葦原天理は巫覡である 作:氷桜
「…………ううん」
がりがり、と頭を掻き削りながら書いていく幾らかの宿題。
随分昔にも感じる、小学校の頃の一幕を浮かべながらの勉強。
連休に当たり、どうしても避けられないのは最初の理解度試験。
妙に早く用意された最初の試練に対し、個人的な事情とはまた別に勉強は避けられず。
英単語を穴埋めしていく問いに対し、回答しては正答を確認して。
単語一つ一つの意味と、その接続詞を理解出来るように頭を作り替えていく。
「あー、これどうなってんだ……?」
「……ええと。 これは公式を頭に入れてこういうもの、って考えて良いかも。
銀はそういうの覚えるの得意だもの、大丈夫よね?」
「いや、まぁ……小難しいこと言われても分かんないけど。
この辺の問題解いておけば大丈夫なんだよな?」
「ええ、恐らくは」
数学の宿題に頭を抱える銀と、それを教える美森ちゃん。
ただ、今悩んでいるのは『公式』の存在……の始まり。
頭で考えるよりも手で覚える、と言い切ってしまえる側の彼女。
真逆に理論や解き方から身に着ける美森ちゃんからすれば真逆。
ただ、其処は長年の付き合いからか。
ある程度割り切って教える方向で意見を合致させている様子。
「ん~…………た~~」
良く分からない擬音を付けて。
遊んでいるのか真面目なのかは扠措いて、国語の問いを答えるそのちゃん。
感覚というよりは、既に幾つかの技術を用いて回答している気がする。
(やっぱ神樹館行ってた側はやる気が違うわ……)
あの頃は自宅でも一人で。
今は自宅に異性ばかりが集まっている、何とも言えない状態で。
同じ授業で出た宿題、定期テストに対する準備という名目。
勉強しない理由というのもまた、存在しなかった。
(風先輩も誘ったけど、忙しいみたいで断られたし)
せんちゃんだけは杏さんと遠出の買い物に出掛け。
友奈は友奈で、久しぶりの親子揃っての外出中。
随分久々――――と言うには少しばかり表現が強く。
それでも何処か懐かしくさえ感じる、嘗ての友人達のみの集い。
「天理、どーかした?」
「え、何が?」
「いやほら、手が止まってるからさ」
そんな不純物を抱えて周りを見ていたからだろうか。
目線を持ち上げた銀からの指摘に、特に何でも無いと空返事を返す。
「大丈夫? 分からない所があれば教えるけど」
「今のところは。 美森ちゃんこそ、大体は理解してるんだね……」
「
その英語を今やってるんだが。
問題を彼女へ向ければ、やや顰めた顔を此方に向ける。
何故其処まで敵視するのか。
一周回って関心すらするレベルでは或るのだが、その理由は未だに不明。
唯一不得意とかそういう次元に無い教科なので、俺が叩き込む事になるのだろうか。
それとも……万能の天才に近いそのちゃんか。
「何だかんだ天理も優秀な方だもんなぁ」
はぁ、と漏らす銀の目線は疲労が滲む。
もう少しやったら気分転換も兼ねて間食の時間にでもするか。
「流石にそのちゃんには勝てないけどね……」
「古文とか歴史とかが得意なら誇っていいと思うわよ?」
向ける視点に妬ましさが混じっていないとは言い切れない。
地道に勉強して、幾らかの教科では部分的に上回れても総合的には敵わない。
それだけの知能や知性を併せ持つ少女……それでいて教えるのもそれなりに上手いとなると。
勝てる部分を見出そうとしてしまって、自分で嫌悪する感覚がないとも言い切れない。
「ん~?」
ふにゃり、と溶けたような顔をしている天才少女。
微かに漂う色気と、苛立ちにも似た問題への文句。
それなりに親しくあるからこそ気付ける、彼女の内心から漂う言霊。
……いや、まあ。
色々と彼女が書く小説(最近は少女×少女とかも多い)を読んでると思うのだが。
『作者の考えを述べなさい』みたいな問いに引っ掛かってしまう感じは理解できるので。
半ば同意はしてしまうのだが。
「天理が園子に勝てない、って喚いてるだけだよ」
「勉強の方法学んだら追いつかれちゃうと思うんだけど~」
「それを学ぶのが難しいって話でしょ」
一見、普通の仲の良い転校生三人プラス一人。
けれど、その内側の関係性まではまだ誰にも見透かされてはいない筈で。
その全てを知った場合、どう思われるかを考えれば。
……俺は色々と経験を積んでいく必要性がある。
自らの身を護る、という意味合いでも。
彼女達を護る、という意味でも。
社会的に見て見て見ぬふりをされるくらいには、貢献を重ねる必要性がある。
(……彼女達から離れてくれるなら、寂しいけど仕方ないと思えるんだけどな)
絶対に口にできない感情。
ドス黒い独占欲、その幾らかを彼女達の親は薄々に感じている。
本来なら認められるはずもないそれを今黙っているのは、彼女達の意思があるから。
――――
そんな中でほんの少し、産まれてしまうはずだった隔意。
それは一歩先に進むことに
けれどそれが即座に解消されたのも……まあ、俺が身を投げだしたから。
『……したいなら、皆もしようか』
何処か静かな雰囲気の中。
その事実を明かした時、そのちゃんにだけ向けられていた視線を一気に集めた一言。
いつかは行うこと、として覚悟していること。
生涯を懸けて、命を懸けて守り抜くことを俺自身に誓っているからこそ。
そんな言葉を言うのは……まあ、然程覚悟がいることではなく。
寧ろそれ以降のことを考えると少し頭が痛くなること。
許されるはずがないことを認めさせるためにするべきこと。
その為に、この小さい世界を救う砂粒になること。
良いのか、と言ったのは車椅子の少女。
ほろり、と涙が一滴流れたのは黒髪の少女。
少しばかりの残念さと……残りを埋め尽くす喜びを見せた金髪の少女。
その場にいた三人には、それで十分。
……そんな未来を作る為に。
「なら、そのちゃんの勉強方法教えてよ。 考え方でもいいけど」
「え~。 何かご褒美欲しいなぁ~」
「早速掌返すのやめよう?」
目の前の壁へと、少しだけ手を掛けることにする。
・重い、重くない?