葦原天理は巫覡である 作:氷桜
微かに灯りが灯ったような。
同時に周囲の気配が清らかな色に染まったような感触。
「……行けた、か?」
同時に襲いかかるのは脳内への微かな負荷、頭痛。
そして結界全体に散り、俺の肌を指で削り続けるような不可思議な痛み……のような圧力。
『痛みは?』
「そんなでもない」
『いい加減に慣れてきたか――――或いは』
そんな言葉を右から左へ聞き流す。
右手を見詰め、開いては幾度か閉じ。
行動に支障がないことを目視でも確認して、小さく頷いた。
幾度も忠告され、そしてその変化を体感してきた今。
その差異を、この肉体で実感してしまう。
「……大丈夫、なのですか?」
「うん。 この程度なら慣れてるから」
慣れてはいけない痛み。
明らかな身体への、魂への摩耗。
削られた其れ等を、皆との触れ合いで修復しているとは聞くが。
――――
「ですが……」
そして。
似た痛みを知る相手だからこそ。
魂で暴走を止め続けた相手だからこそ、俺の異常を正しく理解する。
『勇者』でありながら『巫女』である、最愛の一人とも違い。
『巫女』でありながら『勇者』に護られる、最愛の一人とも違い。
『巫女』であり続けた、そんな相手だからこそ。
「……始まりの勇者達、そして見送るしか無かった巫女に比べれば大したことは」
その苦痛、痛み、悲しみ。
多かれ少なかれ、同じ立場で三人を見送ってきたから。
喪失という事象自体は避けられても、回数を重ねればその分だけ感情は肥大する。
……目の前の、内側の女性は。
俺の思いを正しく理解し、そして共感できる相手だからこそ。
この言葉を口にして、仮面の裏へと問い掛ける。
「……分かるよね? 『ヒナちゃん』」
意図した呼び方。
そう呼び、そして親しくしていた相手はたった一人の筈。
「…………っ、その、呼び名……は」
たかしーの声がしない……代わりに妙な物音だけはする。
感極まって何かしているのか、気合でも入れているのか。
短い付き合いすぎて、何をして待っているのかは全く分からないけれど。
「声は出してないけど、
視線の奥から、周囲を警戒しながらゆっくりと向かってくる全員を捉えつつ。
今、この場に出会うはずもなかった全員が集まっていることを改めて告げる。
「だから……無理しようとはしないでくれ」
自分が無理をすれば。
自分が贄になれば。
自分を捧げれば。
そう思う気持ちは分かるし、事実今俺もそうしている。
でも、人のことを棚に上げてそんなことを口にするのは。
そうしなければ、内側の勇者を助けた後で消えてしまいそうな気がしたから。
彼女に抱く感傷は『空虚』。
自分を持たず。
他者への反応を主体に、己という芯を他者から削り落とされた末路。
友奈と、たかしーと、俺と。
幾らか以上に――――共有してしまう、心の傷の一欠片。
「……貴方が、それを言うんですか?」
何処か鏡越しの自分を相手にする感覚。
友奈を相手にしていた時を思い出す錯覚。
けれど、それを感じているのは多分お互い同じで。
そして何より、肉体ではなく魂そのものが惹かれているような感触。
恐らくは、抱いてしまった神としての断片の感想。
恐らくは、美森ちゃんとは違う……『巫女』に、初めて魂で触れたからの感想。
初対面にも関わらず、お互いのことを知ってしまっている状態。
……手探りで探すか、或いは知るか。
本来であれば、地の神の王に捧げられるべき感情の一部。
或いは狂おしいほどの感情其の物。
其れ等が流入し、体内を駆け巡っているような――――。
いつかの。
お互いの間を行き来し続ける、その度に膨れ上がる妙な想い。
それが唯出会っただけの、そのヒトに繋がれたのが分かってしまった。
「
その言葉の意味を正しく捉えられるのは、同類とでも言える相手くらい。
妙に自分を投げ捨てることに定評のある勇者達、巫女……そして神々。
学校での友人や先輩後輩には意味も分からず。
ただ自暴自棄にも……棚上げしているだけだと捉えられると思う。
それはある側面では間違っていないし。
そう言われれば、確かに頷いてしまう部分を含むけれど。
基準を自分でなく、他者に置く者達だからこそ。
「俺は、もう何度もやってきたことだからさ」
銀。
美森ちゃん。
そのちゃん。
俺が護り、彼女達に護られると誓った勇者達。
彼女達に支えられ、支え続けながら。
その日常で幾度も自問自答したのも間違いなく。
彼女達にも、今の行動が正しいのか常に考えさせ続けてきた日々だった。
「多分、自分でもやってると思うけれど……。
全員で集まったら、もう一度考えて欲しい」
封じられて三世紀。
それを経て、末期と成り果てた神樹サマの結界の中で。
何をしなければならないか、では無く。
何がしたいか……誰と生きていきたいかをもう一度考えて欲しい。
「もし、それで俺を選んで貰えるなら嬉しいけどね」
そんな冗談を交えて。
ちらり、と目を向けた先には大分近付いてきた彼女達。
「てんくん!」
「天理さん!」
「何とかなったよ……この人のお陰かな?」
喧々囂々。
急に人が増え、そして心配混じりとばかりに大きく飛び跳ねた二人に抱き着かれる。
腕に吊るした袋の中には、栓をした徳利のようなモノに漆塗りの盃が揺れている。
「須美をこの……いや、違うな。 誰だアンタ?」
「……んー? 東郷じゃない……いや、もしかしてひなたか?」
「…………そうね、東郷さんじゃないわ」
首を少しだけ向けた先には、美森ちゃん……の中に入っている彼女を一瞬で見分けた三人。
え、あの……とか言っているがそりゃまあ気付くだろう。
色々と漂う雰囲気と所作が違う。
こう言ったら後で酷い目に合うが、
「……取り敢えず、問題になる前に始めよう」
混乱させたままのほうが良いかも知れない。
――――変な決意を抱かせないように、話を進めることにして。
「てんくん。 帰ったら覚えておいてね~?」
にこり、と笑い続けるそのちゃんからずっと目を背けていた。
……やっぱり、三人にはどーにも勝てない。
・内側の巫女さんと天理君は鏡写しの存在です。
・また別の意味合いで相性が良すぎてしまう相手。
・彼女/彼の勇者、『乃木』に対するものとはまた違う関係性。