葦原天理は巫覡である   作:氷桜

111 / 249
※背景に一部独自設定が含まれます


叙-14

 

帰っていく彼の背中を見送って。

扉を閉めて、小さく息を漏らした。

 

「やっぱり、変わらないなぁ」

 

息と同時に漏れた内心。

私自身の胸元に手を当てて、鼓動を確かめる。

 

奇妙な程に揺れていないか。

普通でいられたのか。

唯の相談として、受け止めてくれたのか。

 

(余計な事、何も言ってないよね?)

 

多分大丈夫。

自分の事を思い返し。

大丈夫、だと強く言い聞かせる。

 

入り口のドアに背中を貼り付けたまま、そんな事を思い。

ゆっくりと扉から離れて、自分の部屋まで戻ろうとする。

 

(先輩に聞いとかなきゃ……明日直ぐ、かなぁ?)

 

私(・)自(・)身(・)に(・)と(・)っ(・)て(・)の(・)当(・)た(・)り(・)前(・)の(・)こ(・)と(・)。

 

優先順位をそう定めて。

自分の部屋へと戻りながら、つい先程までの事を思い出し。

釣られて、ずっと昔のことを引き出してしまう。

 

――――子供の頃。

私は、ず(・)っ(・)と(・)周(・)り(・)に(・)怯(・)え(・)て(・)い(・)た(・)。

 

お父さんお母さんに優しく育てて貰って。

色々と好きにさせて貰いながら、色々と教えて貰いながら育って。

初めて私一人で外に出た時。

 

同い年くらいの男の子に意地悪をされた。

 

髪に……何だったかな。

思い出したくないくらいに、何かをされたことだけは覚えている。

 

多分、今から考えればちょっとした気紛れだったのかも知れないし。

或いは……初めて見る子にちょっかいを掛ける、男の子特有の物だったのかも知れない。

それとも、好きって言えない代わりにする何かだったのか。

今ではその理由を聞くことも、近付くことも無くなってしまった誰か。

 

そんな事を未だに悩んでしまうくらいに、初めてのことが衝撃だった。

 

だから、暫くは外に出ること自体が■■■。

でも、お父さんお母さんには心配させたくもなくて。

恐る恐るに外に出て――――もうそんな事をされないように。

周りの目を見て、唯笑っているようにした。

 

誰も、もう私にそんな事をしないように。

誰も、私のことを変な目で見ないように。

誰も、同じように傷つかないように。

 

そうするのが正しく見えて。

周りに気を使って、そんな事を起こさせないようにすれば。

仮に何があっても、私が――――■■■、泣いてしまったとしても。

 

私だけがそんな目に合えば。

私が皆を護れれば。

 

そんな事を思って、生きていたはずなのに。

 

『……なんか隠してるよな、お前』

 

気(・)付(・)け(・)ば(・)、そんな事を呟く彼が傍にいた。

 

ずっと傍にいてくれたのか。

始まりの時にはいなかったことだけは確かで。

でも、いつからそうしていたのかは覚えてない。

いちばん大事な最初のことを忘却するくらいに、当たり前に隣にいた。

 

『ただ笑っている子』

『何をしても楽しそうにしてくれる子』

『誘えば断らない子』

 

そんな事を言われ始めていた、私の近くにたった一人だけ。

 

『……隠してる?』

 

『うん、そう。 本当のお前じゃないっていうか、何か……こう、変』

 

その目は、私自身を見ているんじゃなく。

もっと先の何か……見られたくない何かを見られているような気がしていて。

こ(・)わ(・)い(・)、という言葉を……思い出せた気がする。

そんな事を思ってしまうほど、人の目じゃなかったと思う。

 

『……え? 何? もっとちゃんと見てろって? また変なこと言うなぁ、お(・)ね(・)え(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)』

 

時々、誰もいない……何もない空の方を見て独り言を呟くように。

まるで其処に誰かがいるように話す、その男の子は。

でも、隣にいるだけで――――私に何も要求はしなかった。

 

ああして欲しい、とか。

一緒に、とか。

手伝って欲しい、とか。

 

色々と頼まれることが増えていた私に、何も言わずに。

ただ頼もうとする子が来た時には、少しだけ前に出て。

受け入れようとする私の前に、彼が色々と話をしてくれたのは今も目に焼き付いてる。

 

『いーか、友奈』

 

『んー?』

 

『手伝うのは良いけど、まずは自分がしたいことも考えておけよ』

 

手を繋いでいてくれた。

遠くに行かないように、縛り付けていてくれた。

たった一人、目の前で泣いてもいいと思えた相手。

 

ことある事に、そんな事を言いながら。

何かがあれば、手伝いに向かってしまう私の後に付いてきて。

困っていれば自然と手伝ってくれていた男の子。

 

『落ち着ける時は落ち着いて考えろ』

 

『大事な時は動いていいけど、その前に周りにも声をかけろ』

 

『自分の体は大事にしろ。 綺麗な体が傷だらけになっちゃ勿体ないぞ』

 

『……言い過ぎ? これくらい言わなきゃ分かんないでしょ、おねえちゃん』

 

今でも目を瞑れば思い出してしまう言葉。

学校に通う前、私に染み付いてしまった言葉。

 

多分気付いていて、それでいて何も言わないでいてくれたお父さんお母さん。

そんな二人が少しだけ安心したような顔をしたのは、そんな言葉を気にかけるようになってから。

 

そんな彼のお父さんお母さんが、事故でいなくなって。

少しだけ遠くに行ってしまう、そんな日。

私は――――多分、笑って送り出せたと思う。

 

晴れていたのに、地面に水が落ちて。

それでも、『またね』って送り出せたと思う。

 

それから……何年が経ったっけ。

 

彼が戻って来るって聞いた時。

心の中に思い浮かべた言葉は、思い出せない。

 

遅い、とか。

やっと、とか。

待ってた、とか。

 

幾らでも浮かんで、幾らでも沈んで。

たった一言では、何も説明できない何かが浮かんだ気がする。

 

帰ってきて。

隣に、知らない女の子がいた。

咄嗟に笑って、逃げようとしてしまって。

 

――――ちゃんと、笑えていたかは覚えてない。

 

家に、知らない女の子がいて。

私の知らない出会いがあったことに、モヤモヤは消えなかった。

 

皆、凄い良い子で……私なんかとも仲良くしてくれて。

でも、何処か私を見る目は曖昧だったような気がするのは何でだろう。

 

そうして、中学校が始まる前。

お母さんが漏らした言葉。

それが、今の私の心を顕す切っ掛けになった。

 

『良かったわね、ずっと仲良しだった葦原くんが帰ってきて』

 

『あの頃は友奈もずっと張り付いて。 好(・)き(・)な(・)ん(・)だ(・)と(・)ば(・)っ(・)か(・)り(・)思(・)っ(・)て(・)た(・)わ(・)』

 

夕ご飯の時、ポツリと漏れた言葉。

少し前を思い出すような言葉。

でも、私の耳にはそれより後の言葉は聞こえていなかった。

 

――――すき?

 

すきって、なんだろう。

 

……ずっと一緒にいたい、と思うこの気持ち?

……帰ってきてくれて良かった、と思うこの気持ち?

……私を置いて行かないで、という――――この穢い気持ち?

 

何も分からなくて。

何も考えられなくて。

 

それでも、その言葉で思ってしまったこと。

 

私(・)の(・)こ(・)と(・)を(・)考(・)え(・)て(・)い(・)て(・)欲(・)し(・)い(・)。

前みたいに、二人きりじゃなかったとしても。

何処かで、前みたいに二人で共有する何かが欲しい。

 

そんな事を願ってしまって――――。

 

私は、そんな感情を『好き』と理解した。

 

押し花で作る栞。

花言葉を調べても、良く分からなかった……納得できなかった幾つかの意味。

それを、今なら……多分、彼になら向けられる。

 

きぃ、と軋む扉の音。

机の上に飾られた、幾つかの栞。

 

親愛の情(フリージア)。

神秘の愛(ガーベラ)。

永遠に貴方のもの(ホトトギス)。

 

多分、そんな言葉は知らないと思う。

気にしない物は、気にしない性質だったから。

 

そのうちの一つを、手に取って。

ほんの少しだけ――――私は、笑っていた。




・心的外傷の後遺症で多少記憶が混乱しています。
・両親が知り合いなので最初に遊んだ相手同士なのに、それを忘れています。
・その変化をずっと見ていたからこそ、何も言わずにいました。
・何も言わずに、一番辛い時期に傍にい続けました。
・矯正して、そして去っていきました。


・あーあ。

その内やる掌編

  • そのっち@小説絡み
  • 東郷さん@ぼたもち
  • 銀ちゃん@部屋でだらだら
  • ぐんちゃん@ゲーム
  • ずんずん@真面目な話
  • タマ先輩@アウトドア
  • 友奈ちゃん@お出かけ
  • 亜耶ちゃん@お祈り
  • たかしー@夢の中
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。