葦原天理は巫覡である 作:氷桜
盃に唇を付ける。
三回に分けるか、或いは三度目に飲み干すようにするか。
この辺りは個人の趣味と言うか流儀に依って分かれるというが。
俺は……何方かと言えば
横目に入る隣の少女。
本来は角隠しと呼ばれる頭の覆いに身を包む、けれど何もない金の少女。
普段は付けている、
彼女が口を付けた際にはきちんと一口、確かに飲んでいるのが減った量と喉の動きで分かるから。
「……」
「……」
互いに声は発さず。
けれど視界と変わる盃の大きさで、進行具合は嫌でも分かる。
(後、一番大きいやつだけか)
小は過去を。
中は現在を。
大は未来を。
一度目は神へ。
二度目は家族へ。
三度目は参列者へ。
それぞれの意味を重ね合わせ、三々九度。
故に、婚礼……
血筋だけで言うのなら、名家と呼ばれる存在が六家。
乃木、上里、鷲尾、三ノ輪、伊予島、土居。
実体はないが高嶋も存在するし――――記載されていない、郡もいる。
そもそも名家という成り立ちが生まれたのが、彼女達を含めた祖先の働きであったのは事実で。
そう名乗ってはいても、役割としては大赦への貢献の有無。
けれど、その人物達がまた新たな結び付きを得た/得ると言う事実。
それは……象徴的な目線からしても、大きな影響をもたらすのは間違いなく。
だからこそ、この人数で簡略化した儀式であるにも関わらず影響が出る。
(実際……どう思われてるのかは分からないけれど)
考え過ぎ。
もう少し気持ちを考えろ。
馬鹿。
多分、口に出した途端にそんな罵倒が飛んできそうな気はしている。
けれど、心配だという感情は一向に消えないのは。
……今の、この状況が何処か夢のような感覚が抜けないからなのか。
目の前に差し出された盃に口をつける。
最後の一口。
見苦しくない程度に傾け、一気に水を飲み干して。
目の前に捧げられた、朱の盆に盃を置く。
かたり、と微かに音がして。
内側の結界……花畑の周りが波打ったような気がした。
一瞬で収まったそれ。
一目見るだけでは幻覚のようで、けれどそれは確かに実像を持った現実の事象。
『
手元に編みぐるみは無い。
現在はそれを見届ける立場にある三柱は、俺達に対して向かい合うように銀の膝の上にある。
だからこそ、そんな声が聞こえるはずもないというのに。
脳内に確かに響いたのは――――繋がりが強まっているという正しい理解で。
そちら側に傾きつつも、此方側に遺した大きな執着でしがみついているような。
今まで分からなかったことを知ってしまっている……流れ込んでくる感覚。
意識してそれとの線を断ち切れば。
ぷつり、という確かな音とともに知る筈もない理解がするりと抜け落ちていく。
たかしーの声らしい物は未だに反響するように聞こえることからして。
神樹サマ、つまりは『根幹としての鏡像』が一層強まったことによる影響だったようだ。
(……段々強まってるのは確かだよなぁ)
横から向けられた目線。
強く何かを期待する色を乗せた、微かに首を傾げた上目遣いに近い無言の問い掛け。
それに対し。
右腰の辺りに置いていた、少しばかり年季の入った巾着袋へと手を伸ばし。
紐部分に引っ掛かった、鼈甲の固さを保ったままのそれへと手を伸ばしながら紐を緩める。
「ぁー……」
似合う、似合わないの問題ではなく。
それを渡す強い意味に否定の言葉を発する俺も、何処かにいる。
まだ早い。
形式上に過ぎない。
自分で選ぶべきだ。
そのどれもが正しいとも思いながら。
けれど、違うと言っている俺もまた何処かにいる。
今だから。
形式上だからこそ。
全員に、少しだけ手を加えて。
(………………流石に言うわけにも行かなかったしな)
全員分買ったフリーマーケットでの装飾品。
それとは別に、代々分家(ある意味本家)として活動を続けてきた以上。
嫁/婿入り道具として持ち込まれた幾つかの装飾品は存在
叔父叔母の家に置かれ、そして消失してしまった三面鏡。
両親の部屋に大事に仕舞われ、そして今手渡そうとしている装飾品と髪の手入れ道具。
……俺自身は会話した覚えも無く、けれど片付けられる事もなかった祖父母の部屋。
その箪笥の一番下に置かれていたらしい、
それを見つけたのは俺ではなく、彼女達だったからこそ。
何も言わずにそれを差し出し、そして何も言わずに受け取ったからこそ。
返すことは、ある意味で決定事項として置かれ。
故にこそ、
「そのちゃん」
「うん」
「受け取って、くれるか?」
既に儀式としては余儀。
必要としない内容。
終わりを告げれば、恐らくはその時点で波立つそれは加速して罅割れる。
――――けれど、互いの想いを告げるには必要な儀式。
二度目の。
あの時から更に進む為に。
彼女達の身を護る、という意味合いを多分に込めたあの時と違い。
永久に、という願いを込める子供ながらの浅い誓いを込めた贈り物。
取り出したのは、鼈甲に塗られた一本の髪飾り。
櫛と装飾品をそれぞれに分け。
本気で――――今後、本当に行う時にこそ。
送ろうと決めた、半分の断片。
「……付けてくれる?」
後付で彩った
髪色に対し、落ち着いた色で似合いそうな物はそれくらいで。
同時に、彼女の勇者服に親しい色合いにしたつもりではあった。
「……ん」
そっと手を伸ばし、手の合間を抜けていくような質感のそれに触れれば。
幾らかの声が彼方此方から溢れ。
自分の事でも考えたような、色気の混じったような溜息が零れ落ちる。
髪に差し込むような形で止める髪留め。
一筋の雫が瞳から溢れ。
手を髪から離せば――――儀式は、完遂する。
「……後は、頼むことになるけど」
「……うん」
さらり、と。
風が、髪を吹き流しながら。
そんな、万感の言葉を呟くと同時。
……波打っていた、結界の動きが激しくなり。
ぱりん、と嫌な音がするのを――――感じ取った。