葦原天理は巫覡である 作:氷桜
連休二日目。
そして、皆で集合する前日の事。
「…………ふーっ」
首元に巻いたタオルに汗が吸われ、妙に湿っている。
毎日のように続けているランニングもほんの少しずつ距離は伸び。
時間ばかりが掛かるようになったので、少しだけ負荷を増し。
『大分慣れたねー』
(毎日の鍛錬だからなぁ)
『うんうん、毎日続けることが大事なんだよ』
そして同時に、そうした訓練を経験してきた相手に見て貰いつつの日々。
たかしー、或いは友奈。
今の俺の周りで”戦闘訓練”以外での体力を付けることを目的とした活動の経験者。
この二人の内、友奈は俺が毎朝走っていることを未だ知らない。
と言うよりも教えていない、と言ったほうが正しいか。
(教えたら彼奴も走りたがるだろうし……そうなると多分色々合わせなきゃいけなくなるしなー)
別にそれ自体が苦手というわけでもなく。
合わせても良い、とは思っているのだが――――自分から言い出すつもりは現状無し。
理由は単純、彼奴に負けるとちっぽけなプライドに傷が付きそうだから。
後は一緒に走っていて汗が滴った後で
なので、別途運動能力に優れていることが分かっている相手。
それでいてほぼ全て同行する形になっているたかしーに色々聞いて調整しているのだが。
やはり体質故なのか、それとも訓練を始めたのが遅かったからなのか。
体力と多少の脚への筋肉、それと身体が更に細くなる以外の影響が見えていないのもまた事実。
はっ、はっ、はっ。
短く繰り返すように繰り返す呼吸。
跳ねる心臓を落ち着けながら。
心の中で浮かべるように、身近となった三柱への相談と確認を並行する。
(なぁ、三人とも。 明日……
『他に取る手段もなかろうよ』
『寧ろ乃木の子は喜んでいたでは有りませんか』
『うーん……でも、悩んじゃう気持ちは分かるなぁ』
三者三様の意見。
正直戸惑うのは、全員の前で行う内容。
当初、俺は精々指輪交換……或いは簪、櫛になるのか?
仲間達の前でそれなりの逸話を持つ物品を交換し、それを用いることで対応するつもりだった。
だからこそ人数分に装飾品は揃えたし、各員それぞれに手渡すつもりであの時購入・手作りした。
それに、『最も強い縁』を示す意味でも。
桐箪笥の奥から、祖母からの遺品として仕舞われていたらしい物品。
祖父から手渡されたらしい、鼈甲で形どられた…飴色の髪飾りを発見していたから。
それをそのちゃんに渡すことで意味を成立させるつもりだった。*1
だが、待ったが掛かったのはワカとヒメから。
曰く。
『それでは
『儀式として成立させたほうが効果が上がる』。
……周囲を俺が結界で囲むことで、微かなりとも周囲への影響を避ける。
無論、そんな事をすれば破られた際の影響はかなりの物を受けるはずだが。
そこはそれ、神々や縁を持つ存在……神樹サマの力をこっそり利用するのだとか。
良くそんな事出来るな、と呆れ半分に話をしたのをよく覚えている。
故に。
求められたのは、もっと正しい神前式としての儀式形態。
神に捧げる乾物や水物、御神酒として捧げられる日本酒。
そして、今の年齢からして口に含めないからこそ行う水杯。
俗に言う
其処までしてしまえば、書類上は兎も角としても。
強制力に近いものは確かに発生する――――親が同席していない、というだけで。
だからこその、するべきことだと神は言い。
少女達は
反対する……或いは戸惑っているのは俺だけ。
(――――この辺りを加味して、あんな事を口にしたとしたら正直お手上げなんだが)
思い浮かべるのは巫としての大先輩。
神からの伝達能力、それを受け取る力も一般以上に持ち合わせながら。
少女ながらに天性の政治力を併せ持った、稀有な存在……上里の始まり。
もしかすれば、それを詫びる意味を込めてなのか。
考えれば考える程に沼に陥る。
『……でもさ、嫌ってるわけじゃないんだったら良いんじゃないかなぁ』
(……それも一理有るから困ってるんだよ)
実際、全員に同じことをすると約束をしたから。
それが何の意味がなかったとしても、すること自体に意味があるから、と。
いつかは離れる、ということを考えれば――――しないほうが、互いの為なのに。
俺は離したくない、と思ってしまう。
彼女達はその時……同じことを考えてくれるのか。
酸素が足りない脳を回してみれば、汗と共に冷える体温で嫌でも思考が落ち込んでいく。
もう、俺自身の癖と言うか……多分は特徴にも成り果ててしまった。
悲観的な性格のせいで引き摺られていく。
『ほんに、妙なところで二の足を踏むの』
『ワカ様のように全てを投げ出せる人ばかりではないということでしょう』
『……ヒメ?』
相も変わらず夫婦漫才も耳に届く中で。
合間を割くような、彼女の乾いた一言。
『うん、経験しておいてほしいなぁ……って私は思うんだ』
(……理由は?)
『え? だって……ね?』
ぇ、と漏れた言葉が一つ。
何当たり前のことを聞いているの、とでも言いたそうな声で。
分かってくれるよね、というような声で。
多分――――直接話をしていたならば。
その目は、いつかの彼女達のような重みを湛えていたと思う。
『……ほんに、此奴は』
『神結いの効果が出過ぎているのでしょうか?』
『それもあるだろうが……な』
呆れるような声色が二つ、耳に届き。
やはり、これ以上に走る余裕はかき消えていた。
――――この後。
その、儀式を行う相手と会う約束があるというのに。
神自身に、気持ちを吐き出させるような……そんな緊急事態が巻き起こってしまったから。
嫁入り道具として三面鏡などが選ばれるのと同様、物品自体に意味を持つ。
ちょろっと漏れちゃったたかしーの本音、という話。
ちょっと忙しいので昨日今日は一話ずつとかになりそーです。