたのに、地面に水が落ちて。

それでも、『またね』って送り出せたと思う。

 

それから……何年が経ったっけ。

 

彼が戻って来るって聞いた時。

心の中に思い浮かべた言葉は、思い出せない。

 

遅い、とか。

やっと、とか。

待ってた、とか。

 

幾らでも浮かんで、幾らでも沈んで。

たった一言では、何も説明できない何かが浮かんだ気がする。

 

帰ってきて。

隣に、知らない女の子がいた。

咄嗟に笑って、逃げようとしてしまって。

 

――――ちゃんと、笑えていたかは覚えてない。

 

家に、知らない女の子がいて。

私の知らない出会いがあったことに、モヤモヤは消えなかった。

 

皆、凄い良い子で……私なんかとも仲良くしてくれて。

でも、何処か私を見る目は曖昧だったような気がするのは何でだろう。

 

そうして、中学校が始まる前。

お母さんが漏らした言葉。

それが、今の私の心を顕す切っ掛けになった。

 

『良かったわね、ずっと仲良しだった葦原くんが帰ってきて』

 

『あの頃は友奈もずっと張り付いて。 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

夕ご飯の時、ポツリと漏れた言葉。

少し前を思い出すような言葉。

でも、私の耳にはそれより後の言葉は聞こえていなかった。

 

――――すき?

 

すきって、なんだろう。

 

……ずっと一緒にいたい、と思うこの気持ち?

……帰ってきてくれて良かった、と思うこの気持ち?

……私を置いて行かないで、という――――この穢い気持ち?

 

何も分からなくて。

何も考えられなくて。

 

それでも、その言葉で思ってしまったこと。

 

()()()()()()()()()()()()()

前みたいに、二人きりじゃなかったとしても。

何処かで、前みたいに二人で共有する何かが欲しい。

 

そんな事を願ってしまって――――。

 

私は、そんな感情を『好き』と理解した。

 

押し花で作る栞。

花言葉を調べても、良く分からなかった……納得できなかった幾つかの意味。

それを、今なら……多分、彼になら向けられる。

 

きぃ、と軋む扉の音。

机の上に飾られた、幾つかの栞。

 

親愛の情(フリージア)

神秘の愛(ガーベラ)

永遠に貴方のもの(ホトトギス)

 

多分、そんな言葉は知らないと思う。

気にしない物は、気にしない性質だったから。

 

そのうちの一つを、手に取って。

ほんの少しだけ――――私は、笑っていた。




・心的外傷の後遺症で多少記憶が混乱しています。
・両親が知り合いなので最初に遊んだ相手同士なのに、それを忘れています。
・その変化をずっと見ていたからこそ、何も言わずにいました。
・何も言わずに、一番辛い時期に傍にい続けました。
・矯正して、そして去っていきました。


・あーあ。

その内やる掌編

  • そのっち@小説絡み
  • 東郷さん@ぼたもち
  • 銀ちゃん@部屋でだらだら
  • ぐんちゃん@ゲーム
  • ずんずん@真面目な話
  • タマ先輩@アウトドア
  • 友奈ちゃん@お出かけ
  • 亜耶ちゃん@お祈り
  • たかしー@夢の中
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