葦原天理は巫覡である 作:氷桜
向かった先はこの棟の一階。
日陰に当たる、何処かジメジメとした雰囲気を漂わせた部屋。
ただ、風先輩が取り出したのは少しだけ綺麗な鍵。
普通、特殊教室に使われる鍵は錆びつく寸前のものだらけ。
だからこそその差について聞いてみれば。
「合鍵貰ってきたの」
「……良いんですか?」
「いやほら、今の部室って家庭科準備室でしょ。
何かがあれば多少移動しなきゃいけないし、その候補としての意味もあるの」
あー、と呟きつつに。
扉を開ければ、暫く振りに開けたからなのだろうか。
軽く埃が立ち、思わず口を片腕で覆う始末。
「……うわ」
「結構難題そうね~」
落ち着くと同時に、先輩と室内を見回せば。
全く同じ内容を、別の言葉で示していた。
壁沿いに積まれた机、使われなくなった扇風機。
薄汚れた棚に少しだけ豪華そうな椅子。
それに彼方此方の部室から持ち込まれたような粗大ごみの山。
「……使えるモノは結構有りそうですけどね」
「にしても溜め込み過ぎじゃない?」
それは同感。
基本的に今の結界内は神樹サマの加護あってこそだから、迂闊にゴミを出せないという都合もある。
多分『まだ使える』で残し続けてこうなったんだろうなぁ……。
「で、どうします?」
「先ず確認しましょ。 私達が使えそうなものを選んだほうが早いわ」
「それもそーですね」
そうして始まるのは『何があるのか』のリスト作り。
丁度黒板もあるし、チョークを利用して何がどの辺りにあるのかを地図上にして記していく。
量に関しては別途リスト化し、廃棄先や使える具合の確認も並行して進めていれば。
あっという間に時間は過ぎ去っていく。
「んー…………こんなとこかしら」
「まあ十二分……だとは思いますけど、後男手一人欲しいですねこれ」
「其処は私が何とかするわ。 力仕事も慣れなきゃだし」
かつん、かつんと黒板を叩く音。
明らかに要らないものは壁沿いに纏めつつ、使えそうなものを一箇所に纏め。
自分たちで回収を終えた後はフリーマーケットにでも出して再利用を依頼するのが良いのだろうか。
まあ、その辺はもう少し相談した上でになるのだろうけれど。
「慣れなきゃ……ってのもまた変な言葉ですね」
「そう? ……っていうか、私もちょっと意外だったわ」
「何がです?」
「葦原が掃除に慣れてたことと、ある程度指示しなくても意思が伝わったこと」
あぁ、と言葉が漏れる。
つまり互いに考えていたこと、想定していたことは同じようなことで。
もしも見栄を張っていたら、と対応を考えていたという事か。
「同じことは風先輩にも言いたいんですけど……」
「後輩のくせに生意気なこと言うわね~……」
「いや、家事に精通してるってのもまた特殊な技能じゃないですか?
こう、料理が得意とかならまあ趣味で言える範疇ですけど」
「あ~……まあ言いたいことは分かる」
少し休憩して行かない?と。
椅子の上を軽く叩いた上で勧められ、互いに向き合って椅子に座る。
俺の場合は背もたれを肘置きに。
先輩の場合は普通に背もたれに。
周囲の光景を無視するなら、こういうのが青春とでも言うのだろうか。
「どっちかと言うと、こう……
「でも自分でやらなきゃ行けない、ってこともあるのよねえ。
葦原はどーなのよ、その辺」
「まぁ、俺……両親も親類も全員死んでますからねえ」
出来る限りサラッと。
どうせいつかは知られてしまうのなら、変に抱え込んでほしくはない。
「え」
ただ、その表情の変化は劇的で。
聞いてはいけないことを聞いてしまった。
嫌なことを思い出させてしまった。
そんな、軽い負の感情が多数を占める中。
「ああ、友奈を含めて全員が知ってることですよ?」
「いや、それはそれで私だけ省かれてた感あるんだけど……」
「此処に入る前に知り合いだった、ってのもあるんで……」
まあ当時のことを思い出したくない、というのは間違いではないのだが。
其処から全員に助けられた、という輝かしい記憶も並行するので何とも言えない。
思えば――――あの頃からか、全員の見る目が変わり始めたのは。
「まあそういう事もあって、家事はそれなりに慣れてるんですよね」
「はぁ……。 同じような奴がこんな近くにいるとは」
「え?」
「私も……私と樹も、同じように両親がいないのよ」
……ああ、そういうことか。
だから視線に同類を見る目が含まれているわけだ。
そして、ある程度でも家事に慣れている理由もそれで伝わってきた。
「……似てる、か」
「ん?」
「いえ。 ……そういう縁もあるもんなんだなぁ、と」
「ほんとね」
苦笑を交え、同時に幾らかの言葉が漏れる。
互いに親近感に近い、同類として認める雰囲気が交じる。
故に、口が滑るのは――――多分、お互いに仕方がなかったのだと思う。
「じゃあ一人暮らし?」
「いえ、遠縁の親戚……せんちゃんと、後
彼奴も俺の叔父叔母が亡くなった災害に巻き込まれたようなものなんで」
「へぇ。 間違いが起きなきゃ良いけどね~?」
「無いですよ……そんな事するなら今此処で先輩にしてますって」
「はは、言うじゃん」
したり顔で漏らす先輩。
最近になって思うが、そういうことで誂うのがこの辺の流行りなのか?
まあ普通に言い返せば、
多分、実際に出来ないと見切られている部分もあり。
此方から手を伸ばせば逃げ出してしまう、という確信もあり。
軽く肩を竦めるだけで話を終えて、背もたれ上の手を一度組み直す。
「実際、私も結構モテんのよ?」
「…………あー、まあそうでしょうねえ」
少しだけ距離が縮まった、というのが近いのか。
幾枚か設置していた心の壁の内側に入り込めた実感はあった。
多分、互いに秘密の一つを打ち明けあったから。
「……何? その言い方」
「いや、男の目からすると普通にしてれば綺麗ですし。
話しかけても気安く相手してくれますし、多分普通にモテるんだろうなー、と」
「………………」
あれぇ。
普通の事を言っただけなのに、急に目線を逸らし始めた。
一見して、俺の感想を告げただけなのだが。
「風先輩?」
少しだけ身体を横に。
目線を合わせようとすれば、慌てた様子で反対側に顔を背けた。
「……ねえ、葦原」
「はい」
「アンタ、将来女泣かせそうね」
「何故に!?」
「そういうのに気付いてないとこよ!」
……解せぬ。
そういう風に表情で表せば。
仕方ない子ねえ、と。
妙におかしそうに笑う、先輩の顔が先程よりも……近く見えた。
その内やる掌編
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