葦原天理は巫覡である 作:氷桜
今、この四国においての『婚姻』となると行われる儀式はほぼ一つ。
神樹サマにその思いを伝え、そして神官に認められること。
嘗てでいう所の神前式、その祈る相手が神樹サマに固定されただけの儀式。
ただ、それを為す為に満たさなければならない条件は重く。
同時に、少なくとも俺とそのちゃんの儀式はある程度公然に行う必要性がある。
だが、それを容易に行えない理由も当然にあり。
その準備……そして冗談で済まない間柄であるということも有り。
その準備は密かに、そして急速に進めなければならない。
のだが。
「…………すごい複雑なんだけど?」
「それに関しては後にしてくれませんかせんちゃん」
「…………複雑なの、分かって言ってる?」
「分かってる」
どうだか、と口にする明らかに不貞腐れている少女。
週末の夜。
勉強会の後、夜遅くまで残り……銀の部屋で眠る三人を見送った後。
ふらり、と俺の部屋へと現れた彼女が漏らした言葉。
『
至極端的で、けれどもその内面を示した言葉で。
目の奥の光があやふやで……それでも近くに来てくれたこと。
思い悩んだ結果なのか、それとも気付けば無意識にやってきたのか。
何方なのだとしても――――そんな感情を与えてしまったのは、俺。
同じように色々と抱えている初代勇者達と、巫女がいる。
その対応と色々な物品の入手に追われている俺達がいる。
だからこそ、少しだけ手放してしまっていたという事実もある。
故に、こうして布団に二人で座り込み。
唯抱き合う、という奇妙な光景が広げられ。
脳内できんきんと騒ぐ三柱の声を意識して遠ざけつつ、その顔の涙を拭う。
(……もう少しなんとかなるんだったら別なんだけどな)
……正直な所。
最も入手が困難な物品が神に捧げる酒……嘗てで言うならば日本酒。
それは俺達の周りに成人が一人もいない事が最も大きな原因で。
頭を下げ、友奈の親を介して入手せざるを得なかった曰く付きのモノでもある。
それ以外にも、神に捧げる物品や飾り物。
それに加えて少女達が望むハレの服。
全員分合わせて準備する、とか言い出すと多分俺が死ぬので嫌でも順番になるわけで。
自分から順番を遅らせた形となった
こうして二人きりでないと甘えを見せず。
銀と美森ちゃんは自分に置き換えた言葉を口にする。
(…………実際、どういう形でやることになるんだ?)
それを考えると頭痛と冷や汗に襲われるのだが。
誰か一人を優先する、なんて考え方ができていれば今頃こんなに悩んでいない。
そして、何処か感じているのはこれだけで済まない恐れにも似た感覚。
勇者、巫女。
神樹サマに大きく関わる異性を見立てていることから派生する、接することへの強制力。
それ其の物が俺への感情だなんて自惚れる気もなく、寧ろ吐き捨てて投げ捨てたいくらいなのだが。
現状から開放するために必要なのだと耐える他無く、故に彼方此方で出会いは増えている。
とは言っても、だ。
「……なら」
ぎゅう、と抱き締められる力が強くなる。
微かに感じるのは震えにも近い、無意識の振動で。
恐らく今の俺でも、全力で抱きしめれば折れてしまうのではないか。
そう思わせるだけの芯の細さが浮き彫りになる。
かちりかちりと途切れ始める電球の真下。
そろそろ電球の寿命……線が切れる頃か、と全く関係ないことを思い浮かべながら。
明かりと暗闇と、交互に繰り返される光景の中で少女の耳元に唇を向け。
同じように、彼女も囁くように近付ける。
一度喪ったからこそ、更なる喪失を恐れる。
次に一人になってしまえば、多分耐えられないと分かっているからこそ。
決して離れないようにしようとする、という考えは誰よりも理解できる。
……実際に、死に近い感覚。
一度は終わってしまった過去を持つからこそ、初代勇者達の感情は濃く粘着く。
「……私達も、
そんな思いが滴り落ちた言葉。
かちり、と電灯が正しく光を取り戻し。
明るさの中で、再びにその横顔のみが見える状況下。
これは、何方かと言えば細かい理由から。
現在の勇者達とは違い、嘗ての勇者として……『死者』としての立場しか持たない少女達。
裏から手を回して貰って新たに立場を作ったとしても、その役割が為した事と直結しない。
恐らく、それが可能になるのは……その身分を明かすのと同義で。
そうしてしまえば、求められるものと明かされることが連鎖して再びに降り注ぐ。
自らの為。
俺達の為。
そんな巨大な……権力という名前の魔手を跳ね除けられるのも、たかしー曰く『ヒナちゃん』のみで。
そして恐らくは、似ているからこそ直ぐに仲良くなれる相手で。
だから、それが可能になるまでは彼女達は宙に浮いた身分しか持たず。
そしてそれを可能にするにも、二人を封印から解き放つ必要性がある。
「…………当たり前だろ」
順番が前後する。
願いへ手を伸ばしても、それを叶えられるような状況にない。
だから、呟く言葉は密やかに甘く。
それ以上に沈まぬように、俺を重石としてその場に押し留める。
それ自体が罪なのだと、確かに理解しながら。
似合わない、と自嘲するもう一人の俺を――――確かに感じながら。
「……だったら、忘れさせて」
あの子達が、私達よりも上と思わせないで。
自分以外の相手に意識が向いていると気付かせないで。
それは――――
そんな事を微かに囁き。
頬を伝う水滴が、擦り付けられるように頬へと移動した。
不安。
悲しみ。
優劣。
口にしない幾つものそれが、声に宿って小さく漏れて。
彼女が求めるように――――幾度目かの。
熱と吐息を、微かに交わし。
「……伊予島さんも……もしかしたら土居さんも。
高嶋さんも……乃木さんに、上里さんだって」
それは、多分ずっと見られていたから言われた言葉。
もしかすれば、当時だからこそ欲しかった存在の代替なのかもしれない。
そんな、自分を卑下する言葉を夢想しながら。
伸びた糸を、指で擦り取る。
目の前の、黒髪の少女の言葉と心に寄り添い続けた。
・多分、色んな意味合いで関係性が進んでるのはせんちゃんです。
・心ではわすゆ組。
・でも、彼女の母親のことを思い出すと……?
・「置いていかれる」とは考えさせないようにしようね。