葦原天理は巫覡である 作:氷桜
随分と長く感じたけどこれからも宜しくお願いします~
三々九度、という儀式。
言葉自体は非常に単純で、行う内容も極めて分かり易い。
大中小の盃にそれぞれ酒を注ぎ、三度に分けて飲む/舐める儀式。
それぞれ三度で飲む、という事柄にも理由を持ち。
注ぐ際にも地味な作法が要求されるもの。
但し、それを為せば神の前で誓うのと同じ効果を持つ……今回にはうってつけの儀式。
俺達が大手を振って『婚姻』だなんて公言できない、多数との交際をしていることと。
その間柄が名家と呼ばれる幾つかの……この小さな楽園を支配するに足る家々の所属であることと。
そもそもそんな年齢ではない、という厄介な壁をすり抜けるには丁度いい儀式であるのは間違いない。
ただ、今回に限ってはその条件を満たすのが非常に面倒だった……という裏事情が付き纏う。
「……本当に私でいいんですか?」
それは……
嘗てであれば特に問題はなく、当たり前に対応できた筈の事。
ただ、今の四国においての『巫女』という意味合いが持つ言葉は相応に重く。
故に正しい意味合いでの婚姻、というのはある種の乙女の憧れであり。
同時に大赦への影響の有無に依って時間の長短が変動する要因にも為りうるモノ。
「と言うより、今は貴女しかいないんだって」
気安さとそれなりの敬意っぽい言葉を合わせた、どっち付かずの言葉。
先程までの対等のようだった口調を少しだけ改めた理由も単純。
今現在、俺と『結界内の巫女』の繋がりを正しく理解している相手がいないから。
つい先程までと同じような言葉遣いをしていれば、まず間違いなくそちらに意識が向く。
後回しにしてくれ、と言えば多分その疑念は更に増す。
だからいっそのこと『結界から解き放った後俺がなんやかんやした』と思われる方がマシ。
……まあ、こんな浅知恵は見抜かれているとは思うが。
それでも、少しでも効果があると信じて行えば多少は出てくるもの。
鰯の頭も信心から、とかいう言葉もあることだし。
「本来は美森ちゃんにやって貰う筈だったんだけど」
「……どう見ても無理だよね~?」
うっ、という言葉が漏れる。
……何かに乗り移る、力を貸すということは当然それなりに条件を必要とし。
そして同様に消耗、摩耗も激しい傾向にある……というのはヒメからの言葉。
先ず、肉体から一時的にでも離れることが出来る存在であること。
次に、自身との類似点を見出すことが出来る物品、或いは人物であること。
最後に、それに否定されないこと。
これらの条件を満たせたとしても、動かすのは相応に難度が高い行為だし。
また当人が嫌がれば(圧倒的な差でもなければ)即座に追い払われるか弱き存在。
である以上、今は内側に残っているであろう美森ちゃんは受け入れているということであり。
また、喜んで協力しているだろうことは想像に難くない。
(……凄い渋ってたもんなぁ)
巫女の才能を持つのが彼女しかいないから。
必然的に本格的、本式の行為であれば
それに加え、自分が常に視る側で……その片側が自分の恋人、という形になれば。
そりゃあいやにもなるし引き受けたくないってのは納得できるし頷ける話だ。
そこに来て、彼女にとっての推定『師匠』に任せられるなら。
「一応確認するけど、やり方自体は分かる?」
「……花本さんに聞いたことは有りましたし、烏丸さんがやってる所も見たことはあります。
ですが、経験は……」
後者……は初めて聞く名前、だよな。
迂闊にも漏れた、と言うよりは言い慣れた名前という趣が強く。
それなりに著名な巫女だったのか、という考えへ少しだけ傾きながら。
「だったら、一応やり方を口で説明する。
他の皆は……あー、じーっと見詰め続けないで欲しいんだが」
視線だけで穴が空きそうなくらいに見られると流石に怖い。
そのちゃんは慣れているのか、それとも覚悟の上なのか。
ちょっとだけ頬を染めつつ余り気にしていない様子なのが不思議ではあった。
「いや無理だろ」
「……無理ね」
「…………嫌です」
「無理だな」
異口同音に発せられる拒否の声。
圧がほんの少し増した気がして一歩だけ下がりそうになった。
「……てんくん、諦めよ?」
「我慢するしか無いのは分かるけどさぁ……!」
普段通りの視線なら慣れてるけれど。
熱を混ぜた視線が複数、ともなるとどうしても……うん。
まあ、そうも言ってられない状況下なのだが。
(……つらい)
こほん、と一度咳をして。
細かいやり方、特に嘗て行われていたやり方を口で説明していく。
一度は美森ちゃんにも説明済みではあるが、此方の人にも念の為。
「小さい盃から順々に、三回に分けて盃に液体を注ぐ。
飲む際も三回、本来ならお神酒なんだけど今回は水で済ます」
この後の事を考えれば、酔っている余裕なんてものもない。
故に水。
「順番は俺、そのちゃん、俺、そのちゃん。 飲む際も同じ盃で。
小さいのが終わったら中サイズの、最後は大サイズ。
全部が終われば……それで一応儀式は完成する」
西洋式のように指輪交換の儀式があったり、というのは存在しない。
何かを交換し合う、というのは儀式上に必須のものではないから。
ただ、関係性を示すという意味で簪と櫛を渡すというのは決定事項で。
それを今後行う全員にやる、というのがどうにも心苦しいのは事実だった。
「分かった?」
「……ええ、と。 はい、大丈夫だと思います。
清めの準備は」
少し指差して確認しているような光景の美森ちゃん/内側の巫女。
内側でぼそぼそと会話している可能性も存在するが。
それを目視で確認できない以上、推測で語るにはまあ野暮な話で。
「結界内外で一応終わらせてるし、朝方清めはしてきてるよ」
「……ちょっと恥ずかしかったけどね~」
おかしいな、視線の重みに粘着きが出てきたぞ。
「……なら、大丈夫ですか」
そして、視線の先の少女からも二種類。
違った意味で目線を向けられている気がして、何ともこそばゆいと言うか背中が痒くなると言うか。
単純に恐れているのかも知れないが、一旦考えないことにする。
「……始めましょうか」
立ったまま。
結界の内側、けれど花畑の手前。
同年代の背の君達に見守られながら。
――――そんな、普通では考えられない。
三三九度の儀式は始まりを告げた。